チリビーンズ試食会
クリスマスには大きな楽しみがあるが、それはまだ数ヶ月後・・・。
それまでの私の目標は豆を収穫して、チリビーンズを作りマーケットで販売することだ。
その合間に牧場と畑で働いて、セドリックのセーターを編む。
毎日の訓練や勉強は免除される訳ないから、私は目が回りそうなくらい忙しい毎日を送っていた。
でも、おかげでフランソワのことを考えなくてすむ。相変わらず避けられてるけど。
ああ、そういえば失恋したっけな、くらいな感覚まで落ち着くことが出来た。
畑の豆が熟してきたので、セルジュとセドリックと一緒に豆を収穫した。
驚くほどの収穫量で、マーケットでの売り上げにも期待がかかる。
公爵邸の厨房で料理長たちと相談しながら、何種類かのチリビーンズを試作してみた。
普通のチリビーンズは挽肉が入っているが、私はベジタリアン用に肉抜きのチリビーンズも試作してみた。
ベジタリアン用の料理はマーケットでも売っているが、私がこれまで見た限り野菜スープなどあっさりした食事ばかりで、蛋白質が足りないと常々思っていた。
結構ごつい男性なのにベジタリアンという人を見かけたことがあるが、野菜スープだけだと物足りないんじゃないかと思っていたんだ。
豆類は「畑の肉」と呼ばれるくらい蛋白質が豊富だし、トマト風味のチリビーンズは香辛料が効いていてガツンとした食べ応えがあるし、腹にも溜まる。
挽肉が入った普通のチリビーンズとベジタリアン用のチリビーンズの二種類をマーケットで売ったらどうかと料理長に相談したら、それは良い考えだと言って貰えた。
香辛料の辛さは控えめにした。辛い料理が一般的でないこの国では最初から冒険しない方が良い。
料理長と一緒にトルティーヤを焼いて、準備万端整ったところに、牧場や厩舎での仕事を終えたセルジュとセドリックがやって来た。
「すげー、いい匂いがすんな!」
とセドリックが大声を出すとセルジュも嬉しそうにうんうんと頷いた。
「二人とも!まず手を洗って下さい!」
ビシッと指さして命じると二人は素直に石鹸で手を洗い、大人しく厨房にあるテーブルについた。
試作品とトルティーヤを並べると、二人の目がキラキラと輝く。
簡単に言うと、チリビーンズは大量の豆と野菜、挽肉を炒めて香辛料とトマトソースで煮込んだものだ。
ベジタリアン用は当然挽肉抜きだけど。
水分が飛ぶまで煮込むので、トルティーヤに包んでも汁が漏れたりすることもない。
セドリックとセルジュに試食をお願いする。
二人は余程お腹が空いていたのだろう。
「う・・・んまい!」
とセドリックが叫ぶ。
「すごく・・・美味しいです」
と言いながら、セルジュもトルティーヤに包んだベジタリアン用のチリビーンズを口一杯に頬張った。
匂いに釣られたのか何人かの使用人が羨ましそうに厨房の入口で覗き込んでいる。
沢山作ったので、まだ余っている。
「良かったらみんなも食べる?」
と尋ねるとみんな嬉しそうにテーブルについた。
楽しそうに談笑しながら、トルティーヤとチリビーンズに手を伸ばす。
「・・・美味い!」
「スズ様、これはきっと売れますよ!」
と口々に言ってくれるみんなに「ありがとう!」と笑顔を向けると、その場に居た全員が「うっ」と言いながら胸を抑えた。顔も赤くなっている。
・・・何があったんだろう?香辛料強すぎたかな?
と首をひねる。
あ、そうだ・・・。忘れないうちに・・・。
「あの、お祖父さま達の分だけ少し残しておいてくれる?」
と料理長にお願いすると
「旦那様たちの分は既に取り分けてありますよ」
との返事。さすが有能な料理長だ!
「僕は・・・ベジタリアン用が好きです。多分、僕は・・・元々動物の肉を食べるのが好きじゃなかったような気がする・・・」
というセルジュの言葉に、私は納得して頷いた。
言葉が分かる相手の肉は食べたくないよね。ベジタリアン用を作って良かった。
ベジタリアン用に二種類作ったので、どちらが美味しいと思うかセルジュに聞いてみた。
セドリックは夢中になって二つ目のトルティーヤを頬張っていたが、他にも食べる人がいると分かって、それ以上トルティーヤには手を出さなかった。
ちょびっとずつそれぞれのお皿のチリビーンズを小皿にすくって味見だけしている。
セドリックは豪快だけど、繊細に周囲の人たちに気遣いをすることも出来る。
きっとこういうところがお母さまの気に入ったんだろうなぁ、と思う。
「どれも美味いよ。でも、俺はこの皿のチリビーンズが一番好きだな」
とセドリックが指さしたお皿は、実は私が一番気に入った味付けのものだったので、嬉しくなった。
「やっぱり!良かった。私もその味付けが一番好きだなって思ってたの。気が合うね!」
というとセドリックが真っ赤になった。
「大丈夫?香辛料、強すぎたかな?」
と言うと、セドリックが首を振って
「だ、大丈夫だ・・・」
と後ずさった。
・・・まあ、いいや。
「セルジュはこのお皿のベジタリアン用を気に入ってくれたんだよね?」
と聞くとセルジュは笑顔で「うん」と言った。
「よし、じゃあ、メニューは決まった。この二種類で勝負をしよう!」
と拳を振り上げた。