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分身世界

 夜の首都高は光の川だ。ライトアップされた東京タワーは神秘の塔だ。彩り取りにきらめく街のネオンは散りばめられた宝石だ。

「わぁ……これが東京かぁ……」

 高速バスの窓の向こう側に広がる近未来RPGがごとき幻想的な景色にツインテールの少女は感嘆かんたんする。

 無垢なリアクションから田舎娘だと察したのだろう。隣に座るパンツスーツを見栄え良く着こなすお姉さんが「東京には観光?」と微笑ましい表情を浮かべている。


「いえ! わ、私! 『シノビ』になりたくて!」


 ツインテールの少女は白い頬を染め声を上ずらせる。

「シノビに? どうしてまた?」

「あ、あのー、お姉さんは東京に『分身世界ぶんしんせかい』と呼ばれるコピーワールドがあるのをご存知ですか……?」


 ――山田やまだ千夜子ちよこ15歳。

 普段は引っ込み思案でクラスメイトともまともに口も聞けないほどの恥ずかしがり屋だ。ただし憧れのシノビのこととなると周囲が驚くほど饒舌じょうぜつだった。


 お姉さんは柔和にゅうわに微笑む。「東京で分身世界を知らない人間はいないわ」と。


「分身世界。別名、『裏東京23区』――それは数百年前、偉大なシノビたちが命をして生み出したとされるコピーワールド。この世とあの世の狭間はざまにあると言われる幽絶ゆうぜつの世界」


「お姉さん詳しいですね!」

「職業柄ね」

 千夜子の表情が輝く。シノビについて語りたくとも田舎では眉唾まゆつばだとあしらわれることが多かったのだ。

「あなたは分身世界に興味があるのね」

「はい! すごくわくわくします!」

 今でも鮮明に覚えている。小学生の頃、テレビで観たそれはまるで『鏡の国』のようなパラレルワールドだった。ひとっこひとりいない渋谷のスクランブル交差点にすらりと背の高いシノビの女性がぽつんと佇む映像を。


『私もあの場所に行ってみたい!』


 普段大人しい娘が瞳を輝かせ興奮する姿に両親がひどく驚いていたものだ。


「へー、あの物憂ものうげな世界にわくわくするなんて珍しいわね」

「私、物静かな場所が好きなんです!」

「無人だから恐ろしく静かなのは間違いないけど、『ザンニン』と呼ばれる幽鬼ゆうき跋扈ばっこする恐ろしい世界よ?」

「で、でもシノビなら! ザンニンを忍術で倒せます! 無人の街を自由に駆け回れます!」

「ふーん、それで。確かに国から分身世界への立ち入りを許可されているのはシノビだけだものね」

「えーっと、それに、シノビは国家公務員なんで収入も安定してますし……」

「あら、意外にちゃっかりしてるわね」

 お姉さんがおかしげに喉を鳴らす。気恥ずかしさに千夜子は顔を赤らめる。

「あなたのような人材は貴重だわ。シノビが分身世界でザンニンを狩ってくれているから東京の平穏は守られているんだもの」

 お姉さんは車窓から見える針葉樹林のようなビル群に視線を向ける。

「まずは『隠密塾』に合格しなきゃね」

「は、はい!」

「狭き門だけどきっと大丈夫。あなたには大きな情熱があるもの」

「が、頑張ります!」

 千夜子が背筋をピンと伸ばすのに合わせてツインテールがぴょんと跳ねる。

「うん、その意気よ」お姉さんが眩しそうに目を細める。

 喜びにブルッと千夜子は身体を震わせる。


 ――危険だ。無理だ。向いてない。諦めろ。普通でいい。普通が一番だ。


 そう両親からも教師からも反対され続けた千夜子にとって、見ず知らずの相手ではあるが、シノビを目指すことを真正面から肯定して貰えたことは泣きたくなるほど嬉しいことだった。


 お姉さんと時間を忘れて喋っていると車内アナウンスが流れる。間もなく目的地の東京駅に到着すると。

 千夜子は身の丈ほどの大きなキャリーバッグを乗務員から受け取る。それから駅の周囲をぐるりと見回して、

「うわー、やっぱり東京は背の高い建物が多いなー」

 地方出身者丸出しの感想を漏らす。

 時刻は20時ちょっと前。明日に備えてスマホに表示した地図を頼りに予約してあるビジネスホテルへと足早に向かう。

「ちょっと待って」

 背後からお姉さんに呼び止められる。「せっかくの縁だから。なにかあったら連絡して頂戴」そう名刺を差し出してくる。

「――えええええ!?」

 名刺を目にして千夜子は驚きの声を上げる。同時にひどく納得もする。どうりでシノビや分身世界について詳しいわけだ。


『隠密庁 乱破(らっぱ)局 御庭番おにわばん統括部 風間かざま奈々《なな》』


「あなたがシノビになる日を楽しみに待ってるわ」

 お姉さんは背中で手を振り東京駅の人混みに颯爽さっそうと消えてゆく。


 千夜子は名刺を宝物のようにぎゅっと胸に抱きしめる。

 これは吉兆きっちょうの兆しだ。運命が千夜子に『シノビになれ!』と言ってるに違いない。ああ、興奮が抑えられない。今すぐ踊り出したい気分だ。

 その時だった。



「ヒューッ! お嬢さーん! かわうぃーねえー!」



 金髪ピアスにサングラスのいかにも軽薄そうな男性に呼び止められる。

 田舎ではお目にかかったことのないど派手な人種の登場に「ひぃ」と引っ込み思案な千夜子は蛇に睨まれたカエルのように凍りついてしまう。

「オレっちはこういうもんでーっす! フゥ!」

 本日、二枚目の名刺にはこう書かれていた。


『ニンニン芸能プロダクション スカウト』


 千夜子の顔がさっーと青ざめる。

 友達が言っていた。東京には悪い人がいて、千夜子のような気の弱い田舎娘を言葉巧みに騙していかがわしい映像作品に出演させるのだと。

「君、アイドルに興味あるよね? あるに決まってるよね! とりあえず詳しい話させてよ! 事務所すぐそこなの! アイ&ノーズなの!」

「わ、私は、し、し、シノビに!」

「んー? 君、シノビに興味ある系?」

 千夜子はぶんぶんと首を縦に振る。

「わーお! ディスティニー! ちょうど『くのいち46』ってアイドルグループ結成の話があんのよぉー! さあ、行こう行こうー!」

 スカウトマンが千夜子の手首をガシと掴んでくる。

「あ、あの、わ、私……シノビに……」

「大丈夫、大丈夫、じょうだいぶ! オレっちが保証する! 大きくて丸い目! 白い肌! ボリューミーな胸! 君、すぐにトップアイドルになれちゃう!」


「あ、あ、あの! わ、わ、私、し、シノビに! シノビにぃ――――――――」


 少女のか細い叫び声は都会の雑踏に無情にも飲み込まれ消えてゆく。


 ――山田やまだ千夜子ちよこ15歳。引っ込み思案で押しに弱く気の小さい田舎育ちの少女。


 シノビになるため上京した彼女だったが、強引なスカウトマンの勧誘を断りきれずになし崩し的にアイドルとなる。

 ちなみにデビューシングルの『くのいちだって恋したい』は空前の大ヒット。

 本人の希望とは裏腹に17歳となった現在の山田千夜子は、国民的アイドルグループの押しも押されぬ中心メンバーだった。

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