千切れ縄
今回、ほんの少し長め。
【千切れ縄】
紅葉も深まってきた頃……。
車の免許を取り立ての僕らはドライブをしていた。
特に目的地もなく、ただぶらぶらと車を走らせる。
この頃の僕らはよくそんな風に時間を潰していたんだ。
午前 01:30
木々は紅く染まる時期だと言うのに、
この日は妙に暑く、窓を閉めてクーラーをつけている。
心地よい風が火照った身体を冷まし、話も弾んでいた。
繁華街を抜け、隣町のゲーセンへ向かうため、
国道に入るために細道を通る。
道の左右には鬱蒼とした森が続いていて、
心なしか先程より涼しくなった気もした。
だが、涼しくなったはずなのに不快感は増すばかり……。
何とも言えない息苦しさと、
水圧で鼓膜を圧迫されるような感覚が僕を襲う。
耐えられない不快感ではないが、外の空気が吸いたくなり、
運転しているS君に窓をあけるよう言ったんだ。
「え、暑くね?」
S君はそう渋っていた。
その時、締め切っている車内でボトッと大きな物音が響く。
何か落ちたのか? と皆が足元を探すが何もなく、
音的にそれなりの重さだと思うが、そんな物は車内にはない。
親友のM君が僕の顔を見た途端に嫌な顔をし、
「はぁ」と大きなため息を皆に聴こえるようにもらした。
「こいつがこんな顔してんだから"そういうもの"なんだろ?」
M君は僕を親指で指しながら言う。
僕は黙って頷く事しか出来なかった。
運転手のS君と助手席のF君は興奮し始め、
「なになに、なにがいるの?」としつこく聞いてくる。
しかし、僕自身もよく分からないというのが本音だ。
いや、分からないのは僕だけではなかった。
運転手のS君は現在地が分からなくなり、
どこへ向かっているのかすら忘れていた。
そして、それはこの車内にいる全ての者がそうだった。
「おかしいな、どこ行くんだっけ」
「さぁ? 適当に走らせてただけじゃないの?」
「いや、ナビに……あれ?」
ナビには何も設定されていなかった……いや、
ナビの画面は"読み込み中"で止まっているというのが正しい。
この時、F君がふと呟いた一言に背筋に冷たいものを感じた。
「なぁ、この道入ってから車見たか?」
先程の事もあり、一気に不安になった僕らは、
一旦落ち着いて考えようという事になり、
停車出来そうなスペースを探していた。
道の左右は草木が生い茂っているため、
車を止めようにも少々難しいように思えた。
しばらく道なりに進んでいると、
森の一角が拓けているのが目に入る。
「お、あそこでいいんじゃね」
「だな」
速度を落とし、停車しようとした時、
木々の隙間から視界に入ったのは鳥居だった。
大きさは3メートル無いくらいだろうか、大きくも小さくもない。
所々朱色の塗装が剥げているが、それ以外に変わった所は……あった。
鳥居のサイズに合わない異様に太い注連縄が、
ちょうど真ん中で真っ二つに切られていたのだ。
切り口はまるで刀で斬ったかのようにスパッと綺麗に切れており、
直径60cmはあろうあの縄をどうやって切ったのか不思議だった。
次第に全体像が見え、そこは寂れた神社なのが分かった。
何とも言えない重い空気が辺りに満ちていて、
誰も何も言うこともなく、自然とそこを通り過ぎた。
「注連縄って切れてていいの?」
M君がそんな事を言うが、答えられる知識を持った者はいない。
それ以降の車内は沈黙に包まれていた。
20分近く車を走らせると、やっと森を抜け、
見慣れた看板の灯りが見えてくる……コンビニだ。
この時のコンビニの安堵感と言ったら言い表せないほどだった。
皆がホッと一息をつき、コンビニに車を止めて降りる。
店内に入ると「いらっしゃいませ」の挨拶もなく、
こんな寂れたところにあるコンビニじゃ仕方ないかと思って、
飲み物などの物色を始めた。
しばらくして4人が一斉にレジへと行き、
見当たらない店員を呼ぶが反応はなく、
5分以上呼んでみるが一向に出てくる気配はなかった。
気になった僕はレジ横にある事務所へのスライド式の扉を開き、
中を覗き込むが電気すらついていなく、誰もいる気配はなかった。
「いないっぽい」
「パクっちゃう?」
S君がそんなことを言うがM君が即答する。
「流石にパクるのはあれだろ、監視カメラもあるだろうし」
「F君、バックヤード見てきて」
「うぃ~」
少ししてからF君が戻り、彼は首を横に振る。
何か気持ち悪くなってきた僕らは商品を棚に戻して店を出たんだ。
そして、皆が車へと歩き始めると、
途端に暗くなり、驚いて全員が振り向いた。
そこにコンビニはあった、確かにあったし、今もそこにある。
でも、商品なんて1つも無く、灯りは落ちていて、
壁面のタイルは剥げ落ち、ガラスは一部割れていた。
誰がどう見ても廃墟である。
「嘘だろ……」
「は? はぁ??」
「……これだからこいつとドライブ嫌なんだよ」
M君が僕を見ながら愚痴を言う。
そんな事を言われても僕のせいじゃないと思うのだが……。
とりあえず車に乗り込み、ナビを起動すると、
今度はすんなり表示され、現在地が2つ隣の市だと分かり、
それからは普通に帰る事が出来たのだった。
もはや説明がつかない事だらけだが、
僕らは誰が言うわけでもなく、二度とこの話題は出さなかった。
おしまい。