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ドラフト会議

 シノビになるにはいくつかの方法がある。

 ひとつはスカウトだ。シノビの才能を図る基準に『魂魄量こんぱくりょう』がある。忍術を含め分身世界でのあらゆる活動は魂魄を対価として支払う。

 そのため、魂魄量が人並み外れて多い場合、隠密庁の人事部からスカウトされ、さまざまな手順をすっ飛ばし特例としてシノビ免許が発行されることがある。

 もうひとつはシノビの育成機関である『隠密塾おんみつじゅく』に試験を受けて入塾するパターンだ。これがもっともポピュラーな方法である。

 ただし隠密塾を卒業すれば必ずシノビになれるわけではない。一年間の塾生活で充分な修行を積み、卒業直前に行われる『ドラフト会議』で御庭番衆おにわばんしゅうの代表から指名されることで晴れて分身世界で活動することが許される。

 とにかく、どこかしらの御庭番衆に所属することがシノビとして活動するための絶対条件だった。


 ――そんな運命のドラフト会議が本日、武道館でまさに開催されていた。


 十代前半から二十代後半までの三十人近いシノビの卵たちが、緊張の面持ちでお披露目の順番待ちをする控室。その中で、ひときわ目つきの鋭い青年が尖った犬歯を光らせほくそ笑む。


「隠密塾の試験に落ちること三度みたび。補欠合格で入塾して一年。ようやく、この日が来たぜ!」


 隠密塾第10期生――霧崎きりさき友星ゆうせい17歳。

 道のりは順風満帆じゅんぷうまんぱんではなかった。だが、人よりも苦労した分、人よりも努力をした分、友星は同期の誰よりも優秀な成績を収め、今日という日を迎えていた。

「御庭番衆の代表どもが俺を奪い合う様が目に浮かぶな!」

 そんな自信満々の友星とは対象的に、隣に腰掛ける少女の様子は冴えない。長い手足を持て余すように縮こまっている。


「はぁー、兄さんはどうしてそう能天気なんですか? 脳天かち割りますよ」


 同じく隠密塾第10期生――霧崎きりさき華鈴かりん14歳は、切れ長の目をクナイの切っ先のごとくすがめ睨みつけてくる。

「ん? どうした華鈴? トイレでも我慢してんのか?」

 妹から放たれたグーパンチが友星の横っ腹にずっぽりと減り込む。

「うぐッ! ってえなぁ! なにすんだよ華鈴!」

「兄さん、今日くらい空気を読んでください。皆、とても緊張してるんです。その犬歯、引っこ抜きますよ」

「緊張?」

「もし御庭番衆から指名がかからなければ、この一年間の努力が無駄になるんですよ? 誰だって緊張します。目玉くり抜きますよ」

「そりゃ杞憂きゆうだ。隠密塾が開塾して十年。ドラフト会議で指名されなかった塾生はいないんだぞ?」

「それでも万が一ということがあります。ドラフト会場には大勢のシノビ関係者がいてテレビの中継も入ってます。もし失敗でもしたらいい笑い者です」

(……ああ、そういうことか)

 華鈴の強張った表情を見てようやく理解する。友星は両手でがしっと妹の丸い頭を掴むと、ぐりぐりと強めに撫で回してやる。

「心配すんな。自信を持て華鈴。お前にはシノビの才能がある」

「に、兄さん! 皆が見てる前で恥ずかしい真似はやめてください。指を反対方向に全部折り曲げますよ」

 生意気な口とは裏腹に華鈴に手を払う気配はない。

「華鈴、五年前にした俺との約束を忘れたのか?」

「愚問です。私が兄さんとの約束を忘れるわけがありません」

「なら、二人でシノビになるぞ」

「はい、兄さん」

 霧崎兄妹の約束は『二人揃ってシノビになる』こと。それともうひとつ――。


「――失われた『母さんの魂魄』を俺たち兄妹の手で取り戻すぞ」


 華鈴が友星の目を見て「はい、兄さん」としっかりと頷く。

「もっとも兄さんは『俺が先にシノビになっておくぜ』と約束しておきながら三回も試験に落ちたんですけどね。信じられないほどのバカです」

「うぐ……ば、バカなのは試験管だ。この俺の才能を見抜けないとは」

 少しは緊張が解れたようだ。華鈴がいつも通りの澄まし顔を浮かべている。


「霧崎華鈴さん。出番です」


 係の人間から呼ばれる。華鈴は「行ってきます」と落ち着いた面持ちでベンチから立ち上がる。もう心配はいらないだろう。

「華鈴! モニターで観てるからな! 派手にぶちかましてこい!」

 すると、華鈴はなにを思ったのか控室の出入り口付近で急に踵を返して、友星の眼前へスタスタと戻ってくる。

「ん?」

「兄さん、もう一度、私の頭を撫でてください」

 華鈴がお辞儀するみたいに頭頂部を差し出してくる。

「は?」

「時間がないんです。早くしてください。股間を蹴り飛ばしますよ」

「はいはい」友星は苦笑しながら丸い頭を撫でる。

 しばらくして華鈴はすぅーっと面を上げると、

「それでは、兄さん。派手にぶちかましてきます」

 なにごともなかったかのようなツンとした顔で控室を出てゆく。

 友星は思わず吹き出す。


「ははは、華鈴のやつ。大人になったのは見た目だけだな」


 思い返せば、幼い頃から『兄さん、兄さん』とカルガモのひなのようにどこへ行くにも友星の後ろにくっついてくる妹だった。

 伸びた手足や、落ち着いた面立ちもあって、実際より年上に見られがちの華鈴だが、中身はガキの頃とさして変わっちゃいないらしい。

 やがてモニターに華鈴の姿が映し出される。

 会場からは割れんばかりの歓声が上がる。第10期生の誇る『魂魄姫こんぱくき』の登場に。

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