フランソワと仲直り?
目が醒めると私は公爵邸にある自分の部屋のベッドに寝ていて、フランソワが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
し、至近距離・・・!麗しい顔を間近に見て、胸がどきどきする。
慌てて起き上がろうとすると
「ダメだ。まだ寝ていろ。神経毒を吸わされたんだ」
とフランソワに抑えられた。
「・・・何があったの?私、柄の悪い連中に襲われたんだよね・・・?あのごついおじさんもあいつらの仲間だったの」
と尋ねた。
親切なおじさんだと思ってたのに・・・と悲しい気持ちになる。
するとフランソワは首を横に振った。
「あのごついおっさんは強力な媚薬で操られていた。ミシェルが作った媚薬に間違いない」
と言う。
「・・・え?」
「やっぱり、ミシェルはオデットへの復讐の手段としてお前を狙ってきた。人身売買の組織まで絡んでいる。お前はタム皇国に売られるところだったんだぞ。犯人達は全員捕まえたから、王宮が組織壊滅のために動くはずだ」
というフランソワの言葉に呆然とする。
「はっ、そういえば・・・クラリスは?彼女は無事なの?」
「大丈夫だ。お前が気絶してすぐに俺とジルベールが介入した。クラリスはお前の足手まといになって申し訳ないと泣きながら謝っていた」
・・・足手まといだった自覚はあるのね。
「俺も一緒に行くから待ってろと言っただろう?」
とフランソワに頬をつねられる。むに~と両頬を引っ張られると嬉しいのは何でだろう?
「ごめんなさい・・・。正直、舐めていました。鍛えているから大丈夫だろうと思ったの。神経毒ってあんなにあっさりやられちゃうんだね・・・」
「特にミシェルが作ったものだったら、強毒性だからな。本当に気をつけろ。お前にもしものことがあったら俺は・・・」
と私の頬を離した手を強く握り締める。
「・・・心配かけてごめんなさい。これからはもっと慎重になります」
「頼む。お前に何かあったら俺は正気でいられる自信がない・・・」
フランソワは私の手を両手で握り、それを自分の額に押し付けた。
あいや!ちょっと嬉しいんですけど!心臓がどきどきする。
でも・・・と、浮かれそうになる自分を戒める。
これは可愛い姪の無事を祈る叔父さんの気持ちだよね。
恋愛じゃない。私の気持ちは知られちゃいけない。気をつけないと。
「何を考えているんだ?」
「う、ううん。そんなに心配して貰って有難いな~って」
「当り前だろう」
甘い表情で私の頬に手を当てる。長い指でスッと頬を撫でられるとゾクゾクした。
「あ、あの、セドリックは?」
と聞くと、今までの甘い雰囲気が嘘のようにフランソワの表情は冷たく変化した。
「ああ、お前のことを心配していたよ。あいつはいい奴だな。しっかりしているし、接客も如才なくて感心した。俺は社交的じゃないし客あしらいも下手だからな・・・」
「うん!そうなの!セドリックは凄いのよ。家族思いでね。お兄さんと弟と妹がいるの。すごく面倒見が良いのよ。私が冒険者になって船に乗りたいっていう夢も覚えていてくれて、クリスマス休暇中に船旅を計画してくれたの!」
「・・・そうか。お前と年も近いし、お似合いだな」
あ、ここで答えを間違えちゃいけない。まだフランソワが好きだと勘違いされたら、また避けられちゃう。
「へへ。そうかな。嬉しい。私ね、セドリックのことが好きなの」
実際、友達として大好きだしね。
でも、そう言った途端フランソワの表情から一切の感情が抜けた気がした。
・・・あれ?私何か間違えた?フランソワを怒らせるようなことを言っちゃったのかな?
戸惑いながらフランソワを見上げると
「大丈夫そうだが、もう少し寝ていろ。食事は部屋に運ばせるから」
と言い捨てて、部屋から出て行こうとする。
さっきまでの親し気な雰囲気が嘘のようだ。
「・・・フランソワ?ごめんなさい。私何か気を悪くするようなこと言った?」
と尋ねるが、フランソワはあからさまな作り笑いで
「いや、全然。気を悪くなんてしてないから、安心して寝ていろ」
と言いながらドアを閉めた。
しばらくすると食事が運ばれてきた。
黙々と食べながら、気持ちが沈むのを抑えられない。
折角フランソワが親し気にしてくれたのに、一体何が悪かったんだろう?
大人の男の人って難しいな・・・。
落ち込んでいたら、控えめなノックの音が聞こえた。
お祖母さまが心配そうに入って来る。
「大丈夫?」
と頭を撫でてくれる優しい手にうるっときてしまった。
「どうしたの?」
と聞かれて、フランソワを何故か怒らせてしまった話をするとお祖母さまは溜息をついた。
「本当にあの子は厄介ね・・・。大人げない。大丈夫よ。私が話をするわ」
「あ、でも、その・・・私が言いつけたみたいな感じで・・・」
「うまくやるから心配しなくて大丈夫よ。悪いのはあの子なのよ。きっとあの子自身も分かってるはず。任せておきなさい」
というお祖母さまはとても頼もしかった。
安心したら、眠気が襲ってきた。ウトウトとしばらく眠ってしまったらしい。
扉を叩く音で、ハッと目が醒めた。
返事をするとフランソワがぎこちない様子で部屋に入って来た。
私も何故か緊張する。
フランソワはベッドの脇の椅子に座って私の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「・・・すまない。俺は怒っていた訳じゃない。・・・やきもちを焼いてたんだ」
やきもち!?なんですと――――?!
と気持ちが高ぶった。しかし、きっとぬか喜びだろうと思っていたら、案の定その通りだった。
「父親が娘を誰にも渡したくない気持ちと似てるんだと思う。大事な姪を誰にもやりたくないなんて、子供じみてるよな。すまなかった。・・セドリックは将来いい男になると思うよ」
・・・がっかり。やっぱりね。
でも、フランソワの表情は普通に戻って、昔みたいに話が出来た。
こっそり安堵の吐息をつく。
「俺は・・・大人げなかったと反省してるんだ。俺はお前の幸せを何より祈っているよ。俺に出来ることがあったら何でもするからちゃんと言うんだぞ」
と言われたら嬉しくなって、締まりのない顔でへらっと笑った。
すると、また頬をむにっとつねられた。
「だからお前は無防備過ぎるんだ。警戒心を持て!」
と叱られる。なんでだ?
でも、普通におしゃべりできるようになって良かった。
しばらく話した後、フランソワも笑顔で部屋を出て行った。
その後もセドリックやセルジュがお見舞いに来てくれた。
二人とも物凄く心配してくれたみたいで、申し訳ない。
「でも、思っていたより元気そうで安心したよ。牧場のことは俺達に任せてゆっくり休め」
とセドリックが言ってくれる。
私は有難く二人に甘えることにした。




