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22.理由にならない事を、簡単に

いらないとごねる男を、半ば泣き落すようにして、包帯を巻きつけた。

そしてそうすると、男の上半身は包帯で覆いつくされるような姿に、なった。

それ位男の肌のいたるところに、火傷があったのだ。

大きなものは本当に大きくて、小さい物でも比較して小さいだけなのだ。

最後に服を手に取り、ほこりを払ってから針と糸を取り出し、彼女は相手が膝を抱えて座る椅子を見る。

「話してください、どうしてあなたはこんな火傷を?」

「これが、世の中を渡っていく手段らしいから?」

男の言葉の意味が分からないなんて、ずいぶん久しぶりだった。

「どういう事ですか」

「学校でよ、言われたわけだ。どうもおれみたいなやつは、いるだけで腹が立って忌々しくて、武器を持ち出したくなるらしいな」

「話が見えません」

事実見えなかった。

それと火傷がどうつながるのか。

「んー?」

レパードが首を傾けて、言う。人を遠ざける顔とは別の、彼のもともとの気質を現すような顔を。

「そいつらがいうわけだ。おれみたいなのは、戦争で殺し合いにぶち込まれる。その時に、痛みに耐性が付いていなくて、炎を暴走させたらいけない。”そう言った痛み”に慣れていなけりゃいけねえと」

背筋が寒くなった。この人は何を言われて信じているのだろうか。

「いるだけで殺したくなる相手だし、”殺されかける痛み”に慣れてなきゃいけないやつだから、ちょうどいい、自分たちの練習につき合わせよう。”練習試合”に、入学試験を無視して入ってきた天才を参加させようってな」

天才じゃねえし、変な事言う奴らだよな、とレパードは続ける。

「もともと悪意とかゆーの? そう言うの向けられるのは慣れっこだしな、街でもすぐそういう目は向けられたし、分かるんだけどよ。入学試験とか知らねえっての。初めて聞いたっての。たぶんそれやったらおれは学校は入れなかったぜ」

けらけらと笑うレパードがまた言葉を続けていく、おそらくジェムが止めるまで語る気なのだ。

「練習試合に使うのは門士の力で、これが色々あるわけだ。武器にくっつけるのから単体でかますのから、色々。んで戦場を想定して二人がかりとか三人がかりとか、大人数で一気にくるわけだ」

「……あなたのそれは」

集団暴行で、受けたものなのですか。

「いや、そうじゃねえよ。確かに初めはそうだけど」

これ以上聞くのは恐ろしい気がしたのに、ジェムは言葉の続きを聞いた。

「血が出て出血多量で死ぬから、傷、ぜんぶ焼いたんだよ」

火を操るのができてよかったぜ、と。

心底そう思っている声で言ったレパードに、ジェムは。

「反撃、しなかったんですか」

かろうじて問いかけた。彼らしくない。反撃しないなんて彼らしくない、どうして反撃しなかったのか。

きっと許されたはずだ、権利があったはずだ。

それをどうして、使わなかった。

「おまえなあ、ジェム。それが陛下に力を貸すって事だろ?」

心底……心の底から、レパードの思考回路を疑いたくなった瞬間だった。

どうして、陛下に力を貸す事と、集団暴行を受ける事がつながるのだ。

「ジェムは知らないかもしれないけどな、戦争なんて数の世界なんだ。数が多けりゃそれだけで押しつぶせるものも多い。門士だってそうらしいからな。考えなくてもわかるだろ、一人天才がいるのと、百人の秀才がいるのと、どっちが都合がいいか。天才が一人っきりと、秀才一人が倒れてもそれを補佐できるほかの秀才がたくさんいるのと、どっちが勝つかってそりゃ秀才が多い方だ」

そんな事を言ってほしくなかった。

ジェムのたった一人は、理由のない悪意や害意を甘んじて受ける事が当たり前だと、言うのだ。

「それに、”死にかける事に慣れた天才”がいれば最強だろ? 慣れてりゃそう簡単に死がどれくらいまでなら線を超えないか、わかっちまうんだから」

おれは天才じゃねえけど、みんなそう思い込んでるからな、と言い切る男。

「おれの力は、おれの命だ。それを貸せってことは、それを都合よく利用させてもらうって事じゃねえの?」

つまり、彼は。

力を貸す事を、命を貸す事を受け入れて、陛下の都合のいい力になる、と言ったのだ。

そのために、悪意を受ける。敵意も害意も、殺意も、暴力も。

「……どうしてそこまで?」

する意味がある。命を懸ける理由なんて何一つ、ない気がしたのに。

「お前と一緒にいられるから。それを誰にも邪魔されないで、いられるからよ」

彼の言葉がこんなに残酷だと、思った事は一度もなかった。

今その残酷さを思い知らされて、息が止まりそうになる。

全てが彼女を中心に回っている男は、彼女と一緒にいる事のために、本当に、何でもするのだ。

ひどい、ひどい、何がひどいってそれは自分が一番非道だ、悪党だ。

ジェムは唇をかみしめた。

このままでは、彼は本当に死んでしまう。

それも、由縁のない事を受けて、死んでしまう。彼女がどうしようもない、所へ行ってしまう。

それが対価だと、明らかに多すぎる物を全部受け止めて。

噛みしめてかみしめて、血が滲みそうなほど噛みしめて、決めた。

自分の行うべきことを、決めたのだ。

「レパードさん」

「なんだよ、ジェム」

「逃げてください」

「おう……って、へ?」

「この国から逃げて、どこか遠くへ、遠くへ、あなたが死なない場所に、逃げてください」

ジェムは針と糸を投げ出し、衣類を床へ落として、レパードの座る椅子の前に跪き、言う。

彼を見上げて、言うのだ。

「逃げてください、逃げて、逃げて!」

「なんでだよ」

「あなたはこのまま殺されてしまう!」

「まだ殺されてないだろ。ちゃんと傷だって毎回ふさいでんだから」

「本当にあなたは、殺される、あなたが受けるべきではない物を受けて」

笑いごと? ならばこれだけの殺意に満ちた傷を受け続けた体を、見てからいえ。

心臓の場所に、ひときわ大きな切り傷があっただろう火傷の形を見てから、言え。

内臓をえぐりだそうとしたのだろう、腹の傷があっただろう火傷の痕を、見てから。

「私は本当の事しか言いません」

「お、おう」

ジェムの剣幕は普段と全く違い、レパードも気おされる。

「その、同じ組の人々の言う事は大きな間違いです。やっている事も、間違いです」

「かもな」

「どんな理由と言いがかりと言い訳か知りませんが、わたしのあなたをこんな目に合わせる事は、間違いです。練習試合? 同じだけの力や理解を持った相手ならば通じますが、何も知らない相手にそんな言い訳をしたって暴力は暴力だ」

「おいおい。おれが弱いって?」

「黙ってください。あなたが悪意と害意に慣れているのならば、あなたは本当はそれの跳ねのけ方だって知っていますよね」

「そりゃあ知ってるぜ」

言い切った、それならば。

ジェムは彼の眼をまっすぐに見つめ、言った。

「その時と今と、何が違うんですか。どちらも、レパードさんを害する事に何も違いはありません」

一呼吸おいて、ジェムはもう一度言った。

「ただひとりの、あなたが殺されるというならば、陛下に力を貸すなどという事、ドブネズミに食べさせてもなんら問題のない事でしかない」

そして。

「ごめんなさい」

「は?」

「もっと早く気付けばよかった」

色々な事に、色々な物に。

たくさんの物に守られているのだと、安心しきっていた愚かな自分を心底、憎みながらジェムは言う。

「約束したいんです」

「何をだよ、いまさら」

「あなたがそばにいなくても、あなたの手の届かない場所にいても、わたしはあなたただ一人のもの。あなたは生きている限り、あなたはわたしだけのもの、と」

気付いてほしい、とジェムは切望した。言葉の意味、裏側に。

しかし、レパードはとてもうれしそうな顔になって椅子から下りて、少女に視線を合わせて言うのだ。

「ジェムからそう言ってくれるなんてな、結構うれしいぜ」

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