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疑い


翌日、私は欠伸を堪えながらクラリスと一緒に学校に向かった。


昨日は魔獣との戦いで魔力を使い過ぎたので、今日の早朝トレーニングはお休みだった。


教室に入ると私は大勢の生徒たちに囲まれ、


「おはよう!スズ」


「よく眠れた?昨日は疲れたでしょ?」


などと声を掛けられた。


クラリスは内気な人見知りなので、誰とも挨拶を交わすことなく机に座る。


私はクラリスの隣に座りながら、彼女の手元を見ると白地に優美な蔓の紋様が入った新しいペンを握っていた。


「わぁ、クラリス!綺麗なペンね。新しいの?」


と声を掛けるとクラリスは嬉しそうに頷いた。


「もうすぐ誕生日だからって、アンジェリック叔母様が送って下さったの。皇族御用達のお店の商品なんですって!」


「へぇ、すごいねえ」


と話していると、私達の前に不意に人影が立ち塞がった。


「ねぇ、そのペンだけど!」


と怒ったように話しかけたのは、先日ジゼルやアメリと揉めていた女生徒だ。


名前なんだっけ・・・?と考えているとクラリスが


「ベアトリス、どうしたの?」


と戸惑ったように言葉を発したので


『ああ、そうだった。ベアトリスだった』と思い出した。


ベアトリスはまた憤怒の形相だ。


『私、あなたの笑顔見たことないわ』と思いながら彼女の顔を見つめていると、


「ねえ、そのペン。私のペンなんだけど?」


とベアトリスが言い出した。


何言ってんの?!


クラリスは驚き過ぎて言葉が出ないようだ。


私が代わりに言ってやらねば!


「何の話?このペンはクラリスの叔母様が贈って下さったものよ。なんであなたの物なのよ?」


「今朝私の新しいペンが無くなったのよ。それと全く同じペンよ!偶然なんてありえない。あんたが盗んだんじゃないの!?」


と大声を出す。


「ちょっと・・・何いうの?!クラリスは人の物を盗んだりしないわよ」


と私が非難してもベアトリスは怯まない。


アメリもベアトリスに近づいて


「ベアトリス、止めましょうよ。証拠もないのにそんなことを言うなんて・・・」


と説得しようとするがベアトリスは聞かない。


「だって!昨日までちゃんとあったのよ。それなのに今朝学校に来たら見つからないの。それと全く同じものを、この人が今持ってるなんておかしいじゃない?!大体、この人が女神の彫像を壊したからあの魔獣達だって現れたのよ!この人のせいでみんなが死ぬところだったんだから!みんなそう言ってたじゃない!?」


とベアトリスが言い募るとクラリスが顔面蒼白になった。


「それは違うわ!彼女を弾丸で攻撃した私が悪かったのよ。彼女は自分の身を守るために避けただけで、私の弾丸が逸れて彫像にぶつかったんだから、私が悪かったのよ。あんたはきっと私も嫌いだろうから、私達二人のせいだって言うんでしょうけどね!」


そこに割って入ったのは何とジゼルだった。


クラリスは茫然とジゼルを見上げているし、私も絶句してしまった。


そこに


「何の騒ぎだ!」


と大声で入ってきたのは、デリカシーのかけらもないパトリックだった。


「スズ!どうした?大丈夫か?」


と声を掛けてきたので、何と説明しようと迷っていたら、ベアトリスが


「なんでもありませんわ!」


とドスドスと教室から出て行った。アメリが慌てて後を付いていく。


去り際に


「いいわね。泥棒しても庇ってもらえるなんて!」


という捨て台詞を忘れない。


・・・嫌な奴!


クラリスが泣きそうな顔をしていたので


「クラリス?大丈夫?」


と声を掛けると何故かジゼルが私とクラリスの間に入って


「クラリス!大丈夫よ!私はあなたの気持ちを一番に理解できるわ!」


と力説する。


私の目が点になるのを尻目に、ジゼルは両拳を握り締めて


「私もずっとパトリック様に片思いなの。だから、気持ちは良く分かるわ。どうしてスズにだけ真っ先に声を掛けるんだろう?って私も思ったもの!」


クラリスの目が大きく見開かれて、ジゼルを見つめる。


?????


私の頭の中は疑問符が溢れていた。何の話?


そんな中パトリックが私に話しかけて来る。


「スズ、大丈夫か?」


「う、うん・・・」


何となく気まずくてクラリスを見ると、彼女は顔を背けて俯いている。


「スズ、今朝お前に会えなくて、俺は寂しいなと思ったんだ」


いきなりパトリックが爆弾を投げ込んだ!


「お前が、恋をするとその人に会いたいとか、ドキドキするとか、笑顔が見たいって言ってただろう?俺・・・良く考えたら、それ全部お前に当てはまるんだって気づいたんだよな。俺、スズに恋してるんじゃないかと思うんだ」


・・・ナニヲイイダシタ?


バカ?バカナノカ?


クラリスがバンと立ち上がって、教室から走り去った。ジゼルが彼女を追いかける。


私も一緒に追いかけようと思ったら、ジゼルに


「・・・スズは逆効果だから来ないで!」


と言われて、私は足が竦んで動けなくなってしまった。


・・・逆効果って何?


呆然としているとパトリックが


「スズ・・・大丈夫か?」


と声を掛けて来る。その瞳は無邪気そのものだ。


・・・うん、悪気がないのは分かってる・・・でも、でも、


「・・・全部あんたのせいよ!なんで!なんであんなこと言い出したのよ!」


と怒鳴りつけた。


パトリックはポカーンとしている。


眼鏡を拭きながら一連の騒動を見ていたジェレミーは


「僕は常々パトリックはバカだけどそこまで馬鹿じゃないと信じておりましたが、僕の認識が間違っていたことが今朝分かりました。パトリックは真正の馬鹿だったんですね。婚約者の目の前で他の女性に恋していると告白することがどれほど非常識で残酷なことか想像も出来なかったのでしょうか?クラリスがどれだけ傷ついたか分かりますか?人の気持ちを慮ることもできない人間が良い君主になろうはずもありません。正直、僕は現在失望感に溺れて死んでしまいそうです」


と吐き捨てるように言った。


それを聞いたパトリックの顔から色が消えた。


「・・・え、もしかしてクラリスは傷ついたのか?だから走り去ったのか?」


「当り前じゃない!?何考えてるの?クラリスはパトリックが好きなんだよ!」


と私が言うとパトリックが真っ赤になって


「そうなのか!?」


と驚く。


なんなの?ホント馬鹿なの?


腹が立って仕方がなかった。


「・・・だって、クラリスは子供の頃からずっと『この婚約は親が決めたものですからいつでも解消して下さって構いません』って言っていたんだぞ。彼女はこの婚約を解消したいからそう言ってたんだろう?クラリスみたいな何でも出来る完璧な令嬢が俺なんかを相手にする訳ないってずっと思ってたんだよ。理想高そうだしさ・・・」


とブツブツ呟くパトリック。


・・・はぁ。いつも思う。どうして恋愛ってこんなに面倒臭いんだろう。


「好き!」って言って「好き!」って返して貰うことの難しさよ。


両想いって奇跡みたいなものなんだな、と思う。


授業があるので戻って来たが、クラリスは私を全く見ようとしない。


ずっとジゼルと一緒なので、私も話しかけるのを躊躇ってしまうし、クラリスが私を避けているのは明らかだった。


学校が終わり、一人で悄然と寮に戻ってベッドにゴロンと寝転がった。


窓の外に鳥がいたので、窓を開けて


「ねぇ、セルジュと話がしたいからグラウンドに来てって伝えてくれる?」


と声を掛けると、鳥はキューと一声鳴いて飛び去った。


私は身軽な恰好に着替えると、ジョギングがてらグラウンドに走って行った。


間もなくセルジュがやって来た。


彼は全くクラスに来ない。


「寮で何やってんの?」


って聞いたら、フランソワの実験室で調薬させてもらってるんだって!


何それ?羨ましい。


「スズ、何かあったの?」


セルジュが心配そうに尋ねる。


今日あったことを全部ぶちまけた。最後は半べそになってしまった。情けない。


セルジュは黙ってそっと私の頭を撫でた。


二人の間の静寂が心地よい。


しばらく沈黙した後セルジュが口を開いた。


「僕はジゼルが何をクラリスに吹き込んだのか気になるね。きっと見当違いのろくでもないことを吹き込んでる気がするんだよね」


「・・・クラリスはジゼルが好きみたいなのよ。ずーっと一緒にいるんだもの」


「クラリスは間違いなくスズが一番好きだよ。だから、パトリックの言葉が余計に辛かったんじゃないかな?今はそっと見守ってあげなよ。パトリックは明日の早朝トレーニングの時に僕が痛い目を見せてあげるよ」


ふふ、と笑うセルジュ。


「大丈夫。僕が動物たちに頼んでクラリスとジゼルのことも調べて見るよ。何か分かったら知らせるからさ。鳥の動きに注意しておいて」


「ありがとう。セルジュがいてくれて良かった・・・」


心からそう思った。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] クラスメイト達がいる中、勝手にクラリスの気持ちをパトリックに伝えてしまうスズもだいぶ酷いのでは。今後、結果オーライになったとしても友達としてやっちゃいけないと思う。
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