出来の悪い新人
フランソワは私に
「お前がパトリックの世話をしてやってくれ」
と面倒を押し付けた。
えぇ!と不満な顔をすると
「王太子だと思う必要はない。出来の悪い新人が入ったと思って鍛えてやってくれ」
と言う。
・・・言ったな。
だったら、私も覚悟を決めた。厳しく行くぞ。
「俺はアランと姉上にパトリックを何とかしてもらうよう頼んでくる」
とフランソワは王宮に出かけて行った。
セルジュとセドリックは既に牧場と厩舎で働いているはずだ。
私は王太子に向かって仁王立ちになり、説教から始めた。
ちなみにニンジャ服を着用している。
「王太子殿下。このように王族の権威を利用して他人の屋敷に押し掛けるのは迷惑な行為だとお分かりですか?」
「・・・迷惑?どこの屋敷も俺が行くと喜んで歓迎してくれるが・・・」
「それ!」
「は?」
「その認識が間違っています!」
「・・・そ、そうなのか?」
「王太子だから権力目当ての屋敷は歓迎してくれるでしょう。でも、私は歓迎できません。はっきり言って牧場での仕事に慣れていない新人を訓練するのは面倒臭いからです!」
「・・・面倒臭い・・・?」
ジェレミーと騎士らも言葉を失っている。
「ですから、もし本気で牧場で働きたいと言うのであれば、相応の覚悟が必要になります。絶対に文句を言わない。途中で投げ出さない。言うことは素直に聞く。それを約束出来ない限り、今日はこのままお帰り下さい!」
と私は言い切った。
王太子はまだ私の言葉を消化しきれていないようだったが、しばらく考えた後ゆっくりと頷いた。
「殿下!頷くだけじゃダメです!ちゃんと返事して下さい!」
と怒鳴りつけると
「はい!」
と王太子は元気よく返事した。
そして
「殿下じゃなく、パトリックと呼んでくれ」
と笑った。さすが正統派美少年だけあって笑顔は可愛かった。
しかし、その後の苦労は筆舌に尽くしがたいものだった・・・。
パトリックは牛糞に怯え、近づくのも躊躇うくらいだった。
更に何かというと騎士らとジェレミーがパトリックを助けようとするので、厳しく彼らを止める。
パトリックが自分でやらないと全く意味がない、と怒鳴りつけると、恐る恐るシャベルで牛糞を拾い上げる。
何度も怒鳴りつけ、ようやく普通に牛糞の処理が出来るようになったと思ったら、今度はミミズに怯える。
良い堆肥を作るのにミミズが果たす役割は大きい。
ミミズはどう考えても益虫だ。
何度も「軟弱者!」「臆病者!」「腰を入れろ!」と怒鳴りつけ、私の声はガラガラになった。
こんなに面倒臭い新人がいるだろうか?
思えばセドリックやセルジュは最初から家畜の世話に慣れていた。
彼らが普通だと思ってはいけないと反省した。
本格的貴族の坊ちゃんが初めて牧場で働くとなるとこんなに大変なんだ、と実感する。
牧場での作業がようやく終わった時には既に日暮れに近かった。
「もう懲りたでしょう?二度と来ないで下さい」
と言うと
「・・・俺は・・・また牧場に来たいが、どうしても来ちゃダメか?」
と縋りつくような目で私を見る。
あれ?どっかで経験したような既視感が・・・と思っていると、私が三才の時にフランソワにまた牧場に来ていいかとお願いした時のことを思い出した。
それを思い出すと、当時の自分の気持ちも甦って来た。
当時の自分を思い返すと、私の今日の態度はあまりに酷過ぎたと反省する。
最初から完璧に出来る人はいない。だから人は学ぶのだ。
自分も昔は役立たずでフランソワに怪我までさせた癖に、と恥ずかしくなる。
逆にパトリックに申し訳ない気持ちになった。
「私の方こそ、今日は失礼な態度を取ってしまい申し訳ありませんでした。もし、また牧場に来たいのであれば歓迎します。ただ、また同じように働いてもらうことになるでしょうが・・・」
と言うとパトリックは満面の笑顔で手を振りながら帰って行った。
一日中怒鳴られて泥まみれになって・・・何がそんなに楽しかったんだろう・・・?
はぁ、疲れた・・・と脱力していると、セドリックとセルジュが恐る恐る近づいてきた。
今日は二人ともパトリックらを避けて作業していたようだ。
私に全部押し付けて・・・と恨めしく感じるが、平民の二人にとって王族に対して不敬罪となる可能性はやはり怖いものだろう。
屋敷に戻り、体を洗って着替えて階下に降りて来るとフランソワが疲れた顔をして公爵邸に戻って来たところだった。
フランソワは私を見て、
「王太子はどうだった?」
と尋ねた。
私が
「大変だったけど本人は頑張っていたよ。また来たいって」
と説明すると、フランソワはガクリと肩を落とす。
でも、私はフランソワと普通に話が出来るようになって嬉しい。
フランソワにアラン様とエレーヌ様は何か言っていたか訊ねると
「アランも姉上もパトリックがルソー公爵の影響を強く受けていて心配していたそうだ。スズに鍛えなおして貰えるなら有難いと言っていた・・・」
と顔を強張らせながら言う。
私もはぁぁぁぁっと深く長い溜息をついた。
「バチスト・ルソー公爵は娘婿になる王太子を取り込もうと必死らしい。常に王太子を屋敷に呼んでは贅沢なパーティを開いたり、ちやほやおべっかを使ってばかりらしい。最近ではパトリックがバチストの影響を受けすぎて、アラン達もルソー公爵家とは距離を置かせたいと思っていたそうだ・・・」
「それでこっちに押し付けられても・・・」
「俺もそう言ったんだが・・・。アランはオデットの娘ならパトリックも立派に更正させてくれるだろうと・・・」
「更正と言われても・・・」
「『パトリックにオデットの娘に近づくなと言ったんだろう?』とアランを問い詰めたら、昔の話だと一蹴された。さすが老獪だ。都合の悪いことはすぐに忘れるらしい」
「・・・また来ますかね?」
「また来たいと言っていたんだろう?来るだろうな。アラン達は止める気はないそうだ。褒美代わりにお前のクリスマス休暇のための許可証は速攻で発行してくれるそうだ」
「あ、シモン商会の?外国旅行と船旅の許可証かな?」
と言うとフランソワの眉間に深い皺が寄った。
「・・・良かったな。早速、年相応のボーイフレンドが出来たみたいで」
と冷たい声で言うフランソワに、私は何と返事をしたら良いか迷った。
でも、これはチャンスかも。
もうフランソワに不埒な願望は持っていないですよとアピールするために
「うん。セドリックと一緒にクリスマスを過ごすの。すごく楽しみなんだ!」
と明るく言った。
「・・・随分気持ちの切り替えが早いな・・・おかげで俺は・・・」
と不機嫌そうに何か呟いた。
「え?なに?」
と聞き返すと「何でもない」とフランソワは素っ気なく顔を背けた。
・・・なんだ・・・仲直り出来るかと思ったんだけどな・・・。
しゅんとしていると
「悪い・・・。俺はホント自分勝手だな」
とフランソワが謝った。
何で謝るんだろうと不思議に思ってフランソワの顔を見上げると
「お前はセドリックが好きなんだな?」
と聞かれたので
「うん!」
と元気よく答えた。
フランソワは少し哀しそうにも見える笑顔で
「それは良かった」
と言いながら私の頭に手を載せた。




