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セルジュ


セルジュと言う名前を聞いた私とフランソワは顔を見合わせた。


「・・・何だかものすごい厄介事に自ら首を突っ込んだ気がする」


と頭を抱えるフランソワの背中に手を当てる。


「すみません・・・僕が迷惑でしたらすぐに馬車を降ります」


というセルジュの瞳には何の感情も籠っていない。セルジュの茶色い瞳は昏く、何も映していない虚無のようだった。


ただ、どこに行っても自分は厄介者扱いされるんだろうという諦めが眼差しに現れていた。


それを見たフランソワはハッとした表情を見せて、膝の上に置いたセルジュの手をそっと握った。


「すまない。君が悪いわけじゃない。ただ、君が売っていた商品について話が聞きたかったんだ。公爵邸で話を聞かせて貰えるかい?・・・その前に何か美味いもんを食べような」


フランソワの声に明らかな優しさが混じっているのは珍しい。どうしたんだろう?


「俺も10歳の時に公爵に引き取られるまで親戚の家をたらい回しにされて、どこに行っても邪魔者扱いされていたんだ」


フランソワの言葉を聞いてセルジュは意外そうに彼を見上げた。


そうか。エレーヌ王妃とフランソワは実の姉弟だけど、お母さまとは血が繋がっていないと聞いたことがある。


フランソワも苦労したんだな・・・。ちょうどこの子も同じ年くらいだもんね。情が移っても仕方ないよね。


「セルジュ、あなたは幾つなの?」


と優しく聞いてみる。


「10歳」


「じゃあ、私と同じ年ね。私も10歳よ。私はスザンヌって言うの。みんなスズって呼ぶわ。セルジュも良かったらスズって呼んでね」


と笑いかけても、セルジュの表情は変わらない。何の感情もない。


公爵邸に到着するとフランソワが指示を出し、使用人がセルジュをどこかに連れて行く。


心配で一緒に付いていこうとするとフランソワに


「体を洗ってちゃんとした服に着替えさせるだけだ。大丈夫だ」


と言われた。


そっか・・・とちょっと恥ずかしくなる。


「後でセルジュから話を聞く時に私も一緒に居ていい?」


と聞くとフランソワは躊躇った。


「子供は・・・」


と言いかけるフランソワに


「ここまで巻き込んでおいて?セルジュは攻略対象の一人でしょ?私にも関係があることじゃない?」


と主張する。


「恐らくだが犯罪行為の話になるが・・・まあ、お前にそれでショックを受けるほどの繊細な神経はないだろうな・・・」


とフランソワは諦めた。


ものすごい悪口を言われた気がするけど、気にするまい。目的は果たされたのだから。


フランソワは緊急に確認したいことがあると言って、一人で調合用の作業場に向かった。


食堂でセルジュに野菜たっぷりのスープと焼きたてのパンを出すと、初めて彼の目に感情らしきものが生まれた。


セルジュのがっつきぶりを見ていると何日もまともな食事を貰っていないようだ。


浴室で体を浄めるのを手伝った使用人もセルジュは明らかに栄養失調だと言っていた。


セルジュはスープをお代わりした後、食後のデザートも貪るように食べた。


満腹になってようやく周囲の状況に神経を向けられるようになったのか、セルジュの顔が不安に包まれる。


「・・・あの、僕・・・全然金が無くて・・・その食事代も・・・」


と心配そうに言うセルジュにお祖母さまは


「そんなの気にしないでいいのよ」


と優しく声を掛けた。


場所を応接室に移すとフランソワも合流した。


お祖父さま、お祖母さま、フランソワと私がソファに座る。ジルベールはドアのところに立っている。


フランソワが口火を切る。


「セルジュ。強引なやり方で連れてきてしまって、すまなかった。ただ、君が売っていたクッキーは違法危険薬物だ。それを知っていたかい?」


なんと!?違法危険薬物!?


「・・・僕は言われた通りにしていただけで・・・。すみません・・・分かりません」


セルジュの答えに


「君は何も知らなかったんだね?」


とフランソワが優しく訊ねると、セルジュがコクリと頷いた。


「あのクッキーを焼いたのはどんな人だい?」


「・・・よく・・・分かりません。いつも深くフードを被っていたので・・・でも、声は女の人でした」


「女・・・!」


と言ってフランソワが拳で膝を叩く。


お祖父さまとお祖母さまも厳しい顔だ。


女の人だと何なんだろう?


「作っているのはその女の人だけかい?他の人は見かけなかった?」


「・・・もう一人、やっぱり深くフードを被った男の人がいました。男の人はいつも顔に黒いマスクを被っていて・・・。でも、作っているのは女の人だけです」


「・・・黒いマスク?」


とフランソワが考え込む。


お祖父さまが質問を続けた。


「その二人について何か覚えていることはないかい?特徴というか、声とか話し方とか・・・」


セルジュは黙って首を横に振る。


「じゃあ、二人が話していたことで覚えていることはないかい?」


「・・・僕の・・・血を、剣に浸すとか・・・?」


躊躇いながら言ったセルジュの言葉にフランソワが眉を顰める。


「つるぎ?」


ビクッとして俯いてしまったセルジュにお祖母さまが


「大丈夫よ。あなたに怒っているわけではないの。事情を知りたいの。分かる範囲で説明してくれる?」


と優しく背中を撫でる。


セルジュは息を吐いて


「タム皇国にある剣に僕の血を浸すと・・・いう計画みたい・・・です」


と言うと、大人たちが一斉に唸った。


「こんな子供の血に浸す?ひどいわね。何を考えているのかしら」


お祖母さまはセルジュのために怒っている。私も腹が立つ。なんだそいつら?!


お祖父さまとフランソワは


「タム皇国か・・・厄介だな」


と腕を組んでいる。


フランソワは記憶の糸を手繰るように遠くを見ながら考え込んでいたが


「・・・確か、タム皇国には『魔王の剣』と呼ばれるものが伝承されていますね?」


と呟く。


お祖父さまは難しい顔で頷いた。眉間に深い皺が寄っている。


「何故二人が君の血に剣を浸したいのか理由は分かるかい?」


とお祖父さまが訊くとセルジュは黙って首を横に振った。


「君はどうやって二人と知り合ったんだい?君のご家族は?」


とフランソワが質問を続ける。


「・・・僕は何も覚えていません」


「覚えていない?」


「僕は数週間前に気が付いたらその二人の前に居たんです。それまでの記憶は何もありませんでした」


「・・・記憶がない?」


フランソワが呆然と呟く。


「・・・はい。すみません。何も・・・覚えていないんです。僕に・・・家族がいるのかどうかも分かりません。その二人は僕の年齢は10歳くらいだと言いました。ただ、名前をどうしようか話し合っていました。どんな名前でも良かったんだと思います。二人が適当に決めた名前がセルジュです」


お祖父さま達は絶句していた。私も何と言っていいか分からない。


「君は記憶を消失させるようなポーションを飲まされたんじゃないか?」


というフランソワの質問には


「分かりません。飲まされていたとしても何も覚えていないんです」


と答える。


フランソワは遠慮がちに


「悪いが自白剤を飲んで貰えないか?不愉快だろうが・・・。君の言っていることが真実なのか確かめたい。体に害がないことは保証する」


とセルジュに頼む。


「僕は嘘をついていません。それを飲んで証明できるなら喜んで飲みます」


と躊躇せずに自白剤を飲んだ。


しばらく待った後、先ほどと同じ質問を投げかけると、同じ答えが返って来た。


セルジュは嘘をついていない。


フランソワは溜息をついてセルジュを休ませるために使用人を呼んだ。


「君は記憶が戻るまでここに居るといい。ゆっくり休んでくれ」


とお祖父さまが声を掛けると、セルジュが意外そうに顔を上げた。


お祖父さまがセルジュの部屋を用意させたので、使用人が彼を部屋に案内する。


セルジュが部屋から出て行った後、お祖父さまが深刻な顔で


「フランソワ、何を考えている?」


と訊ねた。


「彼が売っていたクッキーは、ミシェルが調合した媚薬だと思います」


と言うと、お祖母さまが軽く悲鳴を上げた。


ミシェルって誰?


「彼女は処刑されたはずだ」


お祖父さまは深刻な口調で言う。


私は我慢できなくなって


「あの、ミシェルって誰ですか?」


と聞いた。


お祖母さまは非難めいた視線をフランソワに投げかけたけど、フランソワがお母さまとミシェルの確執について話してくれた。


そこまで詳しくは書いていなかったけど、お母さまの手紙で概要は掴めていたので、理路整然としたフランソワの説明のおかげで状況は理解できた。


でも、とっくの昔に処刑されているはずのミシェルが生きていて、しかも再び違法危険薬物を売っているというのは放っておけない。


タム皇国が関係している可能性があるとすれば猶更だ。


お祖父さまは国王にすぐに報告すると王宮に出仕する支度を始めた。


フランソワも一緒に行くと言う。


彼は当時ミシェルが作った媚薬の解毒剤を作ったので、その時にミシェルの媚薬の特徴は細部まで調べたそうだ。


彼女は強力な媚薬に更に彼女の独自の魔力を加えていた。マーケットでその特徴ある魔力を感じたので、フランソワは逃げられないように急いで売り子のセルジュを攫い、クッキーを確保するよう指示したそうだ。


クッキーを調べたところ、やはりミシェルが昔作った媚薬と同じ痕跡があったと言う。


私も一緒に行きたいと駄々をこねたが、お祖父さまにもフランソワにもきっぱりと拒否されてしまった。


・・・うん、まあ王宮だしね。国王への謁見だしね。ついでに子供なんて連れていけないのは分かってるよ。・・・言ってみただけだよ。


お祖母さまはお父さまとお母さまのところに行くと言って出かけてしまった。


相変わらずジルベールは私の背後に控えている。いつ休んでいるんだろうと心配になる。


「今日は留守番していて良いと言ったのに」


と言うと


「でも、私が居て良かったんじゃないですか?」


とニヤリと笑う。


「そうね。助けてくれてありがとう。でも・・・セルジュは大丈夫かしら?」


「自白剤の影響もそろそろ抜けている頃でしょう。牧場にでも誘ってみたらどうですか?」


「牧場・・・興味あるかしら?」


「私が知る限りセルジュ様は薬草の専門家で動物の扱いも超一流でしたがね」


「・・・それは異世界でのゲームの話でしょ?」


「はい。そう毛嫌いなさらないで下さい」


とジルベールがクスクス笑う。


「誘ってみるわ」


と侍女からセルジュの部屋を聞いて、扉をノックしてみる。


そっと扉が開いてその隙間からセルジュの顔が半分だけ見えた。警戒している様子がありありと分かる。


もしかして・・・私、嫌われてる?


と軽くショックを受けながらも牧場に行ってみない?と誘ってみた。


するとセルジュがソワソワしだして、興味を示した。


「牧場?!・・・ええと、僕なんかが行ってもいいんですか?」


「ダメだったらわざわざ誘いに来ないけど・・・」


「そうですね。でも、こんな綺麗な服装だと・・・」


と自分の服を見下ろしながら躊躇っている。


おお、牧場に行くのに適した服装を考えるあたり、良いセンスしてる!と思いながら、


「いいものがあるわ!ちょっと待ってて!」


と自分の部屋に向かって走り出した。


私の予備のニンジャ服を引っ掴んでセルジュに渡すと、彼は目をまん丸にして受け取った。


着方を説明しようとするとジルベールが手伝ってあげると言うので、彼に任せて私も自分の部屋に戻ってニンジャ服に着替える。


着替えてセルジュの部屋に迎えに行くと、悪戦苦闘したらしき様子のセルジュとニコニコ笑うジルベールが立っていた。


セルジュは私には話しかけにくそうだが、ジルベールとは打ち解けたようだ。


三人で牧場に到着するとボーダーコリーのジルが走って来た。


私がジルを迎えて抱きしめようとすると、彼女は私を素通りして一直線にセルジュに向かって行った。


セルジュは嬉しそうにジルをモフモフする。ジルはちぎれんばかりに尻尾を振っている。


人見知りするジルが最初からセルジュには心を許しているという事実に衝撃を受けた。しかも、私を無視して・・・。


くぅ、私は仲良くなるまで結構時間がかかったのに、とジェラシーに駆られながらも


「牛舎を案内するわ」


と先輩風を吹かせた。


牛舎の中は相変わらずムッと堆肥の匂いがする。


どうだ!この匂いには敵わないだろう!


とセルジュを見ると、キョロキョロと物珍しそうに辺りを見回すだけで匂いを気にする様子はない。


すると三頭の牛がセルジュに近づいてきた。


むぉーーと鳴きながら、セルジュに『撫でて撫でて』と言わんばかりに顔を擦り付けている。


こんな牛たちを見るのは初めてだ。私は衝撃を受け、更にジェラシーが高まった。


すると、ぼとんぼとんと音がして、牛たちがいつものようにマイペースで用を足している。


ふふふ。さすがにこの牛糞攻撃には参ったろう!


ところが、セルジュは


「糞はここでいいですか?」


と訊きながら、手際よくシャベルで糞を堆肥の山に盛り付ける。私よりずっと取りこぼしも少ない。


私は敗北感にまみれていた。


彼は何者だ!?記憶喪失と言いながら、動物の扱いはプロ並みだ。


・・・しかし、私にはまだ畑がある。畑なら彼に勝てる!


もはや、何をもって勝敗を決めるのかも分からないまま、私は鼻息荒く彼を畑に案内した。


彼は目を輝かせながら薬草園の薬草たちを見つめた。


「・・・すごいな。ソーマもあるし・・。ハーブも種類が多い。・・・カモミール・・・セントジョンズウォート・・・精神鎮静剤だな。これは毒消し用だ・・・」


と呟きながら薬草を調べている。


・・・嘘。この子本当に何者?記憶喪失なんじゃないの?


薬草の知識が正確なことに衝撃を受ける。


残念ながら、セルジュは隣の畑ですくすくと育っているマメ科植物には興味がないようだった。


くぅ。私が唯一誇れる土魔法が・・・。豆の無力に肩を落とす。


セルジュは来た時よりも大分顔色が良くなって、屋敷に戻って行った。


絶対に明日は勝つ!と私は決意を新たにした。


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