変転する夢
【変転する夢】
僕には物心がつく前から見ていた夢がある。
夢の内容はいつも同じで、必ず同じ場面で目が覚める。
眠りにつき、しばらく経つと目が覚める。
その瞬間、視界は天井へと迫り、ぶつかるところで起きるのだ。
そんな夢を何度見たか分からないくらい繰り返し見ていた。
これは僕が9歳の頃の話だ。
クラス替えと引っ越しで親しい友達と離れ離れになったが、
新しい友達も出来、同じクラスに好きな人も出来、
学校に行くのが楽しくなって来た頃だった。
その日は好きな子から手紙をもらった日なので記憶に残っている。
手紙の内容は他愛もないものだったけど、
何でもない事でも当時の僕は嬉しかったんだ。
学校から帰って、家の手伝いをし、
自室に戻ってからあの子からの手紙を開いていた。
どのくらい眺めていたのだろうか、
あっという間に風呂の時間になり、手紙を引き出しの奥へとしまう。
頭を洗い、身体を洗い、湯船に浸かって100数える。
当時の僕はカラスの行水と言われるほど風呂を出るのが早かったんだ。
タオルで身体を拭いてから脱衣所で着替えていると、
隙間風が入ってきて、ぶるっと身震いする。
季節は春……まだ少し肌寒い日が続いていた。
夜ともなると結構冷えるのもあるが、
これは我が家の作りがよくないせいもある。
古い平屋だったウチは、庭に小屋があり、そこが風呂場だった。
幼い僕は、夜中に風呂に入るのが怖かったんだ。
急いで着替えて母屋へと戻り、
寝る時間になるまでゲームをしていた。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、布団に入る時間になる。
今日あった事を思い出しながら目を瞑り、
好きなあの子の事を思い出して頬が緩む。
ささやかながらも幸せな日だった。
すぐに眠りに落ち、何度見たか分からないあの夢を見る……。
僕は飛び起きるように目を覚ましたんだ。
上体を起こして、冷や汗なのか寝汗なのか、
額から流れてくる汗を拭おうとした時、
自分の身体が動かない事に気がついた。
金縛りというやつである。
一般的な金縛りというものは横になった状態で起きるものだが、
この時の僕は上体を起こしてから金縛りになったんだ。
動けない……人間はたったそれだけの事で恐怖する。
怖い、怖い、なんで動けないの?
嫌な汗が吹き出すと、右肩辺りにファサッと髪の毛が当たる感触がする。
怖くて、気になって、そちらを見たい気持ちが強まるが、
身体が全くと言っていいほど動かない。
右肩に触れる髪の毛はゆっくり動き、
相手に顔があるなら僕の真横には来ただろうか、
恐ろしくて瞳を閉じたいけど、それは叶わない。
それでも必死に動こうと足掻いていたら……
「ダメでしょ」
野太いとても低い女性の声で耳元で囁かれた。
同時に金縛りは解け、肩に当たる髪の毛や女性の気配も消える。
僕は荒い息で汗を拭い、恐る恐る右側を見たが、
やはりそこには何もいなかった。
一人でいたくなかった僕は、
飼っていた犬を呼んで一緒に寝たんだ。
おしまい。