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18/26

18.ひとつ季節が終わった後は

彼女は胸を躍らせていた。

というのも、ようやくこの舞台に上がる事が出来たからだ。

死に物狂いで勉強した努力がここで実った、と思う。

そして、彼女に勉強なんてと眉をひそめながら、合格したとたんに未来は安全と言わんばかりに喜んだ親たちの、身勝手さも思い出す。


「ここで私の、素敵な新しい生活が始まるのよ!」


彼女はぐっと手を握り締めて、頭の中で行動を確認する。


「まずは入学早々に迷子にならなかったら行けないのよね」


彼女は何度も反復し、繰り返し記憶に焼き付けてきた事を再確認する。


「もうすぐ会えるのよ、私の“王子様”に……」


期待に胸を躍らせている彼女は、それから確認する。


「悪役令嬢は簡単よ、あの女なんだから」


そう呟いた彼女の脳裏によぎるのは、美しい黒髪に、特権階級の人間が持つ青い瞳の美少女だった。


「あの女は婚約者をとられれば、居ても立っても居られない。私は何度もやってきた、思い出せるくらいに」


そう言った彼女はもう一度、小さく言う。


「もう、お腹が空いて食べる物もなくて、殺されかけるなんてまっぴらごめんだわ」


そして決然と、決意に満ちた表情をして歩いていく。

ひらり、赤い蝶々が飛んでいった。




青年が瞳を開く。欠伸を手で隠すように動き、そうすると緋色の爪が鮮やかに燃えるように揺らめいた。

そこは青年の場所だ。青年の大事な物しかない場所。


「変なのがいるみたいだな、ほうっておくか」


ひらひらと指に留まった蝶々の、燃える羽の色から何かを感じ取りながらも、青年は積極的に動かない。


「おれらに害がなければ、放っておいても自滅する」


ばかだよなあ、と言った男はそこで起き上がり、半裸に手甲をして行く。燃え上がる緋の爪が隠され、彼の異質な部分は覆い隠された。

それから上着を着た青年は、うへえと顔をしかめた。


「朝飯もう済まされちまったかな、ああ、あいつに一人のご飯喰わせるとかないわ」


そう言いつつばさり、と一枚の布を被った彼は具合を確かめて頷く。

納得したようだった。


「さあて」


彼は呼ぶ、大事な少女の名前を。そうすれば、背中を向けている彼女が振り返るのが分かっていた。


「もう、遅すぎますよ、今日は入学式とやらなんですから、ご飯食べるの間に合いませんよ」


「それって参加して意味があるのか」


「けじめみたいなものですよね」


「出ても出なくても大した事ないだろ」


「教室わりとかがありますよ」


「お前と一緒じゃない事あるのか」


「専門が違いますからね、少しは違うかもしれません」


「……」


彼女の言葉に青年がすねた顔をする。不平不満がある顔だ。

それでも彼女は笑ってしまう。こんな顔本当になれっこなのだ。


「大丈夫ですってば。だって同じ家に帰ってくるんですよ、必ず毎日」


それに、と続ける。


「二人が違う目で違う物を見て、同じ場所に帰ってきて見たものを話したら、楽しくありませんか」


彼の眼が瞬く、紅蓮の緋色の瞬きの、それはそれは鮮やかな色。


「同じ景色と違う景色を、二人で一緒に見ましょうよ」


きっとその方が、何百倍も楽しい。

提案する彼女に、彼は腕を伸ばして閉じ込める。

柔らかな匂いと体温と、それから彼女の真新しい衣類の匂い。

彼の無二のすべてがそこにあるのだった。


「俺たちの目玉は、四つ、全部二人のものってか」


「あなたのたとえ表現は、なんだかいつも不思議ですね……人に言ったらだめですよ、この前陛下の腹筋が崩壊しました」


「あれは陛下の腹筋が柔いのがいけない」


言い合って顔を見合わせ、二人して笑った。



王宮内の、一番さびれている宮、十二宮の一つ、鬼門の方角の雄牛宮。

そこで二人は、おそらく王宮に暮らす誰よりも質素……殺風景な宮で、笑いあっていた。



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