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魂魄姫

 ――残忍ザンニン

 それは人を憎み恨み人の魂魄を喰らう幽鬼。

 それは現世から溢れた悪感情を集めて固めたあらぶる負のかたまり

 それは美しく醜い矛盾だらけの世界が絶えず生み出し続けているおり

 ザンニンという害悪が分身世界から現世に解き放たれれば待っているは地獄絵図だ。分身世界のザンニンを残らず抹殺まっさつせよ。狩って狩って狩りまくれ。

 それがシノビに与えられし唯一無二の使命である。


                 (隠密庁刊行『シノビ活動白書』より)


     ◆◇◆     


 武道場の中心に張られたドーム状で半透明の結界――その中へと指定の『シノビ装束』を身にまとった霧崎きりさき華鈴かりんが細い足を踏み入れる。


 これは『疑似:分身世界』を現世に再現するための装置だ。いわゆるシミュレーターである。隠密塾指定の『シノビ装束』を身に着け、結界内に入ることで『疑似:魂魄体』となり現世でも忍術を使用することができるようになるのである。

 

 会場が期待と緊張に静まり返る。

 やがて合図と共に2メートル級の『疑似:ザンニン』が結界内に顕現けんげんする。色褪せた鎧と刃こぼれした太刀を装備した顔のない幽鬼ゆうき。『タイプ:鎧武者』。分身世界におけるマスコットがごときメジャーな存在である。

 そんなありふれたザンニンを塾生たちがどのように料理するのか。御庭番衆の代表を始めとするシノビ関係者たちはそれを品定めしているというわけだ。

 会場がドッとざわめく。巨漢の鎧武者ザンニンが太刀を構え華奢な少女へと甲冑かっちゅうを震わせ突進を開始したからだ。

 合わせて霧崎華鈴が動く。くいっと整ったあごを持ち上げると、正面を見据えて両手で印を結び素早く詠唱。



「――――分身忍術:【百姫乱舞ひゃっきらんぶ】」



 その数、ざっと二十体。ポップコーンが弾けるみたいに華鈴の分身体が一瞬にして結界内を埋め尽くす。

 驚愕の光景に会場が大きく波打ったのは言うまでもない。

 通常、分身は二人と相場は決まっているからだ。上級者でも三人から五人が精々《せいぜい》だろう。彼女の並外れた魂魄量が規格外の分身数を可能にしていた。


 そう、これこそが霧崎華鈴が魂魄姫と呼ばれる所以ゆえんだった。


 端的に言って彼女は天才だ。それも百年に一人の。

 本来ならドラフト会議を免除されるレベルの逸材なのだが、隠密庁からの再三の打診にも関わらず彼女はかたくなに首を縦に振らない。彼女は澄み切った瞳で答える。「私は兄と一緒にシノビなるので」と。


「――数で凌駕しているんだ。小細工はいらないぞ」


 控室でモニターに食い入る兄の呟きが届いたのか。二十の分身体と華鈴は迷うことなく汎用はんよう忍術『火遁:【火球】』を詠唱。

 いや、これは最早、合唱だ。


 同時に撃ち放たれる二十一の火の球。初級忍術とは到底思えない迫力。事実、無数の火球に撃ち抜かれ一瞬にして鎧武者ザンニンは消し炭となる――。


 ひと仕事終えた14歳の少女は「ふぅー」と小さく息を吐き、得意の澄まし顔で長い髪をかきあげる。

 直後、圧倒的才能の証明に、ニューヒロインの誕生に、建物全体が振動するほどの興奮の坩堝るつぼと化したのは言うまでもなかった。


「当然の結果だな」


 平然としたセリフとは裏腹に友星はぐっと拳を握りしめる。その横顔は我がことのように誇らしげだ。

 そんな兄にお呼びが掛かる。「霧崎友星さん。出番です」と。

 にやりと口元に犬歯を覗かせて、友星は意気揚々と会場へと向かう。

「俺も派手にぶちかましてやるぜ」

 妹に負けていられない。兄とは常に妹の先を行かなければならないのだ。

「そうでなければ妹が後ろにくっついてこれないからなァ!」 

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