表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/98

穏やかな夕べ


長期休暇中、結局私はずっと公爵邸に滞在させてもらうことにした。


そもそもの始まりは、クラリスが実家に戻りたくないと言い出したことだ。


クラリスと両親の関係が上手くいっていないことは聞いていたが、最近では険悪すぎて同じ屋敷に居るのも辛いという。


だから、彼女が帰省せずに学院に残ろうかと思うと言った時に、私はお祖父さま達に相談してクラリスを公爵邸に滞在させて貰えないかお願いしたのだ。


クラリスも公爵邸の牧場に慣れているしね。


お祖父さまは快諾してくれて、クラリスは休暇中公爵邸に滞在することになった。


バチスト・ルソー公爵からの許可も取ってくれた。さすがお祖父さま。有難や!


そうなったら、私だってクラリスと一緒に休暇を過ごしたい!


牧場の作業も出来るし、羊毛から毛糸を作る作業もやり易いし、セルジュともセドリックとも一緒に居られるから一石二鳥じゃない?


・・・フランソワもいるし、なんて下心は見せないように気をつける。


お母さまに相談したら、こちらも快諾してくれた。


お父さまは難色を示していたけど、お母さまに勝てる者はいないのだ。


パトリックとジェレミーはしきりに羨ましがっていたので、たまに遊びにおいでよと声を掛けておいた。




そうして、私達の休暇が始まった。


セルジュとクラリスと一緒に馬車に揺られながら、休暇中の計画を話し合う。


同乗しているジルベールは


「私に構わず普通にお喋りして下さって構いませんからね。私は皆さんのお喋りを聞いているのが楽しいですよ」


と言ってくれたので、遠慮なく喋り倒すことにした。


休暇中にやりたいことを三人で話し合った時に、私達のナンバー1は牧場で動物の世話をする、だった。


休暇中も泥だらけになって働きたいんだね、ってお互いに笑い合う。


クラリスは編み物に興味があるそうで、私の毛糸作りを手伝いたいという。


出来たら染色も習いたいというので、藍染めと草木染を一緒にやろうと約束した。


馬で遠乗りもしてみたいね、ピクニックも行きたいね、とやりたいことがどんどん広がっていく。


喋り過ぎて公爵邸に到着する時には三人とも喉がカラカラに乾いていた。


公爵邸ではお祖母さまが優しく迎えてくれた。


セドリックが到着するのは一週間後だという。


執事たちがクラリスを部屋に案内してくれる。


有能な彼らに任せれば、クラリスのことは大丈夫だろう、と私は自分の部屋に入り、バフンとベッドに横たわった。


久しぶりだね。


さすが掃除がきちんと行き届いていて、塵一つない。


シーツも清潔で気持ちいいな・・・と眠ってしまいそうだったので、急いで部屋着に着替える。


夕食の支度が出来ました、と侍女が呼びに来てくれて、階段を降りていくとたまたまそこにいたフランソワと目が合った。


フランソワは眩しそうに私を見ると


「お前もすっかり大きくなったな。叔父としては誇らしいよ」


と笑顔を向けてくれる。


「へへっ。そうかな。もうすぐ16歳だしね」


と言うと、


「ああ、休暇中に誕生日を迎えるだろう。お祝いを考えないとな」


と優しく微笑む。


「今回はセドリックにも祝って貰えるから良かったな」


と明るく話すフランソワを見ると、もう叔父としても焼きもちは焼いてもらえないんだなぁ、と思う。


いよいよ、セルジュの惚れ薬が必要になるかもしれない・・・。



そんな複雑な思いを抱きながらも、休暇中、私達は楽しい毎日を過ごしていた。


牧場の世話と畑の世話はお祖父さまが新しい使用人を雇ってくれていて、きちんとした管理が行き届いている。


それでも彼らと一緒に掃除をしたり、家畜の面倒を見たりするのが楽しくて堪らなかった。


ジルはちぎれそうな位の高速回転で尻尾を振っている。


特にセルジュに会って興奮しすぎたジルは、セルジュを地面に押し倒すと顔中をぺろぺろと舐めまわした。


セルジュに対する過度な愛情表現に、何故彼はこんなに動物に好かれるんだろうと思う。・・・やっぱり、言葉が分かるって羨ましい。



やがて、セドリックが公爵邸に到着した。


去年のクリスマスにも会ったけど、セドリックは益々逞しく精悍な青年になっていく。背も高くなった。フランソワとほとんど変わらなくくらいだ。


大きすぎると思った赤いセーターはちょうどピッタリのサイズになった。


セルジュが泣きながらセドリックに抱きついた。笑いながらセドリックがセルジュの頭をぐしゃぐしゃに撫でる。


セドリックはもう18歳だ。シモン商会の仕事をセドパパのエミールに代わって行うことも多いらしい。


今回王宮で行われる商談のために、アラン国王との謁見も予定されているという。


涼し気な目元の端整なアラン国王の顔を思い出す。やっぱりパトリックと似てるのよね。


善政を布く賢王だと評判だ。


アラン国王はタム皇国の侵略に備える構えだが、同時にタム皇国内の穏健派とのつながりを強化しようとしているらしい。


今回のセドリックとの謁見でもそれに関わる話が出るようだ。


国の外交に関わる仕事をするなんて凄いなぁ・・・


純粋にセドリックへの尊敬の念が高まる。


セドリックは王宮での仕事で忙しそうだったが、仕事の合間に牧場に来てくれた。


パトリックやジェレミーも何だかんだと理由をつけて公爵邸に入り浸っているので、セドリックとも再会できて嬉しそうだ。


楽しい日々はあっという間に過ぎていく。


ある夕べ、私の家族であるマルタン伯爵一家も一緒に晩餐を取ったことがあった。


久しぶりにお母さまと一緒に厨房で夕食を作る。


やはりお母さまの料理の手つきは素晴らしい。


年季が違うというのはこういうことを言うんだろうなぁ。


お母さまは私とセドリックのことを聞きたくて堪らないという空気を醸し出していたけど、私はそれを敢えて無視した。ごめんね。でも、何て言っていいのか分からないからさ・・・。



夕食後、私とクラリスは二人で暖炉の近くで糸車をカラカラ回しながら、糸を紡いでいた。


お父さま達は何か難しそうな大人の会話をしている。


「・・・じゃあ、年末に調整ということなんだな?」


とお父さまが言うとセドリックが頷いて


「はい、ユーリ様もナターリヤ様もその方向で・・・」


と答える。


「・・・正式な友好条約が締結されれば、多少は抑止力になるだろう」


とお祖父さまが言うと


「でも、イーゴリ皇帝は反対しているんでしょ?」


お母さまがコメントする。


なんか、難しそうな話だな・・・。


「それ以上はここでは・・・」


とセドリックが会話を止めたので、それ以上詳しいことは何も分からなかった。


私はクラリスと目を合わせたがお互いに何も言わなかった。


セルジュは私達の近くに座ってポーションの本を読んでいる。


セドリックが近づいてきて


「精が出るな」


と声を掛ける。


「その青はフランソワのセーターだろ?良かったな。編ませてもらえて」


と言ってくれるセドリックは私の気持ちを察しているのだろう。



「そういえば、最近面白い数字のトリックを教わったんだ」


というセドリックの言葉に俄然興味が湧く。


「え、何?どんなの?」


とお願いすると


「頭の中でどんな数でもいいから三桁の数字を思い浮かべて」


と言われる。


えーと、えーと、三桁の数字。何でもいいんだよね?


OK。248にしよう。


「うん、思い浮かべたよ」


「じゃあ、その数を二つ並べて六桁の数字を作ってくれる?例えば、123だったら123123みたいに」


分かった。


248248


「それを13で割ってみて」


248248÷13=19096


「それを11で割ってみて」


19096÷11=1736


「それを7で割ってみて」


1736÷7=248


え!?


私が驚くとセドリックが得意気に


「ね?最初に思い浮かべた数に戻ったでしょ?」


と言う。


「どんな三桁の数でもそうなるんだよ」


と言われて、別な三桁の数字を思い浮かべる。


・・・ホントだ。どんな三桁の数でもそうなる!


クラリスも頭の中で計算したらしい。


目をまん丸くして驚いている。


「ホントだ。面白いね!」


とクラリスと顔を見合わせながら言うと、セルジュが冷静に


「そんなの7x11x13は1001なんだから当たり前じゃん」


とコメントする。


フランソワは


「女を口説くにはネタが古いな」


と揶揄う。


セドリックが


「二人とも手厳しいな」


と苦笑する。


「俺はさ、仕事でも数が重要になってくるんだ。それで、秘密裏に数を伝えなくちゃいけない時とかあるよね?入札時の見積額とかさ。そんな時にこういう数のトリックを知っていると暗号というかコードを作りやすいんだ」


とセドリックの表情が少し真剣になった。


「例えば、『782を13で』と言ったら、782782÷13=60214だから、伝えたい数字は60214って分かる」


フランソワが感心したように


「なるほどね。でもそんな重要なビジネス上の秘密を俺達に教えてしまっていいのか?」


と言う。


「君たちには知っておいて欲しいんだ。何があるか分からないからね」


セドリックの言葉は意味深でつい顔を上げてしまったけど、彼は説明する気はないらしい。


フランソワは意味が分かったみたいだけど、こちらも説明する気はないらしい。


・・・やっぱり子供扱いなんだなぁ。まあ、実際子供だから仕方ないかと諦める。


クラリスが慰めるように私に微笑むと


「さぁ、もう少し頑張ろう!」


と言いながら糸車を動かす。


私も慌てて手を動かし、作業を再開する。


大好きな人たちが一同に揃ってくつろいでいる。


宝物のようなそんな穏やかな夕べだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ