魔獣襲来
その日の授業は屋外での2クラス合同で魔法実習が行われた。
グラウンドで40名程の生徒が防御魔法の訓練を受ける。
二人一組で練習するようにと先生から指示があった。
私はクラリスと組んで練習を始めたが、ジゼルが一人で余ってしまっているのに気が付いた。
先日の騒ぎも原因の一つだろうが、彼女はクラスの女子たちから少し距離を取られるようになった。
クラリスが私の視線を追うと「気になるんでしょ?」と囁く。
「・・・うん」というとクラリスが
「だからスズは無防備だって言われるのよ?」
と腰に手を当てる。
うん・・・分かってるけど、気になるじゃない。一人って寂しいよ。
「・・・仕方ないな~。まぁ、そこもスズの良いところなんだけど。いいよ。ジゼルを呼んできて。三人で練習しよう」
とクラリスが言ってくれる。
なんだかんだでクラリスは優しい!
私がジゼルに声を掛けると、彼女は嬉しそうに笑いながら
「ありがとう!スズ!」
と言って、私の腕に自分の腕を絡ませる。
うーん、やっぱり距離感が独特なのかな・・・と思ったが、仕方がない。
クラリスは苦笑いしている。でも、悪い雰囲気ではないので、三人で練習を開始した。
防御魔法の訓練なので、二人ペアでは一人が攻撃して一人が防御する練習だ。
私達は三人組なので、二人が練習している時は一人が見学になる。
勿論、攻撃と言ってもあくまでも演習なので、手加減はするよう指示されている。
交代して私が見学の番になった。
ジゼルが攻撃をして、クラリスがひらりひらりと身をかわしつつ防御している。
ジゼルは火を使った攻撃だが、弾丸に火を纏わせているような攻撃を繰り出す。
クラリスが身を躱したり、弾丸を弾いたりする度に火を纏った弾丸があちこちに飛んでいく。
流れ弾が誰かに当たったら危ない・・・と注意しようと思った矢先に、クラリスが弾いた弾丸が少し離れたところにあった女神の彫像に当たり、ものすごい爆発音がして粉々に破壊された。
・・・なんだこの破壊力?!演習でこんなの使う?
と驚愕していると、ぐるるるぅという嫌な音が聞こえた。
他の生徒も何事かと振り返る。
実習を担当していた先生が慌てて走ってきた。
女神の彫像があった地面に大きな穴が開いている。
・・・その穴から何十頭という魔獣が飛び出してきた。
魔獣達は一斉に私達に向かって走って来る。
先生が生徒たちの前に立ちふさがり魔法で魔獣達を攻撃するが、全く効果がない。
生徒たちはグラウンドの真ん中でどこに逃げたらいいのか分からない状態だ。隠れるような場所もない。
私は思い切って叫んだ。
「みんな!私の周りに集まって!」
すぐにパトリックとジェレミーが私目掛けて走って来る。それに合わせて他の生徒たちも私の周囲に集まった。
先生も真っ蒼な顔で走り寄る。
私は全員が近くにいるのを確認して、周囲の土に思いっきり魔力を送り込む。
「今だ!建て!」
と大声を出すと、私たちを取り囲むように巨大な土の壁が凄まじい勢いで地面から生えてきた。5メートルくらいはあると思う。これが私の精一杯だ。
魔獣達の咆哮が壁の向こうから聞こえる。何頭もの魔獣が土の壁に体当たりしている音が聞こえ、その度に振動を感じる。
女生徒たちが悲鳴をあげた。
魔獣の執拗な攻撃は続いている。
魔獣の数も増えているようで、土壁の振動もどんどんひどくなる。
私が土壁の補強のために魔力を供給すると、ジェレミーが
「僕も土属性だから」
と手伝ってくれる。
二人の魔力が合わさって、土壁はより強固なものに安定したようだ。さっきより振動が少なくなった。
しかし、魔獣はお互いを梯子にして壁を上って来るようだ。
土壁の上から、がるるるぅという音が聞こえて、見上げると魔獣が私達を見下ろしていた。
女生徒たちが悲鳴を上げて蹲る。
するとパトリックが水の魔法でその魔獣を壁の向こう側へ突き落とした。
別な魔獣がまた壁を上ってきたが、今後はクラリスが風の魔法で吹っ飛ばす。
パトリックとクラリスが交互に魔獣を追い払い、私とジェレミーが壁を支える。
そうやって魔獣の攻撃をしのいでいると、聞き覚えのある声がした。
「スズ!無事か!」
フランソワだ!
「スズ様、すぐに魔獣を片付けますからお待ちください」
というのはジルベールだ!
二人が来てくれた、と思ったら途端に安心して力が抜けてしまった。
その後凄まじい破壊音や、色々聞きたくないような音も聞こえつつ、ものの10分もしない内に周囲は完全に静かになった。
「スズ、もう大丈夫だ。壁はもう必要ない」
と言われて、私とジェレミーは魔法を解いた。
壁が無くなった後の校庭には夥しい数の魔獣の死体が転がっていた。
フランソワとジルベールだけではなくて、他の教師らも一緒に戦ってくれたらしい。
「・・・一体何があったんだ?」
とフランソワに聞かれ、私は答えに詰まる。
・・・女神の彫像が破壊されたら、魔獣が出てきたんだよね?なんで?
頭がグルグルして眩暈がする。足に力が入らない。
フランソワは私の様子を見て
「顔色が悪い。魔力の使い過ぎだ」
と言いながら、私をひょいと抱き上げると、お姫様スタイルで医務室に向かって歩きだした。
後ろから「キャーー!」「イヤー――!」「何でーーーー!?」という女生徒たちの悲鳴が聞こえる。
ああ、でもやっぱりフランソワの腕の中は気持ちいいな。今は血の匂いがするけど、微かに薬草の香りも混じっている。
フランソワの匂いだ・・・と考えている間に私は気を失ってしまったらしい。
目が醒めた時には医務室にいて、クラリスとパトリックとジェレミーが傍についていてくれた。
「良かった。意識が戻った」
パトリックが安堵したように溜息をついた。
「顔色も随分良くなったわ。さっきは真っ蒼だったもの」
とクラリスが私の頬を撫でる。
「うん、ありがとう。ごめんね。心配かけて。もう大丈夫だから」
みんなはもっと休めと言ってくれたけど、私はもう元気だからと主張して教室に戻ることにした。
教室のドアを開けると、教室にいた生徒たちが一斉にこちらを向いた。
え・・・?なに・・・?なんで注目されているの?
と思ったら、一斉に大きな拍手が湧いた。
「ありがとう!すごい魔法だったわ!」
「君がいなかったら俺達はみんな死んでたよ」
「さすがだよ。最初バカにしていて本当にごめん!」
「スズのおかげでみんな助けられたのよ。怪我人も出なかったのはあなたの魔法のおかげよ。」
「本当に命の恩人だわ!」
と駆け寄ってきたクラスメートたちに口々に感謝の言葉やら賛辞の言葉やらを浴びせられた。
産まれてこのかたこんなに褒められたことはない。
照れくさくて
「いやぁ、そんなことないよ」
と頭を掻く。
パトリックは
「いや、本当にあの時のスズの機転は見事だった。俺なんて魔獣を見た瞬間に足は竦むし、どうしていいか分からなかったよ」
と言い、ジェレミーは
「全くその通りです。僕も正直このまま死ぬのではないかと心の中で覚悟を決めたくらいです」
と嘆息した。
「でも、クラリスやパトリック、ジェレミーもみんなが協力してくれたから助かったんだよ」
と言うとクラリスが
「ううん。スズが居なかったら、絶対に私達は何も出来なかった。いつも先頭を走って、私達を率いてくれるのはスズなのよ!」
と力強く私の手を握る。
パトリックとジェレミーも頷きながら
「本当にその通りだよ。スズのおかげで俺は世界が広がったし、人間としても成長できたと思う。スズがいてくれるから俺も頑張ろうって思えるんだ。ホントに感謝してるんだぞ!」
「誠に仰る通りです。スズの斬新な発想や素直さが僕達を触発し、次々と新しい道が拓けてくるのです。今回もスズの土魔法で壁を作るという発想が無ければ、僕達全員死んでいたことでしょう。だから、僕達にとってスズは命の恩人なのです。僕はスズに会えたことが人生で最も幸運な出来事だったのではないかとまで思いますよ」
と嬉しいことを言ってくれる。
・・・うぅ、ちょっと泣きそうだ。
その後先生方からも沢山お褒めの言葉を頂いた。
「さすがオデット様とリュカ様の娘ですね!」
と学院長からも絶賛されて、今度全校集会で表彰して貰えるという。
お父さまもお母さまも喜んでくれるかな。早速手紙に書かないと、と思った。
一方で、どうして突然魔獣が現れたんだろう?と気にかかる。
フランソワはきっとそちらの方で忙しいんだよね。
後で話を聞かせて貰えるかな・・・とフランソワのことを考えると、抱き上げられた時の腕の逞しさまで思い出して、顔が熱くなった。




