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船旅


ミレーユのことは気になったが、私は初めての船に胸がどきどきして落ち着かず、船室に荷物を置いたらすぐに船内をあちこち見て回ることにした。


セドパパには許可を取ったし、ジルベールが後を付いて来てくれるので、遠慮なく歩き回る。


甲板に出ると船員たちが忙しそうにロープを片付けたり、積荷を運んだりしている。


私は船から見える海の景観に再び感動を覚えた。


一日中見ていられる、と思いながら、ぼーっと海を眺めていると、忙しく立ち働く船員にぶつかってしまった。


「あ、も、申し訳ありません!」


と平謝りの船員に


「私が邪魔しちゃったの。ごめんなさい」


と謝って、船室に戻ることにした。確かに素人がいると迷惑だよね。特に出航前の忙しい時間に、と反省する。


戻る途中でセドリックとミレーユが深刻そうに話をしているのが見えた。ミレーユは泣きそうな顔をしてセドリックに何かを言い募っている。


セドリックは真剣な顔で何かを諭すようにミレーユに話している。私は近づかないように気をつけて船室に戻った。


自分の船室に戻る前にジルベールに


「ミレーユはセドリックが好きなんだよね。私がセドリックの近くに居ると嫌だろうと思うんだけど、どうしたらいいかな?」


と相談してみる。


「それは非常に傲慢な考え方ですね」


「ご、傲慢・・・?」


私はジルベールの言葉に怯んだ。


「私はずっとある女性に片思いしています。その女性は大変魅力的なので男性の友人も多く、恋人もいます。そういった方たちにジルベールに申し訳ないから、などという変な気を遣われたら、私のプライドはズタズタに傷つきますね。なんて傲慢で人を見下した考えなんだろうと思います」


「・・・じゃ、じゃあどうしたらいい?」


「普通に過ごしてください。船旅を楽しみにしていたんでしょう?当初の予定通りそれを楽しむことです。ミレーユ嬢のことを考えるのは時間の無駄ですし、変な気を遣うのは彼女に失礼です」


ジルベールにきっぱり言われるとそうなのかな、という気もする。


御礼を言ってジルベールと別れると、船室で一息ついた。


しばらくベッドで本を読みながら寝転がっていると誰かがドアをノックした。


船室の扉を開けるとセドリックが立っている。


「そろそろ出航だぞ。甲板に出るか?」


と聞かれて、ピョンと飛び上がった。もちろん!


甲板に出るとちょうど汽笛を鳴らして船が動き出すところだった。


プォ~~ン、プォ~~ンという音がして、三本のマストの帆が一斉に張られる。


折よく強い風が帆を一杯に膨らませて、船が進みだした。


船員たちが忙しそうにロープを持って走り回っている。


この船はキャラック船と呼ばれるタイプで主に帆で風を受けて進むが、一応魔力を使った動力源もあるらしい。嵐の時などの緊急用に使用されると言う。


「そういえば、この船はどこに行くの?」


というバカ丸出しの質問をしてしまった。


船に乗れれば私は満足だったので、ちゃんと計画を聞いてなかったんだ。


忙しかったしね、うん、と言い訳する。


セドリックは笑いながら


「やっぱりちゃんと話を聞いていなかったんだろう」


と私の頭をぐしゃぐしゃに撫でる。


「今回はクリスマス休暇を使った家族旅行なんだ。だから、この辺の景色の良いところを回って、人気のある港町に立ち寄って戻って来るくらいなんだよ。3~4日の船旅だからな」


「そっか・・・。ごめんね。ちゃんと説明してくれたのに、船に乗ることが私のメインだったから、つい聞き逃しちゃって」


「いいよ。それより、もうすぐ昼飯だから」


と言って食堂に案内してくれた。


そこには驚く程のご馳走が並んでいて驚いた。船旅っていうのは、乾パンみたいな保存食を食べるものだと覚悟していたのに、ちゃんとした料理や瑞々しいフルーツが並んでいる。


「たった3日程度だと食事は陸と変わらないよ。料理人も一緒に乗ってるしね」


とセドリックが説明してくれる。


彼は船に乗り慣れているようだ。


話を聞くと、彼は子供の頃船長になるのが夢だったそうだ。だから、船員の見習いをしていた時期もあったんだって。


「そしたら、厩番なんてつまらなかったろうね」


と言ったら


「スズに会えたし、俺は馬が好きだから厩番の仕事が出来て良かったと思ってるよ」


と食事中にも話をしているとセドママやポールたちの目が生暖かく私達に注がれているのに気が付いた。


メラニーとダニエルに話しかけると、彼らも初めての船旅だったらしく、口々に興奮して話し始める。可愛いなぁ。二人ともすっかり私に懐いてくれた。


その時、船長とミレーユが入ってきた。


何となく雰囲気が気まずくなる。


ミレーユは何も言わずに船長の隣に腰かけて食べ始めた。


誰のことも見ようとしないし、話に加わろうともしない。


セドママが雰囲気を明るくしようと話を始めたので、私もそれに乗るようにした。


それでも、セドリックは口数が少なくなったし、船長は申し訳なさそうに私に向かって会釈をする。


食事が終わるとちょっとホッとした。


セドリックが船を案内してくれると言うのでついていこうとすると、ミレーユが怒りの表情で私を睨んでいる。


廊下に出た後


「ねえ・・・セドリック、あの、ミレーユは・・?」


と聞くと


「気にしないでくれ。ごめんな。不愉快な思いをさせて」


と謝る。


「不愉快な気持ちはしてないよ。どっちかというと私が彼女に不愉快な気持ちにさせているから・・・」


すると、セドリックは私が気にすることは何も無いと言う。


「な、せっかくのクリスマス休暇なんだし、初めての船旅だろう?楽しまなきゃ損だよ!」


と言われて、私も気持ちを切り替えた。さっきのジルベールの言葉もある。変な気は遣わない方がいい。


その後は船員に話を聞いたり、船倉を見せてもらったり、船長に舵の取り方を教えてもらったり、とても楽しい時間を過ごした。




その夜、眠っていた私は何かの気配で目が醒めた。


何だろう・・・?船室から出るとちょうどジルベールも外に出てきたところだった。


「スズ様、上に何かを羽織った方がいいです」


と言われて、部屋に戻って上着を羽織る。


再び船室の外に出るとセドリックもそこにいた。


セドリックは真剣な顔で


「多分・・・海賊船だと思う」


と言う。


海賊!?


「あ、でも、大丈夫。味方だから・・・」


というセドリックに私は疑心を隠せない。


ジルベールがセドリックを庇うように


「エミール様はヴィクトル様とリュカ様の命で動いています。ご心配要りません」


と言う。


私は余計に混乱して頭がグルグルした。


ジルベールが苦笑いしながら説明してくれたことを纏めると、この海域には海賊が多発していた。海賊を撲滅するのは難しいが、管理することは出来る。力のある海賊の大親分を支援して小物たちが商船などを襲わないように目を光らせてもらう。彼らが船を襲う必要がないように直接的な経済援助を行う。代わりに情報収集や海域の治安維持に務めてもらうことにしたとのことだ。おかげでこの海域で襲われる商船は激減したと言う。時には清濁併せ呑む選択が必要なのだとジルベールは私に説明した。


今回海賊船と接触したのは、タム皇国の動きを探るようにお祖父さまとお父さまがセドパパに依頼したかららしい。


私がどんな話をしているのか聞きたいと言うと、ジルベールは困った顔をしたが、セドリックは良い場所を知っていると言う。


ジルベールは溜息をついて、急いでニンジャ服に着替えるように指示した。


念のためニンジャ服を持って来て良かった!


急いで服を着替えるとセドリックの後について船倉の奥に忍び込んだ。私達の後をジルベールが音もなく付いてくる。


口パクでセドリックが合図したところに入りこむと羽目板の隙間から広くて明るい船室がちょっとだけ見える。


その船室にセドパパとポール兄が立っていた。


騒がしい人の声や足音が聞こえて船室のドアが開くと、目を瞠るほどの美男子が入ってきた。


側近らしき男達も傍についている。側近たちがいかにも海賊、という粗野な風体なのに対し、中心にいる背の高い美丈夫は洗練された容貌で驚いた。貴族と言われても通用すると思う。


「ジャック、よく来てくれた」


とセドパパはジャックと呼ばれた男と握手をする。


挨拶を交わした後、男達は席について密談を開始した。


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