ただいま
【ただいま】
これは僕が13歳の頃の話だ。
紅葉が進み、過ごしやすい気温になる秋。
夏休みという学生にとって至福の時間とも言える日々が懐かしくなる頃、
僕らは遊ぶことで学校の憂さを晴らしていたんだ。
いつも通り僕の家に4人が集まり、皆でゲームをしていた。
最初は対戦格闘ゲームだっただろうか、
その日はいつも以上に盛り上がり、カードゲームで決着をつける事にしたんだ。
友人のS君はカードゲームが下手なため不満を漏らしていたが、
渋々カードを手にして二組に分かれて対戦を始めた。
「残念、これで相殺されるからダメージ通りませ~ん」
「んだよ、ずりぃよ!」
そんな会話をしながら楽しく遊んだのを覚えている。
僕の部屋は離れにあるプレハブ小屋のため、
子供たちにとっては大人達を気にしなくていい最高の遊び場だったんだ。
育ての親である叔父さん達は早くても19時までは帰ってこない。
叔父さん達は塗装業をしていたから、
雨が降れば早く帰ってくることもあったけど、今日は雲一つない快晴だ。
という事は、夕方まではこの部屋は子供たちの理想郷だ。
叔父さん達がいたら怒られるくらいバカ騒ぎをしていると、
友人のM君とS君が「あ……」という声をもらして突然黙る。
彼等の視線の先が気になり、僕の背後……大きな窓へと顔を向けた。
下半分が曇りガラスになった身の丈近くある大きな窓には、
小柄な老婆の姿が透けて見えており、
その人影はひと目で自分のばあちゃんだと気づいた。
「ただいま」
ばあちゃんの声がガラス越しに届き、僕は「おかえり~」と返事をする。
いつもの光景と言えばいつもの光景だ。
わざわざ帰った事を言ってくることは珍しいが、
今まで無かったわけでないため、この時はあまり気にしなかった。
ばあちゃんが去り、友達が会話を再開するが、
僕は1つの事が気になっていた。
叔父さんの車の音したかな?
叔父さんは大きめのワゴン車に乗っている。
年季の入ったあの車は帰ってくれば必ず分かる程度にはうるさい。
いくらバカ騒ぎをしていたとはいえ、聞き逃すだろうか?
多分、笑ってて気づかなかっただけだろう。
この時はそう思い、あまり深く考えなかった。
それからしばらく経ち、薄暗くなる頃に友達は帰り、
僕は一人用のゲームを黙々とプレイしていたんだ。
だが、お手洗いに行きたくなり、一旦ゲームを止めて部屋を出る。
僕の部屋は離れにあるため、お手洗いに行くには2つの選択肢がある。
1つは母屋にあるお手洗いへ行くため玄関に向かう。
もう1つは、ペンキが大量に置かれた倉庫の横にある外のお手洗いだ。
ばあちゃんが帰っているならと玄関へと向かうと、
母屋の扉はしっかりと閉まっており、僕は混乱したのを覚えている。
「あれ?」
帰ってきた音は聞き逃したかもしれないが、
再びどこかへ行ったなら流石に気づくはずだ。
そして、僕は駐車場へと目を向けた。
「あれ?なんで……?」
そこに車は無く、改めて母屋を見ると電気すら付いていない。
状況がさっぱり理解出来ない僕は、とりあえず外のお手洗いへと向かった。
用を足してから再び家を見るが、やはり電気は付いていない。
おかしいなぁ……そう思いながらも部屋へと戻り、
ゲームを再開してから数分後、叔父さんの車の音が聞こえてくる。
大きな窓を開け、部屋から顔を出すと、
駐車場の隅が視界に入るため、ヘッドライトの明かりは確認出来た。
どうやらまた帰ってきたらしい。
僕は不思議に思いながらもあまり気にせず、ゲームを再開する。
その時、窓が開けっ放しだったため、叔父さん達の声が聞こえてきた。
「そっちの下ろしておいてくれ」
「おう」
叔父さんは二人いるため、叔父同士の会話が聞こえてくる。
「暗くなるの早くなったねぇ」
今度はばあちゃんの声だ。
その声を聞いてなんとなく再び部屋から顔を出す。
「おかえり」
僕がそう言うと、ばあちゃんは笑顔で「ただいま」と言った。
やはりあの時の声はばあちゃんだ、間違うはずがない。
ばあちゃんが重そうな荷物を持っていたので、
ゲームを止めて運ぶのを手伝い、母屋へと入る。
そこで僕はばあちゃんに聞いてみたんだ。
「ねぇ、1時間くらい前に帰ってきたよね?」
「ぅん? 今帰ったとこだよ?」
「そうなの?」
「んだ」
ばあちゃんは僕の言葉など気にもせず、さっさと部屋へと行ってしまう。
残された僕は、訳が分からなくなり、何とも言えない不気味さを感じていた。
なんとなく部屋へ戻る気がせず、居間でテレビを見ていると、
仕事の片付けを終えた叔父たちも居間でくつろぎ始め、
着替えたばあちゃんも座って大きなため息をした。
「おつかれさま」
僕はこの家にお世話になっている、感謝は忘れてはいけないのだ。
だが、この日のばあちゃんはいつも以上に疲れているようだった。
「母ちゃん、大丈夫か」
叔父さん達も心配なようで声をかけている。
だが、僕の目線だけは玄関へと向いていた……。
そこに、ばあちゃんの姿があったからだ。
玄関のガラスの向こう側、ばあちゃんが立っていた。
そして、真横にも疲労困憊のばあちゃんがいる。
僕の手足からドッと汗が吹き出し、この状況はヤバいと本能的に察知する。
「ねぇ、ばあちゃん」
「ぅん?」
「今、どこにいる?」
僕の意味不明な問いに叔父さん達が気づく。
ばあちゃんも気づいたようで、じっくり考えているようだった。
すると、玄関にいたばあちゃんはスッと消え、ばあちゃんはこう言った。
「ここだよ、ありがとね、○○ちゃん」
そう言ったばあちゃんの顔には生気が戻っていたように見えた。
おしまい。
久々の更新です。
夏の間にまだ更新する予定なのでお楽しみにー?