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クリスマスの予定


翌朝、私はひどい顔をしていたらしい。お祖母さま達はすごく心配してくれたが、何も聞かずに伯爵邸に戻ると言った私を見送ってくれた。


フランソワは顔を出さなかった。お祖母さまは何かを察したようだ。哀しそうに微笑みながら私を抱きしめると、私と額をごっつんこした。


「あの朴念仁のことは気にせず、いつでもいらっしゃいね」


と言われたので、私は笑顔で頷いた。


伯爵邸に戻ると家族は温かく迎えてくれた。



お母さまは目に涙を浮かべて私を抱きしめた。


お父さまは苦笑いしながら私の頭をぐりぐり撫でる。


ジェラールとウィリアムも嬉しそうに私に飛びついてきた。


失恋して傷ついた心には家族の優しさが心底沁みる。


・・・そう。失恋したんだ。私の七年越しの初恋は華々しく散った。


溜息をつきながら自分の部屋に入る。不思議だね。そんなに長く留守にしていた訳じゃないのに他人の部屋みたいに感じる。


公爵邸には定期的に通うことにした。だって、マメ科植物や動物たちが私を待っているし、冒険者になる野望はまだ捨てていない。


初恋は叶わなかったけど、夢はまだ叶わないって決まった訳じゃない。


今日はちょっとだけ弱気だけど、明日からまた前を向いて歩けますように、と願いながらベッドに入る。


きっと明日には元気になる。大丈夫。いつかこの胸の痛みは消えるから、と自分に言い聞かせながら眠りについた。




その後も私はマメ科植物と動物たちのために私は定期的に公爵邸に通ったが、フランソワと顔を合わせることはなかった。


セルジュやセドリックの話だと、私が来ない時はしょっちゅう牧場に来て、以前通り動物たちの世話をしているらしい。明らかに避けられている事態に気分がズ―――ンと落ち込んだ。


セルジュ、セドリックと私の三人で草の上で輪になって話している時に、セドリックが突然フランソワと何かあったのかと訊いてきた。


正直に告白して玉砕したことを伝えると、セドリックは頭を抑えて俯いた。


「・・・なんて勿体ないことを」


と呻いている。


「なに?」


と聞き返すと


「いや、何でもない。それよりさ、今年のクリスマス、一緒に過ごさないか?」


と誘われた。


「どこか行くの?」


と訊くと得意そうに


「船に乗せてあげられるかもしれない」


とセドリックが言う。


わぉ!ホント?


ちゃんと私が船に乗りたいって言ったことを覚えていてくれてたんだ!


「ホントに?!嬉しい!やった!」


と私が手を叩くとセドリックは得意気に鼻の下を指で擦る。


「ね、セルジュも一緒に行こう!」


と私がセルジュに声をかけると、セドリックは一瞬固まった。


あれ・・・?どうしたのかな?


と思っているとセルジュが


「いや、僕は遠慮するよ。誰かが牧場の手伝いをしないといけないし」


と言う。


セドリックは慌てたように


「セルジュ、良かったら一緒に行こう!変な気を遣う必要はないんだ!」


と言った。


でも、セルジュはきっぱりと首を横に振る。


「僕はあまり船が好きじゃないんだ」


「え?乗ったことがあるの?」


という私の質問に


「分からないけど、好きじゃないことは覚えている」


と素っ気ない返事が返ってきた。


・・・そっか。それなら仕方ないね。


「じゃあ残念だけど、私だけなの。それでいい?」


と訊ねるとセドリックは


「問題ない」


と言い切って、笑顔で立ち上がった。




初めて船に乗れることになって私は楽しみで仕方がなかったが、詳しく聞いてみるとかなり大掛かりな旅になりそうだ。


セドリックの実家が経営しているシモン商会は複数の船を所有しているが、船は全てモレル大公国の港にあるらしい。


というか、リシャール王国には海がないからね!


国を越えて行くための許可を取らないといけないし、当然日帰りは無理なので1週間くらいは予定を開けておいてとセドリックに言われて、少し焦る。


毎年クリスマスは家族で過ごしていたけど、今年は違うんだ。


でも、正直助かった。フランソワは私を避けているから、クリスマスも私が居たらきっと家族を避けて過ごすだろう。それを目の当たりにするのは辛い。


クリスマス休暇はセドリックや彼の家族と一緒に過ごすことになる。だから、セドリックのご両親が私の両親に挨拶をしたい、という伝言を受けて、私は焦った。


そんな大事になるとは!


でも、私はどうしても船に乗りたい。お母さまに相談すると問題ないと快諾してくれた。


お母さまは、セドリックの名前を出してももう何も言わない。余程懲りたのだろう。私の恋愛事情に口を出すつもりはないようだ。


詮索されないので、私もほっとした。


あれよあれよと言う間に、週末にセドリックのご両親がマルタン伯爵家に挨拶に来ることが決まった。


クリスマスまではまだ3ヶ月以上もあるのに・・・と思ったけど、


「こういうことは早めに計画するものなのよ。セドリックのご両親はちゃんとした方たちだから。さすがね」


とお母さまに言われて、そういうものかと納得する。


セドリックのご両親が来る日。


私はいつもと違い貴族令嬢らしいお淑やかなドレスを纏い、髪も侍女にバッチリ結ってもらって待っていた。


お父さまはどことなく機嫌が悪い。お母さまは相変わらず朗らかで、お父さまの機嫌を取っている。


執事が


「お客様が到着しました」


と報告すると、お父さまは黙って頷いて応接室に移動する。


私達もその後について応接室に入り、ソファに座って待つこと数分。


大柄なバイキングのような素朴な感じのセドパパ(セドリックのパパ)と快活な笑顔が印象的なセドママ(セドリックのママ)が現れた。


その後ろにいつもと違ってお坊ちゃんみたいな正装をしたセドリックがガチガチに緊張しながら立っている。


驚いたことにお父さま達はセドリックのご両親を知っているようだった。


「リュカ様、オデット様、ご無沙汰しております」


とセドパパがお辞儀をするとセドママとセドリックも一緒になって頭を下げた。


お母さまが嬉しそうに「久しぶりね」と笑顔を見せる。


彼らは私の方にも向き合うと


「お嬢様がスズ様でいらっしゃいますね。セドリックからいつも話を伺っております」


と丁寧に挨拶してくれた。


セドリックの礼は背筋がピンと伸びて、思っていたよりもずっとカッコいい。意外にも良家の子息というのが納得できてしまった。


私も普段は使う機会のないカーテシーを披露すると皆が溜息をついた。


「いつもと違いすぎる・・・」


とセドリックが思わず呟いたのが聞こえて、キッと睨みつけた。


セドリックがそれを見て苦笑いすると、セドパパが


「いやあ、こんなに美しいお嬢さんが普段は牛糞の掃除をしているなんて想像できないですね!」


と大声で宣った。


お母さまはすかさず


「とても良い修行になっていると思います。娘にはどこに嫁に出しても恥ずかしくないように教育しているつもりですわ!」


と力説した。


セドママがそれを受けて嬉しそうに話し出す。


「それはもう素晴らしいお嬢さまだと伺っております。セドリックなんてもうスズ様の話をしだしたら何時間でも止まらないくらいで・・・」


「ちょ・・・母さん、止めてくれよ!」


と顔を赤くして焦るセドリック。


お父さまはムッと黙ったままそのやり取りを眺めていたが


「セドリックはスズのことをどう思っているんだい?」


と爆弾を投下した。


ピキーンと硬直したセドリックが、ガチガチになってお父さまを振り返った。


「お父さま・・・お客様に失礼じゃない?どういう意味よ?」


と私が窘めると


「いや・・スズ、大丈夫だ」


とセドリックが深呼吸して、私に笑いかけた。


「・・・もう呼び捨てか・・・」


というお父さまの独り言には気が付かない振りをする。


「マルタン伯爵閣下。俺はスズを誰よりも大切に思っています。でも、俺の気持ちはここで言うつもりはありません」


セドリックが男らしく言う。


何故かお母さまが顔を紅潮させてとても嬉しそうだ。


お母さまとセドママが手を取り合って、二人の目がキラキラと輝いている。


何故だ?


「ほぅ?」


というお父さま。目つきは剣呑だ。


「俺の気持ちは大切な人だけに直接伝えたい。この場では言えません」


と真っ直ぐにお父さまの目を見るセドリックに、お父さまがたじろいだ。


「ねえ、リュカ。あなただって、みんながいる前で告白なんてしたくないでしょ?」


というお母さまの良く分からない助け舟に、お父さまがはぁっと溜息をついて額に手を当てた。


「・・・確かにそうだな。すまなかった。皆、どうか座って欲しい」


というお父さまの言葉でようやくみんながソファに腰掛け、ずっとお茶の準備をして待っていた侍女たちがお茶と軽食を給仕して去って行った。


その後は和やかな雰囲気で、クリスマスの計画や許可証についてはシモン商会が手配することなどを話し合い、無事に面会は終わった。


帰り際にセドパパとセドママは満面の笑顔で


「こんなに美しいお嬢様を初めて見ました。どうかこれからもセドリックを宜しくお願い致します」


と何度も頭を下げた。


セドリックはちょっと照れながら


「あの・・・お前、やっぱすげー綺麗だな。見違えたって言うか・・・可愛い」


と言うので、私もなんだか恥ずかしくて赤くなってしまった。


そんな様子をお母さまはニマニマしながら眺めている。


とても居心地が悪かった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 変な予想してしまってすみませんでした。 すずちゃん、強く生㌔!!!
2020/09/25 08:43 退会済み
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