学力テスト
セルジュはその後しばらく登校拒否をすると決めたそうだ。
ほとぼりが冷めるまでクラスメートに近づかないためだという。
気が向いたら学校に来ると聞いて呆れたが、驚くべきことにフランソワはそれを認めたので、セルジュは最初の学力テストも受けないことになった。
フランソワ曰く、セルジュは間違いなくこの学院で一番の学力があるという。
三年生まで含めた生徒の誰よりも学力があり、下手したら教師よりも優秀だと断言した。
だから試験を受けなくても何の問題もないそうだ。
教室でその話をするとパトリックが羨ましがった。
「いいなぁ、俺もそんな風に言われてみたい。試験は明日だろう?」
「パトリック、そのためには日夜努力が必要なのですよ。日々精進することでしか高い評価を得る術はありません。どうか女生徒などに時間を取るような愚を犯すことがないよう心よりお願い申し上げ・・・」
とジェレミーのお説教が続きそうな時に
「パトリック様!」
と明るい声が聞こえた。
ジゼルが息を切らしてパトリックに駆け寄ると、彼の上着の裾をさりげなく掴んで顔を見上げる。
「あの・・・今日も一緒に図書館で勉強しませんか?」
「え・・・あ、ああ・・」
と言いかけて、ジェレミーを見る。ジェレミーは黙って首を横に振った。
パトリックは申し訳なさそうに
「悪い。今日は・・そのジェレミーと一緒に勉強する約束があって」
と言うとジゼルは
「え、じゃあ、三人で一緒に勉強すればいいじゃないですか?」
と明るく提案する。
しかし、ジェレミーは
「いえ、今日は男子寮の部屋で勉強する予定です。王太子として恥ずかしくない成績を取るためにも集中する必要があるのでご理解下さい」
と、にべもなく断った。
ジゼルは不満そうに頬を膨らませていたが(その仕草も可愛いものだった)、
「そういえば・・・私、結局ポーションの授業を選択できるようになったんですよ!」
と嬉しそうにパトリックに言う。
今度はパトリックの袖の肘近くを軽くつまんでいる。
なんだかんだとボディタッチが多いなぁ、と眉を顰める。
すると、クラリスが辛そうに立ち上がって教室から出て行った。
私は急いでクラリスを追いかける。
「・・・クラリス。大丈夫?」
「スズ・・・ごめんね。最近あの二人を見ているのが辛くて・・・」
「うん、ジゼルはパトリックとの距離感を間違えてるよね」
「スズ・・・あれは間違えてるんじゃないの。わざとやってるのよ」
というクラリスの言葉に私は衝撃を受けた。
「わざと・・・?」
「スズは人を疑わないから分からないかもしれないけど、ジゼルはわざとパトリック様と自分の親しさを周囲にアピールしてるんだと思う。パトリック様と一番親しいのは私よってみんなに思わせたいのよ・・・」
そ、そうか・・・。でも・・・
「パトリックはクラリスの婚約者だよね。なんでそんなことするの・・?」
「私とパトリック様の婚約は親が無理矢理捻じ込んだものよ。パトリック様に他に好きな女性が出来たら・・・婚約破棄とか・・・あり得ると思う」
クラリスの表情は暗い。目に涙を一杯に溜めているクラリスを見ていたら堪らない気持ちになった。
私のクラリスにこんな顔をさせるなんて!無性に腹が立ってきた。
「パトリックも婚約者がいるのに他の女にデレデレするなんて最低よね?私パトリックに言ってやるわ!」
と言うとクラリスは「止めて」と言う。
「パトリック様を無理矢理縛るとか・・・申し訳ないから。もし、パトリック様がジゼルの方が好きなら、私は身を引く準備は出来ているし・・・」
と泣きそうな顔で言う健気なクラリスに私は掛ける言葉を見つけられなかった。
翌日一日がかりの学力テストが無事に終わった。
試験終了後、フランソワから
「リシャール、ベルナール、マルタン、ルソー。資料の整理を手伝って欲しいから、この後俺の準備室に来てもらえるか?」
と呼びだされた。
他のクラスメートたちは
「なんであの人達だけ・・・」
とざわついている。特に女生徒の私達に対する視線には敵意が籠っている。
うぅ、怖い。
放課後フランソワの準備室に行くと、フランソワはドアの鍵を掛けて、更に盗聴防止の魔法までかけた。
「何かあったの?」
と聞くと、セルジュが鳥から聞いたミシェルらしき女が学院に出入りしている話を始めた。
フランソワは情報源がセルジュだとは言わずに説明する。
セルジュは動物と話が出来る能力を私とフランソワには打ち明けたが、それ以外は誰も知らない。
だから、セルジュの能力がバレないように上手くフランソワは説明している。
違法危険薬物を作っているミシェルという怪しげな女が学院にこっそり忍び込んでいるらしい。彼女はタム皇国にも繋がっていて、大陸の結界を破壊するためにオデットの弱点であるスズを狙っているようだ、ということを端的に説明する。
ミシェルは何故かジゼルと接触している。
ジゼルとの接触の目的は分からないが、ジゼルは信用しない方が良い。
彼女の様子で何か気づいた点がないか?という用件だった。
特にパトリックは強く衝撃を受けたようで顔面を蒼白にして絶句している。
しかし、ジゼルのことに話が及ぶと慌てたように
「いや・・・ジゼルは悪い奴じゃない。誤解があるようだが・・・」
と言い募る。
私は深く溜息をついた。
ジェレミーは眼鏡を押し上げながら
「僕はずっとジゼルは信用しない方が良いと申し上げていましたよね?」
と問いかける。
「・・・う・・・それは・・・」
「私も今はジゼルを信用できないと思っているわ」
と私が言うと
「スズ・・・!お前もか!」
とパトリックが絶望的な声をあげた。
「だってね。普通婚約者の居る男性にあんな風にベタベタ近づかないよ。しかも、その婚約者の目の前で。普通の感覚だったら、婚約者が嫌な思いをするだろうなって遠慮するもんじゃないの?パトリックはそれを見ているクラリスの気持ちを考えたことあるの?」
と私はここぞとばかりにパトリックを責めた。少しはクラリスを悲しませた報いを受けるがいい!
「で、でも、俺達は決して疚しい関係など・・・」
「当り前よ。疚しい関係なんてあったら、すぐに絶交よ。公爵邸も出禁にするからね!」
「いや・・・それは困る!あそこは俺の心の癒しなんだ!」
「だったら、冷静に考えてみてよ。例えば、恋人に他の男がベタベタしていたらパトリックだって嫌な気持ちになるでしょう?」
「・・・。恋人・・・。今一つイメージが湧かないな・・・」
という私達の不毛なやり取りを聞いていたフランソワが呆れたように
「パトリックはまだ恋を知らない子供だ。これくらいの年齢だと女の方が早熟だ。しかも、パトリックはまだ14歳だろう?」
と口を挟む。
パトリックはムッとしたように
「子供扱いしないでもらいたい・・・。勿論、恋くらい・・・したことは・・・まだないかもしれないが・・・」
と最後が気まずそうになったのはクラリスが泣きそうな顔をしていたからだろう。
「どういう感情を覚えたら恋なんだ?」
というパトリックの大変ベーシックな質問に私は
「その人に会いたいとか。一緒に居るとドキドキするとか。その人の笑顔が見たいとか。気が付くとその人を見てるとか。目が離せないとか・・・色々あるでしょう?」
と説明すると「俺にはまだ経験ないな」とパトリックはあっさり言う。
「つまり、それはジゼル嬢にも恋していないということで、それについては大変喜ばしいことですが、今後は恋もしてない令嬢に対して親し気な態度を許さないという節度を学んで頂かないといけません」
とジェレミーが結論づけた。
「いずれにしてもだ!そのミシェルとかいう女については国防にも関わる大問題だ。父上にも報告しないと・・・」
とパトリックが威厳を取り戻そうとするかのように話し始めると、フランソワが冷たく
「既に国王には報告済みだ。その上で、この学院での対応は俺に任された」
と返答する。
「そ、そうか・・・」
とパトリックが口籠ると、ジェレミーが
「・・・その、ミシェルと関係があるのかどうかは分かりませんが、先ほどジゼル嬢が気になることを口にしていました」
と話し出した。
「ポーションの授業は突然人気が急増し、希望者は公平なくじ引きで授業の選択が出来るかどうかが決まるということですよね?ジゼルはくじで外れて大騒ぎをしていました。号泣して学院長に縋りついたとも聞いています。それなのに最近欠員が出て、ポーションのクラスを選択することが出来るようになったと言っていました」
ジェレミーの話を聞き、フランソワが顎を撫でながら考え込む。
「・・・こちらでも調べてみよう。ポーションの授業を取りたいと泣きついてくる生徒は多い。ジゼルも来ていたような気がする。ほとんど覚えていないが・・・。ただ、突然の欠員というのは聞いていない・・・」
「ポーションがそんなに人気のある科目とは知らなかったな!」
とパトリックが天真爛漫に言うと、ジェレミーが眼鏡を押し上げながら目を瞑って、はぁ、と溜息をついた。




