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ワンコ系幼馴染み公爵 エリック

攻略対象の1人、エリックのお話です。

全くワンコとなりませんでした。

王国政務官、マイク・ジルベルト様が婚約された。

しかも、新国王ウィリアム様と王妃シルビア様の戴冠式のパーティでその婚約が発表されたのだ。国王がそんな大事な式典のパーティで臣下の婚約を披露するなど異例の事である。しかも、マイク様のお相手は庶民の女性であるという。王宮は戴冠式から、その庶民の女性、アリシア・ブラウンの話題について持ちきりだった。



その余波は、僕のところにやって来た。


「おい、エリック!お前、アリシア様と幼馴染みなんだって?お前、隠してないで教えろよ!あんな美人と幼馴染みなんて羨ましいな〜」

「ロベルト・・・僕は別に隠してたわけじゃない」

「で、小さい頃のアリシア様はどんな感じだったんだ?」

「別に・・・」


戴冠式の後から、アリシアと僕が幼馴染みだと知った奴らが最近はこんな風に質問をしてくる。


アリシアは僕の実家、ラドフォン公爵家に仕えている庭師の娘だ。僕の1つ年上で、昔は身分も関係なく良く遊んでいた。でも大きくなって、アリシアが王宮に勤め出してからは全く遊ばなくなった。今僕は王宮の魔法省の下っ端として働いているけれど、王妃様付きの侍女となったアリシアとはすれ違うこともない。


ロベルトは同じく魔法省の下っ端として共に働く同僚だ。男爵家の次男坊でもある。

僕はシルビア様の御実家であるローゼウム公爵家と肩を並べるラドフォン公爵家の三男坊だ。それは将来公爵家を継ぐことは出来ない、ということだ。


そういった貴族の長男以外の男は家を出て、官吏となるか、騎士となるか、はたまた自身で事業を起こすか、そうしなければ身を立てられない。僕は汗だくになって訓練するのは好きじゃない。それに事業なんて上手くいかなければおしまいだ。そうして消去法的に王宮で働く事を決めた。


王宮に勤めている間は、実家の爵位よりも官職がその人の身分となる。それは先代国王の御世に、爵位に捉われず才能ある人間を重要な官職に任じる政策が行われたからだ。即ち、政務官であり、さらには陛下に抜群の信頼を置かれているマイク様は、伯爵であろうと僕よりも上の立場となる。そしてその妻となるアリシアも・・・。


アリシアは昔から気弱で可憐な乙女といった女の子だった。僕より1歳年上のくせに、そんな風には見えなかった。最近は会ってないけれど、その性格は変わらないだろう。急に身分の高い貴族社会に放り込まれてしまったらきっと心細くて毎日涙に暮れるに決まっている。


それに、マイク様といえばとてもチャラついていて、軽薄だと聞いている。女性を見ればすぐ声をかけるとか。陛下も何故そんな人間を重用しているんだ。

きっと婚約もマイク様が可愛いアリシアに惚れて、無理やり結ばせたんだ。それに弱いアリシアは逆らえなかった。それでも心の優しいアリシアはマイク様と同じような貴族の生活に慣れようと頑張るんだろう・・・。にも関わらずマイク様はアリシアを省みずに外で遊びまくるんだ!あぁ、なんてかわいそうなんだ、アリシア!


「エリック、お前なんか凄い顔してるぞ?」

「あ、ロベルト、まだいたんだ」

「まだいたんだって・・・。お前って無口でクールな人間装ってるけど、頭の中色々考えてそうだよな」

「え?なんのこと?」

「いや、なんでもない・・・。その思い込みの強さを変な方向に発揮するなよ・・・」


後ろでロベルトが何かを言ってたけど、僕は無視して彼を後にした。

アリシアの婚約発表から2週間、アリシアが心配すぎてずっと夜も眠れない。これは1度僕の目でマイク様とアリシアが上手くいってるかどうか確かめなければ。そしてもしマイク様がアリシアに相応しくないと判断したら、身分なんて関係ない。僕がアリシアを助けてやる!





「・・・なんか悪寒がする」

「え?アリシアどうしたの?」


私とアリシアがアフタヌーンティを頂いていると、アリシアがそんな事を言った。

うーん、今日はそんなに寒くないけど・・・まだ冬の寒さが残ってるのかな?


「そういえばアリシア、結婚式の準備はどうなの?」

「そうそう、今のところ順調よ。でもいいのかしら?私達の結婚式に国王夫妻に来てもらうなんて・・・」

「良いに決まってるじゃない!友達だもの」


アリシアとマイクの結婚式は半年後に決まった。今はその為の準備真っ只中、といったところだ。


「招待客は決まってるの?」

「それが悩みどころなのよ。マイクの方は御実家とお仕事の関係のある人ばかりなんだけど、私の場合実家がただの庶民でしょう?

呼ぶにしてもマイクの招待客と釣り合わないのよ」

「別にそんなの関係ないと思うけど・・・。

あ、そうだエリックは?エリックは公爵家だし幼馴染みなんでしょう?」

「え、ええまぁ・・・」


アリシアはエリックの名前を出すと引きつった笑みを浮かべた。ゲーム設定では2人は仲が良いって事になってたけど、そうでもないのかな?


「エリックは私の1つ年下なんだけど、なんていうか、ちょっと思い込みの激しい子なのよね」

「えぇ?・・・ワンコ系幼馴染みじゃないんだ」

「何、ワンコ系って?」

「ううん、なんでもない」

「幼い頃は可愛くて良く一緒に遊んでたのよ。でも大きくなって、女性は皆んな可憐でか弱いものだって思うようになったのか、その理想を私に押し付けてくるのよね〜。私が清純派の仮面を被るようになったの絶対あいつのせいだわ」

「へぇ」


別にそれってマイクと大差ないように思うんだけど。


「今、マイクと大差ないって思ったでしょ?」

「・・・」

「マイクとエリックじゃ全然違うわよ・・・可愛さが」


アリシアとマイクの立場は明白なようだ。

マイクはウィルほどじゃないけど背の高い、22歳になる立派な成人男性だ。外ではニコニコチャラチャラしてるけど、ウィルや私の前ではいっつもカリカリしている。アリシアはそんなマイクが可愛くて仕方ないらしい。

うん、これこそが破れ鍋に綴じ蓋ってやつ?


「あんた、また失礼な事考えてるでしょう?

でもまぁラドフォン家にはとてもお世話になってるから招待はしなきゃだわ」

「うん。あとは別に身分とか関係ないわよ。もしそんな事ごちゃごちゃ言う人がいたら、私の権力を使って黙らせてやるわ〜」

「シシィじゃなくて陛下にお願いするわ」

「ちょっと、なんでよ?」

「いや・・・迫力?」

「あぁ・・・」


なんだろう、私元悪役令嬢なのに。見た目だけは迫力あるはずなのに・・・。

でもウィルに敵わないのは本当なので、アリシアの言葉に頷いておいた。





アリシアを助けてやる!と意気込んだは良いものも、魔法省の下っ端の僕が政務官のマイク様と、ましてやアリシアと一緒にいる所に遭遇するなんて至難の技だ。そこで最初に向かったのはこの国の筆頭魔法使いのギル様の部屋だ。


ギル様は極度の面倒くさがり屋だ。それが度を過ぎて、部屋がいつも散らかっている。掃除なんてギル様ほどの方なら魔法を使えばすぐなのに、掃除の為に魔法をかけるのも面倒くさいらしい。けれど2年ほど前に陛下に常に部屋を綺麗に保たないと研究費を削ると脅されたらしく、その役割は魔法省の下っ端である僕たちに回ってきている。定期的にギル様のお部屋を訪れて掃除魔法の魔法陣を組むのだ。


筆頭魔法使いのギル様であれば、政務官のマイク様にももちろん会ったことがあるだろう。そこでマイク様との間を取り持たせてはもらえないだろうか、僕はそう考えたわけだ。


けれどその日部屋にはギル様はいなかった。僕は仕方なく、仕事だけは終わらせようと魔法陣を組む。

ギル様の部屋は3日でどうしてここまで散らかす事が出来るのか分からないほど様々な薬品や材料が散乱していた。部屋の中央まで数々の障害物を避けてなんとか進む。

その時ついついローブの端を踏んでしまった僕はそのままこけてしまったのだ。


ガシャーーーン


あ、何か変な液体浴びた気がする!


そう思った瞬間には、もう手遅れだった。





「ねぇ、アリシア、あそこに子猫がいるわ」


私が休日に同僚のベティと中庭で散歩をしている時、ベティが庭の端にチャトラの子猫を見つけた。

ベティは下働きの少女で私の1つ年下だ。同じ時期に働き始めたから同期なのだけど、ベティは男爵家の出身で身分の違いからあまり話す事が無かった。休日に誘われる様になったのは私がマイクとの婚約を発表してからだった。


「わぁ、可愛いわ。ベティ、でもこんな中庭に珍しいわね」

「そうね、アリシア」


私は子猫を抱き上げると万歳させた。


「あら、男の子だわ」


そう呟くと子猫は慌てた様に手足をばたつかせた。


「ちょっと、アリシア何してるのよ」

「ごめんなさい」


子猫を一旦膝の上に乗せ、ベンチに座る。今日ベティに誘われたのは私に相談したい事があるから、との事だった。


「それで、相談って?」


ベティは私の隣に座ると、一瞬顔を俯かせた。


「アリシア、あのね、私・・・」

「うん、どうしたのかしら?」

「私、こんな事、結婚前のアリシアに言う事じゃないのだけれど・・・」

「・・・」

「マイク様、とは結婚しない方が良いんじゃないかって思うの・・・」

「・・・どういうことかしら?」


膝の上で大人しくしていた子猫も何かに反応した様に顔を上げた。


「マイク様、アリシアとの婚約を発表したのにまだ色んな女性を口説いているのよ?そんな男性と幸せになれるわけないわ!」


ベティは急に声を荒らげると私の手を強く握った。


「それに、私も・・・」

「ベティもマイク様に?」

「前もあったんだけれど、最近は本当にしつこいくらいなのよ。この前なんて、キスまでされそうに・・・」


ベティはクセのある茶髪をもじもじと弄りながら言い難そうに私に教えてくれた。彼女の額は汗ばんでいる。

そして私の膝にいる子猫はなぜか毛を逆立てて怒っている様だった。


「そう、ベティ・・・。教えてくれてありがとう、ちょっと1人にさせてもらえるかしら・・・」

「う、うん、ごめんね、アリシア」


そう言うとベティはそそくさとその場を立ち去った。


私の震える拳を子猫が心配そうに見つめていた。





「ねぇウィル、最近のマイクとアリシアの関係についてマイクから何か聞いてないかしら?」

「何かあったの?」


1日の終わり、寝室で寝支度をしていたシルビアが唐突にそんな事を聞いていた。2人の恋路を見届けたのはついこの間のことだ。


「いえ、特に何かあるってわけじゃないんだけれど、結婚前なのにアリシアの様子がおかしいの」

「おかしい?」


ベッドの中でシルビアに腕枕をしながら答える。シルビアの艶やかな黒髪を掬い上げて指に絡ませる。この感触がどうも癖になってしまって、寝る前には必ずしてしまう。


「何て言うんだろう、前ほどマイクとの惚気話を聞かされないというか・・・」

「・・・」

「前までは聞いてもないのに2人の話とかをしてたんだけど、最近は全然なくて・・・」

「・・・」

「よく考えたら2人が話してる姿もあんまり見ないなぁって思ったり・・・ねぇ、ウィル聞いてる?」

「・・・あぁ、聞いてる。アリシアの様子がおかしいんだろ?」

「・・・」


シルビアの目が「聞いてなかったでしょ」と物語っている。そんな不機嫌そうな表情も可愛い。


「本当に聞いてたよ。確かに最近マイクも元気が無さそうだな」

「本当?」


まぁ別にあいつに元気が無くても公務に差し支えが無ければそれで良いんだが。


「ウィルお願い。マイクに何かあったか聞いてみてくれない?」

「良いけど、でも2人の問題だろ?2人で解決するんじゃない?」


前回2人の恋路にお節介を焼いたのは、マイクがあまりに欲求不満で鬱陶しかったからだ。けれど今のところマイクに元気はないけれど、俺にまで害は及んでいない。


「でも、アリシアには憂いなく結婚式を挙げて欲しいの。私が聞いても教えてくれないし・・・」

「・・・」


シルビアが寂しそうに眉を下げる。シルビアはアリシアを大切な友達だと思っている。そんな親友に隠し事をされるのも辛いのだろう。

シルビアにこんな顔をさせるアリシアが憎らしくもあり、羨ましくもある。


「分かった、シルビア。俺がマイクに聞いておくよ」

「本当?ありがとう!」

「ね、シシィ」

「・・・何?」


シルビアが警戒した様に俺から身を離す。最近のシルビアの危機察知能力には目を見張るものがある。

けれど俺の方が腕のリーチが長い。腕枕をしていた右腕を曲げてシルビアの顎に手を当てる。


「キスして?」

「・・・」

「どうしようかな、マイクに探りを入れるの面倒臭くなってきたなぁ」

「・・・最低!」


わざとらしく嘯く俺にシルビアは悔しそうな顔をすると俺に唇を寄せる。

そうしてシルビアがキスをして来たところで舌を潜り込ませて、追い詰める。


「ね、シシィもう一回」


シルビアを腕の中に閉じ込める。ニヤリと笑うとシルビアは恨めしそうにこちらを見上げた。


「・・・マイクにちゃんと聞いてくれる?」

「・・・」


シルビアは分かってない。こういう時に他の男の名前を出すなんて。だからいつまでも隙だらけで俺に虐められるんだ。

今日はどうやってシルビアを虐めようか、俺はそう考えながら吸い寄せられる様にシルビアにキスをした。




「陛下、今日の会議の内容です」


翌朝、マイクから渡された資料に無言で目を通す。

いつもと変わらない内容にほっと嘆息をつく。国王になる前は毎日代わり映えのしない公務にうんざりとしていたが、国王になった今、代わり映えがしないという事が1番平和でありがたい事だと思う。


「陛下、一つご相談があるのですが・・・」

「なんだ、言ってみろ」

「ギルの部屋掃除の件です」

「あぁ、今は魔法省の官吏が3日に一度当番制で掃除魔法をかけているよな」

「えぇ、その件なのですが。つい1週間ほど前、掃除当番だったエリックという官吏がギルの部屋で魔法薬を浴びてしまいまして・・・」

「なんだと?」


魔法薬は浴びただけで呪いがかかったり、魔物に変身してしまったり危険な物も多い。そういった薬品が散乱しない様に魔法省が掃除をしているが、3日に一度では足りなかったのか。


「えぇ、その際は猫に変身してしまっただけの様なのですが、それを機に官吏の方から掃除当番への不満が溢れておりまして・・・」

「なるほどな・・・それで俺に相談とは?」

「もともと、ギルに部屋を綺麗に保つように言ったのは陛下でしょう」

「・・・」


それは2年前、シルビアが無防備にもギルの部屋へ行こうとしていたのを止めるために咄嗟に言ってしまった事が端を発している。

ギルに下働きの手を煩わせない様に部屋を綺麗に保つ様に言ったところ、ギルが独断で魔法省の官吏に掃除当番を押し付けたのだ。今までは機能していたから放置していたが・・・。


「それならギル自身に部屋の掃除をさせれば良いだろう」

「あのギルが陛下以外の言う事を聞くと思いますか?」

「それもそうだな・・・」


ギルは筆頭魔法使いで非常に優秀だが、いかんせん変人で人見知りだ。俺やマイク、シルビアは幼い頃から知っているのもあって会話はするが、それ以外の人間と親しげに話しているのは見た事がない。それに我儘な所も多く、俺の言う事しか聞かない時も多々ある。


「分かった。俺がギルに言っておく。

それとお前、最近機嫌が悪いだろう」

「陛下、いきなり何ですか。その様なことはございません」

「お前のその陰鬱とした顔を毎日見させられる俺の気にもなってみろ。アリシアと何かあったんだろ」

「な、なんでそんな事を・・・」

「言ってみろ。アリシアにフラれたのか?」

「フラれてません!ただ・・・」

「ただ?」

「最近、私がベティという下働きの女性に手を出していると噂が流れている様なのです・・・」

「なんだ、浮気したのか?最低だな」

「しておりません!確かに私は外では軽薄な人間を演じておりますが、アリシアと婚約してから女性にみだりに声をかける事はしておりません。それに噂では私がアリシアとの婚約後にベティにキスをしようとしたとまで言われているのです」

「なるほどな。身に覚えはないんだな?」

「もちろんです!

アリシアはその噂を知っているのではないかと思うのですが、私に何も言ってこなくて・・・でも避けられている様な気もするし・・・陛下、私はどうすれば良いのでしょう!?」

「うるさい、近寄るな」


マイクは今にも泣きそうな顔で俺に縋り付いて来ようとする。最初に聞いた時は素知らぬふりをしたくせに、こんなにベラベラと喋るなんて、聞いて欲しかったんじゃないか。女々しい男だ。

ただ、マイクが浮気をしていないというのは本当だろう。こんなに分かりやすい奴が俺に嘘をつけるはずがない。


「とにかくお前は変な事を言ってアリシアを刺激するな」

「と、言いますと?」

「噂を聞いてから今まで、どうせお前はすぐにアリシアにその事について話さずウジウジと何日も悩んでいた、そうだろう?」

「はい・・・」

「浮気の疑惑がかかった場合、その日のうちにすぐ釈明する。これが鉄則だ。それを逃したらもう次はない」

「そ、そんな・・・」

「だがそれ以上に拗らせるのが、しばらく経って自ら釈明する事だ。相手は噂が本当かどうか悶々と悩み疑心暗鬼になっている。そんな時に、自らが指摘する前に恋人が釈明するのは俺の経験上うまくいった試しがない」

「そうでしょうか、私は既に遅いとしてもすぐにアリシアに誠実に自身の潔白を示したいのですが」

「馬鹿か。そうすると相手は思う。『私が指摘してもいないのに今更自分からペラペラ釈明するなんて、何かやましい事があるのかしら』ってな」

「ではこのままずっと黙っていろと言うことですか?」

「いやそれも良くない。特に2人は結婚前だ。アリシアにそんな嫌な思いをさせたまま結婚式を迎えたくないだろう?」

「えぇ」

「先程今更自分から釈明するのは愚策だと言ったが、有効な時もある」

「陛下、勿体ぶらずに教えてください」

「今から話すんだ、待て。いいか、今週末王宮で舞踏会を開くだろう。その時に弁明するんだ。アリシアは綺麗なドレスを着て、お前にエスコートされて、美味いものを食べて、普段とは違うイベントに気分が高揚している。その際に誠心誠意を持って誤解だと言え。かといって必死過ぎても駄目だ。嘘っぽさが出るからな。あくまでスマートにするんだ。

もちろん舞踏会までにアリシアに指摘されたらそこで弁明するんだぞ」

「なるほど・・・。誠心誠意を持ってスマートに・・・。難しくはありませんか?上手くいくでしょうか・・・?」

「知らん。けど俺とシルビアがいる。アリシアもお前の事を信頼している。安心しろ」


マイクは目に涙を溜めて何度も頷いた。

ったく、なんで国王である俺が臣下の色恋沙汰のケアまでしないといけないんだ。



その日の午後、俺は早速ギルの部屋を訪れた。面倒くさい仕事は先に済ましておくに限る。


「ギル、入るぞ」

「・・・ウィル?」


部屋へ入るとギルは薄暗い部屋の中でフードを目深に被っていた。部屋は既に散らかり放題で、散乱した書類や薬品に囲まれて佇むギルの姿に毎回ながらドキリとする。


「ギル、カーテンを開けるぞ」


魔法で問答無用にカーテンを開けていく。


「ぎゃ、やめて!眩しいんだけど!」


光が差し込んできて、埃がキラキラと輝いている。その輝きが如何にこの部屋が汚いかを物語っていて、身体中が痒くなりそうだった。


「お前も少しは日を浴びろ。日光が足りなさすぎて体に悪いぞ」

「大丈夫。魔法薬があるから。

・・・それよりわざわざ来るなんて何?」


ギルは日光に当たらない様にますますフードを目深に被り直した。


「掃除だ。魔法省の官吏から掃除当番への不満が出ている。自分で掃除して、薬品くらいは常に整理しろ」

「やだよ。なんでそんな面倒くさい事しなくちゃなんないの?」

「お前だったら魔法陣なんて描かなくても掃除魔法をかけれるだろう。簡単じゃないか」

「簡単な事をわざわざするのが面倒くさいの」


俺は頭を抱えた。ギルの我儘は今に始まった事じゃ無いが、こんな掃除一つで言い合うのも不毛すぎて疲れてしまう。


「・・・分かった。今日の所は帰る。だがお前のそのズボラな性格のせいでこの前官吏の1人が薬品を浴びたんだぞ。分かってるのか」

「そんなのそいつが鈍臭かっただけでしょ。あ、そういえば・・・」

「なんだ?」

「いや、そういえばあの後から猫に変身する魔法薬が良く無くなるんだよね。まぁあれ面白そうだから片手間に作っただけだし、どうでも良いんだけど」

「・・・」


こんなに散らかっていても何がどこに、どれくらいあるかは把握しているらしい。

俺はため息を吐きながらギルの部屋を後にした。






僕が魔法薬を浴びてしまったせいでギル様は陛下からお叱りを受けてしまったらしい。しばらくギル様の気が立っていて、魔法省の上司はピリピリしていた。


それに猫に変身する魔法薬が最近よく紛失する、ギル様はその事にも少しイラついているみたいだった。


あんなに散らかっている部屋なのに、気付かれていたなんて・・・。

そう、魔法薬を浴びて以降、僕は時々ギル様の部屋から猫に変身する薬を拝借していた。正直貴重な薬だとは思えなかったし、拝借してもバレないだろうと高を括っていた。

魔法薬を拝借していたのはもちろん、マイク様の浮気の証拠を得るためだ。


2週間ほど前、魔法薬を事故で浴びた日、たまたま中庭でアリシアと下働きのベティという女の会話を聞いた。その時ベティがマイク様に迫られたという話をアリシアに打ち明けた。僕はその話を聞いて怒りに打ち震えた。


やっぱりマイク様はアリシアを誑かしていたんだ、と。

あの時の今にも泣き出しそうなアリシアの顔が忘れられない。

僕はそれからというもの何度も猫に変身して、ベティやマイク様の周辺を探った。


そして重要な証拠を得た。


今夜、王宮では舞踏会がある。そこにはマイク様とアリシアも参加するはずだ。ベティも下働きとはいえ男爵家の娘だから招待されているだろう。


舞踏会には社交界の名士達が多く参加するはずだ。公衆の面前で必ず悪事を暴いてみせる!



「おい、エリックお前なんか気合入りすぎじゃないか?」

「ロベルト、いたのか」

「いたのかってなんだよ。パートナーのいないお前を心配して来てやったんだぜ?」

「別に必要ない」


王宮のダンスホール前で正装したロベルトとばったり鉢合わせた。ロベルトは相変わらず軽い口調で俺の肩に手をかけてきた。

王宮の職務中は確かに官職が身分となる。けれど社交界では別だ。社交界では家の家格が身分となる。即ち公爵家の僕に気安く話しかけてくる男爵家のロベルトは有り得ない奴なのだ。


「エリック、お前男爵家の人間が気軽に公爵家に声をかけんなって思ってるだろう」

「なんだ、分かってたのか」

「はぁ、まぁそれもそうだな。

・・・申し訳ありませんでした。エリック様、どうぞお楽しみください」


ロベルトは恭しく僕に礼をするとそのまま去っていった。嫌味ったらしく片膝まで付いたのはカンに触るけど、まぁいい。これから大事な任務があるんだ。



ダンスホールに足を踏み入れ、真っ先にアリシアを探す。

アリシアは突然現れた僕に驚いていた様だった。共にいたマイク様も驚いた表情をしている。


「アリシア、久しぶり。マイク様、お初にお目にかかります。ラドフォン公爵家三男のエリック・ラドフォンと申します。現在は魔法省で官吏として勤めております」

「あ、あぁこちらこそお初にお目にかかります。マイク・ジルベルトと申します。私は政務官をしております」


マイク様は驚いているせいか普段のチャラチャラした印象とは違って少し固く見えた。一瞬誠実な人間に見えて、アリシアと結婚するに相応しく思えてしまう。いけない、僕はこれからマイク様に引導を渡すというのに!


「エリック?急にどうしたの?」


アリシアはブルーのドレスに身を包んでいて、相変わらず可憐で美しかった。


「アリシアとマイク様にお話があります。最近流れているマイク様の不本意な噂についてです」

「エリック様、いったい・・・」

「ベティ・テレジア嬢!」


僕は拡声魔法で会場にいるベティの名を呼んだ。

会場に響き渡る僕の声に、場内のざわめきが一瞬で止む。耳がキーンとする程の突然の静寂の中、ベティが恐る恐るこちらへやって来た。


「エ、エリック・ラドフォン様、いったいこれは・・・」


ベティと僕は直接の面識は無いが、僕は公爵家の人間だ。公爵家が男爵家のベティを名指しで呼べば、応じないわけにはいかない。


周囲の人々はこちらを固唾を飲んで見守っている。僕がこれから行う事に相応しい状況だ。


「マイク様、アリシア。最近マイク様とベティについての怪しい噂を知っていますよね?」

「エリック、何をしようとしてるの?」

「エリック様、ここでは衆目を浴びすぎます。一旦ここは・・・」


マイク様とアリシアがこの場を収めようと声を上げた。だがここで無いとダメなのだ。衆目を集めるこの場でないと。


「ベティ、君がマイク様に口説かれているという噂だ。それは本当か?」

「え、えっと・・・」


急に話を振られたベティは困惑した様に視線を左右させた。


「そ、それについてはこのお2人の前でお話しする様な事では・・・」

「私はアリシアの幼馴染みだ。今回の噂で一番心を痛めているのは婚約者のアリシアだろう。本当かと聞いているんだ」

「・・・」

「だんまりか。まぁいい。

紳士淑女の皆様、ここ2週間ほど王宮で囁かれている噂です。皆様ご存知でしょう!ここにいるマイク様が婚約者がいるにも関わらず下働きのベティを口説いているというものです!さらにはキスまで迫ったと」


周囲を見渡しながら声を張り上げた。

下々の噂話なんぞに関与しない国王夫妻ならいざ知らず、王宮に勤めている人間なら誰でも知っている。そして社交界というのはそういった王宮勤めの人間が数多いるものだ。


「皆様には証人になって頂きたい!」


僕はそこでここ1週間猫になってスパイをし、得た証拠を取り出した。それは音声玉だ。

音声玉というのは魔法で作られた透明な掌サイズの玉で、そこには音や声を記録することが出来る。僕はその音声玉をベティとマイク様、そしてアリシアの目の前で割って見せた。



『ねぇ、アリシアってさ庶民の出身のくせに政務官のマイク様と婚約するなんて信じられなくない?』

『本当それ!しかもシルビア様の侍女になったでしょ?この前まで下働きしてたくせにあんなの務まるわけないわ』

『下働きの時も庶民臭さが移りそうで一緒に話すの嫌だったんだよね〜』

『ねぇ、鬱陶しいからマイク様との婚約無かったことに出来ないかなぁって思ってさ』

『ベティ、どういうこと?』

『婚約前に一回私マイク様に声かけられたことあるの。アリシアがあんまり幸せそうにしてるから、うざったくて本人に言っちゃった』

『え、なんて?』

『ちょっと盛って、婚約後の今でも口説かれてるって。キスされそうになったとも言っちゃった〜』

『え〜やばい』

『アリシア、本当に泣きそうな顔してた〜!すっきりしたわ!』

『え〜、それさぁもっとみんなに言っちゃえば?嘘から出たまことになっちゃうかもよ〜!それにマイク様ってチャラチャラしててあり得そうだし』

『えーそうかなぁ。でもアリシアが苦しむのは面白いし。みんなも噂流すの協力してよね〜』


そうして女性特有の甲高い笑い声が続いた。


そこで音声玉は終わりだ。止めたくても音声玉に閉じ込められた声や音が全て終わるまでは止めることは出来ない。


ベティは顔を真っ白にして拳を震わせていた。


会場は静まりかえり、皆が息を呑んでいる。


「ベティ、君は下働きで政務官であるマイク様とお会いする機会など滅多にない。冗談交じりで茶会で思いついた遊びをしても直接咎められる様なことは無いと思ったんだろう。けれどそのせいでアリシアは結婚前なのに傷ついたに違いない。これは許される事ではない」

「エ、エリック様・・・」

「ベティ・・・」


アリシアは震える手でベティの肩に手をかけようとする。

僕はその手を掴んで自分の方に引き寄せた。


「そしてマイク様、私は貴方にも言いたい事がある。この件でベティとそのお友達が悪いのは明白だが、貴方が軽率な行動をしていたせいで起きた事とも言える。私はその様に軽薄な貴方がアリシアに相応しいとは思わない」

「エリック様、どういう事ですか?アリシアから手を離して頂きたい」

「いや、離さない。私はアリシアを愛している。マイク様、申し訳ないがアリシアとの婚約は無かったことにしてもらう!」


決まった!

思い描いていた通りの台詞を言い切り、僕はアリシアを振り向いた。


ベティの醜態を晒し、マイク様とアリシアの婚約を無かったことにする。その為には衆目を集める必要があった。この舞踏会を僕の決戦の場にしたのはその為だ。


アリシアは俯き、肩を震わせていた。無理もない。目の前で友達だと思っていた人に裏切られたのだ。けれど僕が必ず癒してみせる。


「アリシア、遅くなってすまない。けれど安心して。僕は昔から変わらない、誠心誠意アリシアを愛するよ。マイク様と愛のない生活を送らなくてもいいんだ」


僕は跪き、アリシアの両手を取った。そこでアリシアの顔を下から覗き込んで異変に気付いた。アリシアは、泣いているわけではない。むしろ逆の・・・


「エリック、何してくれとんのじゃーーー!」


アリシアは怒っていた。


「え!?アリシア?どうした・・・」

「ベティが私の事をよく思ってない事なんて最初っから分かってたわ!それにベティとマイクの噂が広まってるのも知ってた。もちろん最初は傷付いたりもしたけど、良く考えたらマイクにそんな事出来るわけがないって分かったの!だから別に全然気にして無かったのに!」

「え!?そうなの!?」


アリシアの言葉に1番に反応したのは何故かマイク様だった。


「そうよ!

それにエリック!あんた自己陶酔して周りが見えてないかもしれないけど、良くこんな公衆の面前でこんな事出来るわね!こんな事されてベティの将来がどうなるか分からなかったの!?ただの女同士の小競り合いを大事にして!」

「そ、それはアリシアの為に・・・」


アリシアは僕の手を振り払いマイク様の元に駆けて行った。


「私はマイク様との婚約は取り消しません。ベティの事は怒ってないし、これからも良い同僚でいたいと思ってます。以上!」

「で、でもマイク様は軽薄でアリシアは別にマイク様の事を愛してないんだよね?マイク様に迫られて、それで断れなくて・・・」

「誰がそんな事言ったのよ。私はマイクを愛しています」

「そ、そんな・・・そんなはず無い!だってアリシア、君は昔から人見知りで気弱で清純で、そんな可憐な乙女じゃないか!」

「あぁーー、面倒くさい!」


そう言うとアリシアはマイク様の胸倉を掴み、口付けた。

マイク様はされるがまま、呆けたように固まっている。そして何故か顔を真っ赤にして口元を乙女のように抑えていた。


「見て分かったでしょ!はい、解散!」


そう言うとアリシアは手を叩いた。


場内はアリシアのその言葉に少しずつざわめきを取り戻し始めた。


「エリック、貴方が私の事を誤解しているのは知ってたけれど、これで分かったでしょう?私は別にエリックが思うような弱い人間じゃないの。女同士の面倒くさい嫌がらせにも慣れてるし、結婚相手は私が決める。ただ私の事を想ってしてくれた事だっていうのは分かったわ。そこだけはありがとう」

「アリシア・・・」


アリシアの自信に満ちた表情を見てハッとする。

そして冷静になって来たところで周囲のざわめきの中にベティと、そして僕への嘲笑が混じっている事に気付いた。


僕はあまりの恥ずかしさに穴があったら入りたい気持ちになった。僕は勘違いをして下働きの女同士のいざこざを大事にし、そして政務官であるマイク様の婚約者、アリシアを奪おうとしたのだ。しかも見事にフラれた・・・。

いくら公爵家といえどもこの汚名はしばらく付き纏うだろう。


「おい、エリック!お前何してんだよ!」


そこで声をかけて来たのはロベルトだった。


「マ、マイク様、アリシア様、本っ当に申し訳ありません!この大馬鹿者にはきちんと言い聞かせておきますので!」

「ロベルト・・・」


ロベルトは僕の頭に手を置くと頭を下げさせた。そしてロベルト自身も僕以上に頭を下げている。


「あとベティ嬢、君も本当に申し訳ない。なんならこの際エリックを殴ってもいい。いや、公爵家だから出来ないって言うなら、俺でもいい!俺なら男爵家の次男坊で身分の違いなんて無い。気の済むまで俺を殴っていいから!」


そうしてロベルトはベティにも頭を下げた。


「いえ・・・私が悪い事をしてバチが当たったんです。・・・アリシア、みっともない事をしてごめんなさい・・・」


ベティは顔中の色を無くしてそう呟くとフラフラとその場を後にした。そこでワッと彼女に友達が集まってくる。


そうしてアリシアも未だ呆けているマイク様を連れてその場を後にした。その場には僕とロベルトの2人きりとなった。


「おいエリック、何やってるんだ。お前しばらくみんなから笑い者にされるぞ」

「ロベルト・・・ありがとう」


僕の頬にはキラリと一筋の涙が光った。





「凄いものを見たな」

「ちょっとウィル、笑ってる場合じゃないわよ」


私とウィルが会場に入ると、そこでは既にエリックがベティを呼びつけていたところだった。国王夫妻が入場した事にも気付かないほど、会場はエリックの1人舞台に夢中だった。


ウィルは楽しそうにニヤニヤと笑っているけれど、私は冷や冷やしてしまう。あんな事をしてしまってエリックもベティも大丈夫なのだろうか?


「社交界なんて噂話に溢れてる。1週間もしたら忘れるよ」

「そんなものかしら・・・」

「あぁ、それにギルの掃除問題も解決しそうだな」

「?」


なんだか隣で悪い笑みを浮かべているウィルに寒気を感じていると、そこにアリシアとマイクが現れた。


「アリシア!大丈夫だった?」

「シシィ!なんで止めてくれなかったのよ〜」

「いや、なんでと言われても・・・」


確かにエリックの1人舞台に魅入ってしまったのは事実だ。


「まぁあんな事をしておいてベティもエリックも暫くは肩身が狭いだろうな。あの2人にはしばらく人前に出なくて良いように特別な任務を与えるよ」

「ウィル、それは大丈夫なの?」

「大丈夫だ。それよりマイク、お前みっともないな。アリシアの方が圧倒的に格好良かったぞ」


ウィルの言葉にマイクを見遣ると、マイクは呆けたまま口元を抑えていた。真っ赤な顔で瞳が潤んでいる。

ガタイの良いマイクが何故か乙女に見えてしまった。


「マイク?大丈夫?」

「は、シ、シルビア様・・・」

「なんだか顔が赤いけれど・・・」

「い、いえ大丈夫です」


アリシアの方はやれやれと腰に手を当てていた。


「シシィ、マイクなら大丈夫よ」

「アリシア、それにしても最近元気がなかったのは噂のせいだったのね」

「あぁ、それもあるけれどマイクがあんまりにもキスも何にもしてこないから悩んでたのよ」

「へ?」

「ほら、この事をまたシシィに話すとお節介を焼くでしょ?それで黙ってたの。

噂については、マイクったら一度もキスした事ないのにベティにキスしようとするなんてよくよく考えたらあり得ないじゃない?だから心配してなかったの」


え、てことはさっきのがアリシアとマイクのファーストキス・・・?


アリシアの言葉はウィルにも届いた様で、見るからにウィルの顔に意地の悪そうな笑みが浮かんだ。


「マイク、そうなのか?」

「ア、アリシア、陛下になんて事を・・・」

「あ、ごめんなさい。つい・・・」

「いやマイク、俺は感心している。婚約も済ませて結婚前の恋人同士の時間を楽しめるのはあと少しなのに良く我慢しているな。俺なんて結婚までの2年間、シルビアとあんな事やこんな事を・・・」

「あーあーあーあー」


ウィルがとんでもない事を言いそうで慌ててウィルの口を手で塞いだ。

塞いだ瞬間、ウィルがその掌をペロリと舐める。


「ギャッ!」

「シシィ、ご馳走様。もっとちょうだい?」


ウィルは目を細めると唇の端を舐めた。そのダダ漏れの色気に私は慌ててアリシアの後ろに退散する。


ウィルは公衆の面前という事もあり、それ以上はやめると、マイクの元へニヤニヤしながら向かっていった。


「マイク、お前いつまでも口元に手を置いて顔を赤らめるな。気持ち悪い」

「また気持ち悪いっておっしゃいましたね!?」

「大きな声を出すな。お前は本当にアリシアと出会って良かったな。婚約者を取られそうになってあんなに何も言えないなんて、普通は呆れられるぞ」

「陛下、そんなに私は情けなかったですか・・・?アリシアに嫌われたらどうしましょう!?」

「だから近寄るな。後でちゃんとアリシアをフォローしておけ」

「フォローってどうすれば・・・」



「なんか・・・陛下ってシシィの前じゃキャラ違くない?」

「え?むしろマイクの前だとキャラ違くない?」


アリシアと私は2人して顔を見合わせた。




ベティとエリックはそれから2週間ギルの部屋の掃除係を命じられたらしい。しかも魔法陣を使わず、手作業で。確かに人前には出ない仕事ではあるが、あの2人が同じ部屋で毎日長時間顔を合わすなんて地獄すぎる。

命じたのは案の定ウィルだった。


「2人がズルをしないようにロベルトを監視係にしておいた。ロベルトがあの2人の仲を取り持つよ」

「ロベルトって、エリックに声をかけてた人よね?ロベルトも大変ね・・・。でも魔法を使わせないのは何故?」

「まぁ、見てたら分かる」


寝室で尋ねた私にウィルは自信満々に頷いた。




「ちょっとウィル!あの3人どうにかして!」

「あぁギルか、そろそろ来る頃だと思っていた」


それから1週間して執務室に押しかけて来たのはギルだった。私もウィルもちょうど執務室で公務をこなしていたところだった。

ギルが北棟から出るなんて、しかもこの真っ昼間に。珍しい。


「新しく掃除係に任命された3人、あれ何なの!?煩すぎる!」


曰く、3人が気まずそうに静かに掃除をしていたのも最初の2日のみで、それ以降は言い合いをしたり、仲直りしたり、そんな騒がしい毎日が続いているらしい。人嫌いのギルにとっては拷問の様な毎日だという。


「なんでわざわざ魔法陣じゃなくて手作業で掃除させるのさ!あんなに僕の部屋に人間がいるだけでも虫酸が走るのに!」

「あの3人が毎日長時間掃除をするか、お前が毎日ほんのちょっとの手間をかけて魔法をかけるか、どっちがいい?

ちなみにあの3人を締め出しても無駄だぞ。俺の命令だからな。魔法省が総出となってお前の部屋をこじ開けるぞ」

「あの煩い猿達も入れないし、掃除もしない!」

「却下だ。そろそろ人間らしい生活をしろ。そんなに我儘を言うなら明日からもう1人増やすぞ」

「〜〜〜!

シルビア助けて!見てほら!あの3人とウィルのせいでこんなに蕁麻疹が!」

「ギ、ギル、大変そうね・・・」

「おい、シルビアに近づくな」


そんなこんなでギルは自分で掃除をする方を取った。


ウィルがなんでそこまでギルの部屋掃除に拘るのかは分からないけれど、ウィルは「俺が撒いた種だしな・・・」とボヤいていた。





僕が舞踏会で大失態を犯してから半年後、アリシアとマイク様の結婚式が行われた。


あの後、ベティと僕は何故かロベルトと一緒に3人でギル様の部屋掃除を任された。最初は気まずい空気が流れていたけれど、ロベルトのお陰で任務が終わる頃には3人で飲みに出かけるくらい仲良くなっていた。


社交界ではしばらく僕とベティの噂話が流れていた様だけど、僕とベティがしばらくギル様の部屋掃除を任されて人目に付かなかったこと、王妃であるシルビア様がそういった話を好まないこと、また社交界に女帝として君臨するマダム・ソフィアが全くその話に関心を持たなかったことからすぐに忘れ去られていった。



僕は今日アリシアの結婚式に招待されて参列し、そして今街の酒場でロベルトとベティと飲んでいる。


「じゃあ、エリックの失恋に乾杯!」

「かんぱーい!」

「おい、なんて事に乾杯してるんだ」


僕が酒場に着いた時には、ロベルトもベティも一杯飲んでいた様で既にほろ酔いだった。この国では16歳から飲酒が認められている。僕たち3人はお酒に初心者のくせにこんなに急ピッチで大丈夫なのか?


「おいおい、2人とも僕に介抱させないでよ?」


そんな心配をして余裕をかましていたのは最初だけだった。




「アリシア〜、大好きだったよぉぉお」

「おい、こいつ完全に酔ってるぞ」

「本当ね」


僕は完全に酔っ払っていた。ロベルトもベティも僕より前から飲んでいるくせに顔色一つ変わってない。それが何とも憎らしい。


「まぁでもアリシア様も、お前が言うような可憐なタイプには見えなかったぞ?お前の理想と違ってまだ良かったじゃないか」

「そうよぉ、最近のアリシアは全然清純派でもなんでもないわよ。王妃であるシルビア様にも陛下にも物怖じして無いみたいだし。マイク様も今までの軽薄さが嘘の様にアリシアにぞっこんみたいだし。

エリックの前では無理してたのよ。きっと付き合ってもアリシアに無理させて、上手くいかなかったわ」

「・・・」


ベティの冷静な分析にぐうの音も出ない。アリシアには確かに僕の理想を押し付けていた。正直、舞踏会でアリシアがマイク様の胸倉を掴んでキスをした時、身に染みた。アリシアが気弱で可憐だと思っていたのは僕の勘違いだった。

アリシアはマイク様の前では素の自分でいられるのだ。それはどうしたって僕はマイク様に及ばない。


「まぁいいじゃない、まだ16歳よ。これから新しい出会いはいっぱいあるわ」

「そうだぞ、エリック!」


ロベルトが肩を組んでくる。


「ベティ、君は僕の心配をしてる場合じゃないだろう。あの舞踏会で君が性悪なのが社交界中にバレたんだぞ。噂は消えても印象の悪さは残る。結婚相手だって見つかるか分からない」

「ちょっと、本人が一番気にしてる事をグサグサ言うわね・・・」


僕の言葉は予想外のダメージをベティに与えた様だった。


「まぁ、仕方ないわ。バチが当たったのよ。むしろエリックに目を覚まさせてもらって感謝してるわ。ありがとう」

「ベティ・・・」


ベティはグラスを呷ると店主にビールを頼んだ。


「エリック、こんな私が言っても嘘に聞こえるかもしれないけどそれは本当よ。それにロベルト、ギル様のお部屋掃除の時、私達が気まずくならない様に気を遣ってくれて本当にありがとう。

おかげで結婚相手は逃したかもしれないけど、こんなに良い友達が2人も出来たもの。そう思えばあの舞踏会は悪くなかったわね」


そう言ってベティは微笑むと新しく運ばれてきた飲み物を僕たちに回した。

僕にはウォッカがベースの甘いカクテル、ロベルトにはウイスキーの水割り。それはいつも飲む時に最終的に落ち着く酒だった。そして僕には水も回されて来た。

僕もロベルトもグラスが空になりかけている事に今気づいた。


「ちょっと恥ずかしいから、もう一回乾杯!」


もう一度乾杯をしながら、ロベルトが僕の腕を肘で小突く。きっと僕もロベルトも考えている事は一緒だ。


「なぁ、ベティってこんなに魅力的だったっけ?」

「・・・酔ってるだけだろ」


ロベルトを横目で見ながら呟く。


もしかしたら新しい出会いなんて探さなくても、もう出会ってるのかもしれない。


そんな事を思いながら、グラスを傾けた。



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