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中編


僕の父は、鉱員だった。


村から歩いて30分程の距離にある鉱山では、そこそこの資源が発掘出来たらしい。


父は、と言うか殆どの村の男手は、いつもその鉱山で1日の大半を過ごした。


自分の家族に3食ご飯を食べさせて、子供にすくすくと育ってもらいたい。

そんな願いを叶えてくれるだけのお金が、この鉱山からは手に入れられた。


男達が帰って来るのは、辺りがすっかり暗くなって、手元の石が溶け込んでしまいそうな程の夜遅く。

何人かが使える光魔法のライトを頼りに、ぞろぞろと鉱石を背中に担いで帰ってくる。


そんな中でも父は一際目立っていた。

父が担ぐ籠からは、ライトの光を反射して、淡く、幻想的な沢山の鉱石が照らし出されていた。


父は、この村唯一の採掘系の祝福持ちだった。


調子が良い時は、他の人の3、4倍程の鉱石を採ってくる。

大きな籠を背負って歩く姿は、遠目に見てもすぐに判断がついた。


後で母が教えてくれた事だが、冬の生活の厳しい時期では、村人へ、いくらか食料を分けていたらしい。


父は、いつも帰るのが遅くて、それに、あまり喋る方ではなかったから。

折角一緒に食事をとっても、あまり話す事は出来なかったり、少し悲しく思えた時もあったけど、


僕は、父がこっそり寝床を覗きに来て、少し戸惑ったようにその毎日の採掘でゴツゴツになった掌で、僕の頭を撫でていく様を知っていたから。


朝早くに鉱山に向かう時に、起こさないよう気をつけながら、僕の額に口を落としていくことも、

その優しい顔も、知っていたから。


僕は寂しくなかった。

父は僕の誇りだった。


寂しくないようにと、母が話してくれた「僕の父の話」が大好きだった。

母の顔が、少し自慢気で、楽しそうに見えて。


僕は、父が大好きだった。





…そんな父の死は、僕にとっては受け入れ難い事だった。


僕は、母の呼びかけにも答えず、部屋の扉を頑なに開けようとしなかった。

母の無理に明るく振る舞うような声色が、妙に心に苦しかった。


父の死因は、鉱山に潜む魔物だ。

実態がなく、鉱山の中を漂い、音もなく体の中に入り込んで、体中を駆け巡り、痛みを伴いながら四肢の感覚を無くしていく。

酒を呑みながら、ひそひそと話している男達の話は、何故か僕の耳に甲高い騒音のように張りついて離れなかった。


この話を聞いたのは、父が死んですぐの事だった。

何も父を愚弄しているわけではなく、単純にほとんどの村人達がこの話を持ち出しているだけだった。

父の死因である魔物は、感染するかのように広範囲に広がる。

実際に父の他にも半分程度の鉱山に潜っていた村人が死に至っていた。


小さめの声量で話していた事は、実際に親が死んでいった子供達に聞かれないようにする為だと気がついたのは、ずっとずっと、後だった。そんなに考えられる余裕は無かった。


ドアから溶け出す、母の少しずつ無理が剥がれていくような声色を背に受けながら、僕はずっと今までの父との思い出を、父の姿を思い返していた。


父の最後には、立ち会う事が出来なかった。

この魔物についてよく解明されていない以上は、死に際の父に合うような事は出来なかった。

僕も、母も。


だから、僕は知らない。


知らないんだ。


父が、

大きな籠満杯に敷き詰められた鉱石を、軽々と持ち上げていた筋肉質なその腕が。

ゴツゴツとしたその掌が。


激痛に顔を顰めながらどんどんとやせ細っていくその様を。

だんだんと全身の感覚がなくなっていって、ついには息絶えるような、そんな様を。



知っている事は、

鉱山へと向かうその大きな背中と、ゴツゴツとした大きな掌と、大きな籠一杯に詰まった鉱石を背負って帰ってくるその姿と、優しい、どこまでも優しい声と顔だけ。


僕は父の事をこんなにも知らなくて。

そして、それが全てであるかのように知っていた。


こんな風に父の事を考えている間に、ふと思い出したことがあった。


勇者の事だ。

母が話す伝説の勇者の話。

伝説の勇者が伝説の勇者として語り継がれる理由は、なんだったのか。

それは、勇者でなくても、勇者であったから。


ならば、と僕は思った。

普通の勇者とは、なんなのだろうか。


人々を導いて、魔王を倒して、そして、…姿を消して。

その姿は、後世に語り継がれることはなくて。


僕は、思ってしまった。

まるで、父のようじゃないか。と


僕の「知っている父」は、確かに、「僕にとっての普通の勇者」だった。


その瞬間から、父は、

いや、「普通の勇者」は、僕の憧れだった。


憧れで、目標で、目的で。


僕の部屋の扉は、いつのまにか、完全に開いていた。



……僕は、母が時々話してくれる、「僕の父」の話が、大好きだった。

語る母の目元が、妙に優しい気がして。






だから、普通の勇者に、僕はなりたい。




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