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望まないのは互いに同じだった。

やっぱりこの二人を幸せにしたいので、大幅書き直しを始めました!

混乱させそうで申し訳ありません!

その言葉とともに刃物を、握り締めたそれをつきだそうとしたその時、だったのだ。

不意に何かが揺らいだ、と思えば。

じゅうう、と音を立てて、持っていた刃物の金属部分が溶けだしたのは。

そしてそれをなしたのは、一匹の赤色の蝶。

それが誰が呼んだものなのかなんて、明白すぎた。

言葉もなくそれを見ていたジェムを見て、男性たちが我に返る。

そして彼女が自分たちを害そうとしたという事のみ、頭で理解できたのだろう。

「この女っ!」

一人が殴りかかろうとしてきたのだ。

殴られる、避けようもない。

そのまま相手の、体格から考えて相当に痛い拳を受け止めざるを得ない、と知ったのだが。

「おいおい、あんたらの相手はおれなんだぜ、何よそ見してんだよ?」

酷くからかうような声が男たちの後ろからかけられ、瞬間で彼女と男たちの間に炎の薄い壁が出来上がった。

髪がわずかばかり焦げて、あまりよくないにおいが漂う。

男たちはその炎にもひるんだのだ。

当たり前かもしれない。人間、炎にはひるむのだ。

「おれの相手をしながら他人の相手もできるほど、あんたら出来がいいわけじゃねえだろ、今までの奴から見てて思うんだけどよ」

向こう側の銀色が、そう言って笑う。けらけらけら、と楽しそうに笑うのだ。

しかし残酷さは感じられず、その無邪気さだけが印象に残った。

「それにさあ。よそ様にそういう事される理由ってやつ? 思い至らないのかよ、あんたら。おれの前にも何人も、痛めつけて軍隊に行かせてるんだからその、関係者があんたらを恨むって事も十分あり得そうなんだけどな」

傾けた首の角度すら目に焼き付く。

そんな事をを思うなんて、とジェムは立ち尽くしていた。

焔の壁の向こう側、そこで大事なレパードを痛めつけていた生徒たちがもはや、逃げ場もなくわめいている。

そのわめきかたは、ちょっと聞きたくない言葉が満載だ。

しかしその中でも、ジェムの印象に強く残った言葉があった。

「この、化け物!」

「怪物!」

喚く中で所々で繰り返されたそれに、気分が悪くなる。

一瞬頭の中が沸騰しそうになる物の、炎の壁が邪魔をするなと言わんばかりに、ジェムと生徒たちを隔てていた。

レパードさんは自分だけで、決着をつけようと思っているのだ。

そんな事は見なくてもわかるほど、この温度から明白だった。

見届けるには十分耐えきれる温度でありながら、それを突っ切る事はためらわれる熱さ。

焔の温度さえ自在に操っているに違いない。

それがどれだけ高等な技術なのか、あいにくジェムにはあまりわからなかったが。

「おれ別に、怪物だろうが化け物だろうが、自分が何なのかなんて心底、どうでもいいんだけどよ」

レパードの声は何も変わらないまま、言い放たれた。

「大事な奴を泣かせる理由になるんだったら、おれの矜持なんてどぶに捨てて振り返らなくったっていいんだぜ」

壁の向こう、生徒たちが命が無くなると本気で泣きわめていて、騎士たちもどうやって手出しをするのか考えあぐねている。

生徒たちは間違いなく、レパードの行動を邪魔しなければならない人間にとっての、人質だった。

彼の邪魔をすれば、炎の壁の中にとらわれた生徒たちがどうなるのか、全く分からないのだから。

焔の壁が制御されているがゆえに、焼き殺されていない彼等だ。

制御しているレパードに危害を加えれば、間違いなく何かは起きる。

意識を失わせれば、炎の壁が消えるなんて簡単な話ではすみそうにないのだ。

「どうすれば」

騎士たちがざわめく。

「矢で」

「ばか、それで生徒たちに何かあったら親である貴族たちになんて言うんだ!」

「だがそれ以外にどうするんだ!」

「止めなければ、あの壁の中の生徒たちは皆、尊い身分の方々の子供なんだぞ!」

「あの見習い門士もなんて命知らずなんだ、まさかやり返す相手の事を何も知らないのか?」

ふっと。

とても唐突に、ジェムは悟ったのだ、ここで。

このまま行くと、レパードさんは人殺しになってしまうのだと。

それも焼き殺すという手段を用いる人間として。

「……だめだ」

ジェムは小さく声に出していた。

だめだ、そんなの、認めたくない。

だってそこに、その行動の根本に自分の何かが存在してしまっているらしいのだから。

レパードだけなら我慢してしまう事も、彼女がかかわると変わってしまうらしいのだ。

レパードは言った、大事な奴が泣くから矜持を捨てるのだと。

彼女は彼の矜持が何なのか知らなかったが……やり返す理由の一部に自分がいるのだ。

自分を理由に、彼に人殺しをしてほしくなかった。

だから。

彼女はそろそろと、動き始めた。

最初は慎重に動いていたのだが、レパードが炎の中の生徒たちをじっと見ているため、大きく動いても大丈夫だと思ったのだ。

走り出す。必死に。

「んじゃあ、お前ら、今までやった物をやり返されて、自分のやった事どんだけ痛いか確認しろよ」

レパードの爪が淡く輝き、瞳の中で炎が動く。熱気でその銀の髪が閃き、手が一閃されるその瞬間。

「もう、いいですよ」

ジェムは彼の背後に回り、爪先立って彼の眼を覆った。

「……甘い肌の匂いがする、ジェム?」

本当に彼は、そこにしか目を向けてなかったらしい。

不思議そうな声で名前を呼ばれ、彼女はその耳元に届くようにがんばりながら、言う。

「もしもわたしが泣くのが理由なら、もう、やらないでいいですよ」

「お前を泣かせた、おれのお前を」

「ええそうですね。でもあなたがあなたの望まない人殺しを、わたしのためにするつもりならば。わたしは、そればかりは望みませんよ」

そして問いかけてみた。

「レパードさん、もしもこれが、あなたにとって無意味な事であり、望みではないのならば、あなたの望みをわたしに伝えてください」

「……おれの?」

「はい。わたしにしか叶えられないものがあるのならば」

「……」

ふっと、世界が緩むのが分かった。世界が緩み、炎が消え去る。

はばたく蝶々たちが、どこかに還っていくのもわかった。

「おれはどこまでも、いつまでも、お前と二人で幸せだといいあえればいいんだ」

目を覆われた男の言葉は、柔らかいものだった。

「それが、願いなら」

ジェムは言う。

「叶えられますよ。絶対に、叶えます」

何故ならば。

……彼女もそれを当たり前に望むのだから。


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