こんばんは
【こんばんは】
これは僕が中学に入った頃の話だ。
この頃の僕は自室でゲームばかりしていて、
育ての親である叔父さんによく怒られていた。
そのため、ゲーム機は居間に移され、
やりたければそこでやれ、というルールを強いられた。
多少不満もあったが、一応ゲームは出来る訳だし、
居間でピコピコとゲームをしていた。
そんなある日の事である。
晩飯を終え、片付けが済んだ僕はゲームを始める。
隣でばあちゃんが見ているのがいつもの光景になりつつあった。
ばあちゃんにゲームを教えながら遊んいると、
時間はあっという間に過ぎ、21時になろうとしていた。
その時、玄関から声が聴こえてくる。
我が家にはインターホンは無く、
玄関は曇りガラスの引き戸で、
鍵も内側からしか掛けられない古い家だった。
「こんばんは」
僕にはそう聞こえたため、振り向いて玄関を見る。
すると、長身の男性がガラス越しに見える。
男性はかぶっていた帽子を取り、会釈をしていた。
「ばあちゃん、誰か来たみたいだよ」
「ん? そうかい、耳が遠くなってねぇ」
と、ばあちゃんは自分は聞こえなかった事を言いながら席を立つ。
僕は背後の音を聞きながらゲームを再開すると、
ばあちゃんがすぐに戻ってきた。
「○○ちゃん、本当に誰か来てたのかい?」
ばあちゃんがそんな事を言うので僕は驚いた。
「え? さっき帽子かぶった男の人いたよ」
僕はゲームを止め、確認のため玄関へと向かう。
うちの玄関は入ってすぐに台所があり、
そこの窓から外が見渡す事が出来る。
ちょっと暗いが、確かに見渡す限り人の姿は無かった。
おかしいな~と思いながらも、
玄関の引き戸を開き、顔を出して辺りを見渡した。
やはり誰もいない。
「帰ったのかな? せっかちな人だなぁ」
そんな独り言を呟きながら居間へ戻り、
ばあちゃんにそれを伝えてゲームを再開する。
それから5分後……。
「こんばんは」
今度は玄関を2回ノックする音も聞こえてくる。
振り向くと先程の男性が立っていた。
「ばあちゃん、また来たよ、さっきの人」
「○○ちゃん、ここにいなさい」
ばあちゃんの様子が明らかに変わっていた。
その表情は険しく、まるで怒っているかのようだった。
立ち上がったばあちゃんは怒鳴り声で叔父さんを呼び、
数珠持ってきな!とすごい剣幕で言っていた。
僕はそれが怖くて、ゲームをやる事を忘れ、
ばあちゃんの背中を見ながら震えていた。
「あんたを招いた覚えはないよ、帰んな!」
ばあちゃんは玄関から視線を動かす事なく怒鳴り、
叔父さんから受け取った数珠をジャラジャラと擦り合わせる。
すると、玄関のガラス越しに見えていた男性はスッと消え、
辺りは静寂に包まれた。
「な、なんだったの?」
僕が恐る恐る聞くと、
ばあちゃんと叔父さんはため息混じりに言う。
「○○ちゃん、あれはもう死んでる人だから」
「そうだぞ、反応しちゃダメだ、分かったな?」
「は、はい」
それから数日が経ち、再びあの男性が訪れる。
だが、僕は無視をし続けた。
数日置きに現れるのが1ヶ月近く続き、
流石に我慢も限界になってきた頃、
僕はある事に気がついてしまった。
あの男性が初めて現れたのは、
兄が中古の外車を買った次の日だったのだ。
60年代の古い外車だが、
古さを感じないくらい綺麗に手入れされており、
兄は大層気に入っていた。
昼過ぎに学校から帰宅した僕は、
駐車場に停めてあるその外車を眺めながら家へと向かっていた。
ここまでは何時も通りだった。
しかし、その日は違っていた……その外車の運転席に誰か座っている。
それはあの男性だった。
歳は60代だろうか、
綺麗な背広を着た紳士といった印象だ。
男性はハンドルには手をかけず、ただじっと座っていた。
その表情は満足そうで、ちょっと幸せそうにも見えた。
夜にその話を兄にすると、兄は拳を震わせながら言う。
「お前、本気で言ってんの?
あれ買ったばかりだぞ? マジなのか?」
「うん」
「マジ……かよぉ」
兄は膝をつき、ガックリと肩を落とす。
兄は知っているのだ、僕が"そういうの"をよく見てしまう事を。
おばけの類が大嫌いな兄は、翌日には外車を売り払い、
その後は何も起きることはなかった。
おしまい。