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19.二手に分かれて時は進む

その声を聞く度に、彼女の心の中には何とも言い難い、そんな思いが渡来する。

彼は自分から、縛られているのだ。

彼女の事を人質に取られたように、本当はそんなものない方が、ずっと自由なんだと知りながら。

ジェムは何も言わないで、彼のとなりを歩く。

彼はそんな彼女の心の内など、気にしていないのか、気づいていないのか。

話しかけてくる。

「すごいな、この同じ花ばっかり道に植えて。これじゃあ毛虫がすごそうだぜ」

「毛虫の話題ですか、まだ毛虫には早いですよ」

「でも普通考えるだろ、毛虫の毛はよく飛ぶんだぞ、飛んできた毛で赤くかぶれた奴いただろ、孤児院で、今はもう引き取られてどうなったか知らないけど」

「あなたが知らないだけですよ、あの子からはよく手紙が届きました」

「そうなのか?」

驚いたような顔をして、彼が彼女の顔を見る。

それから笑った。

「手紙が来てたのか、あいつ、生きてんだな、よかった。いろいろ巻き込まれやすい奴だったから、結構生き延びていられるのか、気にしてたんだぜ」

「だからあなた、その時期になるとちょっと落ち着かなかったんですね」

薄く色づいた花びらが散る道を、そんな会話で歩いていく二人。

二人に視線はよく集まる。

其れは道理、彼らはとてもよく目立つ。

信じられないほどの整い方をした青年に、貴族の中でも相当に上位の貴族でなければ宿さない、心底青い瞳の少女。

二人の素性は、城のあたりではよく知られている。

国王がじきじきに、保護した二人と言う事で知られていた。

理由は和からないながらも、国王が保護したと言う事で彼女たちの身元はある意味保証されていた。

少なくとも、どこから来たのか、くらいは。

そして学園に入ることなどから、彼等がその資格を持っていることも。

「でもなあ、おれは納得がいかねえところがある」

「いったいどこにです」

「おれみたいな、文字を読むので精一杯のやつが、もっと上のものを押しつけられなきゃならない場所に行かされることが」

「陛下が、知っておいた方が安全だと判断、したのですよ。大体あなたが絶望的に何も知らない、と陛下に言われてしまったのが事の発端でしょう」

「普通のやつが貴族の位の順番なんて覚えてるわけないだろ、お貴族様で全部まとめて同じだろうが」

「それを陛下が危ないと思ったのでしょうね」

危ないかどうか位は、自分でわかる、と言いたげな男にジェムは言う。

「何も知らないことは身を守るものにもなりますが、何も知らないことのせいで問題を起こす方が、身元を引き受けた陛下にとって問題、なのでしょうね」

「だったら引き取らなきゃいいだろ」

「其れが出来るような、人畜無害な生き物だったら、わたしもあなたも狙われませんよ」

「門とか、まだわけわかんねえけどな。だってやろうと思ったら出来るだけなんだから」

レパードがいいつつ、指先を虚空へ向ける。

そこでひらりと赤色が舞い散り、一匹の赤い蝶が指先に止まる。

「おれができるのは其れくらいだってのに、陛下も何が怖いのやら」

「其れが出来てしまうって事だと思いますよ」

「よくわかんねえな」

「だからそれを、これから教わるんでしょうね、きっと」

いいながら二人は、門の前に到着した。

そこは新しく入学する人間がひしめき合っている。

これはどういう見方をするのか、と思えば、何か大きな紙が張り出されていた。

「あれは教室分けの紙ですね」

「もっと詳しく」

「同じ組に名前がある人たちが、一年間同じ組で授業を受けるんですよ。それに男女で組が違いますよね、ここも男女別なんですね」

「同じ組だったら、いろいろいかがわしくないか」

レパードの身も蓋もない言い方だ。

「あなたから、いかがわしいなんていう言葉が出てきたあたりに、あなたの成長を感じますね」

「陛下からいろんなやつらが送られてきて、毎度泣きながら帰ってったからなあ」

「それはあなたが振り回しすぎたんですよ、何度止めに入ろうかと」

ジェムはため息混じりに言う。彼女からすれば、当たり前に止めたかったことである。レパードの常識の外側の発言で、教えにきた人々はいろいろなものを粉砕されて、衝撃で泣いて帰ったのだ。

普通はそうならないのだが、レパードがそれだけ異質と言う事なのだろう。

「だいたいですね、町の方が村よりも豊かだから、衣類がもったいないと言う理由で全裸で眠らないんですよ。寝台が一つしか作れないからって言って、大きな寝台で全員で雑魚寝は、孤児院にありがちな設備の不足なんですからね」

問題ないからいいじゃないか、と言いたそうなレパードに、ジェムは言った。

「年頃の男女が裸で同衾してたら、いろいろつっこまれるのが町なんですよ・・・・・・その説明ができなかったあの人も、いろいろ世間知らずでしたけれど」

「おれらやってんじゃん」

「間違いが起きませんからね」

「そもそもおれ、間違いの中身しらねえんだけど」

レパードののんきな声に、ジェムはずっこけそうになった。そこからか、そこからなのか、この兄貴分は!?

よくこれで、悪い女に引っかかったことがないものだ。

其れを回避する、野生の勘に感心しそうになりながら、ジェムは話題を変えるべくつま先だった。

「わたしは女子側の一組、レパードさんは門士の三組ですね」

「男女で同じじゃないのはわかったけど、そんな遠いのか」

うげ、と言いたげなレパードが少し顔を膨らませた。

不満があるらしい。まあ彼と同じ立場なら、ジェムも思うかもしれないので、彼女も泣にも言わなかった。

「とにかく、大きな喧嘩が起きないように、気をつけてくださいね」

「相手がふっかけてきたら」

「限度は素手までです」

「おー」

わかっているのかわかっていないのか、レパードは簡単に請け負っていた。




ジェムが教室に入れば、誰もが一度はそちらを見る。

まあ新しい場所に、誰かが入ってくれば皆一度は見る物だ。

だが。

ジェムの瞳を確認したとたんに、組の誰もが目を見開くのはどうしてか。

彼女はこれも周りに聞いておかなければ、いらない面倒事を招くな、とすぐに分かった。

早く交流をしなければ。

そんな事を思ってから、彼女はあまり目立たない席に座る。ここまで送ってきたレパードが、場所は覚えた、とぼそりといったのも気になるが、彼とて目立ちすぎる事はしないはずだ。

などと思いながら、授業の内容を確認できる物に目を通していると、彼女の後からも何人もの少女が入ってくる。

そして生徒がそろったあたりで、教師が現れて授業の説明を始めた。

大体は女学校と変わらないので、ジェムからすればどうして自分が、一度卒業単位まで取ったものを学び直さなければならないのか、と結構真剣に考えた。

だがここは、彼女の知っている学校とは違って貴族や上級身分の女性が学ぶ場所、学ぶものも少しは違うのだろう。

裁縫とかこちらは、実地で衣装までできる、さらに言えばお針子としての就職も目前だったのだと思えば、楽な物が一つはあって助かったというべきだろうか。

彼女は授業の中にある、貴族のたしなみという物に疑問を感じつつ、一日目が過ぎて行った。

そしてあちこちの領地からやってきた少女たちは、自己紹介をして行く。

大体の少女は、家柄を名乗るわけだがジェムに、名乗る家柄はない。

公爵家の娘という肩書はあったかもしれないが、それらを捨てて陛下の保護下に入った彼女は、名乗る家柄のない状態のはずなのだ。

一つ前の少女の、辺境伯という身分の後に喋るのは気が引けたが、彼女は立ち上がり一礼した。

それは孤児院で教えられた、修道女の一礼だ。

修道院での花嫁修業は、花嫁修業の中でもとりわけ厳しいと言われているので、そこで学んだ一礼は水際立っている。

しかしそんな物に気付かないまま、ジェムは周囲の視線を集めて、息をのむ。

緊張で手が震える物の、レパードの通訳の方がもっと面倒くさかったと思うと、その震えも消えた。

「ジェムと申します。皆さまのご迷惑にならないように、精一杯付いて行きたいと思います」

言葉としては及第点、貴族たちの優越感を嫌な意味で刺激しない言葉になった。

貴族令嬢たちは、平民がでしゃばるのがお嫌いなのだから。

そして、迷惑にならないように、付いて行きたいという言葉をそのままとらえれば、彼女が自分を劣った物と認識していると思われる。

彼女の紹介は間違いなく、ジェムは歯牙にもかけなくていいとるに足らない存在と認識されるに都合がよかった。




「レパード、ほかに何か言う事あるのか?」

ぐるりと周囲を見回して、その、紅蓮の瞳を瞬かせて青年が、余裕を感じさせる声で問いかける。

その言葉と瞳の色と、彼の敗北感すらなくなってしまう整った容貌に、生徒たちは言葉が出なかった。

赤い瞳は珍しい、それこそ大陸を探してもその色の眼は早々いない。

だがそれ以上に。

門士として、己が助力をこう力の色を宿す門士の力は、人並み外れていることが多い。

水の門士は青

風の門士は白や銀

土の門士は茶色や金

それらを染めたわけでもなく、己の中に宿す門士は指折りと称される。

何故ならば、それだけ向こう側の存在とつながっている証明であり、向こう側の力に侵食されている証明なのだから。

侵食されればされるほど、門士は強い力を宿すのだ。

最初は瞳、次は髪

最後は侵されないはずの爪まで染まると、門士として超絶技巧をこなせると言われている。

だがそれには、高価な薬や儀式、神官たちの祈りが必要なのだ。

だが。

目の前の男は、瞳は紅蓮、頭髪は銀、むき出しの手の爪も炎が燃え上がる色なのだから、生徒たちの予備知識や事前知識を壊していた。

何故この男の髪は赤くないのだ、と誰もが思うなか。

一人最後の自己紹介を終わらせた青年は、何も言わない周囲を見回してから、席に座った。

座り方が、普通に椅子に座るわけでなく、足を抱えるような物だというあたりで、その青年の素性が知れるのだが。


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