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パトリック王太子

*ジェレミーの台詞は読み飛ばして下さっても問題ありません(^_-)-☆


初めてのマーケットは成功したと言えるだろう。


売り上げも予想を遥かに超えていたし、片付けをしている間も客がひっきりなしに現れて「売り切れた」と告げるとがっかりして帰って行った。


まだ豆は沢山あるので、来週末のマーケットにも出店しようと思っている。


売り上げはセドリックとセルジュと三人で山分けにした。


セルジュは受け取れないと頑なに拒否していたけど、豆の収穫も手伝ってくれたし、牧場の世話も良くやってくれているし、と説得して半ば無理矢理受け取らせた。


それでも、かなりの金額になったので、私は嬉しい。


自分の部屋の貯金箱にチャリンチャリンと小銭が落ちていく音にウキウキする。


気が利く公爵邸の料理長はお父さま達の分もちゃんと残しておいてくれたので、うちの家族も美味しいと喜んで食べてくれた。


ジェラールとウィリアムはもっと欲しいと駄々をこねたので、今度作る時は多めに取っておくねと約束した。


お祖父さまとお祖母さまも美味しいと食べてくれた。


お祖母さまはこっそりと


「フランソワは自分の部屋に持って行ってこっそり食べてたわよ。何も感想は言わなかったけど、綺麗に食べていたのできっと好きだったんじゃないかしら?」


と私に耳打ちした。


お祖母さまによるとフランソワは私を避けているが、たまに私の様子をこっそり物陰から覗いているという。


「ホント?!」


と尋ねると


「そうなの。娘の跡をつける父親みたいな真似をするなって叱りつけたのよ」


とお祖母さまはなかなか手厳しい。


「でも、やっぱりフランソワは私を避けてるのよね?」


口に出すと胸が痛いけど、それが現実だ。


「あなた達に何があったのか知らないけど、フランソワが大人げないわ」


お祖母さまはフランソワに腹を立てているようだったので、私は事情を包み隠さず話すことにした。


フランソワはお母さまが好きだから、お母さまには言えないということも含めて全部話した。


話していたらその時の気持ちが甦ってきて号泣してしまった。


お祖母さまは私をギューッと抱きしめて優しく背中をポンポンと叩いてくれる。


「・・・そんなことだろうと思ったわ。オデットには何も言わないから大丈夫よ。フランソワは初恋を拗らせすぎて意固地になっちゃってるのよね」


とお祖母さまは嘆息する。


「・・・でも、このまま避けられるのは辛い」


と正直な気持ちを伝えた。


「フランソワは不器用でクソ真面目だから、あなたがまだ自分を好きだと思っていたらきっと近づかないわね」


「・・・うん。もうフランソワには恋愛感情は抱いていないって思われた方が良いのかな?」


「今までみたいに一緒に過ごしたいのなら、そうなるわね。でないとフランソワはまた逃げ出すわ。あの子は恋愛で成功した経験がないから、好意を向けられてもどうしていいか分からないのよね・・・ホント厄介・・・」


「じゃあ、フランソワにそう伝えて下さい。私はもうフランソワのことはきっぱり忘れましたって」


「・・・あなたはそれでいいの?余計に辛くならない?」


「今は・・・避けられる方が辛いから・・・」


「分かったわ。フランソワに伝えるわね。でも、辛くなったら我慢せずに私に話して頂戴。オデット達には何も言わないから」


とお祖母さまに微笑まれて、私はつい甘えたい気持ちになってお祖母さまに抱きついた。


お祖母さまに抱きしめられて、私は少し気持ちが楽になった。




その日の午後、私はいつものようにセルジュと牧場と畑の作業をした後、メイスに乗って馬場を闊歩していた。


その日はセドリックも一緒に乗馬を楽しんでいると、セルジュが血相を変えて大きく手を振りながら走って来た。


「どうしたの!?」


と聞くと


「お客さんが・・・。スズに用があるって。なんか、王太子らしいよ」


と息を切らしたセルジュが答えた。




私は慌てて屋敷に戻った。セドリックとセルジュも一緒についてきてくれて心強い。


マーケットでの一件のせいかしら?


気づくとジルベールも合流している。いつも思うけど、ジルベールは本当に影のようだ。


執事が公爵邸の応接室に案内してくれる。


執事も緊張しているようだ。額に汗がうっすらと滲んでいるのが分かる。


私は深呼吸をして応接室に入った。


そこにはパトリック王太子とジェレミー公爵令息がソファでくつろいでいた。


お祖母さまとフランソワが対面に座って二人の相手をしてくれていたらしい。


久しぶりに見るフランソワに胸が熱くなった。


ちょっと痩せたような気がするな。顎が少し鋭角的に見える。


一見にこやかに王太子たちと談笑しているが、心が籠っていない社交辞令なのが丸わかりだ。


フランソワは


「ああ、スザンヌ達が参りました」


と王太子に紹介してくれるけど、私とは決して目を合わせようとしない。


・・・気まずいな、と胸が重いが、今は王太子の接待が第一だ、と気を取り直す。


丁重なカーテシーを取り、礼を尽くす。


セドリックやセルジュも一緒に礼をするが、二人のお辞儀は堂々としていてとても優雅だった。王宮でも通用しそうだ。


王太子に促されて、私達もソファに座る。ジルベールはドアのところに立っている。


マーケットで会った騎士二人は王太子らの後ろに立っており、ジルベールと互いに目礼する。


「昨日は世話になった。マルタン伯爵夫人から今日はお前が公爵邸に来ていると聞いて会いに来てやったぞ!」


という王太子の挨拶を聞いて返答に困った。


別に世話してないし・・・。別に会いに来てもらう必要なんてなかったし・・・。


ボーッと考えていたら、セドリックが


「こちらこそ危ないところを殿下に助けて頂きまして、誠にありがとうございました。またわざわざご足労頂いて恐縮です」


と如才なく返答してくれた。


なるほど!そう返せばいいのね。やっぱりセドリックはすごい。


「スザンヌ・マルタン伯爵令嬢のことを父上に訊ねたところ、あまり関わり合いにならない方が良いと言われた」


という王太子の言葉に私は少なからず衝撃を受けた。


え・・・なに!?私が問題児だから?関わり合わせたくないって?


「パトリック、僭越ながらその言葉では誤解を生むでしょう。国王陛下はパトリックには既に婚約者がいるから他の年齢の近い令嬢には近づかない方が無難だという判断をされたのだと思います」


ジェレミーが突然しゃべりだしたが、ものすごい早口の上に口調がモノトーンなのでついていくのが大変だ。


大体の意味は分かったけど。


要は婚約者が居る身で他の女には近づくなってことね。国王陛下、真面目で素敵。


「・・・分かってるよ。でも、スザンヌという令嬢は規格外で常識から外れているという評判だから、近づくと虜になる危険性があるって父上は言ってたんだぞ」


・・・虜?なんのこっちゃ?


「失礼ながら、結局本日のご用件は何なのでしょうか?」


フランソワは丁寧だけど、うんざりした感情を隠さずに直球で質問をする。


「お前に関心を持ったからだ!俺が何かに興味を持つなんて有難いことだと感謝しろよ!」


と王太子は真っ直ぐに私を指さした。


フランソワは額に手を当てて


「全く・・・姉上は一体どんな教育を・・・」


と独り言ちる。


エレーヌ王妃はフランソワの実の姉だし、お母さまとも親しいが、王宮の権力争いで公爵家が目立つことがないように、うちもモロー公爵家もほとんど王太子と交流を持ったことがなかった。


お祖父さまは宰相だが、モロー公爵家が権勢を振るって王家に影響を与えているという印象は避けたい。


特にバチストのような権力欲旺盛な公爵が我が家をライバル視する状況では気をつけないといけない。


だから、極力王家と距離を置くようにしていたのに、まさか向こうから突っ込んでくるとは思わなかった。


しかも、私目指して・・・。


フランソワは厳しい表情で


「王太子殿下、曲がりなりにもスザンヌは伯爵令嬢です。興味があるとか、失礼極まりない。酔狂で近づくのはいくら王太子といえども許される所業ではありませんね」


と断定する。


ジェレミーがメガネを押し上げながら


「全くフランソワ様の仰る通りです。私は最初から反対しておりました。思いつきでこんなところまで押しかけて厄介なことに首を突っ込むのは王太子としてあまりに無責任な行動です。どうかご再考頂き本日はこのまま失礼させて頂くのが最適だと思います。クラリス嬢が聞いたら怒り心頭に発することでしょう」


とこれまた早口で捲し立てる。


「いや、俺はお前が作っている畑や牧場を見に来たんだ。畑で作った野菜で料理を作ってマーケットで売っていると聞いたぞ。どんなものか見てみたい!」


と王太子は頑固に言い張る。


フランソワは不快そうに溜息をついて


「牧場は私が趣味で作ったものですが、そんなに興味がおありならご案内いたします。ご覧になったら帰って頂けますね?」


と冷たく言った。


王太子はそのような言い方に慣れていないのだろう。少したじろいだが黙って頷いた。


そして、お祖母さまを除いて全員で牧場へ向かう。


フランソワは相変わらず私を見ようとしない。


気持ちが落ち込んで俯いていたら、セドリックがそっと手を握ってくれた。


口パクで「大丈夫か?」と聞いてくれる。


彼は私の気持ちを知っているから心配してくれているんだろう。


「ありがとう」と小さな声で囁いて、ぎゅっと彼の手を握りなおす。


二人で手を繋いだまま牧場まで歩いていった。


フランソワはそんな私達をちらっと見た気がするけど、無表情は変わらない。



牧場に着くと、王太子は顔を紅潮させて興奮していた。


感心したように牛舎や羊舎を見て歩き、畑を見学する。


「掃除と手入れが行き届いているな」


と言う王太子に、フランソワが冷たく


「掃除や動物の世話をしているのは主にスザンヌとセルジュとセドリックです」


と言う。


フランソワはとても機嫌が悪い。


「動物は生きています。毎日どれだけの世話が必要か分かりますか?家畜の糞の掃除も全て子供達がやっているのです。それをたまに見に来た王族が『良くやっている』などと上から目線で褒めたって、だから何だって話ですよ。口で言うだけなら簡単です。実際に働く者の苦労も分からないくせに、興味本位で見に来られて、非常に不愉快です。もうさっさと帰って下さい」


と言い切った。


あまりの言い草に私は口をあんぐり開けてフランソワを見つめてしまった。


騎士達も呆然としているが、フランソワは王妃の実の弟だ。暴言を叱りつける訳にもいかないのだろう。


皆が沈黙していた時にジェレミーだけは生き生きと話し出した。


「まさにその通りでございます。全く否定の余地はありません。未来の国王としてこのような酔狂は控えられた方が良いというご意見には賛同する以外にございません。パトリック、どうか君の身分を考えて今後は他人に迷惑を掛けることなく王宮で決められた義務を果たす方向にエネルギーを使った方がより生産的な活動を行うことが出来ると思う。どうか今日のような想定外の行動は控えるようにして欲しい」


と捲し立てるジェレミーと対照的に、王太子はがっくりと肩を落とし


「確かにその通りだな・・・。すまなかった」


とフランソワに頭を下げた。


そして、王太子らはそのまますごすごと王宮に戻って行った。


はぁ・・・これで嵐は過ぎ去った、とほっと安堵の溜息をついたのも束の間。


翌日。


動きやすい服装で準備万端整えた王太子が、疲労困憊したジェレミーと騎士らと一緒に公爵邸に現れた。


「家畜の世話は大変だと父上と母上からも聞いた。だから、ここで俺も修行させてくれ!」


と張り切る王太子にフランソワと私は頭を抱えたのだった。


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