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転生者


その日の夜、私は疲れているはずなのに何故か頭が冴えて眠れなかった。


夜風にあたりたくて、窓を開けて空を見上げるとまん丸な月がポッカリ浮かんでいる。


その時「・・・スズ!」という押し殺した声が聞こえて、下を見るとなんとフランソワが立っていた。


私の部屋は二階なんだけど、私は後先考えずに窓から飛び降りていた。


二階くらいなら着地できる、と思っていたんだけど、フランソワが私を抱きとめてくれた。


「・・・お前なぁ!危ないだろ!いい加減にしろよ!」


と叱られる。


「だって・・・フランソワに会えて、嬉しかったから・・・」


と言うとフランソワが顔を背けた。


暗くて良く見えないけど、赤面しているような気がする。


顔を背けたまま私を地面に降ろすと、


「・・・まあ、手間は省けたから。取りあえずそれを履いてくれ」


と言って、何故か靴を渡される。


黙って靴を履くと、フランソワは次にジャケットを脱いで


「あと・・・これを上から着ておけ」


と言う。


「え、いいよ。フランソワの方が寒くない?」


「いや、お前・・・あのな、もう年頃なんだから・・・目のやり場に困る・・・」


と口籠るフランソワ。


確かに部屋着のキャミソールにカーディガンを羽織っただけだが、


「寒くないし大丈夫だよ」


と言っても、無理矢理フランソワのジャケットを着せられてボタンをきっちり嵌められた。


「ジルベールが俺達に話があるそうだ」


と言って、フランソワは私の手を引き修道院へ向かった。


「なんだ!じゃあ、元々私を迎えに来たんだね」


「ああ、お前を呼ぶ前にお前が上から落ちてきたんだがな」


と呆れたようにフランソワは言う。


お月さまが綺麗だな。


こんな夜にフランソワと手を繋いで外を歩いているなんて夢みたいだ。


例え、それがジルベールの用事だったとしても。



修道院で会ったジルベールは殊勝な様子で


「こんな夜にご足労をお掛けして申し訳ありません」


と頭を下げた。


「いや、いいんだ。人に聞かれたくない話があるんだろう?」


とフランソワが訊ねる。


ジルベールは私達に綺麗な緑色のお茶を出すと、真剣な顔で話し始めた。


「今日の魔獣騒ぎのことですが、結局事故という結論なんですね?あの女神の彫像は学院の結界の関守石の一つだったが、それが破壊されたためにたまたま魔獣がなだれ込んできたと・・・」


フランソワが頷く。私達生徒もそのような説明を受けた。


「女神の彫像を破壊したのはたまたまクラリス様が弾いた弾丸だった・・・?」


「そうです。私も見ていました」


と答えると、ジルベールは眉間に皺を寄せて腕を組んだ。


「スズ様、申し訳ありません。スズ様がゲームの話をお嫌いなのは存じておりますが、ゲームでは魔獣を放つのはクラリス様なのです。勿論ゲームはでクラリス様は悪役なので、意図的に魔獣を放ってスズ様を害そうとするわけですが・・・」


クラリスはそんなことしないもん!と反駁しようとするとフランソワに遮られた。


「俺達もゲームと現実は違うのは分かっている。ただ、ゲームの筋書きが現実に影響を与えるなら、ゲームの筋書きを知っていた方が良いだろう?」


と諭されると何も言えなくなる。


ジルベールはフランソワと目を合わせて、話を続けた。


「ゲームではこれが攻略対象とのイベントになります。パトリック・ルートだとパトリック様と、ジェレミー・ルートだとジェレミー様と協力して魔獣を退けるわけですが・・・」


「私は二人と協力したわよ。そういう場合はどうなるの・・・?」


「さあ・・・それは私にも分かりません。申し訳ありません。ただ、ゲームではジゼル・ロジェ伯爵令嬢というキャラクターはクラリス様の取巻き令嬢なのです。なので、ジゼル嬢の動きもゲームとは異なります」


クラリスが変わったから、筋書きもきっと変わったんだろうけど・・。それでもゲームの強制力とやらはあるんだろうか?


「ゲームでは、今後クラリス様は学院の生徒たちに呪いをかけ始めます。そして、学院全体が不穏な空気に包まれ始めた時、精霊王が登場します」


「精霊王?!」


「ゲームの中でクラリス様は『神龍の魔女』と呼ばれる存在と接触します。その魔女はクラリス様に依頼され、精霊たちを攫いその力で生徒たちに呪いをかけるのです。怒った精霊王は学院を滅ぼすと宣言しますが、自分が気に入る料理を出すことが出来れば許してやろうと言います。スズ様と悪役令嬢のクラリス様がそこで料理対決をする訳です。」


はぁ?!料理対決!?なんだそれ?


・・・精霊王って存在するのね。それで何で料理を振舞えば許してくれるって話になるんだろう???


「勿論、筋書きとしては攻略対象と協力してスズ様が勝利し精霊王の怒りも解け、学院に平和が戻る予定です。精霊王は勝者に一つ願い事を叶えてくれると言い、ゲームのスズ様は『呪われた生徒たちを救ってほしい』と願います。それもイベントの一つなんですよ」


はぁ・・・。なんか・・・溜息しか出ない。


「ゲームで『神龍の魔女』と呼ばれた存在は、この世界ではミシェルのことではないかと私は考えました。そして、ミシェルと接触しているジゼル嬢がクラリス様に代わって悪役令嬢の役割を受け継いだのではないかと思ったのです」


ジゼルが悪役令嬢!?


「それで、本日魔獣騒ぎの後で、私はジゼル嬢を追跡しておりました。すると彼女の独り言が聞こえたのです。彼女は『今日のイベントは結局パトリック・ルートだったのかしら・・?』と言っていました。それを聞いて、彼女はゲームの知識がある転生者だと分かったのです」


テンセイシャ?


「神龍の神子と同じ世界に住んでいた前世を持つ人たちです。私は『君も日本から来たのか?』と声を掛けました。彼女は私のことも転生者だと信じたようで、その後はペラペラと喋ってくれました。・・・まぁ、意図的にそう信じさせたわけですが」


ジルベールは少し気まずそうに言う。私は頭が混乱して整理するのに必死だ。


「ご存知か分かりませんが、ミシェルも転生者です。ジゼル嬢はミシェルが転生者と知って心を許したようです。この世界でのミシェルの前歴、タム皇国との関係、大陸の結界のことなど全く知りません。人を操る媚薬が違法と言うことも知りませんでした。ミシェルに言われるがまま動いていたのです。演習に紛れて女神の彫像を破壊するようにという指示もミシェルから出されました」


やっぱり!わざとやっていたんだ!ああもう腹が立つ!クラリスが大怪我するところだったよ!


ジルベールは話を続ける。


「ジゼル嬢は前世でゲームをしていた時はパトリック様推しだったので、パトリック・ルートだけプレイしていたようです。悪役令嬢の婚約者とヒロインのスズ様を退ければ、自分がパトリックと結ばれるとミシェルに吹き込まれて、それを信じていたようなので、そんなに甘くはないと伝えました。ジゼル嬢がミシェルから買った薬入りクッキーの残りは回収したので、フランソワ様に分析してもらいます」


それを聞いてフランソワが頷き、ジルベールは話を続ける。


「また、ミシェルは逃げ出した死刑囚だから、一緒に居るところを見られたらジゼル嬢も逮捕されるだろうと言ったら震えあがっていましたので、これ以上ミシェルと接触することはない・・・と思いたいです。・・・あれが演技だったら大したものですが・・・」


「え・・・じゃあ、ジゼルは無罪放免なの?何それ!?」


ぶんむくれで言うと、ジルベールは苦笑した。


「申し訳ありません。ジゼル嬢が無実とは言いませんし、彼女は信用しない方が良いのは変わりません。ただ、戦争のような大きな陰謀に関わるほど大物の悪役ではないと言いたかったのです」


なんか釈然としないな・・・。


「あのさ、ゲームでなんとかルートってよく出て来るよね?セドリック・ルートだったらどうなるの?セドリックは学院にいないじゃない?」


「セドリック・ルートでは『幼馴染の恋』になります。学院入学前に既に約束が出来ているはずです。スズ様は二年生になった時に魔法学院を飛び出して、船長になったセドリック様の元に駆け付けます。そして、二人で冒険の旅に出発します。冒険の最中にタム皇国のユレイシア大陸侵攻の陰謀を察知し、セドリック様と一緒に戦い、国に平和をもたらします」


フランソワが蒼い顔をして


「まさかお前・・・学院を途中で飛び出すなんて・・・考えているのか?」


と問い詰めるので


「まさかそんなことする訳ないじゃない!」


と叫ぶと、彼はホッとしたように息を吐いた。


ジルベールは難しい顔で話を続ける。


「他のルートでも、最後は必ずタム皇国との戦いになり、ハッピーエンドではそれに勝利するというのが、全体の流れです。ここから分かるのは、恐らくタム皇国との戦争は避けられないということです。アラン様にはその事実を奏上しました。アラン様は結界を守る努力をすると同時に、結界が破れてタム皇国が攻めてきた時を想定した軍事演習も始めています」


それを聞いてフランソワが頷く。


「戦争が起こらなかったら重畳だし、戦争が始まった後で後悔するよりもいいとアランは言っていた」


「ただ・・・『魔王の剣』というのはゲームでは聞いたことがありません。魔王の話は前作のゲームの内容なので、続編では関係ないはずなのですが・・・」


とジルベールが考え込む。


魔王の剣・・・。セルジュが心配していた剣のことだよね。ミシェル達が欲しがっているという・・・。


「タム皇国では国宝と言われている剣です。そう簡単には手放さないと思いますが・・・」


というジルベールの言葉に


「モロー公爵とリュカは引き続きタム皇国の動きに注視すると言っていた。万が一魔王の剣がミシェル達の手に渡ったら、対策を考えるとしよう。それまでは何を議論しても机上の空論になってしまう。魔王の森の結界はオデットに任せておけば大丈夫だと思うぞ」


と答えるフランソワの言葉にはお母さまに対する全幅の信頼が籠められている。


・・・嫌だな。それをちょっと悲しく感じてしまうなんて。


暗い顔をしていたら、フランソワに


「こんな話をしてすまなかった。ただ、ゲームの話は他の奴らにはとても言えないからな・・・。攻略対象と呼ばれるとか・・・自分だったら嫌だ。クラリスだって、悪役令嬢と呼ばれて殺される運命なんて・・聞きたくもないだろう。ただ、お前には伝えておくべきだと思ったんだ。聞きたくなかったかもしれないが・・・すまないな」


と頭を撫でられる。


「ううん。話して貰って良かった。私は絶対にクラリスを死なせたりしないし。そもそも彼女は悪役令嬢なんかじゃないよ。彼女が呪いをかけるとか馬鹿らしくて笑っちゃうよね!」


と言うと、フランソワは安堵したように微笑んだ。


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