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アクヤクレイジョウ登場!


その翌日もまたパトリック達は現れた。


その日はジェレミーも一緒に参加すると言う。ジェレミーの父親であるベルナール公爵夫妻もパトリックと一緒に鍛えて貰って来いと送り出したらしい。


私は一体何者だと思われているんだろうか?


様々な疑問が頭をグルグルと回ったが、私は半ばやけくそになって二人を鍛えた。


途中からセルジュとセドリックも参加してくれて、三人がかりで教えることになったので初日よりは大分楽になった。


護衛騎士らも何か手伝いたいと言ったので、畑仕事を手伝って貰うことにした。


二人の騎士は手先が器用でなかなか有能だった。


その週パトリック達は毎日現れた。


「ねえ、王太子ってそんなにヒマなの?」


と訊いたら


「いや、公務は今週全部休ませて貰っている」


と恐ろしいことを言う。


「慣れてきたら、公務の合間にお邪魔するよ。今はこの作業に早く慣れたいからさ」


と爽やかに言う王太子。


ここでの作業の何が彼らを惹きつけるのだろうか?


結局金曜日まで毎日現れるパトリック達に私達も徐々に慣れてきた。


金曜日は週末のマーケットで売り出す料理を作らないといけない。


パトリック達に牧場と畑の作業をお願いして、私は料理長と料理に専念することにした。


セルジュに小声で「牧場の方は頼むね」とお願いすると笑顔で頷いてくれる。


くはぁ、相変わらず完璧な造形の美少年だ。


パトリック達も作業に慣れてきて、安心して任せておける。


私は先週以上に大量のチリビーンズとベジタリアン用のチリビーンズを作った。


トルティーヤも山ほど焼いた。今週は料理長だけでなく料理人のみんなも手伝ってくれて、和気藹々と作業が進む。


ようやく全部の料理が終わり、マーケットで売る分は全て冷蔵庫に入れた。


ジェラールとウィリアムとの約束も忘れていないので、うちの家族分と公爵家分の料理は別に取り分けてある。


私達で食べる分をテーブルに並べた。


今日はパトリック達もいるし多めに用意する。


きっとお腹を空かせているだろう、と考えていると、騒々しい音と共にパトリック達が現れた。


パトリック達はセドリックやセルジュと仲良さそうに話している。


一緒に作業するうちに彼らはすっかり打ち解けたようだ。騎士らも楽しそうに会話に加わっている。


眼鏡美男子のジェレミーは四角四面で柔軟性に欠けるのかな、と思ったけれど、想像以上に素早く牧場での作業に適応していった。


話を始めると堅苦しいが、悪い子じゃないと思う。


今もセルジュと親しそうに話をしている。


セルジュがこんな短時間に他人と打ち解けるのは珍しい。動物たちがパトリック達を嫌がっていない証拠だ。


彼らは厨房に入るなり


「いい匂いがする~」


「堪らない匂いだ~」


「見ろよ!美味そう!」


と益々騒がしくなった。


ちょっと高飛車だったパトリックもすっかり年相応の素直な少年になって、天真爛漫に笑っている。


みんなで手を洗うと嬉しそうにテーブルについた。


「いただきます!」


と声を合わせるとむさぼるように食べ始める。


「・・・んんんまい!」


「マジでいくらでも食える!」


「美味しいです。このように美味な料理は初めて食べます」


と騒々しい。


おぉ、食べ盛りって感じだな。みるみるうちに食べ物が減っていく。


多めに用意したつもりだったんだけど、大丈夫かな、と思っていると料理長がどこからか別な料理を持ってきた。


公爵邸で夕食にする料理の一部を持って来てくれたらしい。


明日のマーケットでの売上を減らしたくないので、これ以上チリは出せない。正直助かる。


料理長の機転でパトリック達はおおいに食事を楽しんだ。


「あぁ~、美味かった」


「さすが公爵邸の料理だな。チリビーンズも美味かったけど、他の料理も堪らない美味しさだった」


と口々に言うので、料理長も嬉しそうだ。


食後のお茶を出して、みんなでまったり世間話をしていると突然騒がしい音が廊下の向こうから聞こえてきた。


「お嬢様!お嬢様!どうかお止め下さい!」


という女性の取り乱したような大声が聞こえた。


「公爵邸でこのような無体は!どうかお止め下さい!」


「うるさい!邪魔しないで!」


という声を聞いて、パトリックの顔がすぅっと青褪めた。


先程までリラックスしていたジェレミーの顔も強張っている。


「どうしたの?」


と訊いた瞬間に厨房の扉がバンと開け放たれた。


そちらに視線を向けると、鮮やかな緑色の髪をした美少女が仁王立ちになっている。


迫力のあるオーラが背中から立ち昇っている。


目鼻立ちの整った美少女だが、すごい髪の色だな、と思っていると、彼女は私を睨みつけた。


「あなたね!殿下を誑かしたのは!」


と叫ばれて、私の脳内はクエスチョンマークで溢れた。


一体何の話?


戸惑う私を無視して興奮した彼女は私に掴みかかってきた。


咄嗟に避けてしまった私を許して欲しい。


掴みかかろうとした瞬間に私が避けたので、彼女はステーンと床に転がった。


「・・・だ、大丈夫?」


と声を掛けながらハンカチを渡すと、


スクっと立ち上がり、顔をハンカチで拭いて


「大丈夫よ!」


と再びキッと私を睨みつける。私のハンカチを握り締めたままだ。


そこでパトリックが


「クラリス、ここはモロー公爵邸だ。みっともない真似は止めてくれ」


と言う。


クラリスと呼ばれた少女はパトリックを見ると赤くなった。


「殿下。大変申し訳ありません。しかし、殿下が悪い女に誑かされていると聞いて、居ても立ってもいられなかったのです」


パトリックはうんざりしたように溜息をついた。


「バチストがそんなことを言っていたのか?」


「はい、お父さまから殿下を取り戻してくるよう命じられました」


パトリックは冷たく


「俺は俺の意思でここにきている。誑かされている訳じゃないし、彼女は俺達を指導してくれているんだ。失礼な態度を取るな」


と言い放った。


クラリスは顔を引きつらせる。


「やっぱりこの女は魔女ですわ!殿下たちをこんな風に操るなんて!」


と今度は近くにあった塩の瓶を私に投げつけた。


私はパッとそれを手で掴んで止めた。こんなの何てことない。


クラリスは恐怖に顔を引きつらせながら


「お、恐ろしい・・・や、やっぱり魔女だわ・・・」


と呟く。


パトリックが辟易したように


「おい、頼むから変な言いがかりは止めてくれ。俺がここに来られなくなる」


と言うと


「殿下はこの魔女に騙されているのです!」


と再び言いがかりが始まった。


私は溜息をついて


「私、面倒くさいの嫌いなんです。こんな人がついてくるなら二度とここには来ないで下さい」


とパトリックに告げる。


「い、いや、それは困る。せっかく動物たちにも慣れてきたんだ」


と焦るパトリックを見て、クラリスが


「殿下!どうか目を覚まして!」


と叫ぶ。


目も当てられない愁嘆場に私はどっと疲れた。


セルジュはいつの間にか消えてしまった。こういうの苦手だもんな~。無理もない。


その時、私の隣に立っていたセドリックが私の肩を抱いて、


「あの・・・」


とクラリスに声を掛けた。


クラリスはセドリックの存在に今更気が付いたようで、少し恥ずかしそうにしている。


ふんっ。セドリックがイケメンだからって何よ!


「何か誤解されているようですが、俺とスズはお付き合いしています。だから、殿下を誑かすとかあり得ないんですけど・・・」


というセドリックの言葉に、私もパトリックもジェレミーもついでに騎士達も料理長も使用人もその場にいた全員が驚きで口をあんぐりと開けた。


セドリックが目で合図してきたので、私は口を閉じて話を合わせることにする。


「・・・そ、そうなんです。だから、殿下のことなんて何も興味ありませんわ」


ホホホ~と笑うと、パトリックが絶望的な顔をした。


「ほ、本当なのか?!」


と悲痛な叫びがパトリックの口から飛び出した。


「本当ですわ。私とセドリックは今年のクリスマス休暇も一緒に外国で過ごす予定ですの」


と言うと、パトリックとジェレミーが両手で顔を覆って膝から崩れ落ちた。


クラリスはセドリックの方を見つめながら


「あ、あら、そうだったんですのね。じゃ、じゃあ、私の勘違いだったのかしら~~。大変失礼致しました」


と赤くなってドレスの端を掴んでもじもじと弄っている。


なんだ、この態度の違いは!?


悄然とするパトリックとジェレミーを騎士二人が連れだした。それにくっついてクラリスとお付きの侍女らしき人も厨房からゾロゾロと出て行った。


緊張して事の成り行きを見守っていた使用人たちが一斉に安堵の溜息をつく。


疲労困憊して崩れ落ちそうだった私を、セドリックが優しく支えてくれた。


私はセドリックの胸に頭を預けて、ほっと息を吐く。


・・・あれがアクヤクレイジョウか・・・。


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