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ミステリアス魔法使い ギル 前編

攻略対象の一人、ギルの話です。

荒ぶって長くなったので、3つに分かれてます。

いつも通り、ギルは全くミステリアスになりませんでした。

 あぁ、イライラする。原因は自分でも分かっている。


 「ギ、ギル様、こちらが今朝の会議の……ひいっ!?」

 「………何?」

 「あ、す、すみません……!こ、こちらが今朝のか、会議の内容ですぅぅうっ!」


 魔法省の官吏が僕の顔を見るなり書類を投げ捨てて走り去って行く。全く、イライラする。僕が今最高に機嫌が悪いのは事実だけど、だからって怯えて毎回あんな態度を取られちゃ話にならない。


 魔法で書類を拾い集めて目を通す。その合間に魔法伝書鳩を飛ばす。行き先は決まっている。僕が最近見つけたパシリだ。


 「ギル様。お呼びですか?」

 

 ほどなくして現れたのは、僕が最近使っているパシリとは別の人物だった。


 「……誰だ、お前?」

 「いやだな、ギル様お忘れですか?エリックの同僚のロベルトです」

 「なんでお前がいる」


 不機嫌さを隠そうともしない僕に構わずニコニコと笑いながら近付いてくる男に警戒を露わにする。そういえばこの男、ウィルの嫌がらせで一時期、パシリのエリックと一緒に僕の部屋で騒がしくしてた奴だ。


 「申し訳ございません。エリックはただ今他の仕事から手が離せなくて、代わりに私が参りました」

 「なんだと?僕の命令より他の仕事の方が大事なのか」

 「申し訳ございません。なにせ陛下、直々の命でして」


 ロベルトが勿体ぶって口にした陛下、という言葉に一瞬詰まる。この男、僕がウィルには逆らえない事を知ってるんだ。あぁ、ますますイライラする!

 だが、もうこの際こいつでもいい。


 「……お前、これを飲め」

 「ギル様?」

 「これを飲めと言ってるんだ!僕の命令が聞けないのか!」

 「………」


 ロベルトにイライラしながら液体の入った小瓶を渡す。ロベルトは不思議そうに首を傾げ、そして瓶の口を開け……


 「………ギル様?これ変身薬ですね?」

 「それがどうした」

 「しかもこの色……、ギル様の瞳の色と同じ、紫水晶の色です。変身薬は変身する人間の瞳と同じ色になると聞いた事があります。あまりに高度な秘薬ですので噂でしか聞いた事はありませんが」

 「………」

 「私は下っ端の官吏ですが、仮にも魔法省に籍を置いております。流石にこの様な手に乗ることはありません。……まぁ無知で鈍感で臆病な官吏であれば、ギル様に言われるがまま飲んでしまったかもしれませんが。……エリックの様な」

 「それがどうした。お前がその薬の正体に気付いたところで結果は変わらない。僕がお前にそれを飲めと言っているんだ!魔法省の下っ端の官吏に過ぎないお前に、筆頭魔法使いのこの僕が、な」

 「ギル様、ギダール宣言をご存知ですか?」


 そんなのもちろん知っている。個人に対する魔法の取り扱いについて10年前、世界的に定められた国際宣言だ。

 もちろん国同士の戦争の場合は別だ。それは個人ではなく集団の範囲に入るからだ。


 「ギダール宣言の中核をなす理念は、如何なる個人も、犯罪に対する法に則った罰及び防衛を除いて、意に沿わない魔法的制約を受けない、というものです。我が国がこの国際宣言を批准しているのはもちろんご存知ですよね?」

 「……何が言いたい」

 「いえ。もし我が国最高の魔法使いであるギル様が、国際宣言に反する行為を行うのでしたら、国の沽券に関わる問題になると思いまして。至急陛下にご相談を、と……」


 ……最悪だ。目の前でニコニコと笑みを浮かべている男を見て、イライラがマックスに溜まる。なんで今日に限ってあのくそパシリ(エリック)が来ないんだ!あいつなら鈍臭くて馬鹿だからうまくいくと思ったのに!

 この場でこいつに無理やり薬を飲ます事は簡単だ。けれどその後の事は目に見えている。ぜっっったいにあのクソ野郎、もといウィルに泣きついて僕に理不尽な攻撃をしてくるに違いない。

 そもそも僕がこんな面倒くさい事をするハメになったのはアイツのせいなのに!!


 「ギル様、差し支えなければどうしてこの様な事をなさろうと思ったのか、お教えください」

 「お前なんかに教えるわけないだろ」

 「では、僭越ながら私の推察をお話しさせてください。

 もうすぐ隣国から我が国の魔法技術を学びに使節団が訪れますよね?その際にはもちろんギル様も対応なされるでしょう。そして両国間の親睦を深めるパーティーにも出席されるよう陛下から命令があった」

 「…………」

 「失礼ながら、ギル様は社交界での経験がほとんどございません。陛下は恐らくダンスから社交界での作法に至るまで、ギル様に教師をお付けになると思います。その時間、ギル様の研究時間は削られてしまう」

 「……それで?」

 「そもそもギル様は使節団の対応もパーティーの出席も、したくないと思ってらっしゃる。それに加えて日々、見ず知らずの他人の教授を受けるなんて耐え難い。それならば、授業が始まる今日から使節団が来る1ヶ月後まで、阿呆なパシリを自身に変身させて代わりをさせようとした。……違いますか?」


 ……最悪だ。何が最悪って、目の前のこの男に全部ばれていることだ。


 「どうでしょう、ここは真実を教えてくださいませんか?もしかしたら私でもギル様のお役に立てるかもしれません。もちろん、陛下には内密にしておきます」

 「……絶対にウィルには言うなよ」


 事の発端はシルビアだ。

 シルビアとウィルと僕は幼い頃から一緒で、所謂幼馴染みだ。

 僕はそもそも人間が嫌いだ。特に女は。僕の母親は娼婦で、たまたま生まれた僕の魔力の量が多かったからという理由で、当時の筆頭魔法使いだった男のところに僕を売った。

 男の家でも女は最悪だった。男の妻もメイドも、何かある度に僕にベタベタと触ってくるし、僕が少しでも嫌がれば今度はわざとらしく泣くんだ。

 でもシルビアは違う。プライドが高いから僕に媚を売ってこないし、頭も良い。魔法の才能だけは壊滅的に無いけど。

 そんなシルビアが3年前、変わった。なんというかプライドの高さが無くなって、代わりに鈍臭くなった。それを機にウィルも変わった。あんなに色んな女の尻を追いかけてたのにシルビアにベタベタと纏わりつく様になった。

 最悪だった。僕がシルビアに近づく度にあのうるさい駄犬ウィルが威嚇してくるんだから。


 それはつい一昨日の事だった。


 「あら、珍しいのね。ギルが昼間に中庭に居るなんて」

 「別に。それよりシルビア、仕事は終わったの?」

 「ううん、今はちょっと休憩中なの。ギルも一緒にどう?」

 「……」


 侍女も連れずにシルビアが僕を東屋に招く。以前はこんな事無かった。シルビアの周りには侍女が常に大勢侍っていたから。

 僕は中庭で見つけた子猫を抱えたまま、シルビアの横に座った。


 「あら、子猫と遊んでいたのね。可愛い!」

 「うん」

 「ギルは猫が好きよね」

 「まぁね」

 「他には?何が好きなの?」

 「他に?」


 腕の中で丸まっている猫を撫でながら考える。嫌いなものはいっぱいあるけど、好きな物はあんまり考えた事がない。


 「ほら、もうすぐギルの誕生日じゃない?いつも私がギルに似合いそうな物を一方的に贈ってたけど、ちゃんとギルから好きな物聞いた事ないなぁと思って」

 「好きな物か……」


 隣に座っているシルビアに目を向ける。僕を見上げる形になっているシルビアは、ちょうど日差しが当たって眩しいのか、少し目を細めて微笑んでいた。

 シルビアは3年前、確かに性格が変わった。僕は以前のプライドが高くて美しいシルビアが好きだった。今のシルビアは王妃のくせに侍女も付けずに中庭を歩いて、東屋で2人きりで男に微笑んでいる。

 そんなシルビアを僕はもっと……


 「ねぇ、シシィ」

 「あら、ギルにそのあだ名で呼ばれたの久しぶりね」

 「うん。シシィ、僕が誕生日に欲しいのは……」


 「シシィ?」


 シルビアに手を伸ばしかけた時、背後からドスの効いた低い声が聞こえた。振り返らなくても分かる。現に目の前でシルビアは一瞬にして顔を青褪めさせた。


 「何か用?」

 「俺はお前に聞いてない。シシィ、今、誰と、何を、してるんだ?」

 「ウィ、ウィル……。ウィルも休憩中かしら……?」

 

 ウィルはサッとシルビアの手を取ると僕から見えない様に背後に隠した。


 「ギル、シルビアに近付くなと言っただろう?」

 「なんでそんな事ウィルに言われなくちゃなんないの?それに僕たち幼馴染みなんだけど」

 「その前に俺の妻だ」


 最悪。こいつの歪んだ独占欲、見てらんない。


 「ウィル、ギルは悪くないの。私が誘っただけなの」

 「……シシィ、それについては後で詳しく聞くから。ね?」


 あーぁ、僕を庇おうと思ったんだろうけど、シルビアの迂闊な言葉も火に油を注いでいるに過ぎない。

 目の前でシルビアをあからさまに独占するウィルも、それに青褪めながらもどこか嬉しそうなシルビアも、見てらんない。腹が立つ。


 「シシィ、誕生日に何が欲しいかははまた今度、直接、教えるね」


 そう言って2人に背を向ける。背後から僕を怒った様に呼ぶウィルの声が聞こえたけど、無視してその場を立ち去った。


 そう、腹が立ったからあんな事を言った。だからウィルの目の前でシルビアの愛称を呼んだ。

 僕はそれを今、絶賛後悔してる!



 「それで陛下から1ヶ月後のパーティーの出席とそれまでの社交界の勉強を義務付けられたわけですね?」

 「そうなの!絶対にあいつの僕に対する嫌がらせに決まってる!だって今までパーティーに出席しなくても何にも言わなかったくせに。

 それにその先生っていうのが女なんだよ!」

 「ダンスの練習もあるとなると、女性が妥当でしょうね」


 気付けば僕は熱を持ってロベルトにウィルの仕打ちを話していた。こんな下っ端官吏に僕の話をするのは最悪だけど、あいつの仕打ちを誰かに聞いて欲しかった。それにこの男、人の話を聞くのが上手いのだ。


 「先生がどなたかはご存知ですか?」

 「知らない。興味無いし。ただ社交界では名が知れた人らしいよ」

 「なるほど。それでしたら一度授業を受けてみてはいかがでしょう?」

 「はぁ?お前僕の話聞いてたの?」

 「もちろんです。もしその授業で先生が、ギル様が時間を割くに値する方でしたら、そのまま授業を受け続けても宜しいのでは?」

 「馬鹿なの?僕は女ってだけでもう嫌なの」

 「ギル様、これはチャンスかもしれません。陛下はギル様には到底耐えられないだろうと踏んで、こんな無理難題を押し付けていらっしゃるのです。それを易々とギル様がこなしてしまわれたら、きっと陛下は面白く無いでしょうね」

 「……別にそうは思わないけど」

 「いえ、そう思われるに決まっています。

 それにパーティーでは必ず陛下と王妃陛下はダンスを踊られます。そしてそのお二人にダンスを求める事も可能です。筆頭魔法使いであるギル様なら、王妃陛下にダンスをお求めしてもなんら不思議はございませんし、きっと断られる事もございません。公の場ですから、陛下がそれを阻止する事も叶わないでしょう。

 陛下の目の前で王妃陛下と完璧にダンスを踊るのです。陛下に対する当て付けとしてはこれ以上の物はないのでは?」

 「……お前、実は性格悪いだろう」

 「お褒めの言葉として受け取っておきます」


 僕の話を聞いただけでこんな事思いつくなんて、相当性格が悪いに決まっている。


 「もしギル様が先生に耐えられない様でしたら、喜んで私が身代わりとなりましょう」

 「……ふん」


 退出するロベルトの背中を見つめながら鼻を鳴らす。

 別にあいつに納得させられたわけじゃ無い。ただほんのちょーーーーっとだけ良い案かもしれないな、とそう思っただけだ。決してあいつの口車に乗せられた訳じゃないからな!!





 「で、ロベルト。ギルを説得させられたか?」

 「はい、陛下。仰せの通りに……」


 今俺は陛下の執務室にいる。こんな下っ端官吏が何故こんな所にいるのかというと、きっかけは食堂でエリックとベティの3人で昼食をとっている時だった。




 「げ、ギル様から呼び出しだ……」

 「え、またぁ?」


 オムライスを突いているエリックの目の前で、魔法伝書鳩が羽ばたく。鳩の咥えた紙には『スグニコイ』と簡潔な命令が書かれていた。


 「最悪だ、次は何をさせられるんだ……」


 エリックは最近ギル様のパシリをさせられている。というのも以前舞踏会でやらかしてしまった際にギル様の魔法薬を定期的に盗んでいたのが、つい最近バレたからだった。そんな弱みを握られてか、最近のエリックはギル様に魔法薬の実験台にされたり、ギル様と昔から仲の悪い軍事省長官に喧嘩を売る様な手紙を持って行かされたりと、結構悲惨な目に遭っている。


 「エリック、大丈夫?私が代わりに行こうか?」


 ベティが気遣う様に、伏せってしまったエリックの肩に手を置く。エリックは顔を上げると頬をほんのり赤らめてベティを見上げた。

 最近の俺は何故かベティとエリックが仲良くしているのが気に食わない。……いや、何故かは自分でも分かっている。


 「ベティが1人で行くなんて危なすぎる。それなら俺が行くよ」

 「ロベルト、大丈夫なの?」

 「い、いやロベルトが行くくらいなら僕が行く」


 俺の言葉にハッとした様にエリックが立ち上がる。ベティの前でカッコつけたい気持ちがバレバレだ。


 「おい、この中でここ2日でギル様と連絡を取り合ってる奴いるかー!?」


 食堂で大きな声をあげたのは、魔法省の官吏の1人で、俺たちの上司だった。少し焦った様子に思わずエリックが手を挙げる。


 「は、はいっ!私が連絡を取っています!」

 「またお前ら3人組か。まぁいい、お前ら着いてこい」


 上司は呆れた様に溜息を吐くと、何故か俺とベティも一緒に呼び寄せた。


 「いいか、お前らを呼んでいるのは陛下だ。くれぐれも失礼のない様にな」

 「へ、陛下!?」


 足早に廊下を歩く上司に着いて行きながら、上司の口から出た陛下、という言葉に血の気が引く。

 エリックは三男といえども公爵家の出身で、陛下とも面識がある。けれど、俺とベティは直接お話しした事など無い。確かに陛下から直々にギル様の部屋掃除を命じられた事はあるけれど、それだって辞令が送られてきただけだ。

 

 そうして内心怯えながら向かった執務室で、陛下に命令されたのは、俺がギル様の元へと行って、ギル様が素直にパーティーとそれまでの授業に参加する様、説得するというものだった。


 何故そんな事を依頼されたのか当初分からなかったが、ギル様から話を聞いて納得した。そうしてどうにかギル様を説得する事に成功した。その為に使った方便は陛下には口が裂けても言えない。

 陛下は恐らくギル様の視野を広げたいのだ。陛下と王妃陛下以外の人とも触れ合わせたいのだと思う。それが、ギル様の事を思ってなのか、単純に王妃陛下に近付く虫を減らしたいだけなのかは定かではない。

 そうして今俺は、陛下にその報告に来ているというわけだ。


 「陛下、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

 「なんだ?」

 「何故、エリックではなく私に命じたのでしょうか?それに何故ギル様が変身薬を使う事を予見されていたのですか?」


 陛下は俺にギル様の説得を命じた。だがその際に、「ギルが恐らく変身薬を使うだろうから気を付けろ」とも仰っていたのだ。


 「簡単だ。エリックはギルにパシられすぎて、完全に舐められている。そんな奴に説得出来る訳がないだろう?

 その点ロベルト、お前は口が上手い。お前達3人がギルの部屋で掃除していた時、エリックとベティの仲を2日で取り持ったと聞いた。いくらあの2人が単純だからといっても、そんなに簡単な事じゃない。だからお前を選んだ」

 「それは……お褒め頂いているのでしょうか?」

 「当たり前だ。ギルが変身薬を使うと分かったのは、もっと簡単だ。昨日魔法省管理の薬草畑から、夜光草の花が5ダースも摘み取られていた。あれを大量に使う薬はそんなに多くない」

 「…………」


 陛下はなんでもない様に言うとシッシと俺を手で追い払った。それに素直に従って退出する。


 陛下は昨日ギル様に命を出し、そして今日初めての授業が行われる。あまりにも急なスケジュールだ。

 それであればギル様が動く事が出来るのは昨日か今日。その間にギル様が連絡を取る人間に当たれば、計画を阻止する事は容易い。ギル様はそんな事に微塵も気付いていない。


 ……ギル様、恐らく一生陛下には敵わないと思いますよ。






 「お初にお目にかかります。陛下からギル・タンジェント様の指導を仰せ付かりました、ソフィア・リドリーと申します」

 「……」

 

 僕の部屋に現れたのは、ソフィア・リドリーという侯爵家の未亡人だった。ワインレッドの胸元が開いたドレスも、仄かに漂う香水の香りも、僕が苦手とする女の要素が詰まっている。最悪だ。


 「タンジェント様?」

 「……最悪。近付いて来ないでよね」


 目の前の女を睨みつけてフードを目深に被る。ほんと嫌になる。ロベルトの口車に乗せられて……って乗せられてはないけど、初日だけは授業を受けてやろうと思ったけど、もう既に限界だ。明日から絶対にロベルトに身代わりをさせる!


 「まぁ、申し訳ございません。タンジェント様」

 「だったら早く出て行ってよ」

 

 すぐに深々と頭を下げた女を見て、背を向ける。これでやっと僕の部屋から人間がいなくなる。


 「いいえ、出て行く事は出来ませんわ」

 「は?」


 返ってきたのは予想外の答えだった。振り返ると入り口付近に居たはずの女が、すぐ目の前にいる。


 「ちょ、近づくなって……」

 「タンジェント様、安直なお言葉で命令しても人はそんなに簡単には頷きません。私を退出させたいのであれば、紳士らしくスマートに振る舞って頂きませんと」

 「何言ってんの?」

 「あら、今のお言葉も紳士らしくありませんわ」


 女はそう言うと僕の被っていたフードを勝手に捲り上げた。


 「タンジェント様、社交界の基本はコミュニケーションでございます。もし、タンジェント様が私の満足いくエスコートをしてくださったら、陛下には私が授業を執り行わない様、奏上致しましょう」

 「別にそんなのいらないんだけど。てか離してよ」


 高いヒールを履いて、若干僕より背の高い女が僕を覗き込んで悠然と微笑む。


 「陛下から、面白い話を拝聴しましたの。薬草畑から夜光草が5ダース程摘まれていたんですって。それに、ついさっき陛下が魔法省の官吏を2人ほど執務室に呼んでいたそうですよ。確かお名前は……」

 「もういい。分かった。僕が逃げる道は一つもない、そう言いたいんだろう?」

 「あら、その様な事はございません。私をスマートに納得させてくださればすぐに終わりです」


 クスクスと笑う女に怒りが込み上げる。最悪だ。ロベルトもこの女も、ついでにあのパシリ(エリック)も全部ウィルの手先だ。


 「……で、どうすればいいんだ?」

 「まぁ、やる気になって頂いて嬉しいです。まずはタンジェント様のお好きに、紳士らしく振る舞ってくださいな。それで納得すれば授業はもう終わりです」

 「…………」


 紳士らしく、なんて考えた事もない。なんだそれは、食べれるのか?


 「例えば、ほら身近にいらっしゃいませんか?その方の真似でも構いませんわ」


 身近に……。それでパッとウィルの顔が思い付いて嫌になる。あいつはほんっとうに嫌いだけど、世間的に紳士と言われたらあいつだろうとは思う。世間的には、ね!

 

 「マ、マダム・ソフィア。……ど、どうか僕の部屋から……出、出て行って頂きとう……ござりまする……」

 「…………」


 片膝を付いて精一杯言葉を絞り出した僕に対して、女は何も声をかけない。そろそろと見上げると、女は肩を震わせて笑いを堪えていた。


 「最悪だ!だから嫌なんだ!」

 「タ、タンジェント様………!不合格でございますっ……!」

 「おい、笑うんじゃない!」


 だから女は嫌いなんだ!!




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