正しい友人の恋の見届け方
マイクとアリシアのお話です。
マイクは思った以上にヘタレとなりました。
マイクは深いため息をついた。
それは今目の前にある政務をこなすのが憂鬱だからではない。もっと個人的なことについての悩みからだ。その時、政務室を誰かがノックした。
「マイク、俺だ。入ってもいいか」
「殿下、どうぞ」
入ってきたのは王国の王子、ウィリアム様である。
私は慌てて席を立った。
「殿下、御用があればお呼びください」
「今執務室にはシルビアがいるからな」
そう言う殿下の顔はツヤツヤとしている。・・・これは、執務室でシルビア様と楽しい事をイロイロしていらっしゃったな。
シルビア様というのは殿下の幼馴染みの公爵令嬢であった方で、先日殿下と結婚された。
実は悩みの種の1つはこの殿下とシルビア様でもある。
シルビア様が15歳となってから結婚されるまでの2年間、殿下はもう色々とシルビア様に対して我慢をなさった。それはもうイロイロと・・・。そして結婚されてその我慢をしなくて良くなったからか、殿下の最近の行動には目に余るものがある。
先日、その様に殿下に申し上げると、「別に公務はきちんとこなしているからいいだろう」と言われてしまった。そういう問題ではないのだ。何度執務室の前で「あ、今入っちゃあかんやつ」と機転を利かせて回れ右をした事か。殿下は下々のそんな苦労を一切分かってらっしゃらない。
「ところで殿下、如何様な御用で」
「今度行われる戴冠式についてだ」
近々、殿下の結婚を受けて戴冠式が行われる。そうして殿下とシルビア様は晴れて国王と王妃になられるのだ。
「そちらの準備については今のところ問題はありませんが、どうかされましたか?」
「そこで戴冠式の後にパーティを行うだろう。お前とアリシアもそろそろそこで婚約者として周知させても良いんじゃないか?」
「・・・」
アリシアというのは2年前出会った、下働きの女性だ。シルビア様の唯一無二の親友で、ついでに殿下からはシルビア様の監視係も命じられている。今はシルビア様付きの侍女を務めている。
私は彼女のことを愛している。が・・・
黙り込む私に何かを察したのか、殿下は驚きの表情を浮かべた。
「お前・・・まだアリシアと婚約してないのか?」
「・・・」
「もしや・・・付き合ってもないと言うわけじゃないだろうな?」
「・・・」
何も言わない私に殿下は全てを悟った様だ。深いため息をつかれる。
「お前、童貞だとは思っていたが、そこまで奥手とは・・・」
「だから私は童貞ではありません!」
「分かった分かった。詳しく聞かせろ」
殿下のこの表情・・・全く信じてない。
アリシアと出会ったのは2年前だ。私はアリシアにすぐに恋に落ちた。アリシアは美しく、料理も上手だ。清純で可憐な女性なのだ。
アリシアも私の事を悪く思っていない、と思う。今でも週に1度休みの日には、2人で城下に出かけて共に時間を過ごしている。その様な話を殿下にすると、殿下は不思議そうな顔をされた。
「それは・・・付き合ってるんじゃないのか?」
「けれど、別に愛を囁いているわけではありません」
「お前、台詞だけはいちいちキザな事を言うな。要するに好きだとも言ってないし、キスもそれ以上もしてないんだな。恋人ごっこを続けているんだろう」
殿下にだけはキザだとか言われたくない。
殿下がシルビア様に話しかける時は、言葉遣いも台詞も隣で聞いているだけで口から砂糖を吐き出しそうになる。
「けれど、私は今で充分楽しいのです。アリシアもきっとそう思っています」
「どうだかな」
「アリシアは可憐で花も恥じらう乙女です。キスとか、それ以上とか、婚前にそんな・・・」
「お前が言ってて恥ずかしくなってどうする。気持ち悪い」
「気持ち悪いとは何ですか!気持ち悪いとは!」
「分かった分かった落ち着け。お前、アリシアはいくつだと思っている。17歳だ。もう周りの友人は結婚を意識し始める年齢だぞ。そんな優柔不断な態度だと愛想を尽かされるぞ」
「・・・」
「それに、アリシアが可憐で花も恥じらう乙女ねぇ。本当に童貞はすぐ女性に夢を見るな」
「で、殿下にアリシアの何が分かるというのです!?」
「お前よりは女性を見る目があるというだけだ。とにかくアリシアを愛しているのならさっさと気持ちを伝えて婚約までこぎつけろ。戴冠式のパーティではお前達の婚約を発表する場を設けるからな」
「そんな・・・!」
「大丈夫だ。俺が見る限りアリシアはお前を好いている。保証する。
じゃあ俺は執務室に戻る。用がある時は来るんじゃなくて俺をここに呼べよ」
そう言うと殿下は意気揚々と執務室に、シルビア様のいるところに戻っていった。あの殿下が人を執務室に呼びつけるのではなく、自らこちらに赴くと仰って。・・・しばらくは執務室に誰も近付かないように伝えておこう。
戴冠式は2ヶ月後に迫っていた。
【正しい友人の恋の見届け方① 相手の気持ちを確かめましょう】
ウィルから、「マイクがアリシアとの関係に悩んでいるから、アリシアにマイクの事をどう思っているか聞いて欲しい」と言われた。ウィルはマイクの事を無二の友人として思っている。2人の恋が上手くいって欲しいのだろう。
私もアリシアからはマイクとの事をよく聞いている。なんと出会ってから2年間、マイクとアリシアは未だ付き合ってるわけではないのだそうだ。あんなに一緒に出かけるのに・・・。
私はアリシアとガールズトークに華を咲かせるため、その日の仕事を午前中に終わらせ人払いをした。
「で、アリシア、マイクとはどうなのよ?」
「どうって、どうもこうも特に変わったことはないわよ」
「違うの。マイクとはまだ付き合ってないんでしょう?」
「そうなのよね・・・」
アリシアはふぅとため息をついた。
「マイク様とは2年間ずーっと一緒にいるんだけど、未だに好きと言われたことがないのよ。もしかしてマイク様、私の事好きじゃないのかしら?」
マイクは側から見てもアリシアを愛していると思う。こんなに鈍い私でも気づくくらいだ。それはない。
「そんな事ないわ!マイクはずっとアリシアの事を好きよ。それは私が保証する」
「でも・・・。マイク様って色男として有名でしょう?そんな彼が2年も何もしないなんて、おかしいと思わない?」
「それは・・・」
マイクはゲームのキャラクター設定では、おちゃらけて見えるけど、実は真面目というものだ。
アリシアはマイクが本当は真面目で誠実な人間だと知っているけれど、まさかここまでとは思っていなかったらしい。
確かにこんなに仲が良いのに何も言ってこないなんて、私がアリシアの立場だったらとても不安になる。
「マイクはもしかしたらとても奥手なのかも」
「そんなわけないわよ。だって今日も下働きのベティに甘い言葉を囁いてたわ。誠実な男性というのは分かっているけど、恋の1つや2つ、経験した事あるに決まってる」
アリシアは、マイクが外で軽薄な人間を装っているのは、国政を担う自身が脅威と思われないため、と知っているから、マイクが外でチャラチャラしてようとそんなに不安に思っていなかった。けれどそれが2年も続くとなると流石に辛い。
「それに、私もそろそろ結婚を考えなきゃなの」
「え?そうなの?」
「えぇ。実は父親から早く結婚を考えろって手紙が来ちゃった」
「えぇ?」
「今は仕事が楽しいからって突っぱねてるけど、早くしないと実家に連れ戻されちゃうかも・・・」
「そうなんだ・・・ねぇ、もうこの際、アリシアから付き合ってって告白しちゃえば?」
この世界では告白もプロポーズも通常男性から行う事が多い。けれどアリシアのさっぱりとした性格なら自分から言ってもおかしくない気がする。
「そんなの無理よ。だってマイク様、私の事を清純で可憐な乙女と思っているもの」
「え、まだその仮面被ってたの?」
「だって、こんなじゃじゃ馬みたいな性格の女、どんなに顔が良くてもモテないわよ!」
「えぇ〜・・・」
アリシアはキッと私を睨むと机に顔を伏せた。
てか、アリシアって自分が美人だって自覚はあるのね・・・。
「でも私はアリシアのそういう性格が好きよ。ウィルもアリシアは裏表がなくて信頼出来るって言ってたし。そういう男性もいるんじゃない?」
「・・・そりゃ殿下の趣味は変わってるもの」
「え?変わってるって、それならウィルと結婚した私ってなんなのよ!?」
「とにかく、殿下の物差しは世間一般とはズレてるの!」
「・・・」
なんだろう、アリシアの性格を好きと言った数秒前の私を殴りたい。
マイクとアリシアの恋が上手くいくには、マイクが頑張るしかないのかも。私はそう思った。
【正しい友人の恋の見届け方② キッカケを与えましょう】
シルビアから話を聞いた俺は頭を抱えた。どうやらマイクとアリシアは2年も共に過ごしていたのに、全く互いの性格を把握していないらしい。
マイクはアリシアが思うように恋愛に慣れているわけではないし、アリシアもマイクが思うように清純で可憐なわけじゃない。これは予想以上に拗らせている、そう思った。
俺が2人の恋を応援するのには理由がある。それはマイクの欲求不満を解消するためだ。あいつは俺がシルビアとイロイロと楽しい事を終えて公務をしていると、決まってカリカリとしている。それどころか、俺がシルビアと話しているだけで、まるで砂糖を口から吐き出しそうな顔をするのだ。
これは全てあいつが欲求不満の童貞だからだ。さっさとアリシアとくっついて、幸せを得れば、あいつの心にも余裕が出来るだろう。そして俺たちを僻むようなことも無くなるに違いない。
とにもかくにもあの2人の仲を進めるには、2人の互いに対する勘違いを覆す必要がある。俺はそう考えた。
その様な話をシルビアに寝室ですると、シルビアは驚いていた様だった。
「マ、マイクが童貞・・・?・・・まさかそんな設定が・・」
後半は何を言っているか聞こえなかったが、シルビアの1番の関心がマイクにあるというのは面白くない。
「別に驚くほどのことじゃないだろう?見ていればすぐに分かる」
「そ、そうなの?」
結婚当初は俺に敬語だったシルビアも最近は気安い言葉遣いとなった。そうさせる為にシルビアにしたイロイロな事を思い出すと、今でも楽しい。
「ウィル?なんだかその顔、やめてくれない?」
「どうして?」
「なんだか・・・悪寒がする」
悪寒がするとはなんだ、幸せな記憶を思い出していただけなのに。
「悪寒がするって?シシィ、なんでだと思う?」
シルビアと俺は今ベッドの中で眠りにつく前だ。その状況にハッとしたのか、シルビアは慌てて俺から離れようとした。
「ウィル、やめて」
「何をやめて欲しいの?」
「それは・・・・っ!」
シルビアをあっという間に押し倒すと俺はシルビアの口を塞いだ。シルビアは俺が教え込んだ通りにキスに応える。それは俺を酷く楽しい気持ちにさせる。
シルビアは嫌々と俺の胸を押してきた。
「ウィル、あ、明日は朝早くから公務が・・・」
「・・・そうか、じゃあ今日はやめよう」
そう言って体を離すと、シルビアは一瞬残念そうな顔をした。最近の俺はこの一瞬の表情を見るのが好きだ。
「え、えぇ」
「じゃあシルビア、おやすみ」
「おやすみなさい・・・」
俺はシルビアに背を向けて寝るとニンマリと笑った。
次の日、俺はマイクを呼び出すと王宮の中庭へ誘った。
計画はこうだ。シルビアにアリシアを中庭へ連れ出してもらう。そこに俺がマイクと共に向かい、シルビアと話す普段のアリシアの様子を見せるのだ。
そうすれば流石のマイクも気付くだろう。アリシアのマイクの前で見せる様子が作られたものだと。
シルビアは最初その計画を実行することに渋った。
曰く、アリシアを騙している気がするし、もしアリシアの本当の性格を知ってマイクが嫌いになったらどうするのか、と。
マイクはそんな男じゃない。あいつは気持ち悪い程に一途な男だ。長年一緒にいる俺がそう言うのだから間違いない。
かくして計画は実行された。
「殿下、中庭で散歩なんて、どういう事ですか?」
「しっ、静かにしろ」
俺はマイクを中庭に誘い出すことに成功すると、東屋でお茶を飲むシルビアとアリシアを見つけてそばの垣根に隠れた。
「シルビア様とアリシア、ですか?2人がどうしたのですか?」
「まぁいい、見てろ」
シルビアとアリシアの2人の声は大きくてここまで容易に聞こえてくる。
・・・普段からあんな大声でプライベートな事を喋ってるんじゃないだろうな。
「アリシア、マイクとの話、聞かせてちょうだい」
「またぁ?前も話したじゃない。特に何もないわよ」
「じゃ、じゃあほらこの前のデートは?」
「いつも自分の話ばかりでそんな事聞かないじゃない。何か隠してない?」
シルビアは案の定、かまをかけるのが非常に下手だった。俺は隠れながら脱力しそうになる。
「隠してないわ。ほら、アリシアのお父様から結婚を急かされてるって聞いて、マイクとアリシアの事が気になってしょうがないの」
その言葉にマイクが息を呑んだ。どうやらアリシアが結婚をせっつかれている事を今知った様だ。
「あんた、それ以上にお国の事を気にしなさいよ。
・・・まぁでも、そろそろ潮時かな〜」
「え!?ど、どうして?」
「やっぱり実家に戻って来いって言われちゃった。父親は庭師なんだけど、その1番弟子が今年25歳になるらしいの。だから結婚してその人に家業を継いで欲しいって」
「そんな・・・」
「マイク様と上手くいってれば、父親もそんな強引な事言わないと思うけれど、仕方ないわ」
「やっぱりアリシアからマイクに告白しよう、ね?」
「そんなの出来ないわ。そんな事して嫌われたらどうするのよ」
「でも・・・」
「それにその人悪い人じゃないらしいのよね〜。イケメンだし、背も高いし、腕も確かだから将来食いっぱぐれないし。私きっと上手く・・・」
その時、背後にいたマイクが垣根から飛び出た。
「アリシア!」
「マ、マイク様!?」
驚いて声を上げるアリシアに、俺も姿を現した。
「で、殿下も・・・どうして?
・・・もしかしてシシィ、謀ったわね?」
「ア、アリシア、ごめんなさい」
「すまない、アリシア。シルビアには俺の計画に協力してもらった。2人がどうも見てられんほど焦ったいんでな。とにかく2人は将来についてきちんと話し合え」
そう言って俺はシルビアの手を取りその場を後にした。
後は2人でなんとかするだろう。
むしろここまで来てマイクが何も出来なかったら今度こそあいつをヘタレ童貞というあだ名で一生呼んでやる。
【正しい友人の恋の見届け方③ 最後は2人に任せましょう】
殿下とシシィは私とマイク様を置いて去っていった。
私はハッとして取り繕う。さっきのシシィとの会話、マイク様は恐らく聞いていた。マイク様と話す時はあんな言葉遣いじゃない。きっとマイク様は幻滅したはずだ。
「マ、マイク様。私・・・」
「アリシア、さっきの話、本当なの?」
「え?」
「お父上から結婚を急かされているって・・・」
「は、はい・・」
そう言うとマイク様はギュッと目を閉じた。マイク様の顔は真っ赤に染まっている。
「ア、アリシア、私はアリシアに結婚して欲しくない!」
「マ、マイク様?」
「わ、私はアリシアを・・・」
「私を・・・?」
「あ、あい・・・」
「・・・」
これは、もしかして・・・マイク様は私に告白してくれようとしているのだろうか?
マイク様は未だ顔を真っ赤にしたまま、「愛している」の一言が出ない様だった。
両手はギュッと拳を握り、顔には薄らと汗をかいている。いつも涼しげな顔で政務をこなす姿からは全く想像できない。そして、囀る様に女性に愛を囁く姿からも・・・。
私はそんなマイク様の姿を見てふっと微笑みが溢れた。もしかしたら、マイク様は実は、とっても、奥手でヘタレな男なのかもしれない。そしてそれを隠す仮面をいつも被っているのかも・・・。それは私がじゃじゃ馬を隠す為に清純な女性を装っている事と同じだ。
「マイク様、私、マイク様の事を愛しています」
「!」
マイク様は驚きに目を見開いた。
「マイク様はどうですか?私の事好きですか?」
そう言ってマイク様の手を握ると、彼はコクコクと首を縦に振った。
「私、そういうわけで実家からも結婚をせっつかれてますの。マイク様、もし私と付き合うならけっ・・・」
結婚を前提でなきゃ許しません。
そう言いかけた私の口をマイク様が手で塞いだ。
「ご、ごめん、ヘタレで・・・。でもここは私に言わせて」
「え?」
「アリシア、私は貴女を愛してます。だから、結婚してください」
マイク様は跪き、ベンチに座っている私の手に口付けるとそう言った。
私を見上げるマイク様の瞳は少し潤み、口付けた唇は震えている。
私はマイク様は恋愛に慣れた大人の男性だと思っていた。だからそんな男性に守られる様な可憐な女性を演じていた。
けれど、今の本当のマイク様はとっても可愛い。私はそんなマイク様を守ってあげたいみたい。
「はい。私もマイク様とずっと一緒にいたいです」
だめだ、感極まって泣きそう。思わず目頭が熱くなったところで、マイク様が私の脚を持ち上げた。
「え、えぇ!?マイク様!?」
「じっとして、アリシア」
ちょ、ちょっとここでやらかすわけじゃないよね!?私初めてが外は嫌なんですけどーーー!
焦る私を気にせず、マイク様は跪いたまま私の靴を脱がせると、爪先にそっと口付けた。
「アリシア、私の忠誠は殿下に捧げています。けれどそれ以外、全ての愛と真心を生涯貴女に捧げると誓います」
って、足が臭いかもしれないのにやめてーーー!
【正しい友人の恋の見届け方④ 友人ばかりでなく自分の事も大事にしましょう】
マイクがアリシアの爪先に口付けた・・・!
私とウィルは実は中庭を見渡せる建物から2人の様子を覗いていた。ごめん、2人とも。将来の国王夫妻が野次馬根性丸出しでごめん。でも会話は聞こえてないから安心して!
政務官のマイクがアリシアの爪先に口付けるのは、乙女ゲームの中でも屈指の人気を誇ったスチルだ。曰く「下僕体質のマイク、萌えーー!」ってやつで。そのスチルが生で見れるなんて・・・!神様、生きてて良かったーーー!
2年前の私の野望は思わぬところで一部ではあるが叶った様だ。
隣で2人の様子を眺めていたウィルは、苦虫を噛み潰した様な顔をした。
「ウィル、どうかしたの?」
「いや・・・。あいつの性癖は本当に昔から変わらないな」
「え!?どういうこと!?」
聞き捨てならないんですけどーー!
「マイクの王国への忠誠心は人一倍だ。それはマイクが心を決めたら、その気持ちは崇拝の域になるから。・・・だから俺も幼い頃にされた事がある」
「ぶっ!え、えぇ!?」
「シルビア、声が大きい。・・・今でもあんまり思い出したくない・・・」
そんな風にげっそりとした顔をするウィルを見るのは初めてでしばらく笑いが止まらなかった。
幼い頃のマイクが、ウィルの爪先にキス・・・。ウィルってば金髪のブルーアイでとっても可愛かったんだろうなぁ。マイクはウィルより2歳年上だから、当時のウィルよりも背が高くて・・・。黒髪に黒い瞳をした今より少し幼いマイクが、少年のウィルの足を持ち上げる・・・。あ、やばいこの妄想だけでご飯3倍イケる!
「シルビア、そんなに面白い?」
「え、えぇ・・・ふふふっ・・・ってはっ!」
なんか隣から凄く冷たい空気を感じる!
隣を見るとウィルがにっこりと笑っていた。
「シシィ、疲れただろう?寝室で休もう」
「・・・」
頭の中でドナドナが流れる・・・。前にもこんな事あったな。
寝室に着いた瞬間、ウィルは扉に私を押しつけてキスをして来た。深く口付けられて舌を絡ませられる。
こういう事は全てウィルに教え込まれている私は、無意識にウィルの舌を追って、彼を喜ばせているようだ。
「はぁ・・ウィル、まだお昼・・・」
「昼じゃなきゃいいの?」
そう言いながらウィルが私の服を脱がそうとする。
私はその手を無意識に止めた。
その瞬間、ウィルが体を引く。
「やっぱりシルビアがそう言うなら夜まで待とう」
「え・・・?」
「昼は嫌なんだろう?」
ここで!?私もうその気になっちゃったよ!
最近のウィルは強引にキスをしてくるくせに、嫌がると本当にやめてしまう。それをなんだか物足りないと思っている私がいる・・・。
絆されてる!私エロ王子に身も心も絆されている!
でも自分から誘うのが恥ずかしすぎて、私はじっとウィルの顔を見つめた。
「どうしたの?そんな顔して、凄く唆られる」
「・・・」
「けど、今はやめておこう。シルビアに嫌われたくない」
そう言って背を向けようとするウィルの腕を私は掴んだ。
「ま、待って・・・。あ、あのちょっとだけなら・・・」
「ちょっとだけって?」
「えっと・・・」
ええぃっ!
私はウィルを振り向かせるとそのままウィルに口付けた。
「い、いつも嫌々言ってるけど、それは嫌よ嫌よも好きのうちというか・・・」
「・・・」
「ウィルに触られるの、そんなに嫌じゃないっていうか・・・むしろ、好きというか・・・」
「・・・よし、言質はとった」
「え?」
「シシィ、その言葉忘れないでね」
そう言うとウィルは私を横抱きにしてベッドに向かった。
ウィルの顔はこれまでにないほど爽やかな笑顔を浮かべている。
こ、これは・・・
嵌められたーーーー!
その日の夕飯の席に、シルビアの姿はなかった。
【正しい友人の恋の見届け方⑤ 上手くいったなら盛大に祝ってあげましょう】
今日はいよいよ戴冠式の日だ。私とウィルは、国王と王妃からそれぞれ王冠とティアラを授けられる。これは何度も予行演習を繰り返したし、滞りなく行われた。
そうして、晴れて私とウィルは王国の国王と王妃になったのだ。
なんだか実感がない。私が王妃になるなんて・・・。前世の庶民だった私からは想像ができなさすぎて今更ながらこれは夢なんじゃないかと思ってしまう。いや本当に今更なんだけど。
「シルビア、お疲れ様。いよいよパーティだ」
「ウィル、そうね。あの2人大丈夫かな?」
ウィルと私の心配はそれだ。今日のパーティでウィルはマイクとアリシアの婚約を披露する。それによって、2人の婚約は国王が後見となっていると周囲にアピールするのだ。それは庶民の出のアリシアが、政務官で貴族でもあるマイクと婚約する事で周囲から受ける妬み嫉みを減らすのが目的だ。
そして私とウィルがダンスを披露し、その後に2人がダンスをする。そうしてパーティの大まかなイベントは終了だ。
私達が心配しているのは、2人のダンスだった。アリシアはもちろんダンスの経験が無いので踊れない。なのでこの2か月間、マイクと特訓していたのだが、いかんせんアリシアは結構運動音痴だった。考えてみれば、乙女ゲームのアリシアのキャラはドジっ子だ。そこらへんの設定は如実にアリシアの運動神経に現れていたみたいだった。
さらにはマイクがヘタレすぎてアリシアに間違いを指摘しない。そのせいで中々上達しなかったのだ。
ここでは私とウィルが大いに奮闘した。そうはいっても元公爵令嬢だ。ダンスくらいお茶の子さいさいだ。
前日の最終確認では、最も初歩のワルツであれば様になっていたけど・・・不安なものは不安である。
パーティが始まり、ひとまず食事のサーブがされると、ウィルが席を立った。私も隣に控える。
ウィルは拡声魔法で自身の声を大きくした。
「皆の者、本日は我々夫妻の戴冠式に参列くださり、感謝する。この良き日に先代王より賜った王冠に恥じぬ様、この王国の益々の発展に尽力すると誓おう」
そう言って辺りを見回し、ウィルは言葉を続けた。
「本日はもう一つめでたい知らせがある。私の友人であり政務官を務めるマイク・ジルベルト伯爵が婚約を決めた。お相手は我妻シルビアの侍女を務める、アリシア・ブラウンだ。我々が後見となり、来年には婚姻を執り行う予定である。盛大な祝福を賜りたい」
ウィルの言葉を皮切りにあちこちで拍手があがった。
そうして私とウィルは中央に出ると、ダンスを披露した。
ここまではひとまず順調だ。
ダンスを終え、席に着くとそれと同時にマイクとアリシアが現れる。
2人とも眩いばかりの美しさだ。特にアリシアはまるでお姫様の様に輝いている。美しい金髪に、それと同じ色のゴールドのドレス。そしてそれに負けないほどの抜群のスタイル。
マイクは黒髪を後ろに撫でつけ、上質な青い生地で仕立てられた礼服に黒革のブーツを履いている。けれど、2人の表情から緊張が走っているのが伝わる。
「ウィル、大丈夫かしら」
「・・・俺たちの心配は無用な様だ」
ウィルは確信した様に中央で踊る2人を眺めた。
そこには華麗に踊る2人の姿があった。
アリシアは信頼の眼差しでマイクに身を委ねている。そしてマイクはそんなアリシアを見事にリードしている。
きっとこの2人の様子を見て、婚約を反対する人は誰1人としていないだろう。
「そうね・・。私の心配しすぎだったわ」
「あぁ。
それよりシルビア、2人も来年には結婚するだろうし、子供はどちらが先だと思う?」
「ぶっ!えぇ?」
「俺はしばらく2人の時間を楽しんでもいいけど、俺たちの子供はきっと可愛い」
「ちょっと、こんな時にやめてよ。
・・・でも、そうねきっと楽しい家庭を築けるわ」
そう言うとウィルは目を細めてそれは嬉しそうに笑った。