ミステリアス魔法使い ギル 中編
『最近飼い始めた仔犬は、キャンキャンとよく吠えます。陛下の御前にお出しする前にきちんと躾けなければと思う所存です』
マダム・ソフィアから送られて来た文を見てフッと笑みが溢れる。マダム・ソフィアとは縁を切って長い。けれどギルの教育係を任せる時、彼女ほど適任の人材がいないと思ったのも事実だ。それに命を出して翌日にはその要請に応える事の出来る相手といえば、それなりに親しくないといけない。そこで数年ぶりに彼女に連絡をした。
「ウィル、何か楽しい事でも書いてあったの?」
「ん?いや、なんでもないよ」
シルビアには彼女と連絡を取り合っている事は言わない方が良いだろう。何も無いけれど、余計な心配はかけたくない。
というのも、シルビアが懐妊したからだ。先月長いこと体調の悪かったシルビアを侍医に診せた所、妊娠が判明した。まだ発表はしていない。もう少し安定してから、という事になったためだ。
「さぁシシィ、もう寝よう。夜更かしは身体に悪い」
「えぇ……」
ベッドで横になったシルビアを後ろから抱きしめる。シルビアの、今はまだ薄いお腹を撫でながら首筋に鼻を埋める。そのまま眠りについた俺は、シルビアがどんな表情をしているのか気付かなかった。
♢
「タンジェント様、本日はテーブルマナーから学びましょう」
「…………」
この女と出会ってから1週間、僕は一度もこの女を納得させられないまま授業を受け続けている。
それでも逃げていないのは、逃げたらこの女と、それにあのウィルに負けた気がするからだ。
「タンジェント様?」
「……は、はい。マダム」
「結構ですわ」
マダムなんて口走っている自分に寒気がする。最悪だ!
「タンジェント様はいつも魔法薬で体調を管理されてますよね」
「……まぁね、悪い?」
「タンジェント様、紳士的に」
「……」
「タンジェント様?」
「そうです……マダム」
そしてこの女、意外に強情だ。僕がどんなに反抗しても笑顔で押し通されてしまう。なんで僕がこんな女なんかに言いくるめられてるのかと思うと腹立たしい。
「ナイフとフォークは端から。ナプキンは折って、開いている方が手前に向く様に。スープを飲む際は手前から奥にスプーンを進めてください」
「……難しい」
「最初はどんな事も慣れないものですわ。けれどタンジェント様は魔法使いなだけあって手先が器用でいらっしゃるのね。とてもお上手です」
「……別にお世辞なんかいりません」
「ふふ、少し休憩しましょうか」
休憩なんかいらないから早く終わってよ、と思うが言えない。この女から「紳士的に」と呪いの様に言われるからだ。
「タンジェント様、甘いものはお好きですか?」
「………」
「どうされましたか?アフタヌーンティーを一緒に頂きませんか?」
「…………」
女付きの侍女がアフタヌーンティーの用意を済ませる。僕は渋々と女の向かいの席に座った。
アフタヌーンティーのセットには、軽食とデザートが品よく乗っている。僕はあんまり食べる事が好きじゃない。面倒くさいからだ。それでもここで食べなければぐちぐち言われるに決まっている。気乗りしないながらもサンドウィッチに伸ばした僕の手を、女が止めた。
「何ですか?」
「無礼をお許しください、タンジェント様。私がお誘いしておいて何ですが、無理に召し上がらなくて良いのですよ」
「……なんで?」
あんなに「紳士的に」って言って来たのはそっちじゃないか。
「今は授業中ではございません。どんなに紳士な殿方も、気を休める時間が必要です。休憩時間くらいゆっくりお過ごしください」
「……別に嫌いとは言ってないんだけど」
「あら、そうでしたの?タンジェント様、お食事するのが嫌そうにお見受けしたので……」
きょとんとした表情で僕を見つめる女に腹が立つ。僕の事を見透かした様な目が特にイライラする。
「別に、アフタヌーンティーを嫌いだとは言ってないだろ!勝手に決めつけるなよ」
「あら、申し訳ございません。でも召し上がってくださるなら嬉しいですわ。せっかくご用意しましたもの」
微笑む女から目を逸らしてサンドウィッチに齧り付く。それは意外にも美味しかった。
「……美味い」
「ありがとうございます。実はそれ、私が作りましたの」
「え、そうなの?」
貴族の女が家事をするなんて、世相に疎い僕でも有り得ない事だと分かる。
「ふふ、皆様には内緒ですよ?タンジェント様にだけお教えしますね。私、お料理するのが好きなんです」
「へぇ」
きっと女は「料理好き」のレベルじゃない。僕が美味しいと思うんだから、その腕前はもしかしたら宮廷料理人を凌ぐかもしれない。
「間に挟まってるローストビーフが美味い。ソースも甘辛くて合ってる。あとオレンジがいいアクセントになってる」
「まぁ、嬉しいですわ!ありがとうございます。ローストビーフも私が作りましたの!」
僕の言葉に予想外に女が声を上げた。普段、楚々として隙を見せない女の姿に一瞬固まる。
「あ、申し訳ございません。実は私、侯爵家に嫁ぐ前は王都で料理人をしてましたの。貴族の世界では、家事をするなんて有り得ない事ですから、ずっと誰にも言ってなかったのです。
こんなにはしたなく大声をあげるなんてみっともないですわね。タンジェント様に偉そうな口をきけませんわ」
「……別に、いいんじゃない?僕なんて貴族から最も遠く離れた貴族だし」
なんなら生まれは娼婦街だし。
「ふふ、ありがとうございます」
そう言って嬉しそうに笑う女の顔は、今まで見て来たすました顔とは違う様に思えた。
「……今度から休憩の時になんか作って持って来てよ」
「まぁ、いいんですか?」
「別に、気に入ったわけじゃない。ただ、魔法薬作るのも最近誰かさんのせいで時間がなくて面倒くさいから、それだけだから!」
「ふふ、かしこまりました。タンジェント様の為だけに作って来ますね」
だからこんな提案をしたのは、女の笑顔がいつもと違って可愛かったからとか、そんなんじゃないからな!
♢
『最近仔犬も少しずつ私に懐いて来た様なのです。かまって欲しいくせに、近付くとキャンキャンと吠えるのですが、たまにお腹を見せてくれる時もあるのです。とても可愛らしいですわ。
陛下にも懐いてくれると良いんですけれど。……いえ、もう既にすっかり懐いていましたわね』
「シシィ、この文って……」
「そう。執務室で、見つけた……」
私は今、王妃のサロンにアリシアと2人っきりでいる。それは執務室で偶然、マダム・ソフィアからウィルに宛てられた手紙を見つけてしまったからだ。そしていけないと分かりつつも、中身を見てしまった。
内容はマダム・ソフィアが最近飼い始めた犬について書いてあるみたいだけれど、気になるのは最後の一文。
「もう既にすっかり懐いていましたわねって……、これって犬が懐くくらい2人が会ってるって事よね?」
「シシィ……」
私の言葉をアリシアは否定しない。
ウィルが最近私に何か隠し事をしているのは知っていた。文を読んで笑みを浮かべたり、それを聞いてもはぐらかしたり。
マダム・ソフィアはウィルと一番長く付き合っていた元愛人だ。
この国では、多重婚は認められていないし、基本的に浮気や不倫はタブーとされる。けれど王族だけは別だ。愛人を持つ事も、側室を迎える事も許されている。だから、私に前世の記憶が戻る前まで、王子であるウィルとその婚約者の私が社交界で遊び歩いていても咎められなかったのだ。
けれど私は確かにウィルから愛情を感じていた。愛人とも縁を切り、側室は持たないと、そう言ってくれていた。だから信じていたのに……。
「シシィ、大丈夫。陛下の事だもの。きっと理由があるわ」
「……いいえ。王族だもの。愛人や側室がいても仕方ないわ。それに……」
「それに?」
「私、今妊娠中だもの。男性の浮気って妊娠中が一番多いと聞くわ」
「ちょっとシシィ、そうやって決めつけるのは良くないわ」
「だって、こんな、こんな文見たらそう思うしかないじゃない!」
「シシィ、身体に触るから大声をあげないで」
アリシアが私の背に手を当てて撫でてくれる。ダメだ、妊娠中でホルモンバランスが崩れているのか、些細な事で情緒が不安定になってしまう。
普段はこんなんじゃないのに、こんなネガティブじゃないのに。思っていても悪い方向に考えてしまう。
「ねぇシシィ?これ一旦私に預けてくれないかしら?」
「アリシア?」
「マイクならきっと何か知ってると思うの。だって陛下の文を検分してるのはマイクよ?だからマイクに聞いてみるわ」
「……でも、教えてくれなかったら?」
マイクはウィルに絶対の忠誠を誓っている。もしウィルに口止めされていたら裏切るわけがない。
「シシィ、私を誰だと思ってるの?マイク・ジルベルトの妻、アリシア・ジルベルトよ?」
「…………」
ウィルへの忠誠と、妻への愛の間で苦悩するマイクを思うと、益々涙が出そうだ。
♢
「マイク、今日は早く帰って来てね?話したい事が……あるの」
朝、玄関で愛する妻が顔を赤らめてそんな事を言って来たら、世の男性はどう思うだろう。
私だったら期待する。それはもう期待する。史上最速の速さで仕事を終わらせて、妄想に胸を膨らませて帰宅した私は、目の前で見覚えのある文を持って立つ愛しい妻の笑顔を見て、妄想が全て儚き夢と散った事を悟った。
「ア、アリシア。あの、私の話を……」
「マイク?誰が立って良いと言ったかしら?」
「うっ……」
私は情けない事にベッドに悠然と座る愛しい妻、アリシアの前で床に正座で座っている。そろそろ足が痺れて苦しい……。
「マイク、私も貴方の陛下に対する忠誠を蔑ろにしているわけじゃないのよ?ただ、この文の内容、次第によっては私がお仕えする身重の王妃陛下の御体調に関わる事になるでしょう?だから教えて欲しいの。なぜ、陛下はマダム・ソフィアと文のやり取りをしているのかしら?」
「そ、それは……」
確かに私は何故2人が文通をしているのか知っている。だがそれは陛下に口止めされているのだ。シルビア様の気を煩わせたくないから、と。
それが最悪の状態で、シルビア様にバレてしまっている!
この際、本当の事を言った方が良い気がする。けれど陛下に口止めされているのにその命を破るなんて、後で叱責されるに違いない。いやでも、ここで誤解を解かないと益々陛下にとって不利益になるのでは?いやいや、陛下はその様な事は望まれない。陛下御自身でシルビア様の誤解を解きたいはずだ。なにせあのお方はシルビア様が、御自身の事で一喜一憂する姿を見るのを楽しまれている鬼畜な方……はっ、陛下に対して何て事を……!
「マイク?聞いてるの?」
「……とにかく私からは言えない」
「私がお願いしているのに?」
アリシアの懇願する様な瞳に折れそうになる。
「い、いくらアリシアの頼みでも、だ」
意を決してキッパリと言い切る。見上げるとアリシアの顔には何故か笑みが浮かんでいた。
「そう、マイク。残念ね」
「え?」
「愛する妻の言うことも聞けない貴方にはお仕置きが必要だわ」
アリシアのお仕置きという言葉にピクリと身体が反応する。いや、反応なんてしてない!そんなアブノーマルな趣味は私には無い!
「や、やめてくれ。アリシア」
「何をやめて欲しいのかしら?」
アリシアが私に跨ってキスをして来たところで、ついに足が痺れて後ろに倒れてしまう。
「秘密をバラして陛下に怒られないと良いわね?」
「ア、アリシア……」
覆い被さってくるアリシアにこれまでに無い胸の高鳴りを覚えてしまった私は、もはや重症だ。
♢
「重症だな」
「へっ!?」
マイクが素っ頓狂な声をあげる。俺にマダム・ソフィアとの文通をシルビアに知られている様だと報告したマイクは、何故か顔を赤らめていた。
「だから、アリシアに文について尋問されても吐かなかったんだろう?お前の俺に対する忠誠心は重症だな、と言ってるんだ」
「あ、あぁ。そっちですか……」
そっちってそれ以外に何かあるのか?
「だが良くやった。俺がマダム・ソフィアと文通している理由は漏らしてないんだろう?」
「は、はい……」
「シルビアには可哀想な事をした。そんなつもりはないとはいえ、深く傷付いただろう。そこでだ」
「……そこで、なんですか?」
俺の芝居がかった言い回しにマイクが胡乱気に目線を上げる。
「王妃陛下を早急にじっくり慰めに行く。しばらく寝室には人を近付けるなよ」
「へ、陛下!恐れながら本日の公務は……」
「ん?今日中にサインが必要な書類はもう既に揃っているだろう?それとも何か?身重の王妃陛下がこのまま涙に暮れていても良いと言うのか?」
「で、ですが……」
「安心しろ。我が国の臣下はお前も含め非常に優秀だ。ほんの少し俺がいなくても大丈夫だろう?」
その言葉にマイクは諦めた様にため息をついた。
「ですが、陛下。今回ばかりは事前にシルビア様にお伝えすべきでした」
「そうだな。その点に関しては俺の落ち度だ」
「私が昨日どれほど大変だったか。アリシアを裏切っている様で心苦しかったのですよ」
マイクがやれやれとわざとらしく肩を落とす。こいつ、いつからこんな恩着せがましい言動をする様になったんだ。
「そうか、すまなかったな。マイク」
「陛下……」
「どうした?」
「い、いえ。素直に陛下からお言葉を賜りまして、私感激して……」
「本当に申し訳なかったと思ってるよ。昨日は散々アリシアに責められて心苦しかったんじゃないか?
いやそれとも……案外嫌いじゃなかったりして」
「へ、陛下。何を仰っているのですか……?」
「右耳の後ろ。付いてるぞ、キスマーク」
「!!!」
マイクが顔を真っ赤にして慌てて襟を正す。それを見て俺は鼻で笑った。
「嘘だ。だがアリシアに楽しく尋問されてたのは本当の様だな」
「陛下!」
顔を真っ赤にして声を荒らげるマイクに背を向けて寝室に向かう。俺に嫌味なんか言うからだ。
♢
「シシィ、入っても良い?」
「……ウィル、どうぞ」
王妃専用の執務室で公務をしていた際に、慌てた様に侍女から告げられたのは、ウィルが大事な話があるから寝室に来て欲しいと言うものだった。
大事な話……思いつくのは一つしかない。
マダム・ソフィアとの文通について、アリシアは早速マイクに聞いてみた様だった。けれど、アリシアにどんなにしつこく尋問されても口を割らなかったらしい。マイクらしいといえばマイクらしい。
恐らくウィルの話の内容は側室についてだろう。兼ねてより深い仲のマダム・ソフィアを側室として迎え入れるつもりなのだ。
マダム・ソフィアは今年33歳となる。若くはないけれど、年齢如きに縛られない魅力がある。美しく、聡明で、妖艶でありながら時に少女の様な素顔を見せる。そうした七色に光る魅力で一介の料理人であった彼女は、時の侯爵家に嫁いだのだ。
社交界に君臨する女帝、マダム・ソフィア。ウィルが傾倒してもおかしくない。……まぁ昔、本当に付き合ってたんですけどねーーー!
「シシィ、マイクから聞いたよ。文を見たんだって?」
「えぇ……」
寝室に入って来たウィルは、ソファに座る私の隣に腰掛けた。そして私の手を両手で握りながら、自身の膝の上に乗せる。
「なんて書いてあった?」
「……それを、私に言わせるの?」
「うん、何て書いてあったの?」
横目でジロリと睨んでも、ウィルは薄らと微笑みながら片肘をついて覗き込んでくる。
ウィルにとっては、側室を迎える事くらい何とでも無いというの?
「マダム・ソフィアが最近飼い始めた仔犬が、ウィルに……」
「俺に?」
「……大変よく懐いているようで。お二人がそこまで頻繁に会ってるとは思いませんでした!」
やけになった私にウィルがクスクスと笑った。
「何がおかしいの?ウィル言ってたよね?側室もとらないし、愛人とも縁を切ったって!」
「シシィ、落ち着いて。お腹の子に触る」
「落ち着かなくさせてるのはウィルでしょ?側室を、取るにしても、なんで言ってくれなかったの!?」
やばい、ウィルの前では泣きたくないのに。勝手に涙が出てくる。
「2人の文通を見つけた時の私の気持ち、分かる!?」
勢いが止まらなくてウィルに怒鳴りつける。ウィルはそんな私を抱きしめた。
「ちょ、触らないで!こんな事されても……」
「シシィ、落ち着いて。シーーーッ」
「………」
まるで子供をあやす様に、ウィルが背中に手を回してポンポンと一定のリズムを打つ。
私がこんなに取り乱しているのにウィルが全く動じていなくて、興奮していた気持ちも収まってしまう。そもそもあんまり怒るのは得意じゃないのだ。
「シシィ、すまない。誤解させる様な事をして」
「……別に誤解じゃないわ」
「ううん、誤解だ。俺が愛しているのはシシィだけ。それは今も昔も、これからも一生変わらない。もちろん側室も迎えないし、マダム・ソフィアとはそんな仲じゃない」
「……信じられない」
「そうだよね。シシィ、お願い。これだけ見て欲しい」
そう言ってウィルから渡されたのは、一通の手紙だった。見覚えのある封蝋にどきりとする。それはリドリー侯爵家の家紋だ。
「今朝、マダム・ソフィアから届いた手紙だ。まだ開けてない。この手紙をシシィに読んで欲しい。その内容を見て判断して?」
「…………」
封蝋は確かにまだ破られてない。未開封の手紙である事は間違いないのだ。
恐る恐る封を開けて、手紙を取り出す。手紙からはふわりと、上品な香水の香りが漂った。
『仔犬の躾も今日で二週間が過ぎました。最近では可愛らしく私の後を付いてくる様になりましたの。愛しくて堪りませんわ。
ダンスも上達してきた様で、今日などは一度もステップを間違えませんでした。きっと二週間後には隣国の使節団が見守る中踊っても、遜色はございません。テーブルマナーも非常に飲み込みが早く、私から見ても立派な紳士然としてらっしゃいますわ。
最近、仔犬は粘土で作ったお人形に使役魔法をかけて、良く色々なお使いをさせています。どうやらそのお人形に恐れ多くも、陛下のお名前を名付けている様ですよ。たまにそのお人形に無理難題を押し付けて、出来なければ口汚く罵る事もあって、手を焼いてしまいますわ。
仔犬がそのお人形を使って悪戯をしなければ良いんですけれど。くれぐれもお気をつけください』
「これって……」
仔犬とは書いてあるけれど、これは明らかに犬の話じゃない。これは、もしかして……
「……仔犬ってギル、の事?」
「そう、よく分かったね」
隣国の使節団が来るのは魔法技術を学びに来るため。当然筆頭魔法使いのギルもパーティーに参加しておかしくはない。それに粘土の人形に魔法をかけて使役するなんて、普通の魔法使いにそんな事は出来ない。その上、その人形にウィルの名を付けて、さらには命令する様な人物はギルくらいしか思いつかなかった。
「今までギルがパーティーに出なくても咎めてなかったけど、今回ばかりは国同士の、しかも魔法省が主体となって行われるイベントだ。ギルが出ないと示しがつかない」
「じゃ、じゃあウィルはマダム・ソフィアにギルの社交界でのマナー講師を依頼してたって事?」
「うん。この国で最も社交界のマナーを熟知しているのはマダム・ソフィアだ。それにギルへの命令は急ぎでもあったから、俺が直接連絡した。彼女は夫と死別しているから、急な依頼にも応じる事が出来るしね。
シシィに伝えなかったのは、妊娠してただでさえしんどい時期に余計な心配をかけたくなかったからだけど、結果的にそのせいでシシィに辛い思いをさせたね。ごめん」
「ウィル……」
頭を下げたウィルに言葉が出なくなる。
ウィルの言葉を疑う事は出来る。この手紙だって、マダム・ソフィアに書く様お願いする事は出来るし、2人の間に何もない事を証明した事にはならない。
……けれど、一国の王として生まれ育って来たウィルが妻とはいえ、人に頭を下げる姿に、誠意を感じないはずがない。それに、目の前にいる愛しい人の言葉を疑う事は、信じるよりも辛いのだ。
「ウィル、頭を上げて。私の方こそ、取り乱してごめんなさい……」
「シシィ、許してくれるの?」
「えぇ。……ウィルを信じるわ」
「ありがとう」
ウィルがにこやかに笑って抱き締めてくる。ウィルの香りに包まれて、心の底から安堵する。
「ねぇシシィ。俺がもしマダム・ソフィアを側室にするって言ったらどうするつもりだったの?」
「え?」
「だって、シシィはそう思ってたんでしょ?」
私を抱きしめるウィルの力が強くなる。少し苦しいくらいに感じるその強さに、ウィルの胸を押すけれどびくともしない。
「それは……王妃としてやっぱり受け入れたわ。それはもちろん、凄くショックだけど」
「そう……。ねぇシシィ、本当に俺が側室を迎えても良かったの?」
「……どういう事?」
「俺だったら耐えられない。もしシシィが俺以外の男に笑いかけたり、ましてや触れたりなんて、想像しただけで頭がおかしくなる」
「……」
ウィルが私の耳元で囁く言葉は、酷く湿っぽい気がする。最近のウィルは、こんな風に私に対する異常な独占欲を隠そうとしない。それを怖いと思うのに、どこか嬉しく思っている自分もいる。
「シシィが俺が浮気したんじゃないかって泣いてる顔……凄く可愛かった」
「ウィル、何言って……」
「もっと俺の事ばっかり考えて?それでもっと俺の事独占して?」
ウィルにキスされて、そのままお姫様抱っこでベッドまで運ばれる。この後起こるであろう展開に私は冷や汗を流した。
「ま、待ってウィル。今は、だめ」
「うん、分かってる。だからシシィには負担はかけない。シシィを不安にさせたお詫びに、俺に甘やかさせて。ね?」
って、それお詫びなんて言ってるけど、ウィルがしたいだけでしょーーー!
その後、ウィルに嫌になる程甘やかされたのは言うまでもない。