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四話

 瞬間、世界が変わった。突然周囲が真っ暗になり、ほとんど何も見えなくなった。

 

 『からだ、ちょうだい』


 “それ”の腕が首にまとわりつき、“それ”が耳元で囁いた。

 弾かれたように便所を出、暗い廊下を駆けた。“それ”から逃げる為だった。

 なんだあれ、なんだあれ、なんだあれ。__なんだ、これは。

 教室には誰もいなかった。窓の外は漆黒の闇で、蛍光灯はついておらず、月明かりだけが教室内を照らしていた。頭が混乱する。

 __そんなはずはない。今は昼間だ。そんなことがあり得るわけがない。

 迷った末教室から出、一歩、足を前に踏み出す。自分の足音が、廊下に響き渡る。

 するとどこからか、何かの物音が聞こえた。一歩。一歩進むごとに、その音は大きくなってくる。後ろから__近づいてくる。


「!」


 足が、その場で動かなくなった。そして勝手に動き出す。勝手に身体が後ろを向く。勝手に足が、


「あ__あああ、あ、」


 顔を上げると、そこには化け物がいた。上半身のみのその血だらけの化け物は床を這い、こちらに近づいてくる。

 心臓が早鐘をうつ。身体は金縛りにあったかのように動かない。


『ねえ、ちょうだい。いいでしょ? だって____


 い ら な い って言ったよね?」


 次の瞬間、側の壁に押さえつけられ、俺は後頭部を打ちつけた。そのままその化け物の手が、首を絞めつけてくる。一切の容赦のない、強い力だった。


「がっ…………か……!」


 化け物の手を解こうとしたが、びくともしない。息が__出来ない。


「……、……」


 ……なんだか頭がぼんやりとする。瞼が重い。眠い__。

 すると、何かが身体の中に入り込んでくるような、酷く不快な感覚がした。その時ふいに、意識が覚醒した。

 __嫌だ。俺は思った。


 嫌だ____死にたくない!


 心の中で叫ぶ。その瞬間、白くて眩い強い光が、身体を包み込んだ。


『ああああああああああああああああああああああ!!』


 叫び声を上げながら、化け物が必死にこちらへ手を伸ばしてくる。しかし、すぐにその化け物の姿は目の前から消滅していった。

 気が付くと、俺は廊下に倒れこんでいた。喉が激しく痛み、ゴホゴホと咳き込む。

 周りを見渡すが、辺りは普通の昼間のように明るくなっていて、遠く離れた教室からは人の声がした。夢__だったのだろうか。


「__まだだ!」


 突然どこからか、誰かが叫ぶ声が聞こえた。


「まだ終わってねえ!」


 ハッとして目を見開いた。目の前に、さっきの化け物が再び迫ってきていた。

 駄目だ、逃げられない。反射的に目を閉じる。


『ぎゃああああああああああああああああぁぁぁ……』


 刹那、化け物の悲鳴が響き渡る。瞼を開けると、強い光に目が眩んだ。その光の奥に、一人の男子生徒が立っていた。

 背の高い、大柄な体躯。

 __天崎翔太だ。




 目を開けると、目の前には見知らぬ天井が広がっていた。少し固めのマットレスの感触。その上に、何故だか自分は横たわっている。

 ここは__?

 周囲を見渡す。簡易ベッド。カーテンの仕切り。薬品の独特な匂い。静寂。……保健室、だろうか。

 上半身を起こそうとして、再び枕に頭を沈めた。身体が重い。

 どうして俺は、保健室のベッドに横になっているのだろう。思い出せない。

 すると突然、カーテンの仕切りが開いた。ひょっこりと、白衣を着た男性が顔を出す。先生のようだ。


「……あ、目が覚めたんだね、如月くん。具合はどう?」

「ええと……まあまあです」

「起き上がれそう?」

「……すみません。まだ少し……だるいです」

「そう、分かった。私はまだ保健室にいるから、しばらく寝ていていいよ」

「……あの」

「ん?」

「俺は、その……どうして、保健室にいるんでしょうか」

「覚えてない?」

「……はい」

「君は朝のホームルーム中に具合が悪くなって、保健室に行く途中に倒れたんだよ」

「そう、だったんですか」

「そうそう、それで、君が倒れているのを見つけた君のクラスメイトの天崎くんが君をここまで運んでくれたんだよ。礼を言っておきなさい」

「天崎くんが__?」

「彼、今そこにいるよ」

「え?」

「放課後になったから、帰り際に君の荷物を今ちょうど届けに来てくれたところなんだ。ついでに君の様子を見たいって言ってる。すごく心配してるみたいだよ、君の事」


 ……天崎が、俺を心配__?

 まだ少し辛いが動けない程でもないので、取りあえず俺は起き上がってベッドから降り、天崎のもとへ向かった。

 入口付近にあるソファーに座りながら、天崎はぼんやりと保健室の窓の外の景色を眺めていたが、俺が近づくとすぐに俺に視線を向けてきた。相変わらず、感情の読めない目だった。


「よお。……具合は」

「……ええと、もうだいぶ良くなった。ありがとう」

「別に」


 天崎は無表情のまま、素っ気なく返した。俺の事などどうでもよさそうな素振りだった。


「座れば」

「え? ……ああ、うん」


 隣に腰掛けるように促されたので言うとおりに腰掛けてはみたものの、沈黙状態が続き、俺は困惑した。これ以上は何を話せばいいのか分からない。

 天崎は、何やら考え込んでいる様子だった。何か俺に言いたいことがあるのだろうか。俺は取りあえず無言のまま彼の言葉を待った。

 時計の針が回る音が聞こえる。見ると、時刻はとっくに正午を過ぎていた。

 あれ?

 ふと気づく。何故か、俺の首に包帯が巻いてある。


「如月」


 すると、唐突に天崎が口を開いた。


「何があったか、覚えているか」

「……何、って……?」


 はあ、と彼はため息を吐いた。


「覚えてないみたいだな」

「……」

「いいか。これから俺が話すことは、全て真実だ。……こっちへ来い」


 天崎は立ち上がると、保健室にある手洗い場の前に立った。


「ここに立って、鏡を見ろ」


 訝しげに思いながらも、言われるがままに俺は手洗い場の前に立ち、鏡の中を覗き込んだ。そこにはいつもと変わらない、少々青白い自分の顔が映っている。

 すると、天崎が突然俺の首に巻かれている包帯に手を掛けた。くるくると、包帯が取り払われていく。


「__!?」


 鏡の中を見、絶句する。包帯の巻いてあった場所には、赤紫色に鬱血したおぞましい手形の痕がくっきりと浮かび上がっていた。

 一気に記憶が蘇り始める。

 暗闇、月光、薄暗い廊下、血濡れた上半身。


『い ら な い って言ったよね?』


 ふらつき、洗面台に手を掛ける。


「……思い出したか?」

「……ああ。でもあれは__夢だ」

「じゃあ、この痕は何だ」

「……」

「……俺は、あいつの正体を知っている」


 天崎は俺の目をまっすぐに見つめ、言った。


「あれは、この辺りを彷徨っていた女の霊だ」

「……は……?」


 天崎は一体何を言っているんだ。まだ俺は夢でも見ているのか?


「何を言ってる、って言いたそうな顔だな」

「……だって、そんなことは……あり得ない」

「残念だが、俺は病人のお前の為にくだらない冗談を言いに来るような奴じゃない」


 天崎の顔は、至って真剣だった。彼の言う通り、とてもじゃないが、嘘や冗談を吐いているようには見えないし、思えない。……でも。


「__頭が、おかしくなりそうだ」

「信じろ。無理にでも理解して受け入れろ。今は出来なくても、いずれそうして貰わなきゃ困る」


 俺はハッとした。さっきから彼は一体何なんだ。まるで、全てを分かっているかのような__。


「……君は一体……何者なんだ」


 見上げ、恐る恐る尋ねる。


「霊能者」


 彼は、こともなげにそう告げた。

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