スザンヌ・マルタン伯爵令嬢
私はスズ。ホントの名前はスザンヌなんだけど、みんなはスズと呼ぶ。
何でもお母さまの尊敬している先生の名前がスズだから、それにちなんでスズと呼ばれているらしい。
今年三才になったばかりだ。
私はお転婆だとしょっちゅう言われる。お母さまも凄かったけど、それに輪をかけて凄まじいと。
だからと言ってお淑やかにしろと言われたことはない。
逆にようやく立てるようになった頃から木剣を渡され、日々体術や剣術の訓練を施されている。
お母さまが直々に教えてくれるので容赦がない。おかげで私の体はいつも傷と痣だらけだ。
お父さまは目と髪の色以外はお母さまに瓜二つの私を溺愛しているので、厳しくなれないらしい。
私の夢は大きくなったら冒険者になって世界を旅することだ。
そのためには強くなって自立しないといけない。
だから毎日の厳しい訓練も『どんと来い!』という気持ちで励んでいるし、掃除、料理、洗濯も使用人に混じって喜んでやっている。
好きな本は冒険譚ばかりで、何十冊と読んでいる。何度も何度も繰り返し読んだ。
冒険譚の中で、主人公は必ずと言っていいほど船に乗っている。
船だ!やっぱり船が必要だ!
・・・ということで、船が欲しいとお父さまに言ったら
「海のないリシャール王国で何を言ってるんだ?」
と首を傾げられた。
くぅ、そうか、この国には海がないのか!?
しかし、私は挫けない。
冒険譚の主人公の周りには大抵忠実な動物がいて、主人公を助けてくれる。私も動物が大好きだ。
お父さまに動物(出来たらライオンか虎)が欲しいと言ったら
「オデットが妊娠中だからな~。俺も忙しいし・・・。ペットは子育てが落ち着いてからだな」
という返事だ。
私の夢は早くも暗礁に乗り上げた。
そんな時、耳寄りな噂を聞いた。
「フランソワが公爵邸に牧場を作ったらしいのよ」
とお母さまがお父さまに話しかけている。
私は暖炉の前で本を読んでいたのだが、耳がピクっと動いた。
「へえ・・・まぁ、あいつは人間より動物の方が好きだからな」
とお父さまがあくびを噛み殺しながら返事をする。
「お父さまが心配していて・・。将来公爵位を継ぐのに社交も必要でしょ?恋人がいたこともないし、結婚とかどうするのかしら?」
「・・・それは放っておいてやれよ。お前が口出すことじゃない」
「フランソワは美形だし、すごくモテるのよ。王宮でも色んな令嬢達からフランソワのことを聞かれるわ」
お母さまは宮廷魔術師として王宮で働いている。
「本人にその気がないんだったら仕方がないだろう?」
「周囲の人間が発破をかけないと駄目なんじゃないかしら?」
「・・・いや、マジでオデット。フランソワの恋愛事情には絶対に口を挟むなよ!」
「リュカは昔からそう言うよね。分かってるよ。私だってそれくらいは弁えてます。今まで何も言ったことないし、これからも言わないようにします!」
とお母さまはお父さまに舌を突き出した。
「・・・それで、牧場って?」
お父さまの質問にお母さまは当初の話題を思い出したらしい。
「牛と羊を数頭ずつ飼い始めたらしいの。公爵邸に厩舎と馬場があるでしょ?その隣に小さな牧場っぽいものを作ったんだって」
牛!羊!馬!
私の耳はぴくぴくしっぱなしだ。
「牧羊犬のボーダーコリーも飼い始めたらしいわよ。一日中ポーションを調合しているか牧場で動物たちの世話をしているかのどちらかで益々人間社会との間に溝が出来ているってお母さまが嘆いていたわ」
牧羊犬!
「まあ、そういう生き方があってもいいんじゃないか?そもそも公爵だってまだ現役バリバリだろう?宰相として辣腕を振るっているんだし、フランソワが後を継ぐとしてもまだ先の話だ。今は好きなようにやらせてやれよ」
「うーん。でも、フランソワが結婚せずに養子を迎えることになったら・・・」
とお母さまが言いかけると、お父さまがわざとらしくごほっごほごほっと咳払いをした。
お母さまはアッと自分の口を覆い、二人で私の様子を伺っている。何だろう・・・?
私は本に夢中になっている振りをした。立ち聞きなんてしてませんよ~。
二人は安心したようにまた話し始める。
「まあ、フランソワも分かっているだろうし、彼に任せておけばいいんじゃないか?」
というお父さまの言葉にお母さまも渋々と頷いた。
私は二人の会話を聞いてほくそ笑んだ。
馬は冒険譚の主人公たちも多く乗っている動物だ。牛や羊はあまり出て来ないけど、でも、きっと何か出来るに違いない。
飢え死にしそうになったら牛乳を出してくれるとか。牛乳からバターやヨーグルトも作れそうだ。
凍え死にそうな時は羊たちをモフモフすれば暖が取れるだろう。
私はお父さまとお母さまにフランソワの牧場に行きたいと主張した。
フランソワって誰なのか知らないけど・・・。
二人とも複雑な表情で顔を見合わせて、首を横に振る。
「・・・迷惑になるから」
と言われても私は諦めない。三歳児の欲望舐めんなよ。
最終的に私は両親に向かって土下座をした。
「・・・お願いします。どうか牧場に行かせてください」
とコメツキバッタのように土下座を繰り返す私を見て、お母さまはため息をついた。
「フランソワは動物好きだけど子供が苦手なのよね」
と大きなお腹に手を当てながら言う。
私は一生懸命
「ちゃんと言うことを聞くから!」
と約束する。
「私は仕事があるから一緒に行けないのよ。リュカも忙しいし・・」
と躊躇するお母さまに
「ジルベールに一緒に来てもらえば大丈夫。絶対にいい子にするって約束するから」
と小指を差し出した。
指きりげんまんっていう約束は絶対に破っちゃいけない。
お母さまから教えてもらった究極的な効力を持つ約束の技だ。
「ジルベールがいれば大丈夫かな・・。でも、絶対にフランソワに迷惑を掛けちゃダメよ」
とお母さまは結局指きりげんまんをしなくても、最後は私を送り出してくれた。