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戸惑う気持ちと嬉しい気持ち

 生きていると必ず一度は――いや、何度となく訪れるピンチと言う名の魔物。そのいつ訪れるとも分からない魔物に人は翻弄ほんろうされ、時に人生を狂わされる。

 ワクワクバーガーの二階にある端の席、その席に座っている俺の向かい側には、戸惑いの表情を見せながら椅子に座っている琴美の姿がある。そしてその隣にはどこからか持って来た椅子に腰を下ろし、今にも不穏な発言をかましそうな雰囲気のサクラの姿があった。

 そして今、俺は人生最大のピンチを迎えていた。それがどれくらいのピンチなのかをギャルゲーで例えるとしたら、ヤンデレ彼女とのエンディング分岐イベントが発生し、その選択肢を間違えれば即バッドエンド直行――ってくらいのヤバさだ。まあゲームならセーブした地点からやり直せばいいだけの話だけど、ここは現実であってゲームではない、やり直しの一切きかない一発勝負の現実だ。


「琴美ちゃんだったよね? 私はサクラ、よろしくね! 琴美ちゃんの事はいつも涼太君から聞いてるよ」


 ――ここは『よろしくね!』で終わっておけばいいじゃないか、何で余計な一言を付け加えるんだよ。


「あっ、はい、初めまして、私は姫野琴美ひめのことみと言います」


 琴美は丁寧にサクラに向かって挨拶をしながらも、俺に向けてチラチラと戸惑いにも似た視線を送ってきている。そしてそんな様子の琴美を見ていれば、なんとなく琴美が思っているであろう事は想像がつく。


「あー、そのー、なんと言うか……この人は――」

「私は涼太君のお姉さんみたいなものだから、安心していいからね? 琴美ちゃん」


 とりあえず『親戚の人だよ』とでも言っておこうと思った俺を制止する様に身を乗り出し、元気良く余計な事を口走る天生神。


 ――コイツ本当は天生神じゃなくて死神じゃないだろうな? それとサクラ、安心していいからね――ってのはどういう意味だ?


「りょ、涼君ってこんなに綺麗なお姉さんが居たんだね、初めて知ったよ」

「えっ? あ、ああー! 実はサクラとは遠い親戚なんだよ!」

「サクラ~? サクラお姉さん――じゃないの?」


 ニヤリと片側の口角を吊り上げながら俺を見るサクラ、その笑顔のなんと邪悪な事か。


「そ、そうなんだよ、サクラお姉さんとは親戚なんだ、アハハハ」


 ――ここは我慢だ、琴美にこれ以上勘ぐられたら洒落にならん。


「そっか、親戚だったんだね」


 サクラの軽さに圧倒されているのか引いているのかは分からないけど、琴美もどう反応すればいいんだろう――と言った感じの複雑な表情を浮かべている。


「そうだ、涼君は夏休みの宿題進んでる?」


 今の雰囲気を変えようとしたのか、琴美は話のネタとしては無難な話題を提示してきた。


 ――流石は琴美、ナイス判断だ。


 俺は琴美からの絶好なパスを受け、このピンチからの脱出口を開こうとした。


「んー、進み具合はまあまあかな、琴美はどうなんだ?」

「私はちょっと苦戦してるんだよね」


 琴美は憂鬱そうに息を吐き出す。こんな琴美の表情を見るのはいったいどれくらいぶりだろうか。世の中に幼馴染って関係の人は沢山居ると思うけど、いつまでも仲良くその関係が続いている幼馴染なんてそうは居ないだろう。

 俺と琴美がそうである様に、大概たいがいは小学校あたりからその関係は希薄になってくる。それはきっとお互いに異性というものを意識し始めるからだろうと思う。それによくよく考えてみれば、やっぱりその頃から男子は男子、女子は女子で固まって仲間関係を形成していた様に感じる。そう考えると俺と琴美が幼馴染としての関係が希薄になったのは必然だったと言えるのかもしれない。


「もしかして数学の宿題?」

「うん、私が数学が苦手な事、覚えててくれたんだね」


 たったそれだけの事なのに、琴美はにこっと微笑んでくれる。

 だけどその気持ちはちょっと分かる気がした。自分の事を知ってもらえている、覚えてもらっているというのは、ただそれだけで嬉しいと感じるからだ。もちろんそれは知ってくれている相手にもよるとは思うけど。


「まあ、昔から算数や数学が苦手って言ってたもんな」


 そのあまりにも素直な微笑みは俺には眩しく、思わず目をらしてしまった。


「お勉強大変みたいだね?」

「はい、実はさっきまでずっと図書館で勉強してたんですけど、なんだかはかどらなくて……」


 ――琴美って普通に成績良いくせに、数学だけは成績悪かったもんな。でも確か昔は全般的に成績は悪かったよな……そう考えるとずいぶん勉強を頑張ったんだな。


 頑張ってる琴美に対し、なんとかしてあげたい――という気持ちはあったけど、今の俺が琴美に対してできる事など特に無い。

 俺は小さなテーブルの上にある紙コップを手に取り、それを口元へと運んだ。


「なるほど……だったら琴美ちゃん、涼太君に勉強を教えてもらえばいいじゃない」


 飲み物を口に含もうとした瞬間、サクラがまたとんでもない事を言い出した。


「サ、サクラ! 何を言ってんだよっ!」

「サクラァ~?」

「ぐっ……サ、サクラお姉さん、いったい何を仰っていやがるんでしょうか?」

「もー、そんなに睨まないでよね」


 ――睨むに決まってるだろうが、とんでもない提案を持ち出しやがって。だいたい琴美がそんな提案を受け入れるわけ無いだろうが。


「あ、あの、涼君さえ良かったらだけど、勉強を教えてもらえないかな?」

「えっ!?」


 琴美は身体をソワソワさせながらそう言い、そして俺はそんな琴美の言葉を聞いて混乱し始めていた。


「うんうん! それがいいよっ! それじゃあ明日さっそく涼太君の家においでよ!」

「えっ? 涼君の家にですか?」

「ちょ、ちょっとサクラお姉さん!?」

「明日は何か都合が悪いのかな?」

「い、いえ、そんな事はありませんけど……」

「それじゃあ決まりねっ!」

「は、はい、分かりました」


 サクラは俺の言葉に耳も貸さず話を続け、強引に琴美がやって来るのを決めてしまった。

 そして琴美が我が家へやって来るのを了承すると、サクラは琴美の両手を握ってからブンブンとその手を上下に振った。琴美からすればサクラの圧倒的マイペースさと強引さに有無を言わさず頷かされてしまってところだろうけど、本当にこれで良かったんだろうか――と、俺は心配で仕方がない。

 こうして俺の思いなどを一切無視したところで話は進み、とどこおりなく明日の予定が決まってしまった。


「あっ、もうこんな時間。ごめんなさい、私これから家の用事があるんで先に帰りますね」

「そっかあ、それは残念。また会おうね、琴美ちゃん♪」

「はい、それじゃあ涼君、明日はよろしくね?」

「あ、ああ……」


 そう言ってからトレーを両手で持って席を立ち上がると、琴美は急いでそれを所定の位置に片付け、笑顔でこちらに向かって小さく手を振りながら店を出て行った。


「いやあ~、青春だなあ~」


 そんな琴美が去って行ったあとを見ながら、サクラはニヤついた表情でそんな事を口にした。とことんこの状況を楽しんでいるんだろう。


「良かったね、涼太君♪」


 しかしそう言って微笑んだサクラの表情はさっきまでとは違って柔らかで、心からそう思って言ってくれている様に感じた。


「そうだな、ありがとう」


 ピンチが先延ばしになっただけ――と思いもするけど、嬉しい気持ちがあるのも事実だった。きっと俺だけだったら琴美を勉強に誘うなんて真似はできなかったから、だから少しだけサクラに感謝してもいいのかもしれない。


「ふふふ……明日はどうなるかなあ、楽しみ楽しみ♪ 涼太君にバレない様にこっそりじっくり観察しないとね♪」


 心の中で思っているであろう事を、サクラは間抜けにも思いっきり口に出していた。それに伴い、さっきまでサクラに感じていた感謝の気持ちが一気に消し飛んでいく。


「サクラ、そういう事は口に出すと無意味になるんだぜ?」

「えっ? えっ!?」


 サクラは慌てふためきながら言い訳を始めるが、時既に遅しだ。

 俺はこの場でサクラに対して明日の我が家への侵入を全面禁止にした。するとサクラはその通告に納得がいかないらしく、俺に対して猛抗議を始めた。しかしサクラの本音を知ってしまった以上、俺のサクラに対する情けの気持ちは皆無だった。

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