致命的欠陥
「霧崎華鈴! 霧崎華鈴! 霧崎華鈴! 霧崎華鈴! 霧崎華鈴! 霧崎華鈴――」
ついに始まったドラフト会議本番。
「信じられません! これは歴史的快挙だぁ! 18人! すべての代表が第一巡選択希望塾生として『魂魄姫』の名前をあげたぁぁぁぁぁ!!」
司会の大仰な煽りもあって、のっけから会場のボルテージは最高潮だ。
そんなお祭り騒ぎの場にあって霧崎友星の表情だけが冴えない。
同期がひとり、またひとりと、指名され会場へと喜び勇んで去ってゆく中、いまだに友星の名前はコールされない。
そして、そのまま最後まで『霧崎友星』の名前がコールされることはなかった。
なんと不名誉なことに友星は隠密塾始まって以来の『指名漏れ』となったのだ。
いつも強気な友星も凄まじい脱力感に「マジかよ……」とピストルで撃たれたみたいにベンチにバタリと背中から倒れる。
「くそダセえ……あれだけ啖呵を切っておいてこのザマとは……」
無人の控室で呆然と天井を眺めながら、隠密塾での一年間、試験に落ち続けた三年間、そうした日々を走馬灯のごとく思い返す。これまでの努力がすべて無駄だと思えてくる。虚しいったらありゃしない。
だが、『はい、そうですか』と容易く諦める霧崎友星ではない。ぴしゃと自ら頬を両手で叩きベンチから跳ね起きる。
(……泣き言はよせ。誓ったじゃないか。目的を果たすためなら嫌われ者になっても構わないと)
隠密庁長官が閉会の挨拶をしようと口を開いたまさにその時、
「ちょっーっと! 待ったああああああああああァァァァァ――――ッ!!」
友星は扉を開け放ち武道場に乗り込む。
前代未聞の暴挙だ。しかし、ドラフト会議で指名漏れすること自体が前代未聞なのだ。さらに不名誉な称号がひとつ増えようが誤差だ誤差。
観客から刺すような視線が一身に注がれる。しかし、友星は悪びれることなく面を二階席へと持ち上げる。そして、関係者席へと向かって大声で尋ねる。
「後学のために教えてくれ! どうして俺はあんたらに指名されなかったんだ?」
生意気な塾生を「君! なにを考えているんだ!」と「口を慎みなさい! 長官の前だぞ!」と関係者たちが一斉に諌めにかかる。観客からも水差し野郎に大ブーイングだ。
ところが、王者の余裕だろうか。
多くの代表たちは笑っている。中には腹を抱えて机を手のひらでバンバン叩いて笑っている者さえいる。
さしずめ、丁度いい余興だとでも思っているのだろう。上等だ。なら思う存分、道化を演じてやろうじゃないか。
「俺が他の塾生に引けをとってるとは思わないんだが?」
ふてぶてしい友星を見かねて、ついに警備員たちが「取り押さえろ!」と実力行使に打って出る。
「離してくれ! こちとら前代未聞の指名漏れなんだぞ? 末代までの赤っ恥確定なんだ! せめて理由を聞く権利くらいあるだろ!」
「――――私が答えてあげるわ」
鈴の音のように耳心地の良い声で、揉みくちゃになる友星と警備員たちを制したのは白虎衆の代表――服部雪乃だった。
さすがは若きカリスマだ。服部雪乃に促され、警備員たちは一斉に手を離す。
解放された友星へと彼女は告げる。
「具現化の精密さ、術の威力、塾生とは思えないほど素晴らしいわ。希少な雷属性なのも評価できる。それと呆れるほど厚顔無恥だけど、そのふてぶしさも一概に否定はできない」
「さすが神童。お目が高い」
「だけど、あなたにはシノビとして『致命的な欠陥』がある」
「へー、そう。どこに?」
友星の挑発的な視線と服部雪乃の冷静な視線が空中で火花を散らす。
「では、尋ねるわ。あなた、もう一回、【紫電鬼斬】をこの場で見せられる?」
「は? 結界もないのに? 現世じゃ結界の中以外では、まともに忍術が使えないなんてのは神童様に今さら言うまでもないことだろ」
「御託はいいわ。できるの? できないの?」
「だったら答えてやる。お断りだね」
「なぜ?」
「手の内を何度も見せるシノビがいるかよ」
「嘘ね」
服部雪乃が即座に首を横に振る。
「素直に認めなさい。『できない』って」
続く彼女のダメ押しの言葉で会場が察したようにどよめく。
「あなたは魂魄量が致命的に少ない。高等忍術を一回、使うだけで枯渇するほどに」
これは常識だ。忍術だけではなく分身世界でのシノビの行動すべてに魂魄が消費されることは――。
「あなたはとてもしたたかだわ。自らの魂魄量が極端に少ないことをこの一年間、見事に隠し通したのだから。だけど、私たち代表は騙せなかった」
周囲の同期や講師たちが驚きの表情を浮かべている。
「模擬戦の成績を見ても明らか。あなたの試合時間は不自然なほどに短い。秒殺と言えば聞こえはいいけど、その実、魂魄量の少なさを周囲に悟らせないため。高等忍術を習得したのも同様の理由じゃなくて?」
魂魄が空になれば、分身世界で活動するための『魂魄体』をキープできなくなり、現世へと強制的に『解脱』してしまう。そして、再び分身世界へと『入滅』するためには一定のインターバルが必要となる。
「いくら知識があっても、いくら高等忍術を使えても、すぐに魂魄が枯渇してしまうようではシノビとしてまったく戦力にならない」
無数のザンニンを狩って狩って狩りまくるという活動の性質上、友星の魂魄量の少なさはシノビとして『致命的な欠陥』と言えた。
言葉もなく立ち尽くす友星へ服部雪乃が同情するように長いまつげを伏せる。
「あなたの涙ぐましい努力は認めるわ。だけど、悲しいかなあなたには才能がない。シノビになったとしても惨めなだけ。私たち御庭番衆が指名しなかったのは、あなたの将来を思ってのことよ」
友星は武道館の天井を見上げて大きく息を吐く。
「ちっ、ここまで上手く隠し通してきたんだけどな……バレちまったか」
友星の口元に自嘲めいた笑みが浮ぶ。
「あーあ、最後まで白を切り通してやろうかとも思ったが……そこまで完璧に見透かされちゃ仕方がない。納得するしかない」
さらに指名漏れの理由が御庭番衆の『優しさ』だと言われてしまっては、これ以上、迷惑をかけるわけにもいくまい。
(……ただ負け犬の立場からすると、こういう場面の優しさは軽蔑より残酷だぜ)
友星は鹿威しがごとく勢い良く頭を下げる。
「どうも皆さん! 大変お騒がせしました! 理由を聞いてすっきりしたところで邪魔者は去ります! それでは長官! 続きをどうぞ!」
そうして友星は道化よろしくにへらと笑い「同期の皆に幸あれ!」と手を振って会場の出口へと歩いてゆく。せめてもの強がりだ。
嘲笑があちこちから聞こえてくる。甘んじるしかない。それが勝負に負けた人間のさだめだ。
『己の魂魄量の少なさを隠し通して代表たちをも欺いてシノビになる』
友星は一世一代の勝負を仕掛けて完膚なきまでに負けたのだ。悔しければどん底から這い上がるしかない。
「兄さん!」
背後から聞き慣れた声がする。
妹の潤んだ瞳が『兄さんがならないなら私もシノビにならない』と訴えかけてくる。だから、友星は小さく首を振る。『それは筋が違う』と妹をなだめる。
約束を守れなかった不甲斐ない兄が悪いのだ。優秀な妹を巻き込みたくはない。
華鈴には才能がある。どこの御庭番衆に所属しても可愛がってもらえるはずだ。
扉をバタンと締めて友星は武道場を後にする。
この瞬間、文字通り会場の誰もが霧崎友星の『シノビとしての道が閉ざされた』と感じたことだろう。
しかし、本人はまったく諦めてはいなかった。
なぜなら、友星にとってシノビは分身世界へ行くための手段のひとつに過ぎないからだ。目的地に行くための方法は必ずしもひとつではないのだ。
友星はポケットからおもむろにスマホを取り出す。コツコツとトンネルのような無人の廊下を歩きながら検索する。
『分身世界 行く方法 非公式』
失われた母親の魂魄を取り戻すためなら喜んで嫌われ者になろう――。
妹との約束は守れなかったが、この誓いはまだ死んじゃいないのだ。