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フランソワのセーター


その後、学院には平和な日々が戻って来た。


アメリとベアトリスは事件の記憶が完全に消えて、平和な生活を送っている。


たまにジゼルが何か言いたげに彼女たちを見ているけど、結局何も言わずに過ごしているようだ。


ジゼルは私達と距離を置くようになった。彼女が何を考えているのかはよく分からない。


私達は相変わらず早朝トレーニングを頑張り、勉強に剣術にと毎日忙しく過ごしている。


クラリスとパトリックは見ているこちらが恥ずかしくなるくらい、幸せそうな空気を醸し出している。


ジェレミーはその光景を満足そうに眺めている。彼にとってはクラリスの幸せこそが自分の幸せなのだろう。健気だなぁ。


私はなぜか『学院の救世主メシア』というあだ名が定着し、ファンクラブまで出来る人気ぶりだ。


フランソワの『氷の貴公子ファンクラブ』と並んで、学院の二大勢力の一翼を担う。


なんだそりゃ!?


セルジュは相変わらず授業には出席せず、フランソワの実験室で調薬する毎日だ。


学院長は苦言を呈したらしいが、三年生の卒業試験の問題を全問正解したセルジュは基本自由に過ごしていいという許可を貰えたらしい。


私は授業が終わるとセルジュを迎えにフランソワの実験室に行くのが日課になった。


いつものように実験室に近づくだけでドアが開いてフランソワが顔を出す。


ニッと笑って「来たな」と言うフランソワを見るのが私の密やかな楽しみになっている。


実験室に入るとセルジュが忙しそうに作業をしていた。


「あ、ごめん。スズ。ちょっと待っててくれる?これを先に終わらせたいんだ」


「いいよ。ここで待ってるから」


と言いながら空いている椅子に座ると、フランソワが紅茶を入れてくれた。


フランソワは紅茶を入れるのがとても上手だ。香り高いお茶を飲みながら、黙ってセルジュの作業を眺めていると、フランソワが近くの椅子に腰かけた。


「フランソワは足音か何かで私が来るのが分かるの?」


いつも不思議に思っていたことを聞いてみる。


「・・・ん?なんで?」


「だって、私がドアをノックする前にいつも扉が開いてフランソワが迎えてくれるじゃない?」


フランソワは微かに笑った。


「ああ、それはお前の匂いだ」


ええ!?私、匂うの?


自分の体の匂いをクンクン嗅いでいるとフランソワが


「いや、お前いつも同じ香水をつけているだろう?その匂いを覚えているからさ」


と可笑しそうに言う。


「僕もスズの香水の匂いならすぐに分かるよ。ポーションは鋭敏な嗅覚が求められるからね」


とセルジュも会話に入ってきた。


「マーケットで買ってる香水だよね?最初はセドリックにプレゼントされたんでしょ?」


というセルジュの言葉に、フランソワの表情がほんの少しだけ翳った気がした。


「あ、うん。初めてクリスマス休暇で船旅に行った時にね。クリスマスプレゼントで貰ったの」


「そうか。お前が赤いセーターをプレゼントした時だよな。あいつはきっと喜んでいたろう?」


とにこやかな笑顔のフランソワ。さっきの表情は気のせいだったかな。


「うん。今でも着てくれているよ。一生着続けるからって言ってた」


「それは凄いな」


とフランソワが言うと、セルジュが


「僕だって、スズからの手編みのセーターは一生着るつもりだよ」


と断言した。


そう、セドリックの翌年はセルジュに手編みのセーターをプレゼントしたんだ。


その次は、お父さまに二枚目のセーターを編み(最初のが酷い出来だったからね)、その後はセドリックの家族全員にミトンを編んだり、お母さまやお祖母さまのストールを編んだりしたので、結局セーターはしばらく編んでいない。


フランソワは少し寂しそうに


「そうか・・・。俺もスズにセーターを編んで貰えば良かったな」


と呟いた。


「え!?そうなの?だったらフランソワのセーター編むよ」


と言うと


「いや、お前は忙しいだろう。勉強もあるしな。俺のことは気にするな」


と困ったようにフランソワが返事をする。


「・・・迷惑?」


「いや、迷惑なんかじゃないよ。ただ、俺なんかのためにお前の貴重な時間を費やす必要はないから」


と困ったようにフランソワは言った。


「フランソワはなんでそんなに自己評価が低いのか僕は分からないよ」


とセルジュが口を挟む。


「自己評価が低い?」


「そうだよ。フランソワはカッコいいしさ、背も高いし、頭も良くて、ポーションマスターで、色気もあって、頼りになって、さりげない優しさもあるし、死ぬほどモテるよね?そんな人が『俺なんか』って言うの違和感しかないよ」


戸惑うフランソワにセルジュが畳みかけるように言い募る。


フランソワは


「ありがとう。セルジュ。でも、褒め過ぎだ。俺はそんな立派な人間じゃないよ。欠点だらけの欠陥人間だ。モテるって言っても好きになった女性に振り向いて貰えたことはないしな」


と少し寂しそうに言う。


・・・やっぱりお母さまか。一途なところも魅力なんだけどな。


セルジュは少し腹を立てたようで


「もういいよ!」


と大声を出すと


「あともう少しで終わるから待ってて」


と私に告げて部屋から出て行った。


後に残された私とフランソワは少し気まずい。


「・・・あのね。迷惑とかじゃないならさ。いつもお世話になっているから感謝の気持ちとしてフランソワにセーターを編みたいんだけど。ダメ?」


とダメモトで聞いてみる。


何故かフランソワはカチーンと固まった。


「今年のクリスマスは間に合わないと思うけど、長期休暇がもうすぐ来るじゃない?その時にまとめて毛糸を作って、学院で少しずつ編めばそんなに負担にならないよ。今年じゃなくて来年のクリスマスプレゼントだったら、余裕もあるし・・・。どうかな?」


と更に押してみる。


フランソワは両手で顔を隠しているが、顔が真っ赤なのが丸わかりだ。


「・・・その・・・本当に負担にならないんだったら・・・嬉しい」


という言葉を聞いて、嬉しくて心臓が飛び出そうだった。


「うん!何色がいい?」


と聞くと


「・・・青・・・かな?」


という返事が返って来て、私のテンションは高まった。


青は草木染だと難しいから、今回は藍染めにしようかな・・・


などと頭の中で考えているとフランソワが小さな声で


「ありがとう」


と言って立ち上がった。顔を背けているので、どんな表情をしているのか分からない。


その後すぐに帰り支度をしたセルジュが戻って来て、私達は寮への帰途についた。



寮に戻るとセドリックからの手紙が届いていた。


久しぶりだ。航海から戻って来たんだな、とワクワクしながら手紙を開ける。


いつものセドリックの筆跡に嬉しくなる。


私が前回手紙を書いた時はクラリスに避けられて最高潮に落ち込んでいる時だった。


・・・その時の手紙を読んで、ものすごく心配してくれている。


申し訳ない・・・。


問題が解決したことを記した手紙は既に送ったのだが、行き違いになったのだろう。


セドリックは「スズが辛い時に近くにいられないことが辛い」と書いている。


やっぱり優しいな。


お、それで・・・ちょうど学院の長期休暇中にモロー公爵邸に滞在させて貰う予定だそうだ。


王宮で商談があるらしく、しばらく滞在する予定だという。


やった!久しぶりに一緒に牛舎の掃除が出来る!


私も長期休暇中は公爵邸に滞在させて貰おうかな。フランソワとも気まずくなくなったし、ちょうど毛糸も作りやすいし。



私は翌日早朝トレーニングで意気揚々とセドリックが来ることをみんなに伝えた。


クラリスはセドリックが私のボーイフレンドと誤解していたが、あれはその場を収束させるための嘘だったことは以前に伝えてある。


フランソワに失恋したことも知っているが、今も私がフランソワを好きなことは・・・特に言ってないけど、バレているような気もする。


「凄いカッコいい人だったよね。今回会えたら嬉しいな」


とクラリスが言うとパトリックの顔がすぐに不機嫌になる。わっかりやすいなぁ!


セルジュは純粋に嬉しそうだ。仲良かったもんね。


パトリックとジェレミーも再会を楽しみにしているというので、休暇中にまた公爵邸に集まろうという話になった。


入学して初めての長期休暇も楽しくなりそうでワクワクする!


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