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お母さまの手紙


結果から言うと私はそれほどフランソワに叱られなかった。


「普通の状態だったら、オデットもリュカも誰かがワードローブに潜んでいることに気づいていたと思うぞ。お前のことが心配で、そこまで気が回らなかったからバレなかっただけで・・・」


だからこれからは気をつけろ、とフランソワは私の額にデコピンをした。


「ごめんなさい」と素直に頭を下げる。


そして、フランソワはお母さまからの手紙を私の手の中に押し付けた。


「オデットも反省しているし、事情は手紙に書いてあるだろう。読んだら返事を書いてやれ」


とぶっきらぼうに言うと、フランソワはヒラヒラと片手を振りながら去っていった。


お母さまの筆跡で書かれた私の名前を見て、鼻の奥が少しツンとした。


私を心配してくれているのは良く分かるし、後で手紙を書いてちゃんと謝ろう。


それよりもまず手紙を読まないと。


尋常ではない厚さの手紙だもん。


私は自分の部屋に戻り、部屋着に着替えるとペーペーナイフを使って丁寧に封筒を開けた。


手紙を読んで、私は愕然とした。


お母さまが昔悪役令嬢と呼ばれる役回りだったことや、預言書ゲームの筋書きを変えると大変なことが起こるとか、信じられないような内容だった。


しかも、お母さまは神龍の聖女でサットン先生は神龍の神子だったんだって!?


なんだそりゃ!?


お父さまとお母さまはゲームの筋書きのせいで引き離されたり、違う人と結婚させられたり苦労したそうだ。


全然知らなかった。


お母さまは何の苦労もなくお父さまと結婚したんだろうと勝手に思い込んでいた。


やっぱり私は何も知らないお子様だな、と情けなくなる。


お母さまが心配しているのは、攻略対象の誰とも恋愛関係にならなかった場合、私に神龍の呪いが掛けられるのではないかという懸念。


その呪いがどんなものなのか分からないという不透明感。


悪役令嬢のクラリス・ルソー公爵令嬢が私に嫌がらせを仕掛ける危険性。


もし私がセドリックと恋仲になれば、それらの不安を一気に解消できるのではないかと考えてしまったので、あのような言い方になってしまったとお母さまは手紙の中で謝罪している。


なるほど・・・。お母さまの言葉の意味が分かると、やはり私の身を案じてくれていたことを理解した。


その気持ちには素直に感謝する。


・・・でもね。私はゲームなんていう訳の分からないものに縛られるのは嫌だ。


お母さま達がすごく苦労したのは分かった。


それでも、私はお母さまの言うように筋書きに乗って生きる気にはなれない。


手紙に書かれた事実を知っても、結局私は何も変える気にはなれなかった。


私はやっぱり我儘なのかもしれない。でも、好きにやらせて欲しいという気持ちだった。


だって、私に出来ることなんて何もないじゃない?


攻略対象に会いに行って恋愛しようという気持ちにはとてもなれない。


私はやっぱりフランソワが好きだから・・・。


きっと相手にされないだろうけど、だからと言って攻略対象を好きになれるとは思えない。


その結果、呪われても自己責任だと思う。


私にはやりたいことが沢山ある。


いつか冒険者になりたいという夢もそうだが、今でも私の眼の前のお皿は沢山のやりたいことで溢れている。


家畜の世話。野菜畑。薬草園。フランソワからポーションの作り方も習いたい。マーケットで料理を売ってお金を稼ぎたい。


あ、それからセドリックのセーターも編まないと。


ああ、忙しい。恋愛どころじゃないわ、と頭の片隅にあったフランソワの笑顔を脳みその裏側に追いやった。




綺麗に洗浄した羊毛を紅花で赤く染めた後、糸車を使って毛糸に紡いでいく作業は結構時間がかかるが嫌いじゃない。


夕方お祖父さま達がゆっくり食後のお茶を楽しんでいる時間に、その傍らでカラカラと糸車を走らせて糸を紡ぐ時間は穏やかで心が安らぐ。


たまにフランソワも一緒にお茶を飲んで世間話をするので、密かにフランソワの整った横顔を盗み見しながら糸を紡ぐのも悪くない。


「糸車の音は好きなんだ」


とある夜フランソワが言った。


「不思議と心が落ち着く」


というフランソワの言葉に私も共感する。


「分かる!あと、暖炉で薪が燃えてパチパチはぜる音も好き」


「そうだな。あれは心地いい音だよな。変かもしれないけど、俺は馬がニンジンを噛み砕く音とかも好きなんだ」


「そうそう!分かるわ~。私は綺麗な咀嚼音は好きなの」


「なんだよ、綺麗な咀嚼音って?汚い咀嚼音があるのか?」


「ある!動物の咀嚼音は大体綺麗よ。リンゴをシャリシャリ食べる音とか。ニンジンをボリボリ齧る音とか。汚いべちゃべちゃ系の音はちょっと苦手」


フランソワは苦笑いしながら


「お前はホント変わってるな。貴族令嬢とは思えないよ」


と言う。


フランソワの『変わってる』と『貴族令嬢とは思えない』は褒め言葉だって知ってるから、嬉しくてつい表情筋が緩んでしまった。


「そんな無防備に笑うな」


と頬っぺたをつねられた。


「もう少し警戒心を持て!」


と叱られる。なんでだ。


「・・・そういえば、本気でポーションを習いたいんだったら教えてやってもいい」


とフランソワに言われて、目をパチクリさせる私。


「え、だって・・・フランソワは弟子を取らない主義なんでしょ?」


「お前に少し教えるくらいは弟子の内には入らん」


「・・・やった!嬉しい。ありがとう!宜しくお願いします」


と頭を下げると


「じゃあ、明日からな」


と私の頭を撫でてから、ニコッと微笑むとフランソワは自室に戻って行った。


「あんなフランソワ、今まで見たことないわ~」


とお祖母さまが頬に手を当てながら嘆息した。


「え・・あ・・そう・・・なの?」


お祖母さまの口調に含みを感じて、ぎこちなく返すと


「スズと居るとフランソワは楽しそうなのよね~」


と悪戯っぽく微笑むお祖母さま。


「あの子も長い間拗らせているからね。いつか幸せになって欲しいと思っているんだけど」


とお祖母さまが言うと、お祖父さまが


「それこそ余計なお世話だろう。また怒られるぞ」


と窘めた。


はぁ~い、と首を竦めるお祖母さまはとても可愛らしい。


そんな話をしている間にも私の手は休みなく動き、毛糸はほとんど出来上がった。


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