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五話

 ……霊能者__?


「簡単に説明すると、霊を見たり祓ったりすることの出来る能力を持つ人間__“超能力者”だ」


 俺が言葉を発するよりも先に天崎は口を開き淡々と説明した。

 軽く眩暈がし、指で目頭を押さえぎゅっと目を瞑った。一体彼は何を言っているんだ。もう、パニックになりそうだった。


「とりあえず座れ」


 手を引かれ、再びソファーに座らされる。天崎は俺の正面に腰を掛け、自然と向き合う形になった。


「……。幽霊は、存在していて……あの化け物は、幽霊で……君は……霊能者……?」

「ああ、そうだ」

「…………」


 あり得ない。あまりにも非現実的な話で、頭が受け入れようとしない。理解することを拒んでいた。やはり彼は頭がどうかしてるんじゃないのか?

 そんな俺を冷めた目で見つつ、天崎は再び口を開いた。


「まあいい。とりあえず話を進める。お前は霊を、どういう風に解釈している?」

「……解釈と言われても……」


 今まで、そんな事を意識して考えたことなど一度も無い。そんなものは存在しないのだから。

 困り果て、俺は俯いた。


「……ま、その反応が当然だな。一般人がそんな事を聞かれてすぐ答えられる訳がない。説明してやる。霊ってのは、分かりやすく言えば“魂”だ。魂は肉体とは別に存在していて、肉体を司るもの。寿命がある肉体とは違って、魂は不滅だ」

「不滅……」

「だが、魂は非物質的存在で実体化することが出来ない。自分の肉体を失えば、生命としては本来終わりだ。肉体を失った魂は成仏し、また新たな肉体へと転生する。その繰り返しで、生命は成り立っていると言われている。だが、中には何らかの理由で成仏出来ずに現世に留まり続ける輩がいる」

「…………」

「今日お前を襲った奴もそうだ。そういう輩の大半は、この世に何らかの未練や恨みがあり彷徨い続けている。肉体が無ければそれらを晴らすことが出来ない。そのまま長く現世に留まり続けると、やがて悪霊と化し、生きている人間の肉体を手に入れようとしたり、時には呪い殺すこともある」


 先程の出来事を思い出し、背筋がヒヤリとした。記憶を無理矢理頭の隅に追いやる。


「でも、もしそうだとして、どうして俺だったんだ……? 他にもたくさん生徒はいるのに。それに、どうしていきなり……」

「……。次に、俺たち霊能者について話をする」


 俺が投げかけた疑問には答えず、天崎は話を進めた。


「俺たち霊能者は、そういった悪霊たちを成仏させる為の力を持って生まれた、いわば“使徒”だ。個人差はあるが、霊能者全員にある程度霊力がある。霊力というのは魂に干渉する力だ。それによって霊能力を駆使することが出来る。俺たちは霊たちの敵だ。そして、俺たちが霊力を持つことが奴らには分かる。だから俺たちは、普段はこれを身に着けて生活している。生身のままだと狙われるからな」


 天崎は、制服の内ポケットから何やら四角い白い布のようなものを取り出し、目の前に掲げた。綺麗な花柄の刺繍が施されている。お守りのようだった。


「これには、持ち主の霊力を吸い取り隠す力がある」

「そう、なのか……」


 頭の中がパンクしそうだ、と思った。


「今日俺がお前に言ったことは全て、一般人には絶対に知られてはいけない事柄だ」

「……どういうことだ? ならどうして俺に……」

「この事は、お前にも関係があるからだ」

「俺、にも?」

「霊能者には、二種類いる。先天的に霊力を持つ者。後天的に霊力を持つようになる者。先達に発見された奴らは、彼らに指導され霊能者になる。俺が言いたい事は分かったか?」

「……!」

「如月悠。お前には、霊能者になる素質がある」

「……っ……俺が……!?」

「俺が最初にお前を見た時、お前が霊力を持っていることは一目で分かった。お前は霊力を垂れ流し、複数の霊に付きまとわられていた」

「……だったら、どうして早く教えてくれなかったんだ……!?」

「見極めが必要だった。たまに一般人の中でも多少の霊力を持つ奴がいるんだ。だが、今日確信した。お前は霊能者だ。お前は霊を一時的に祓う事が出来たからな」

「俺が……祓った……?」

「ああ。無意識に、方法も知らないだろうが、お前は奴を祓った。その後奴が戻ってきたのを、俺が完全に祓った」


 急に腹が立ってきた。洒落にならない。


「もし俺に霊能力が無かったら、あの化け物に殺されていたかもしれないのか?」


 天崎は相変わらず冷めた目で俺を見ていた。彼の態度が最初から気に食わなかったが、俺は更にムッとして天崎を睨むように見た。その直後、保健の先生が保健室の奥の方からやって来た。すっかり存在を忘れていた。

 __話を聞かれていたんじゃないか?

 天崎の顔をチラリと横目で見る。彼は平然としていた。


「どうも。自己紹介がまだだったね。私は大原(おおはら)です。実は私は、霊能者のサポーターなんだ。まさか君が霊能者の卵だとは驚いたよ。よろしくね、如月くん」

「は、はあ……」


 霊能者の、サポーター? 何が何だか分からない。一般人に知られてはいけないと天崎は言っていたのに。例外もいるという事だろうか。


「もしもの時はこの人を頼れ。サポーターの事は、その内説明する」


 天崎はぶっきらぼうにそう言うと、再び懐からさっきのお守りのような物を取り出し、それを俺に差し出した。俺が受け取るのを躊躇していると、天崎はしびれを切らしたのか俺にそれを無理矢理押し付けてきた。口が悪い上に横暴だ、と思った。


「まだ半信半疑だろうが、その内嫌でも分かるようになる。これが現実の事だと」

「…………」

「これから俺が、お前を指導する」

「……絶対、霊能者にならないといけないのか?」

「霊能者の数はそう多くはないからな。……安心しろ。近くにいる限り、お前が一人前になるまで俺が必ずお前を守る」


 天崎はソファーから立ち上がった。


「ひとまず、今日はこれで話は終わりだ。帰るぞ。……その前に、包帯を巻いてやる。それじゃ目立つからな」


 天崎は俺の隣に腰掛け、俺の首に手を回した。近い、と思った。武骨な手が繊細な手つきで包帯を巻いていく。急に心臓の鼓動が激しくなった。


「……終わった。行くぞ」


 促され、側に置いてあった自分の通学鞄を持とうとしたが、天崎が何故かそれを持っていった。


「どうした」


 動かない俺を見て、天崎は扉の前で振り返り言った。


「あの、俺の鞄……」

「まだ本調子じゃねえだろ」


 どうやら、持ってくれるらしい。気を遣ってくれているのだろうか。良い奴なのか悪い奴なのか分からない、と思った。


「……ありがとう」

「別に」


 天崎は無愛想にそう言うと、何も言わずに保健室から出て行った。慌てて大原先生に会釈をし、俺も天崎の後に続いて廊下に出た。


 廊下を歩いている途中で、ふと気が付いた。そういえば、財布が盗られたままだ。


「またか。何だよ」


 廊下の途中で立ち止まった俺を見て、天崎は言った。

 どうしよう。もう神前は帰っただろうか。もしまだいたとして、取り返せる自信が無い。けれど、財布の中に定期券が入っている為、あれが無いと帰れない。


「……実は、財布が」

「財布?」

「財布が、その……」

「早く言え」


 怖い。本人は気づいて無いかもしれないが、凄い剣幕だ。ただでさえ怖い顔をしているというのに。


「あれえ、天崎じゃん」


 突如俺の後ろから、男の声がした。振り返り、ギクリとする。やって来たのは神前とその取り巻きたちだった。俺は思わず天崎の後ろに隠れた。


「よお」


 天崎が彼にぶっきらぼうに返事をした。


「はっ。相変わらずだな、その態度」

「そっちこそ相変わらずだな。高校に入学しても相変わらず遅刻か。つーか留年て、アホだろ」

「俺たちのグループから抜けて、また随分と態度がでかくなったじゃねえか」


 グループ? 天崎は彼らとどういう関係だ?

 天崎の横顔を伺う。彼は酷く不機嫌な顔で神前を睨んでいた。

 

「別に、そんなつもりねえし。早く行けよ」

「あ? 聞こえねーなあ」

「喧嘩なら他校の奴とでもやってろ」


 なんだかかなり険悪なムードになってきた。これはまずい気がする。喧嘩が始まったとして、俺なんかに止められる訳が無い。どうすればいいんだ。


「あれ、朝の奴じゃん」


 俺の存在に気づいた神前が、俺を見て途端に歪んだ笑みを浮かべた。朝の出来事が脳内でフラッシュバックし、心臓がバクバクと激しく鼓動する。


「こいつになにかしたのか」


 天崎が言う。


「だったら何? お前には関係ねーだろ。そいつと友達にでもなった訳?」

「ああ、そうだよ」


 天崎は何を言っているんだ。勢い任せで言ったのか。俺はひたすらこの状況に困惑していた。


「あっはっはっは!」


 爆笑しながら、神前は俺と天崎を見比べてきた。


「ふーん、そっかそっか。良かったね君。つよーいお友達が出来てさ」

「……で、こいつに何した」

「大した事はしてねーよ。ちょっとボコって、金巻き上げただけ」

「返せ」


 天崎が神前に詰め寄った。神前は途端に笑みを消した。


「何そんなに怒ってんの? 正義の味方にでも目覚めちゃった?」

「いい加減にしろよ。いつまでも幼稚くせー事してんじゃねえ。年上だからって手加減しねえぞ」

「はは、わーかったよ。ほら」


 神前は制服のポケットから俺の財布を取り出し、俺に投げて寄越した。


「……またね」


 去り際、神前が俺の耳元で囁かれ、背筋がゾッとした。まさか、目を付けられてしまっただろうか……。

 彼らの姿が消えるのを見送った後、天崎が口を開いた。


「あいつらには気を付けろ。特に神前。あいつは残忍で狡猾だ」


 礼を言うと、天崎は俺を一瞥しただけで何も言わずに歩き出した。俺は慌ててその後を追いかけた。


 天崎はそのまま一緒に電車に乗ってきた。家はどの辺りなのかと尋ねると、「学校の近く」とだけ答えた。


「……どうして付いてくるんだ?」


 尋ねると、天崎は軽くため息を吐き、面倒臭そうに言った。


「一応お前の通学路や家におかしなものが無いか見ておく」

「そう、なんだ」

「お前、携帯は」

「え?」

「番号。何かあった時の為に必要だろ」

「あ、ああ……ごめん。俺、携帯持ってなくて」

「はあ?」

「家の電話なら……」

「……。じゃあ、それでいい」


 やっぱり、今時携帯電話を持っていないのは時代遅れなのだろうか。しかし、連絡する相手など光子さん以外にいないので、ほとんど使わないであろうと思い必要性を感じていなかった。

 連絡先を交換し終えると、沈黙が続いた。何を話そうかと迷っていると、天崎が先に口を開いた。


「そういえばお前、自己紹介の時に都会から引っ越してきたって言ってたな」

「……ああ、そうだけど」

「理由は」

「……。親が、死んだんだ」

「二人ともか」

「いや。親は昔離婚して、父親に育ててもらってた。母親は生きてるけど、どこにいるのか分からない」

「ふうん」


 この事を先生以外の他人に話すのは初めてだった。天崎はどう思ったのだろう。暗い話をされて嫌な気分になっていなければ良いのだけれど。天崎はそれ以上詮索してはこなかった。

 色々天崎に訊きたい事はあったが、極度の疲労が身体を襲ってきていたため、俺は電車に揺られながら瞼を閉じた。




 「お前の家、遠すぎ」


 天崎が悪態をつく。

 自転車は一台しかなく、家まで遠いため、仕方なく二人乗りで天崎に漕いで貰って帰宅した。光子さんは出掛けているようで、家は無人だった。

 天崎を家の中に招き入れ、自室に案内する。自分の部屋に人を入れるのは久しく、少しばかり緊張した。

 部屋に入るなり、天崎は顔をしかめた。


「……ふうん」

「?」

「いるな」

「えっ」


 青ざめながら、彼の視線の先を見つめた。しかしそこには何もなかった。


「……あれ……?」

「お前はまだ不安定だから、見えないのは当然だ」


 天崎は数歩前に出ると、懐からあのお守りを出し、畳の上に落とした。刹那、天崎の身体から凄まじい何かが発せられているのを感じ、気圧される。彼は何やらお経のようなものをブツブツと唱え始め、やがて右手を前にかざした。すると、あの白くて眩い光が一瞬現れ、すぐに消滅した。その瞬間、何となく部屋の空気が軽くなったような気がした。


「とりあえず、これでいい。後は渡したお守りを肌身離さず持ち歩け」


 落としたお守りを拾い上げそれを懐に仕舞うと、彼はすぐさま部屋から出ていこうとした。


「ま__」


 待ってくれ。

 無意識に出そうになった言葉を慌てて飲み込む。彼を引き留めて、俺はどうしたいんだ。


「何」


 天崎は立ち止まり、俺の方を見た。


「……何でもない。ごめん」


 俯く。すると、天崎は踵を返しこちらに戻ってきた。そして畳の上に通学鞄を置き、胡座をかいて座った。


「疲れた。少し休んでから帰る」


 彼の発言にホッとした自分がいた。今はとにかく、一人になりたくなかった。


「お前、本好きなの」


 天崎が俺の部屋を見渡し言った。俺の部屋には本くらいしか目立つものが置いていないからだろう。


「いや、好きって程でもないけど……他に趣味も無いし、たまに読むくらいだ」

「ふうん」


 天崎は近くに積まれていた本を手に取った。その小説のタイトルを見た瞬間、俺は思わず天崎の手からその本を取り上げていた。


「……あ……悪い」

「何だよ、いきなり」


 訝しげな顔で天崎はこちらを見てきた。


「あんまり他人に自分の本を触られたくないんだ」

「潔癖症か?」

「かもしれない」


 俺は天崎から取り上げた三島由紀夫の『仮面の告白』を、通学鞄の下に仕舞い込んだ。


 その後、光子さんが帰ってきたのと入れ替わるようにして、天崎は家から去っていった。光子さんは俺に友達が出来たのだと思い込み嬉しそうにしていた。その笑顔を見て、俺は複雑な気持ちになった。

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