呪い
突然の騒ぎは、その夜魔法学院の女子寮で発生した。
闇をつんざくような悲鳴が聞こえて、女子寮は騒然となった。
私が廊下に出ると他の生徒たちもみんな廊下でキョロキョロしている。
誰かの悲鳴は続いていて、その部屋の前には大きな人だかりが出来ている。
私もその部屋を遠めに眺めていると、寮監と寮に住んでいる女性教師が慌ててやってきた。
寮監が
「ベアトリスさん!ベアトリスさん!何がありましたか?大丈夫ですか?」
と声を掛ける。
あ、今朝クラリスを泥棒呼ばわりしたベアトリスの部屋なのね。悲鳴も彼女なのかしら?
と不安を覚えながら考えている間も悲鳴はずっと続いている。
寮監は教師と顔を見合わせた後、マスターキーを取り出してベアトリスの部屋のドアを開けた。
周囲の生徒に下がるように指示して、中に入る二人。
中で「ひっ!」という誰かの悲鳴が聞こえた。
怒鳴り声や泣き声がひっきりになしに続いた後、しばらく沈黙があり、普通の話し声が聞こえるようになった。
その後、教師だけが部屋から出てくると集まっている女生徒たちに全員部屋に戻るように指示する。
不満を示す生徒もいたけど、教師の態度は有無を言わさなかった。
みんな渋々と自分の部屋に戻る。
クラリスも廊下に出てきていたが、ジゼルと二人で小声で何かを話し合っている。
・・・なんか面白くない!
と不貞腐れて自分の部屋のベッドに転がった。
はぁ、クラリスとは一番の親友だと思ってたのにな。。。
ベアトリスに何が起こったんだろう?
今夜は眠れそうにない・・と考えた数秒後に私は眠りに落ちていた。
翌朝、女子寮の生徒たちは姦しかった。
クラリスは私との食事もしばらく遠慮したいとのメモ書きを私のドアの下に残していたので、私は自炊する気になれず、その日の朝は食堂に向かった。
その前に早朝トレーニングに行ったが、そこにもクラリスは現れなかった。その憤りを全てパトリックにぶつけ、地獄の猛特訓を行ってやった。
私が一人で食べていると、パトリックとジェレミーが同じテーブルに座る。
心なしかパトリックはよろよろしている。ザマ―ミロ!
「クラリスが今日早朝トレーニング来なかったのはやっぱり俺のせいか・・・?」
というパトリックの言葉に私は力強く頷いた。
パトリックを無視してジェレミーは
「夕べ女子寮で何があったんですか?」
と質問してきたので、私が知る限りの情報を伝えた。
「・・・その女生徒が呪われたという噂を聞きましたよ」
というジェレミーの言葉に私はスプーンを落としてしまった。
「呪いって?」
声をひそめて訊ねると
「噂だと女生徒の全身に鱗のような文様が現れたとか。命に別状はないですが、顔にも出ているのでとても人前には出られない。今朝早く彼女の両親が迎えに来たそうですよ」
というジェレミーの説明に私は衝撃を隠し切れなかった。
呪い・・・!?しかも、クラリスと揉めたベアトリスが?
「彼女はクラリスにいちゃもんをつけた生徒ですよね?クラリスを怒らせたから呪われたんじゃないかっていう噂が既に広がっています」
ジェレミーが眼鏡を指で押し上げながら言うと
「クラリスがそんなことするわけないだろう!」
とパトリックが怒りを露わにする。
・・・なんで?どうしてこんなことになるの?
これがゲームの強制力ってことなの?
と考えると背筋がゾッとする。
人の噂も75日というしすぐに噂も消えるだろうと思っていたのだが、その後もクラリスと悶着を起こした生徒が同様の呪いをかけられるという事件が起こり、クラリスが呪いをかけているという噂は加速度的に広まっていった。
しかも、クラリスが他の生徒を階段から突き落としたとか教科書を破る嫌がらせをしたとか信じられない噂が重ねられていく。
そんな中、クラリスはジゼルとアメリと常に行動を共にしていた。
クラリスはもはや私達には全く近づかず、常にジゼルとアメリに両脇を挟まれている。
三人が通り過ぎるとヒソヒソとクラリスの陰口が囁かれるが、それを止めようとする声もない。
私が陰口に反論しようとすると、ジゼルに「あなたの同情なんて逆効果だから!」と決めつけられて口を噤むしかなかった。
私がクラリスに話しかけようとしても、ジゼルに
「これ以上クラリスを傷つけないで!」
と叱りつけられ、すごすごと退散する、ということを繰り返していた。
その一方で、私は何故かすごい人気者になっていた。『学院の救世主』などと言われて、常にクラスメートの誰かに囲まれている。
みんな私に親切で、周囲の子たちは人の悪口も言わない素直な生徒たちだ。一緒に居て楽しいと感じることもあるけど、私はやっぱりクラリスのことが一番気にかかっていた。
パトリックは彼なりに反省したようで、クラリスに謝ろうとするのだが、やはりジゼルの壁に阻まれて近づけない。
パトリックが原因なんだからもっと強く行けばいいのに、と思うんだけど、パトリックは弱腰だ。
そんな中、ジェレミーはパトリックに心底愛想を尽かしたらしい。
「パトリック、僕は実はずっとクラリスが好きだったんです。君なら彼女を幸せにしてくれると信じていましたが、僕が間違っていました。彼女を大切に出来ない君に彼女を任せる訳にはいかない。僕が彼女を貰います!」
珍しく感情の籠ったジェレミーの言葉にパトリックが完全に固まった。
「ま、マジか・・・・」
と呆然とする中、ジェレミーは憤然と立ち去った。
パトリックはこれまでにないくらい肩を落として男子寮に帰って行った。
私は無神経だから、これまでもクラリスに悪いことをしてきたんじゃないかな・・・。
だから、もう嫌われちゃったのかもしれない。
自分の部屋でズーンと落ち込んでいたらトントンという軽い音が窓から聞こえた。
鳥が小さな紙を加えている。
窓を開けて、紙を受け取るとセルジュからのメッセージだった。
『今すぐグラウンドに来られる?』と書いてある。
「今すぐ支度して行くってセルジュに伝えてくれる?」
と鳥に声を掛けて、パン屑をあげると嬉しそうにパクパクと啄んだ。
鳥が飛び去った後、急いで支度してグラウンドに向かった。
セルジュが何かを掴んだのかな?
走りながら、どうしてこんなことになっちゃったのか、誰か教えて欲しいと願うばかりだった。




