セルジュの秘密
セルジュは相変わらず大人しくて居るのか居ないのか分からないくらいだったが、牧場に行く時は生き生きとしていた。
フランソワは忙しそうなので、今は私とセルジュが主に牧場の世話をしている。
たまにセドリックが手伝いに来てくれて、セルジュとも仲良くやっているみたい。
セドリックは弟と妹が居るから、私とセルジュも妹と弟みたいなんだって。
セルジュは人見知りなので、最初はセドリックにもあまり打ち解けられなかったが、動物の世話を一緒にするうちに、少しずつ心を開いていくのが分かった。
それでも、セルジュは私達と一緒に居るよりも動物たちと一緒に居る方が楽しそうだ。
いつも動物に何か話しかけている。
よっぽど動物が好きなんだねって訊いたら
「人間よりよっぽどいいよ」
と言う。
「・・・記憶喪失なのにそういうのは覚えているんだね」
「確かに・・・どうしてだろう?何も覚えていないのに、これが好きとか、これが嫌いとか、薬草を見てこれは何とか、そういうのは分かるんだ。なんでだと思う?」
「・・・ごめん。私に聞かれても分からないな」
「そうだよね。ごめん・・・」
と言ってセルジュは遠くを見つめるような目をした。
自分のことが全く分からないって不安だろうな。
彼の気持ちを引き立てるように
「でも、何かをきっかけに思い出すことがあるかもしれないよね。思い出すまでここに居て牧場と畑の手伝いをしてくれたら助かるよ」
と言うと、初めて嬉しそうにニコリと笑った。
「僕、本当にここに居ていいの?迷惑じゃないかな?」
「大丈夫よ。私も実はここの居候だから」
と言うと、セルジュは驚いた様子で
「そうなの?知らなかった。フランソワ様の娘さんだと思ってた」
と言う。
む、娘だと・・・く、それは・・・言わないで・・・。
地味にダメージを受けた私にセルジュが
「ごめん・・なんかまずいこと言った?」
と不安そうに謝った。
「ううん、違うの。フランソワは私の義理の叔父にあたるの・・・かな?血のつながりはないんだよね」
「そうなんだ。フランソワ様はポーションマスターだって聞いたよ。若いのにすごいよね」
「ポーションマスターのことは覚えてるんだね?」
「・・・確かに。どうしてだろう?ポーションのことや魔法のことは分かるんだ」
「動物の世話も上手だよね」
「・・・ああ。記憶を失う前から動物とは相性が良かったんじゃないかと思う」
「羨ましいなぁ。私なんてジルと仲良くなるのも結構大変だったんだよ」
「初めてジルに会ったのは三才くらいの時だろ?犬は群れの中の序列がしっかりしているから、幼い子供は自然と序列が下になるんだよ。それに指が目に入りそうになったんだろう?警戒されるのは仕方ないよ」
え!?
「どうしてそれを知っているの?」
セルジュの顔から色が抜けた。真っ蒼な顔をしたセルジュは焦って何かを言おうとするが、結局言葉は出て来なかった。
「セルジュ?何か隠していることがあるんだったら、無理に言う必要ないよ。大丈夫。誰にだって秘密はあるから」
と私が言うとセルジュが目をパチパチと瞬かせた。
「・・・僕を怪しまないの?」
「なんで?」
「記憶喪失なのに、魔法やポーションの知識はあって、何か秘密を隠してるんだよ?」
「その秘密は私達に害になるものなの?」
セルジュはぷるぷると首を横に振る。
「じゃあ、いいよ。大丈夫。フランソワもお祖父さま達も人を見る眼はあるから。セルジュを屋敷に置いているってことは信用しているってことなのよ」
と言うとセルジュは絶句した。
「まあ、言いたくなったら言えばいいし」
「・・・ありがとう」
と小さな声でセルジュは言った。
セルジュはその後しばらく考え込んでいたが、
「スズ・・・僕の秘密を守ってくれる?」
と訊いてきた。
その口調が思い詰めていて私も真剣に応えなくてはと思う。
私が真面目な顔で頷くと、セルジュは
「僕ね・・・動物の言葉が分かるんだ」
と告白した。
ええええええ!?
「え!?ホントに?」
私の胸は興奮でドキドキした。小さい頃からずっと憧れていた才能を持つ人が存在するなんて!
セルジュはコクリと頷きながら
「ここに居る動物はみんなスズのことが大好きなんだよ」
と言う。
私は嬉しくて顔が熱くなった。
「ホント?嬉しい」
「・・・動物たちがここの屋敷の人たちのことを信用しているから、僕も信用しようと思ったんだ」
「そうなの?」
「うん。前に一緒にいた二人組のことは信用するなってネズミが教えてくれたんだ。そのネズミは他にも色々なことを教えてくれた。動物の言葉が分かるってことを絶対に人に知られちゃいけないっていうのもそのネズミに言われたんだ」
「それなのに私に言っちゃっていいの?」
「・・・スズは・・・特に信用できるから」
少し照れくさそうに言うセルジュに私も何だか恥ずかしくなった。
「・・・私は誰にも言わないよ」
ニコっと笑うセルジュに私は胸を打ち抜かれた。
今まで気が付かなかった私の眼は節穴だと思うが、彼はものすごい美少年だった。
ちゃんと肉がついて、健康的になったセルジュは人間離れした美形だということを私は認識してしまった。トレーニングにも参加するようになったので、筋肉もついてきたと思う。
若いメイドらがセルジュに見惚れているのを見かけるが無理もない。
お祖父さまも壮年ながらまだまだ現役イケメンだし、フランソワは文句なしの美青年だし、セドリックも精悍で凛々しい顔つきの少年で、ここにきて中性的な魅力に溢れる美少年が登場した。
この屋敷の美男率の高さと幅広さは凄いと感動して、思わずセルジュに向かって拝んでしまった。
「・・・何やってんの?」
「セルジュの顔面と笑顔が眩しすぎて」
セルジュはぶっと噴き出すと、
「スズはやっぱり変わってるね。動物たちの言う通りだ」
とクスクス笑った。おぉ、超絶イケメンのクスクス笑い。尊い。
「動物たちは何て言ってたの?」
「スズは頭の構造が普通と違うから、次に何をしだすか誰も予想できないって」
「・・・悪口かな?」
「いや、褒めてるんだと思うよ。みんなスズが大好きだから」
褒められている気がしなくて、ぷぅと頬と膨らませたら、セルジュのクスクス笑いが益々大きくなった。
来た頃に比べて、セルジュは格段に快活になったし幸せそうだ。
良かった。
こんな風に平和に過ごせる時間が永遠に続いたらいいのにな・・・と青い空を見上げながら思った。
*深雪な様が素敵なスズとセルジュの絵を描いて下さいました。完結した時に描いて下さったのですが、内容的にこのエピソードの時にピッタリだなと思ったので、ここに挿絵として入れさせて頂きます。本当にありがとうございました!