マーケットでの挑戦
その翌週末には私達はマーケットで小さな屋台を設置していた。
トルティーヤは山ほど焼いた。チリビーンズも二つの大きな鍋に用意してある。
一つは普通のチリビーンズ、もう一つはベジタリアン用のチリビーンズだ。
ジルベールは見守るだけで、屋台は私とセドリックの二人で準備した。
セルジュはこのマーケットに良い思い出がないから遠慮すると言った。
無理もないよね。人も多いし、今日は家でお留守番だ。
護衛のジルベールは離れたところで待機してくれている。
チリビーンズ (トルティーヤ付き) 5ルン
ベジタリアン用チリビーンズ (トルティーヤ付き) 5ルン
バーリティ チリビーンズお買い上げのお客様には無料で提供します
という料金表が大きく看板に掛けてある。
他の屋台の平均が大体一食10ルンだから、その半額で勝負しようと思った。
買ってくれたら飲み物はサービスだ。
まず食べて貰わないと始まらない。
夕べは胸がドキドキして眠れなかった。今も緊張して顔が強張っているのが分かる。
売れるかな?売れ残ったらショックだな・・・。
公爵邸のみんなは美味しいって言ってくれたけど、身びいきってことがあるからね。
マーケットに来る人は増えて来たけど、私達の屋台に近づくお客さんはいない。
チラチラと視線は向けられるけど、みんな黙って通り過ぎるだけだ。
昼近くなっても誰もお客さんが来ない。
私が肩を落としているとセドリックがバーンと私の背中を叩いて
「商売なんてこんなもんだ。最初は時間がかかる。少しずつ分かって貰えばいいんだ。初めての商売でいきなり成功すると思うなよ」
と発破をかける。
セドリックの前向きさが有難かった。
すると近くでその様子を見ていたごついおじさんが近づいてきた。
「おい!」
「ひゃ、ひゃい!」
と慌てて返事をするとごついおじさんが
「ああ、悪い。怖がらせるつもりはなかったんだ」
と笑いかける。笑顔は人懐こくてそんなにごつくない。
「ベジタリアン用のチリビーンズって試してみていいか?」
と言われたので、試食用に持って来た小皿にベジタリアン用のチリビーンズをよそって彼に渡す。
その男性はフンフンと匂いを嗅いだ後、一気に中身を口に入れた。
しばらくもぐもぐして飲み込んだ後
「これは美味いな!」
と大きな声で叫んだ。
「二つくれ。あとバーリティってなんだ?」
「これは麦から作ったお茶でカフェインも入っていないので、健康にもいいですよ。爽やかで甘くない冷たいお茶です」
と内心興奮しながら説明する。初めてのお客だ!
「じゃあ、バーリティも一緒に頼む」
と言われて、セドリックと二人でトルティーヤにベジタリアン用のチリビーンズを包み、バーリティを渡す。
ごつい男性はお金を払って待っている間に
「俺はベジタリアンなんだが、がっつり味の濃いものが好きなんだ。このピリッとした香味もいいし、何より美味い。こんな食べ物初めてだ」
と話し続ける。
セドリックが如才なく
「チリビーンズというのは外国の料理なんです。唐辛子を粉末にした珍しい香辛料を使っているのでピリッとした味がするんです。包む皮はトルティーヤと言ってトウモロコシ粉を使っています」
と説明する。
「そうか!お前ら子供なのにすげーな。誰が作ったんだ?」
と聞かれておずおずと手を挙げると、
「お嬢ちゃん、顔がそんなに可愛くて料理も上手いとなったら、嫁の貰い手には困らないだろうなぁ」
と豪快に揶揄われる。
それを聞いて何故かセドリックが真っ赤になったので、ごついお客さんは楽しそうに笑い声をあげた。
トルティーヤは紙に巻いて崩れないように工夫したので片手で歩きながら食べやすいはずだ。
ごついお客さんはトルティーヤを齧ると
「こりゃ、美味い!おい、みんな。この外国の料理は半端なく美味いぞ!ここでしか食べられない珍しい料理だ。食べないと損だぞ!」
と大声を出した。
通りがかりの人たちも皆何事かと寄って来る。
ごついおじさんはチリビーンズとトルティーヤのことを自慢げに説明しだした。
気が付いたら目の前に長い行列が出来ている。
私とセドリックは必死になって目の前の客を捌いていった。セドリックはさすが慣れていて、客の対応が上手いし、お金の計算も早い。何より手早いからすぐにお客さんにトルティーヤを渡せる。
実家のお手伝いをずっとしてきたからかな?
そういうところも尊敬する、と横目でちらっとセドリックの凛々しい横顔を眺める。
セドリックの活躍のおかげで行列はどんどん短くなり、落ち着いてお客さんを捌けるくらいにまでなった。
そしてまだ日が高いうちに、どちらのチリビーンズもトルティーヤも全部売り切れた!
チリビーンズを購入したお客さんが「美味しい」と色んなところで宣伝してくれたらしい。
売り切れた後も、まだお客さんが来るけれど「申し訳ありません。売り切れです」と謝る。
「えぇ~!?もう売り切れなの?」
と文句を言われると、セドリックが
「申し訳ありません。また来週マーケットで売る予定ですので、是非その時にいらして下さい」
と落ち着いて対応してくれた。
セドリックは本当に頼りになる。
戦果を確認するのは後にして二人でせっせと屋台の片づけをしていると、突然柄の悪い男達が因縁をつけてきた。
「おい!お前ら!誰に断ってここで商売してるんだ!」
とどこかで聞いたようなセリフを吐く。
「王宮から許可は貰いましたけど」
と言いながら、許可証を目の前に突き出して見せる。
「そんな許可証があったってなぁ!俺達の許可がない限りここで商売はできねーんだよ!今日の売り上げ分で許してやるから、おら、金を寄こせ!」
と再び定型文のような脅し文句を吐く。
「大人が子供からお金を巻き上げようとするなんて最低ですね」
と私が言うと、柄の悪い連中がいきり立った。
「なんだと!?この小娘が!」と叫ぶ連中を前に、セドリックは一歩も引かず、私の前に立ちふさがって守ろうとしてくれる。
セドリックが強いのは知ってる。でも、この場合は一緒に戦った方が効率良い。
そうセドリックに伝えようとしたら、
「止めろ!お前達!」
という声がした。
声のした方を見ると、いかにも貴族といった身なりの良い少年が二人と、恐らく護衛であろう騎士が二人立っていた。
「お前達のやり取りはさっきから見ていた。この屋台は正規の許可を取ったものだ。お前達が言いがかりをつける理由は何もない!」
と声を張る金髪碧眼の正統派美少年と隣に控える眼鏡をかけた真面目そうな美少年。
私と同じ年くらいかな?
物怖じせずに堂々と主張する姿を見ると、身分の高い子たちかもしれないな、と思う。
柄の悪い連中は騎士らの姿を見て形勢が不利になったと分かったのだろう。
「・・・俺達は何もしてねーよ!」
と捨て台詞を吐いてその場を立ち去った。
私は謎の少年たちにカーテシーをして挨拶した後、丁寧に助けてくれた御礼を言った。セドリックも同様だ。
二人の貴族少年は、私達を見て
「君たちは・・・貴族か・・・?」
と呆気に取られている。
「俺は平民ですが、こちらはマルタン伯爵令嬢です」
とセドリックが説明すると、少年らは
「・・・マルタンっ!?」
と絶句した。
「伯爵令嬢がこんなところで護衛もつけずに何をやっているんだ」
と咎めるように正統派美少年に言われ
「いやあの・・・一応護衛はついていて・・・」
と説明する。
「君が危機に陥った時に助けにも来ない護衛か?!」
「いやあの、あの人たちは弱そうだったんで、私一人でも全く問題ないと判断したんだと思います・・・」
私が小さな声で反論すると
「その通りです」
とジルベールの声がした。
ジルベールは私の背後から現れると、正統派美少年に向かって正式な礼をした。
美少年の護衛騎士二人はジルベールを見て驚いた顔をしている。
「もしかして・・・ジルベール殿でいらっしゃいますか?」
と騎士の一人が話しかけると、ジルベールは笑顔で頷いた。
「知っているのか?」
という美少年に騎士らは耳元で何か囁いている。
美少年は
「分かった。お前がいればもう大丈夫だな。気をつけて帰るがいい」
と言う。
なんか偉そうだな、と私はムッとしたが、ジルベールは私を目で制して
「お言葉、有難く頂戴致します」
と再び丁重な礼をした。
「お前達がこのマーケットで何をしていたか気になるところだ。後ほど面会に行くとマルタン伯爵に伝えろ」
と言われ、ジルベールの顔色が少し悪くなった気がした。
でも、ジルベールは何事もなかったかのように「御意」と礼をしただけだった。
彼らが去った後、ジルベールに
「あの人たち知っているの?」
と聞くと
「リシャール王国のパトリック王太子とジェレミー・ベルナール公爵子息です」
とジルベールが溜息をついた。
*リシャール王国の通貨の単位はルンです(^^♪