正しい悪役令嬢の楽しみ方
よくある悪役令嬢転生物を書きたくなりました。
シルビアはある日突然前世の記憶を取り戻した。それは15歳の時であった。
前世の私は乙女ゲームをこよなく愛し、数多のネット小説の海に溺れ、滾る妄想を認めた同人誌を発売したこともあった。いわゆるオタクだ。
そしてネット小説の中では手垢がつくほど使われるよくある設定だが、私は乙女ゲームの世界に転生したらしい。もちろん悪役令嬢として。
その乙女ゲームは「イケメン達とshall we dance? 」というちょっとどころかかなりふざけた題名をしている。中世ヨーロッパの様な世界が舞台で、魔法もある。けれどその題名のふざけ加減とは裏腹に、とにかくイラストが綺麗だった。
攻略キャラクターは順にクールな王子、ミステリアス魔法使い、熱血騎士、ワンコ系幼馴染み公爵、オチャラけ政務官という、揃いも揃って地位と名誉と金と権力と美麗な顔を備えた男達だ。そしてそんな男達を虜にするのが、ワンコ系幼馴染み公爵の家に仕える庭師の娘、アリシアだ。
アリシアは金髪にブルーの瞳、麗しい顔立ちに、男を惑わす細い腰に豊満な胸を持っている。そしてヒロインの定番、みんな大好きドジっ子だ。そんなチートなアリシアが王宮の下働きを始め、攻略キャラ達を次々と落としていくのだ。
と、まぁ探せばごまんと同じものが見つかりそうなゲームなのだが、前世の私はかなりこれにハマっていた。それは人生で初めてプレイした乙女ゲームだったというのもあるし、イラストがあまりに綺麗だったからというのもある。
私は攻略キャラの1人、クール王子ことウィリアム様の婚約者、シルビア・フォン・エリザベト・ローゼウムという嫌に長い名前の公爵家の令嬢だった。悪役令嬢なだけあって、長い黒髪に勝気な猫目、そしてボンキュッボンのふじこちゃんスタイルをしている。
確か王子ルートでは、王子とだんだん仲良くなるアリシアの根も葉もない悪評を社交界に流したり、会うたびに嫌味をぶつけてみたり、まぁとにかくネチネチ虐めていた。このゲームのシナリオは特にオチもヤマも無い普通のもので、悪役令嬢だからといって、最後に没落したり、修道院に強制収容されたりする事もない。ただ何となくあいつ嫌なやつだな〜とみんなに思われて終わる。優しいゲームなのだ。
前世の記憶を思い出し、特に酷い未来が待ち受けていない事を確信した私は、ある野望を抱いた。それはゲームの美麗なるスチルの場面を見る事だ。
乙女ゲームにはたいていそれぞれの攻略キャラに応じたスチルがある。それはそれは綺麗なイラストで、前世の私はそれを全て集めることに魂を燃やしていた。そしてこのゲームでは、最後1人のキャラクターに絞った後にしか見れないスチルは各キャラ1つずつのみで、それまでは全てのキャラのスチルを見る事が出来るのだ!
アリシアを自分のものにしようと後ろから抱きしめる騎士、暗殺者に狙われて危機一髪のところをアリシアと共に逃げる王子、崇拝の気持ちからアリシアに跪き爪先にキスを落とす政務官・・・あ、やばい鼻血出てきた。とにかくそんな美麗なイラストを生で見れるなんて、こんな機会は逃せない。
そしてアリシアに攻略してもらうキャラは決まっている。もちろんウィリアム様だ。彼のハッピーエンドルートは最終的に結婚まで行くのだが、アリシアの美しい花嫁姿を他の人に見せたくないと控え室でドレスにギリギリ隠れる様に胸元に口づけを落とす。その場面がスチルとなっている。純潔を表す真っ白なドレスに隠れる淫靡な赤い痕。滾る!滾るよ!背徳的だよ!
あ、ちなみに12歳以上が対象のゲームなのでそこらへんはちゃんとしてます。
というわけで私の「美麗スチル覗き見作戦」が始動した。
なんといってもアリシアに協力を仰がない事にはどうしようもない。攻略キャラの中でもアリシアの幼馴染み公爵、エリックはアリシアと仲が良い事が前提となってシナリオがすすむ。彼らが仲が悪かったら困る、私が。
それに今後アリシアには攻略キャラ全員にちょっかいを少しずつ出してもらわなければならない。そのためには彼女と仲良くなってあの手この手でイベントを発生させる条件を作り上げないといけない。
ちなみに王子ルートの時には、私はきちんと悪役令嬢としての働きをするつもりだ。アリシアには「婚約者にいびられても健気に頑張る姿を見せた方が王子には見染められやすい」とかなんとか言って虐めるふりをすればいい。
かくしてアリシアが下働きとしてやって来たその日、王宮に出向きすぐにアリシアに声をかけた。私は王子の婚約者であるので、王宮へ入るのは顔パスだ。
「こんにちは。私、シルビア・フォン・エリザベト・ローゼウムと申します」
「シ、シルビア様。私アリシア・ブラウンと申します。本日より王宮で働かせて頂きます」
「アリシア、顔を上げて。実は私今日貴女に声をかけたのは友達になって欲しいからなの。
私、殿下の婚約者でしょう?だから周りから淑女としての振る舞いを期待されているわ。ここだけの話ね、王宮は少し息が詰まってしまうの。だから同い年の貴女とぜひお友達になりたいのだけれど・・・ダメかしら?」
「いえ・・・でも私の様な身分の者でよろしいのですか?」
「あら、そんな身分なんて関係ないわ。私こう見えても市井の生活には明るいの」
明るいなんてもんじゃない。前世ではバリバリの庶民だったんで!
「そうなのですね。わ、私で宜しければお願いします!」
こうしてアリシアとは、簡単に友達になる事ができた。
【スチル1 頼りないと思ってたのに・・・逞しい貴方に胸キュン】
まず最初のスチルは、エリックとの物である。王宮で働き始めたアリシアは窓の清掃を頼まれる。大きな窓のため脚立に乗って行うのだが、その際足を滑らせてしまう。それを通りがかったエリックが抱きとめるのだ。
ワンコ系幼馴染みだけあって、少し頼りないところのあるエリックの逞しい姿にキュンとしてしまうのだ。私が。
日時は今いち分からないので、アリシアが窓の清掃を担当するたびに私は彼女の姿を物陰から眺めていた。うん、完全な不審者だ。
その日も陰から窓拭きを行うアリシアを眺めていると、向かいからエリックがやって来るのが見えた。アリシアは窓拭きに必死で全く気付いてない。これは・・・絶対にこの後だ!スチルが見れる!
思わず鼻息が荒くなる私の肩を背後から誰かが叩いた。私は確認もせずその手を払った。
ええぃ!誰だ、この一大事に邪魔をする奴は!
「ちょ、今取り込み中なんでっ・・・!」
「ふぅん。覗き見することが?」
「え・・・で、殿下!?」
振り返るとそこにいたのはウィリアム王子であった。ウィリアム王子は金糸の様な髪に美しいブルーアイをしている。そして顔はまるで彫刻の様に美しい。私は慌てて淑女の礼をとった。
「も、申し訳ございません。殿下、どうしてここに?」
「うん、最近シルビアが良く王宮に来ると聞くから、何をしてるのかなって。そうしたら覗きをしてるシルビアを見つけちゃった」
「の、覗きではございません・・・」
観察です・・・と心の中で付け加えておく。
「で、シルビアは何を見てたの?」
「あぁっ!」
忘れてた!慌てて2人を見ると、2人は殿下の存在に気づき、アリシアは脚立から降りて淑女の礼を、エリックは廊下の端で跪いている。
つまり、イベント発生してなーーーい!
愕然とする私の肩に手を置くと殿下は不思議そうな顔を向けた。
「特に何も無いみたいだけど・・・シルビアは変わってるね」
「・・・・」
貴方が来なければあったんですよ!
【スチル2 魔法にかけられちゃった!優しい貴方の瞳に胸キュン】
エリックのスチルは見逃してしまった。それは以降のエリックの他のスチルが見れなくなった事を示す。このゲームでは攻略キャラの1番最初のイベントを発生させ、スチルをゲットしなければその後そのキャラクターとのイベントは発生しなくなっているのだ。だからこそ最初が肝心だったのに・・・。
けれどくよくよしてられない。次は王国筆頭魔法使い、ギルだ!
彼との最初のスチルは、ギルの部屋の掃除を任されたアリシアが彼の部屋を訪れるところから始まる。けれど部屋に人を入れたくないギルは最初アリシアの入室を断る。アリシアは真面目なのでギルのいない時を見計らって、部屋に入ると掃除を始めてしまう。そしてドジっ子アリシアは掃除中にこけて、怪しい薬品を浴びる。そのせいで猫へと変身してしまうのだ。
焦るアリシア。そこにギルが帰ってくる。ギルは猫を見つけると、その猫を抱き、蕩けるような笑みを浮かべるのだ。ミステリアスでちょっと冷たいギルが実は動物には優しい・・・。良い、ギャップが良い!
アリシアがギルの部屋の掃除を任される日はもう把握してある。私はその日、アリシアが来るより早くいそいそとギルの部屋へと向かっていた。
「シルビア」
「えっ!?で、殿下・・・?」
なんでまたウィリアム王子に声をかけられるんだーーー!
「で、殿下。恐れながら私少し急いでおりますの。お話は後で・・・」
無礼だなんて知るか!どうせ私は殿下とは結婚しないんだし、ここは行かせてもらう!
「その先はギルの部屋しかないだろう。もしかしてギルに会いに行くのか?」
「そ、それは・・・」
ギルは極度の人嫌いから王宮の北に棟を作り、そこで1人暮らしている。即ち、北棟へと通じるこの廊下にいる時点で、私の行き先は明白だ。
「えーーーっと、そう!ギルに魔法を教えてもらおうかと・・・では失礼」
そこで殿下に腕を掴まれた。
「シルビア、君は魔法の才は全く無かったはずだ。昔俺があんなに教えたのに身に付かなかっただろう?」
「う・・・」
「それに君は俺の婚約者だ。他の男の部屋に1人で行くなんて見逃せないな」
く・・・、他に何か言い訳は・・・。
「あ、あぁ!殿下、実は私のお友達のアリシアがギルのお部屋の掃除を任された様なのです!ギルは人見知りでしょう?それで、顔を知ってる私が共にいた方が良いかと思いまして!」
「アリシア?」
「え、えぇ!最近下働きとして王宮に勤め出したエリックの幼馴染みです!とーーーっても可愛らしい子で素直で素敵なんですぅ!」
ついでに殿下へアリシアのゴリ押しも忘れない。
「ふぅん。じゃあそんな可愛いシルビアの友達にギルの部屋の掃除などさせられないだろう。あの部屋は見るも耐えられないほど散らかっているからな」
「えぇ!?い、いえ大丈夫です!アリシアなら!」
「あの部屋には魔法薬なんかも散乱している。万が一君の大事なお友達が触れてしまうような事があってはいけない。そうだろう?」
「え、ええ・・・」
「この後すぐに俺がギルの部屋に行き、片付ける様に言っておこう。シルビアはアリシアに掃除はしなくて良いと伝えてくれるね?」
「・・・」
「シシィ?分かってるね?」
「はい・・・」
殿下は黙りこくってしまった私の頬に手を添えると耳元でそう囁いた。シシィというのは昔からの私の愛称だ。殿下は滅多にこの愛称で私の事を呼ばない。この愛称で私を呼ぶのは、殿下がめちゃめちゃ喜んでいる時とめちゃめちゃ怒っている時、この2つの時しかない。今回は完全に後者だ・・・。
私は殿下の迫力に気圧され、無念の撤退を余儀なくされた。ギルはあんなにものぐさだったのにその日より部屋を綺麗に保つようになったという。殿下、何をしたんだ・・・。
【スチル3 きゃあっ!見るつもりはなかったの!けれど貴方の逞しい身体に胸キュン】
こうなったら次だ次!私は自棄になっていた。
私はスチルを見たくて見たくて堪らないのに全然見れてない!そろそろ禁断症状が出そうだ。
次発生させやすいイベントは熱血騎士、カイの覗き見スチルだ。アリシアは騎士団の部屋の掃除を任されるのだが、ドジっ子のため中々終わらない。それは騎士達が風呂の時間を終え部屋に戻ってくる時まで続いてしまった。その時アリシアはカイの部屋を掃除していたのだが、カイはアリシアがいる事に気づかず上半身裸で部屋に入ってきてしまう。それに慌てたアリシアは急いで部屋を出ようとするのだが、廊下には同じように風呂上がりの騎士達がウヨウヨといる。アリシアはさらに慌ててしまうだろう。それを察知したカイが後ろからアリシアを抱きしめて止めるのだ。カイの少し濡れた髪に、訓練で鍛え上げられた逞しい身体。そしてそれに包まれるアリシア・・・。良い!ええじゃないか!
ただこれには1つ問題がある。それはこのスチルがカイの部屋の中という密室で行われる事だ。このスチルを覗くには私はカイの部屋に潜入しなければならない。
私はアリシアに相談した。
アリシアとは友達になってから良く遊んでいる。結構仲良しで、アリシアも私には敬語を使わず話してくれるようになった。
「アリシア、今度騎士団寮のお掃除任されてるんじゃない?」
「シシィ、そうなの。騎士団寮って男ばっかりで臭くて汚いらしいのよ。今からざんねーん」
そして仲良くなってから知ったのだがアリシアはそんなに清純派ではない。でもあんまり良い子ちゃんすぎると私が疲れてしまうので、これくらいでちょうど良かった。
「ねぇ、それなら私もお掃除手伝うわ!」
「えぇ?何言ってるのよ。そんなの公爵令嬢にさせられるわけないじゃない」
「お願い!私、お掃除得意よ!」
「いっつも使用人に任せっぱなしのくせに。・・・・なんか企んでるでしょ?」
「う・・・」
実は私がイベントを見たいがためにアリシアを観察している事はエリックの時にバレてしまっていた。
そこで私はアリシアが色々な男性と良い感じになるのを眺めていたい、と伝えてある。アリシアは最初意味がわからないといった顔をしていたが、特に害がないと分かったのか今では好きにさせてくれている。寛大だ。
「実はね、思ったんだけどゆっくり掃除してたらもしかしたら騎士団員達のお風呂上がりの姿が見れるかもしれないと思って!」
「えぇ?何それ?」
「だって、みんないい身体してるじゃない?アリシアも見たくない?」
「それは・・・見たい」
アリシアは本当に良いやつだ!
そうして私はアリシアと共に騎士団寮の掃除をすることとなった。下働きの服は侍女に用意してもらった。私は結構みんなに顔バレしているので、金髪のウィッグを被り、布で顔を隠した。明らかに不審者だけれど「風邪なんですぅ・・・ゴホッゴホッ」と咳き込んでおけばなんとかなった。
カイの部屋の掃除は最後に残してあった。1人でする作業を2人でするので思った以上に早く終わってしまった。私はカイの部屋でふぅと息をついた。
「シシィ、お疲れ様。騎士団員達がお風呂から帰ってくるより早く終わっちゃいそう」
「大丈夫よ。ここで丁寧にゆっくり掃除すればいいのよ!」
「だけど・・・」
「そうだ!アリシアはカイが戻ってきたらきゃあっ!て感じで外に出ようとしてね。そっちの方が男受けいいから!」
「分かってるわよ。こう見えて私、清純派で通ってるのよ」
「そうよね。私は物陰で隠れて、アリシアとカイが良い感じになるの見てるから!」
アリシアは結構男の人達とキャッキャウフフするのが好きらしい。曰く、王宮勤のエリートイケメンと色々出来るなんて最高すぎる、との事らしい。それに玉の輿も狙っているからむしろウェルカムだ、とも。私はそんなアリシアが大好きだ。
そんな事を話している時廊下で足音がした。
思ったよりも早いカイのお帰りに私は慌てて物陰に隠れた。アリシアに親指をたてる。アリシアも私にウインクを返してくれた。
今度はうまくいきそうだ!来い!
ガチャッ
「きゃ、きゃあっ!・・・て殿下!?」
そこに現れたのはなんとウィリアム王子だった。アリシアは慌てて演技を引っ込めて淑女の礼をとる。
私は唖然として声も出なかった。
なんで殿下がここにいるのぉーーー!?
「君がアリシアかな?実は今日この騎士団寮の掃除係に不審な人物が紛れ込んだと話を聞いてね。君は何か知ってる?」
「恐れながら殿下、私は何も・・・」
「ふぅん。君が顔に布を巻いた金髪の女と掃除をしてたって話も入って来てるんだけど・・・
俺に嘘をついたらどうなるか分かってるよね?」
「そこにいます!」
アリシアは速攻で私を売った。
アリシアーーー!!裏切り者ぉ!
「ありがとう、アリシア。掃除はもう終わっているようだ。素晴らしい出来だ。今日はもう休んで良いよ」
「はい、ありがとうございます」
アリシアは私を振り返る事なく去っていった。
殿下は私の隠れている方向へ向かってゆっくりと歩いてくる。絶体絶命だ!
「見つけた。シシィだね?」
「な、なんのことでしょう・・・」
そして何故か私だとバレている・・・。
「ここで君にお仕置きするのは良くないな・・・。おいで、着いてくるんだ」
「はい・・・」
殿下は私の手を引くと騎士団寮から連れ出した。私の頭の中にはドナドナの曲が流れている・・・。
【スチル4 そんな目で見ないで!執務室で見せる貴方の意地悪な瞳に胸キュン】
連れてこられたのは殿下の執務室だった。
ここは本当であればアリシアとウィリアム王子の最初のスチルの場面となる部屋だ。
アリシアは仕事中の王子に紅茶と茶菓子を届ける役目を与えられる。・・・こう考えるとアリシアって色んな仕事してるな。
まぁとにかくそこでドジっ子アリシアは王子の机に紅茶を溢してしまうのだ。なんたるドジっ子!ドジっ子にも程がある!が、王子は慌てふためくアリシアの手を取りお仕置きをする。それはアリシアの指を1本ずつ舐める、というものだ。このゲームでは王子だけ何故かいつも他のキャラに比べてグイグイなのだ。それにここが重要なのだが、アリシアと王子、この場面で初対面だ。王子、凄すぎるよ。初対面の女性の指を舐めるなんて、エロ王子だよ。アリシアもそれを嫌がらないなんて・・・なんて都合の良い展開!やっぱ2次元って良い!
「シシィ、なんでこんな事をしたんだ?」
執務室に着くと、殿下はすぐに私の顔に巻いていた布とウィッグを取った。そして私をソファに座らせると、殿下も隣に座る。向かいではなく隣に座る殿下になんだか嫌な予感がする・・・。
「で、殿下、あの近いです」
「俺は今シシィに質問しているんだよ?どうしてこんな事をしたんだ」
「あ、あの花嫁修行の一環です!お掃除も少しは出来る様になりませんと、ね!ホホホホホ」
作り笑いを浮かべて後ずさる。殿下はすかさず追ってくると私の手を取り、ソファの端に追い込んだ。
「ふぅん。シシィ、俺が何故怒っているか分かる?」
「婚約者である私があのような下働きの真似を・・・ひぃっ!」
私の言葉を遮るかのように殿下が私の指に唇を寄せた。そして嬲るように指を1本ずつ舐めていく。
ぞわりとする感覚に私はぎゅうっと目を瞑った。
「目を開けて」
「・・・」
「シシィ、目を開けるんだ」
殿下の強い口調に恐る恐る目を開ける。そこには私の指に舌を這わしながら強い眼差しでこちらを見る殿下の顔があった。
「シシィ、ちゃんと見て。俺が君の指を舐めているところを」
「な、なんで、そんな事・・・」
「でないとお仕置きにならないだろう?
シシィは俺から逃げようとしている、そうだろう?」
「・・・」
是、とも否とも言わない私に苛立ったように殿下が私の指を噛んだ。
「い、痛い!殿下やめてください!」
そう言うと今度は噛んだ場所をチロチロと殿下の舌が舐める。
「シシィに痛い思いをさせられるのも、それを癒せるのも俺だけだ。それはシシィが例えどんなに遠くに逃げようとしても・・・。シシィ、それだけは覚えておいて」
【スチル5 おちゃらけた貴方にそんな一面が!?ギャップに胸キュン】
あの後私は這う這うの体で執務室から逃げ出した。
殿下、もしやとは思いますが、私の事を好きじゃありません!?
ゲームではウィリアム王子とシルビアは幼馴染みの婚約者ではあるが、2人とも愛はなく政略結婚と割り切っていた。シルビアはシルビアでその美しさから夜会の蝶として多くの男性と愛の囁きを交わしていたし、殿下も結構遊んでいた、っていう設定だった。
前世の記憶が戻ってしまってから、私の性格的に男性と遊んだりしてないけれど、記憶が戻る前は私も殿下もその設定どおりだった。だからこそ油断していた・・・。殿下とアリシアを会わせればすぐにイエスフォーリンラブすると思っていた・・・。けれど、どこかで間違いが生じて、殿下は私の事を好いている!
数日間、私はそのショックから立ち直れなくて屋敷でウンウン唸って寝込んでいた。
そしてやっと回復した私はアリシアの部屋へやってきた。
「アリシア、どうしよう!?」
この前アリシアが私をあっさり裏切った事は不問にした。それはアリシアに「殿下に睨まれて嘘を突き通せるわけないでしょ、それに最初に言い出したのはシシィなんだから」と言われぐうの音も出なかったからだ。
「もう、なんで私の部屋で悩むのよ。今度はどうしたの?」
「殿下は私のことが好きみたい!」
「・・・何、惚気?そんなのここでやんないでよ」
アリシアはシッシと私に手を払った。
「違うの違うの!私殿下にはアリシアと結婚してもらいたいのよ!」
「はぁ?」
「だって・・・アリシアは可愛くて性格もさっぱりしてるし、絶対に殿下とお似合いだと思うの!それにアリシアだって玉の輿狙ってるって言ってたでしょう?殿下と結婚したら1番の玉の輿よ」
「・・・・シシィ、あんたまた何か企んでるわね?」
「え?」
「あんたが何か隠してるなんてすぐ分かるのよ。さあ話してごらんなさい・・・?」
美人の怒った顔ってコワイ。アリシアに逆らえるわけもなかった。
「ふぅん。じゃあシシィには実は前世の記憶があって、そこの物語の主人公が私なのね?」
「はい・・・」
「それで、私が殿下と結婚した時の挿絵がとても美しいからそのモデルとなった場面を見たいと・・・そういうことね?」
「はい・・・」
「他にも私にやたら窓拭きを勧めてきたり、ギル様の部屋の掃除当番の日を聞いてきたり、騎士団寮の掃除に着いてきたり・・・あれは全部その物語の挿絵の場面を見たかったから、そういう事ね?」
「その通りでございます・・・」
私は観念して洗いざらい話した。前世の記憶があるなんて言ったら「イタイやつ!」とか言われるかと思ったけれどアリシアは意外にも納得してくれた。
「アリシア、信じてくれるの?」
「まぁね・・・。シシィって嘘つけないタイプだもの」
「なるほど・・・」
それって悪役令嬢としてどうなんだろう。
「だから、ね。私アリシアと殿下に結婚して欲しいの!協力してください!」
「うーん・・・シシィの頼みであってもそれは出来ないわ」
「え!?で、でも玉の輿だよ!?殿下もきっとアリシアを好きになると思うわ。それに殿下ってすっごくかっこいいし」
「まぁそうなんだけどね・・・。シシィがその話をもっと早くしてくれてたら、きっとシシィの案にのったわ。少し遅かったみたい」
「と、いいますと・・・?」
「実はね、私マイク様のこと、好きみたい」
「マ、マイク!?」
マイクというのは最後の攻略キャラクターのおちゃらけ政務官だ。
マイクは女性と見ればすぐに愛を囁くナンパな色男だ。アリシアも働き始めた当初、マイクに声をかけられ、そのチャラチャラした雰囲気に警戒する。けれどある日夜遅くに目が覚めたアリシアが、城内を散歩していると、政務室から光が漏れているのに気づく。そこでは普段はしない眼鏡をかけたマイクが遅くまで仕事をしているのだ。その時ドジっ子アリシアが物音を立ててしまい、マイクに気付かれる。マイクはアリシアに壁ドンをし、「みんなには俺が夜遅くまで仕事をしている事は内緒だよ?」と、アリシアの唇に人差し指を当てるのだ。
このスチルも良かったな〜。私普段は眼鏡をかけない人がかける眼鏡に弱いのよね〜。
「で、でもアリシアはマイクのこと苦手だって言ってたじゃない。チャラチャラしてて軽薄そうだって・・・」
「本当はそんな事ないかもしれないなって思ったのよ」
「どうして?マイクと何かあったの?」
「それは・・・内緒って言われてるから・・・」
そう言ってアリシアは頬を赤らめた。
こ、これは・・・
私の知らぬところでイベントが発生しているーーーー!
なんて事・・・。あ、私が寝込んでる間に起こったのか。なんたる不覚・・・。そしてアリシアはちょろインだった・・・。
「じゃあ、私の野望は・・・」
「可哀想だけれど諦めてちょうだい。それと、私これからマイク様にガンガン攻めていくけど、それを覗こうなんてしないでよね」
「あぁ、その手があったか!」
「その手があったか!じゃないわよ。他の人ならいいけれど、マイク様には本気なんだから」
アリシアはもう1度私にすごむと、私に「絶対にマイク様との色恋沙汰は覗きません」証書を書かせた。私って信用ない・・・。
「それに・・・殿下がシシィの事を好きなら良いじゃない。愛のない政略結婚をするよりも。シシィだって殿下のこと、悪くは思ってないんでしょ?」
「まぁそうなんですけど・・・でも私あんまり王妃とかって柄じゃないのよねぇ」
「何言ってんのよ。ちゃんとしてよ、国民は心配だわぁ」
「はい・・・」
「それに殿下はきっとシシィの事、すごく大事にしてくれると思うわ。・・・・ちょっと愛がすごく重そうだけど」
「ちょっと、今最後になんて言った!?」
「ううん、何にも言ってないわよ」
アリシアはにっこりと笑った。
【ウィリアム王子ハッピーエンドスチル 殿下、やめてください!嫉妬に濡れる貴方の瞳に胸キュン】
今私は鏡の前で白いドレスに包まれた自分の顔を見つめた。今日は私と殿下の結婚式だ。国を挙げて盛大な式が開かれる。
今ちょうど着付けとメイクが終わったところだ。
あれから、作戦が尽く失敗した事を悟った私は諦めて殿下との結婚へ向かっていった。あれから殿下は本当にグイグイと私に迫るようになった。本当にグイグイと・・・。ゲーム内No.1 エロキャラの異名を持つ殿下の底力を知った。何度貞操の危機にあったか分からない。てか、12歳以上が対象の穏やかなゲームじゃなかったっけ?
ゲームをしている最中は「ウホホ、もっとやれ〜」なんて思ってたけど、現実問題、次期王妃が婚前交渉やらかしちゃいましたーなんて洒落にならない。そこは私の公爵令嬢としての常識が許さなかった。
「シシィ、準備はできた?」
鏡を見て自分の顔を眺めていると、殿下が入ってきた。控えていた侍女は慌てて部屋を出て行く。これは殿下が私にグイグイ来るようになってから暗黙の了解となってしまった事だ。
「殿下・・・」
「シシィ、今日の君はいつにも増して美しい。月の女神も君の美しさに嫉妬するだろう。
・・・暗い顔をしてどうかした?」
「いえ・・・とうとう今日がやってきたんだなって・・」
「俺は嬉しい。とうとう君を自分のものにできる。・・・心も身体も」
最後の呟きは聞かなかったことにしておこう。
「殿下もとても素敵です」
「ウィル、と。もう君は俺の妃になるのだから」
「けれど・・・」
「呼ばないなら呼ぶまでどんな事をしようか・・・?」
「ウィ、ウィル!やめて・・・」
呼びましたよ、呼びました!
けれど殿下はウィルと呼んだにも関わらず無視をして私を抱きしめるとキスをしてきた。
殿下はすぐに舌を絡めて深く深く口付ける。こうして私が苦しくなるまで追い詰めるのが、最近の殿下の楽しみのようだ。
「は、はぁ・・・。殿下・・・」
殿下は私の乱れた口紅を拭った。
「シシィ、さっき言っただろう?もう1度だ」
「で、殿下・・・あ!」
ウィルと呼ぶのを忘れていた。それを詰るようにまた深く口付けられる。
「っ・・。ウィル、ごめんなさい・・・。でもせっかくのメイクが落ちてしまいます。もうやめてください」
「君は美しい。この姿を誰にも見せたくない・・・」
「けれど、今日は国を挙げて皆さんが祝福してくださるのですよ」
「俺がこんなにも君を想っていても、君はその想いのかけらにも満たないほどしか、俺のことを考えてはくれないね」
「そんなことありません」
「そうかな・・・。ねぇシシィ、それはすごく不公平だと思わないか?」
「・・・」
「だから印をつけさせて、君が俺のものだと」
「ウィルッやめてっ!」
殿下・・・じゃなかった、ウィルは私のドレスの胸元に唇を寄せると、そこを強く吸った。胸元のドレスで隠れるギリギリに淫靡な赤い痕がつく。
「また後で、シシィ。そんな可愛い顔で外に出ちゃダメだよ。俺が侍女達を呼んでこよう」
惚けたように固まる私に背を向けるとウィルは部屋を出て行った。
これこそ、まさに王子ルートのスチルだ。前世で私が何度も何度も繰り返し見た美麗なスチル・・・。
けれど、私はされるんじゃなくて側で見たかったんだーーーー!