第四章 救出
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<<第四章 救出>>
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体力を回復させるため遅い時間まで布団に入って熟睡していた俺は、部屋の外でチェックアウトの客などが騒々しく支度をしている音で眼が覚めた。
……もうそんな時間か。重たい頭を振りながら俺はベッドから起き上がった。
「熱い風呂にでも入って頭をスッキリさせるか……まだ待ち合わせの時間には少し時間があるしな」
(もっと寝ていたいゲロ)
……そうだった。
頭がボーっとし過ぎて、俺の中におかしな蛙が入ってしまった事をすっかり忘れていた。
「俺の中で勝手に寝ていてくれ」
全く、この蛙は一体どんな仕組みで俺の中で生活しているんだ? 死人のジェットの生活と同じ位に謎が多い。
「遅かったな! 時間ギリギリだ」
遅刻していないから問題無いじゃないか。
俺は心の中で文句を言いながら、朝から元気なカリューの顔をにらみつけた。……朝か。朝というには十一時という時間は遅すぎるが。
……まぁ、カリューの場合はいつの時間でもアホみたいに元気一杯だけどな。顔に出ないように心の中で笑う。
「昨日は大変でしたな」
いつも通りジェットはソファーに座ってマイお茶を飲んでいる。……今日もシープットが砂糖菓子を用意してくれていたようだ。しまった! 時間ギリギリに来たせいで糖分取り損ねた。
ソファーにはその他大勢が思い思いの事をして俺の事を待っていたようだ。
……俺と同じように昨夜忙しかった秋留はソファーで転寝をしている。可愛らしい寝顔だ。
「今日は大変な一日にならない事を祈ってるよ、ホント」
一日が大変になる事を予言しているかのように降り続いている外の雪を睨みつけながら、カリューの目の前に残っていた砂糖菓子を口の中に放り込んだ。
「朝から何だかよく食べるね」
歩きながらハンバーガーを頬張っていた俺にクリアが言った。そういうクリアもマスタードたっぷりのフランクフルトを食べている。
「お前に言われたか無い」
膨れっ面のクリアを無視して、俺は秋留の方を振り返った。
秋留はジェットとお茶の事について話し合っているようだ。そんな話をして面白いのか、秋留? まぁ、愛想笑いをしているようには見えない。
(はんば〜が〜……あまり旨くないゲロ)
人に食わせておいて文句を言うな。
俺達はゾロゾロと全員仲良く、宿屋から一時間かからない場所にある魔術研究所を目指している。
今朝、宿屋のロビーで秋留が敵から奪い取った荷物の中身を確認した所、注射針を打ち出すような折りたたみ式の銃が見つかった。
勿論、注射針の中には紫色の怪しげな液体が込められていた。……俺は危うくあの紫色の液体を注入される所だったのか。……毒薬だろうか?
「この街にも少し慣れたなぁ」
いつの間にか俺の隣に来たカリューが辺りを見渡しながら言った。フードを被っているため顔の表情を細かく観察する事は出来ない。
ちなみにいつ危険が訪れても反応出来るように、片手が塞がる傘などの使用を冒険者は好まない。冒険者では無いクリアはシープットに傘を差させている……。ちなみにシープットは傘には入りきれていないため両肩に雪が降り積もっている。あれが執事魂という奴なんだろうな。
「……カリューが獣から元に戻れたからな……この寒い大陸とも早めにオサラバしたい所か?」
「そうだな……ユスティム研究所はぶっ潰したいだが……ミザの話振りだと、他の大陸にユスティムの営業所があるって事だったからな……この大陸にはもうユスティム研究所は無いのかもしれない」
俺達は知らない間に厄介な相手と係わり合いを持ってしまったのかもしれない。俺はそんな事を考えながら唸った。
魔族やモンスター相手なら、俺達冒険者は動き易い。
しかし、相手が人間の企業ともなると立場が微妙になって来る。治安維持活動を冒険者がするのは間違っているし、なぜか冒険者組合と治安維持協会は仲が悪いらしい。
「次はどこに行くかー?」
カリューが振り返って全員に聞く。
「リーダーに任せるよ」
俺はカリューの肩を叩きながら言った。
「お……おうっ、任せろ」
……俺が突然リーダーなどと言った事で、カリューはうろたえたようだ。
……俺が怪しげな組織に改造されそうになった時、カリューは必死に助けてくれたな。自分の事よりも仲間である俺の事を……。
……。
…………はっ。
結局改造されてしまったんだから、カリューに感謝する必要も無いか。助けるならもっと最後まできちんと助けやがれ、カリューめ。
「何、二人でヒソヒソ話してるの?」
クリアが俺達の間にヒョッコリと割り込んできた。その後ろには傘を構えたシープットまで付いてきている。
「リーダーが次はどの大陸に行くか悩んでいる所だ」
「え? ……そっか」
元気に話しかけてきたかと思ったら、いきなり意気消沈しやがった。……女心と秋の空、という奴だな。どこかで聞いた事あるぞ。
……クリアは女なんて表現にはほど遠かったか。我侭な金持ちのお子様だ。
「人の顔見て何か失礼な事……」
「考えてない」
クリアに最後まで言わせる前に俺は即答して、前方を眺めた。建物の影からガイア教の総本山、アース・プレイヤ教会の尖塔が見え始める。
この聖都アームステルはアース・プレイヤ教会を中心にまるで山のように街々が配置されている。その街並みを見るためだけにこの聖都を訪れる人も多いらしい。
「おや、また貴方達ですか。魔術研究所の方へ?」
いつもの警備員だ。寒い中大変だな。
「ああ、頼む」
熱血カリューは人に対して何かをお願いするのも雑だ。俺も負けず劣らずの口下手だが。
「毎日ご苦労様です」
「いえいえ、仕事ですから」
秋留の労いの言葉に警備員の顔にも笑顔が広がる……。俺も秋留からの労いの言葉が欲しい。
「どうぞ、美冬所長からは自由に通すようにと言われていますので」
俺達は警備員が開けてくれた魔術研究所への扉を通り抜けた。
研究所内の通路は相変わらず変わった臭いが充満しているが、ユスティム研究所と違い嫌な感じはしない。
「あら、また来たのね。今日はどんな御用かしら?」
秋留は口で説明する前に鞄から注射針を取り出して、美冬に渡した。
「……ちょっと調べてみるわ」
美冬が紫色の怪しげな液体を調べている間、俺達は次の心配毎のため、煉蘭を呼び出す事にした。
俺達は美冬の厚意で研究所に隣接している特別な建物を使用出来る事になった。
ガイア魔法などの試行のために、この建物の壁は対魔力効果があるらしい。辺りの気温が一気に上がってしまう煉蘭を呼び出すには丁度良い。
「煉獄の番人煉蘭よ、己が守りし門を解き放ち、この世の全てを灼熱の地獄と化せ……」
呪文の詠唱と共に目の前に煉蘭が姿を現した。
その身体を覆っている炎が以前見た時よりも物凄く小さく見える。
「……煉蘭、何かあったの?」
「秋留さん……お、お母さんが……」
やはり。恐らく口には出していなかったが、メンバーの誰もが気付いていたはずだ。
煉蘭が深刻な顔で何かを伝えたがっているなら、母親の事しか考えられない……。
「何があったんだ?」
勿論、鈍感なカリューの台詞だ。空気の読めない奴め。
「奴らに……攫われちゃったの! うああああああん!」
うおっ! 勘弁してくれ!
煉蘭の眼から大量の炎の涙があたりに飛び散り始めた。
ジェットは非戦闘員であるクリア達の前に立ちはだかり、飛来する炎の涙をレイピアを振り回して発生させた風で四散させている。
「落ち着いて、煉蘭、ちゃんと話を聞かせて」
秋留が落ち着く声で煉蘭をなだめ始めた。煉蘭の涙の量が徐々に少なくなる。
「ひっく……一人で森に食料を探しに行った時に、赤い制服の奴らに襲われて……」
炎の勢いは弱いが五体満足な所を見ると、どうやら赤い制服の奴らは返り討ちにしたようだな。
「戻ったら……お母さんが……いなかったの! ひっく」
「……煉蘭を襲ったのは炎燐を攫うための時間稼ぎだったのね……」
奴らまだ懲りてないのか。
(許せないゲロ! こんな可愛い女子を悲しい眼に合わせるなど……)
可愛い女子とは煉蘭の事だろうか?
ラムトと俺では全く趣味が合わないようだ。当たり前か。
「煉蘭、それは何時の話?」
秋留が聞く。
「昨日の昼……お母さんの気配を頼りに後を追おうとしたけど、もう境界の外に逃げられちゃってたの……」
境界……霊獣が移動可能なエリアの事か。
「……昨日の昼に攫われた……アームステルにあったユスティム研究所は壊滅させた後だよね」
『!』
秋留の台詞に一同が息を呑んだ。
つまり、アームステルのユスティム研究所を潰した後なのに、奴らはまだ活発に活動している事になる。
「奴らの研究所はやっぱりまだ他にあるって事だな!」
カリューが両拳を合わせてパキパキと指を鳴らし始めた。前回のリベンジが行えることに心底喜んでいるようだ。
「っていうか、奴らの研究所を一つ潰したの?」
「俺達を見くびりすぎだ!」
俺は煉蘭に指を突きつけた。実際の所、ユスティム研究所での俺達はボロ負けだったのだが、その辺の事実は隠蔽しておく。
「……あれ? 貴方霊獣に転職でもしたの?」
……。
(何だって? お前、いつの間に霊獣になったんだ!)
「ぷぷっ」
カリューが真っ先に笑い始めた。
「あはははは!」
俺を馬鹿にするのが好きなクリアも笑い始める。
『あはははははは』
一同大爆笑。
(お前、霊獣になれたのか! げ〜こっこっこっこ!)
霊獣に転職したとか言われる原因は全てお前だ!
秋留も悪いと思いつつも俺の事を見て微笑んでいる……。ああ、何て素敵な笑顔なんだ。その笑顔が見れるなら、例え笑いものにされようとも、俺は本望だ。
「が〜っはっはぁ! ひ〜ひっひ!」
カリューが腹を抱えて笑い転げている。
「ひ〜っひっひ! お前、秋留に召喚して貰えるんじゃないか?」
カリューが腹を抱えながら言った。
俺はユスティム研究所での教訓を生かして、ポケットに忍ばせておいた小石をカリューの顔面目掛けて投げつけた。
「いてっ! 何するんだ、ブレイブ!」
「一度獣人に転職した事があるお前に笑われたくないわぁっ!」
「何をっ!」
カリューと俺は顔を近づけてにらみ合った。白熱したカリューの顔がどんどん獣染みてくる。
その変化に自分で気付いたのか、カリューは首をブンブン振りながら冷静さを取り戻そうとしている。
「……やめだ、やめだ。とりあえず、ユスティムの奴らはまだ活動を続けているって事だな。理解した」
脳みそまで筋肉のカリューもようやく、事態が理解出来たようだ。
その時、秋留がガクリッと膝を付いた。それと同時に煉蘭の姿が掻き消える。
「はぁ、はぁ……召喚し続けるのも、もう限界……」
「お姉ちゃん、大丈夫?」
秋留にクリアが駆け寄る。
そうか、煉蘭を召喚し続けている間、秋留の魔力は消費され続けていたのか。ふざけている場合では無かったという事だな。
「はぁ、はぁ……とりあえず状況は理解出来たね」
「奴らは許せん、何度でも叩き潰してやるぜ、そして炎燐を助けるんだ!」
さすがカリューらしい。
組織を潰す事がメインで、そのついでに炎燐を助けよう、という心意気のようだ。
「……でもどうやって炎燐の居場所を突き止めるんだ?」
俺の疑問にカリューの上気していた顔が一気に落ち着いた。
また情報収集が必要という事なのか?
「……そこは多分、大丈夫だよ」
クリアの肩を借りながら秋留が立ち上がる。
「何か方法が?」
「……煉蘭の台詞覚えてる?」
煉蘭の台詞? 何か重要な事言ってたか?
俺は一同を見回したが、全員が首を横に振っている。
ん? 意外にもシープットだけが得意そうな顔をして頷いている。
「シープット? お前は気付いたのか?」
「ええ、ブレイブ様……煉蘭様は『お母様の気配を頼りに後を追おうとした』と仰ってました」
『!』
「ご名答!」
秋留がグッドの指でシープットに微笑みかける。ちくしょう! 俺の頭がもっと良ければぁ! あの微笑は俺だけのものだったのにぃ!
「煉蘭を召喚しつつ、炎燐の居場所を聞いていけばきっと……」
「奴らの居場所も突き止められる、って訳だな! よしっ! 早速奴らを追いかけようぜ!」
カリューが両腕を頭上に掲げて意気込む。
「あの〜」
俺達が盛り上がっていると、いつの間にこの建物に入って来たのか、魔術研究所の研究員がオロオロとしていた。
「美冬所長がお呼びです」
「……まぁ、ある程度は予想していたから、すぐに調べられたわ」
美冬さんが肩に手を当てて、疲れを取ろうとしているようだ。
毎日、忙しそうだからな。俺達の面倒を見ている暇も無いに違い無いのだが、そんな素振りは微塵も見せない辺りが、さすがは秋留の母親と言った所か。
「遠まわしな言い方は好きじゃないから、結論を言うわ……これは霊獣の因子を消滅させる薬よ」
……。
……そうか、何となくは予想していた事だったんだが……。
どうしてこうも、良くない予想ばかり的中するのだろう。
確かに奴らのやっていることの証拠を消滅させるには、弾を数発撃ち込まないと倒せないような通常の弾丸よりも、対象を限定した一発の劇薬の方が効果があるという事でもあるのだろう。
……考えたくもないが、通常の弾丸で俺を死体にしても、死体からユスティム研究所の悪事を証明する事が出来るかもしれないしな。
(……霊獣のお前の存在を消す、って事かゲロ? そうすると俺はどうなるゲロ?)
「馬鹿野郎! 俺は霊獣じゃねえ! この薬はお前の存在を消す為に作られたものなんだ!」
俺は思わず叫んだ。
しかし俺の台詞でラムトが何と言ったのか、大体は掴めたらしく、その場の誰もが深刻な顔をし続けている。
(お、俺の存在を消すため……ゲロか?)
「そうだっ! ちくしょう!」
この気持ちは、何なんだ?
ラムトがいなくなれば清々すると思っていたのに……。そんな事を今まで思っていた自分が嫌になる。
「落ち着け、ブレイブ」
カリューが俺の肩に手を置く。
「お前もお前の中にいるラムトも、俺達が守る」
「カリュー……」
「そうですぞ、我々に任せて下され!」
「ジェット……」
じっ。
俺は秋留の事を凝視する。
秋留からの励ましの言葉と抱擁はまだかな。
「……頑張ってフォローするけど、ブレイブ自身も頑張って!」
ん〜、何とも控えめな激励だ。
しかし俺の眼前にブラドーの鋭い牙が伸びているので、文句も言えない。
「私もイザとなったら、ラムトのために紅蓮を身代わりに飛び出させてあげる!」
クリアの台詞に紅蓮が怯えた顔をする。
「あはは、冗談だよ、紅蓮!」
しかしクリアならやり兼ねない。それは紅蓮も思ったのか疑わしそうな顔をしている。
「私はあまりお役に立てないかも知れませんが……」
「大丈夫! 紅蓮の次に飛び込ませるのはシープットだから!」
「そ、そんな! あんまりです、お嬢様!」
相変わらずシープットはクリアに苛められているな、哀れだ……。
(う、嬉しいゲロ、声も姿も分からない俺のために……)
「ピシッ」
「パシッ」
声も姿も分からない幽霊カップルも頑張ってくれるようだ。
「……ツートンとカーニャアもサンキューな! ラムトも俺の中で喜んでるよ」
気付くと少し離れた場所から美冬さんが俺達に優しいそうな笑みを投げかけていた。
「ふふ、貴方達、良いパーティーね」
「当たり前だよ、私がいるパーティーなんだからっ!」
「そっか」
「そうだよ」
秋留親子が仲良く話している。
美冬さんも将来は俺の義理のお母様になる訳だから、今のうちに仲良くしておかないとな。
「秋留の事を悲しませる奴なんて、このパーティーの中には一人もいませんよ!」
俺は秋留の肩に手をかけて言った。
秋留が俺の事を睨みつけたと同時にブラドーの牙が俺の頬に赤い筋を作る。
「あはは、確かにあんたたちは良いパーティーだよ!」
そこまで言うと美冬さんは真剣な顔付きになって話続ける。
「その調子でユスティムの奴らを止めて。ただし、あんまり無理はしない事!」
俺達は無言で力強く頷くと、時間を惜しむかのように、そそくさと魔術研究所を後にした。
魔術研究所を出た俺達は、一度宿屋へ戻ると荷物を整ええて馬車へと向かった。ノンビリしている暇は無い。この間にも炎燐の状況はどんどん悪くなっていっている可能性がある。
「寒い中悪いが、頼んだぞ、銀星」
ジェットが銀星の首を撫でる。銀星はヒヒヒーンと大きくいなないた。それに合わせて他の二頭もブルルンと闘志を燃やす。ちなみに俺達の乗る馬車は人数が増えた事もあり、馬三頭で引っ張っる事にしている。
中心に銀星、そして同じく雄馬である茶色の毛並みをしたパンとブレットがサイドから補助する。
……茶色の毛並みの馬にパンとブレットという名前を付けたのは、秋留だ。クリアに聞いた所、本人達がパンとブレットという名前が気に入ってしまったため、反論の余地は無い。
秋留は時々、そういう狙ったのか天然なのか判断が付かない所がある。俺に言わせるとそこがより可愛い所なのだが。
「じゃあ、早速出発するぞ! 準備は良いなっ?」
『おー!』
カリューの掛け声でジェットが御者席から馬達の手綱を操る。
俺達を乗せた馬車は、雪空の中、アームステルの街を出発した。
今度こそ、ユスティムの奴らをぶちのめしてやる!
「うん! 大分、近くなって来たよ!」
「分かった、ありがとう……」
「ううん、秋留さんこそ、私のために……」
「同じ人間として許せないからね、ユスティム研究所のしている事は」
アームステルを出発して既に二日が経過した。この極寒の地での野宿もそろそろ慣れてきている。しかし寒さにはいつまで経っても慣れそうにはない。
「ふぅ……」
煉蘭から進路に関する情報を聞き出した。秋留は度重なる煉蘭の召喚で若干疲れが溜まってきているようだ。
「大丈夫か?」
俺はさりげなく秋留の方に近寄って聞く。
「ふふ、ありがとう、大丈夫だよ」
その笑顔にどこか力が無い。
「疲れた時には糖分が一番だぞ」
俺はそう言って秋留にチョコレートの包みを渡す。
「あ〜、ずるい〜、アタシも食べたーい!」
ぬぅ、折角秋留のために買っておいたものなのに! この食欲旺盛な野蛮人め!
しかし秋留の目の前で断る事が出来るはずも無く、俺はクリアにもチョコレートを差し出した。
まぁ、秋留にも渡せたし、素敵な笑顔が見れたから良しとしよう。
「……やはり港町ザブンですなぁ」
ジェットが方角を確認しながら地図を覗き込んでいる。
煉蘭が母親を感じている方角には、港町ザブンがある。あまり大きな港町では無いようだが、ユスティム研究所みたいな怪しげな組織には良い隠れ蓑なのかもしれない。
しかし心配なのは、港町だと言う事だ。
港町に施設があるのならまだ救われるのだが、港町から船で他の大陸にあるユスティム研究所に運ばれていってしまうと、追跡するのがより困難になる。
秋留が焦っている理由も恐らくそれだろう。時間は残されていないように思える。
翌日は一日中、馬車を走らせ続けた。
雪は降っていないのだが、地面は雪でぬかるんでいるため、馬車を走らせている馬達の体力もそろそろ限界に近い……いや、死馬の銀星は別にして、だな。
「頑張れば今日中には着けそうですなぁ」
「そっか……銀星、パン、ブレット、後少しだから頑張ってね」
秋留が優しく一生懸命走っている馬達の首筋を撫でる。ああ、俺の首筋も優しく撫でてくれ、秋留。
「愛しい秋留様のために頑張る、だって」
クリアが馬達のいななきを通訳する。
俺もすんなり言ってみたいものだ。
愛しい秋留のためになら俺は何だってするんだぜ、と……。
馬を走らせ続けて、港町ザブンに到着したのは真夜中の事だった。
俺達はその日の情報収集は諦めて、港町に一件しか無い宿屋で深い眠りについた……。
身体が重い。久しぶりにベッドで寝たせいで起きるのが辛い。このままもう一日くらい寝ていたい位なのだが……。
(早く起きろ、ブレイブ。今日はユスティムの奴らをぶっ潰すんだゲロ?)
朝からゲロゲロ五月蝿くされたせいで、すっかり眼が覚めてしまった。
俺はベットから起き上がると支度を始めた。
「たまには宿の朝食でも食べてみるか!」
(ナイスだゲロ!)
俺は一階の食堂に下りると海の幸定食を注文した。さすがに港町なだけはあって、新鮮な魚介類をメインにしたメニューが多い。
(お、これは旨いだゲロ〜)
ラムトは蛙だよな?
魚介類食べて喜んでいるなんて……ちょっと共食いに近いんじゃないか?
「おや? 珍しく早起きですなぁ」
きちんと身支度を済ませてジェットが宿屋の主人に鮭定食を注文すると、俺の目の前に腰を下ろした。
「こいつが朝から五月蝿くてよ」
俺は人差し指で自分の頭を叩いた。
(なっ! その五月蝿い奴っていうのは僕の事かゲロ?)
俺は無視して旨そうな刺身を頬張る。さすがに港町だけあって料理が旨いし新鮮だ。
「あんたたち、冒険者かい?」
ジェットに料理を運んで来た宿屋の主人が聞いた。この宿には料理を運ぶような店員はいないようだ。小さな宿だしな。
「そうですじゃ。何か困った事でもありましたかな?」
俺たちの保護者でもあり人生経験の長い……長すぎるジェットがいてくれて助かった。俺ではこうもすんなり見知らぬ爺の応対は出来そうにない。
「こんな辺境の港町まで何しに来たんだい?」
「……ここから更に北上して大きな港町からワグレスク大陸に向かう予定ですじゃ」
俺たちはどこにいるのか、どこにあるのか分からないユスティムを探しているんだったな。この宿屋の主人ももしかしたらユスティムゆかりの者かもしれない。
ジェットは全大陸を制覇しているため、嘘の説明にも無理がない。
「そうかい、ワグレスクは憎ったらしい魔族の本拠地だからな! 気をつけていくんだぞ!」
そう言うと宿屋の主人は店の冷蔵庫からデザートを取り出して俺たちのテーブルの上に置いた。
「俺からの餞別だ! これで魔族を少しでも多くぶっ殺してきてくれ!」
……過激な爺だが、プリンのサービスとは嬉しい事をしてくれる。
あれから俺は一度部屋に戻り、仲間達と待ち合わせをした時間に宿屋の玄関で待ち合わせをした。小さい宿屋なので立派なロビーのようなものは無いが、三つある椅子に秋留とクリアとジェットが仲良く座っていた。
「ん? カリューはまだなのか?」
いつも元気なカリューの姿が見えない。
「外で素振りしていると言っておりましたよ」
少し離れた所でポツンと立っていたシープットが答えた。まずは情報収集だけなのにシープットは大きな鞄を背負っている。どんなクリアからの要求にも答えるためだ。
「んじゃあ出発するか……」
俺たちは外に出ると、寒い中素振りをして体中から湯気を立てているカリューを連れて、港町を出た。
「この辺でいっか」
港町から少し離れた場所で秋留が言った。炎燐の居場所を特定するために、再度煉蘭を召喚するのだ。
「煉獄の番人煉蘭よ、己が守りし門を解き放ち、この世の全てを灼熱の地獄と化せ」
炎を巻き上げながら煉蘭が姿を現した。
「! すぐ近くだよ!」
召喚された途端に煉蘭が辺りをキョロキョロし始めた。
「その町! お母さんの気配がする! ……地下!」
「分かったわ! 必ず助けるから待ってて!」
秋留の台詞に煉蘭は大きく頷くとその場から掻き消えた。
「……大きな町じゃないから情報収集も気をつけないと、あっという間に奴らに感づかれる……」
秋留が港町の入り口を睨む。
この町のどこかにユスティム研究所への入り口が……。
「手っ取り早く、幻想術使っちゃうよ」
秋留が先頭に立ち、再び港町目指して歩き始めた。
そして目の前で掃除をしていたオバちゃんに話し掛ける。
「……あの、少し聞きたい事があるんですが」
「ん? なんだい?」
オバちゃんは突然知らない人に話しかけられて少し嫌そうな顔をしている。あまり人との係わり合いは持ちたくない人種のようだ……俺と同じだな。
秋留が両手をクルクルと回し始めた。
「な、急にどうし……たんだ……い……」
オバちゃんの台詞が遅くなった。どうやら早速秋留の幻想術にかかり始めたようだ。
「この町のどこかに怪しげな入り口とかあったりしない?」
操っていると言ってもストレートな質問はしない。さすがに、ユスティム研究所はどこだ、などと唐突に聞いても知らない人物では答えようも無いしな。
「怪しげな……入り口?」
オバちゃんは秋留の顔をポカーンと見つめている。
「この港町に……そんな怪しげな場所は……無いねぇ……」
「そっか……ありがとう」
ボーっとしていたオバちゃんが秋留の言葉でハッと辺りを見渡した。どうやら秋留が幻想術を解いたようだ。
「……ん? アタシどうしちゃったのかしら?」
「朝から精が出ますね!」
秋留がオバちゃんに微笑みかける。
「あ、あぁ、そうだね。アタシの日課だよ」
「じゃあ、頑張って下さいね」
俺たちは相変わらずポカーンとしているオバちゃんを放っておいて町の中へと繰り出した。
「次は犬の散歩しているオジさんね」
秋留は次のターゲットを見つけると同じように幻想術をかけて、同じように質問をしたが、やはり有力な情報は得られなかった。
次もその次も……。
「はぁ……はぁ……」
秋留が肩で息をしている。幻想術も魔力を結構使うようだ。
「誰も何も知らない……」
相当焦っているようだ。
「おい、あんたら……」
近くに帽子を目深に被った男が立っていた。こいつからはまだ情報収集はしてないな。
「朝から町の中で何ウロウロしているんだ? 何か探し物か?」
「ふぅ……」
秋留が一息ついて、両手をグルグルと回し始めた。
「!」
帽子を目深に被った男が秋留の動きを見て後方に大きくジャンプした……一般人の動きではない!
「幻想術か! 俺に何をしようとしている!」
「おや、幻想術をご存知ですかな?」
ジェットが秋留の前に歩み出る。その自然な動きの中で自然に腰に下げたレイピアをいつでも構えられるような位置に持ってきている。
「お、俺は元冒険者だ! それ位知っている! お前らこの町に何しに来た!」
すっかり警戒させてしまったようだ。
しかも男が騒いでいるせいで、遠くで様子を伺っていた町人達が集まろうとしている。その中には先ほど幻想術で情報を聞きだそうとした町人が何人か含まれているようだ。
「お、落ち着いてください……」
いつもならその声を聞いただけで心が平穏にある秋留の声だが、今は魔法の連続で消耗しているらしく、声も掠れてしまっている。
「! お前らどこから来た! アームステルか?」
帽子を被った男は今にも襲い掛かってきそうだ。
「そうだが……何か不都合でもあるのか?」
カリューが敵意をあらわに男に近づく。今にも剣を振りかざしそうだ。
「この辺に……研究所への入り口があるだろ? 誰か知らないか?」
頭を使おうとしないカリューのストレートな発言に、さすがに辺りの町人はポカーンと……していない! どの町人の顔にも憎悪と焦りが入り混じったような顔になっている。
「お前らか……アームステルの研究所をぶっ潰した奴らは!」
『!』
気づいた時には俺達の周りに集まってきていた町人達が殺気を放ちながら何やらブツブツと……。
「呪文だ! 散れ!」
俺は咄嗟にシープットを、ジェットは近くにいたクリアと紅蓮を抱きかかえてその場を離れた。と同時に俺達のいた場所に炎属性や氷属性、風属性などの色とりどりのラーズ魔法が放たれた。
「緊急警報だ! レベル四だ!」
帽子を被った男が叫んだ。命令を与えている所を見ると、どうやら少し偉い奴のようだ。
「お前らなぜアタシ達の邪魔をするんだい……」
最初に話かけたオバちゃんが俺達の方を睨んで話している。
……このオバちゃんはユスティム研究所を知らないんじゃなかったのか? 秋留の魔法が不発だったのか?
「邪魔する奴は斬るぞ」
カリューがオバちゃんの顔に鞘に入れたままの業火の剣を突き出す。おいおい、熱くなるなよ、カリュー。
「治安維持協会の奴らか?」
「いや、アームステルの研究所を壊滅させた奴らだ、冒険者だろう」
「バレてしまったのなら、この町から出す事は出来ないな」
おいおい。
民家から危険な台詞を発しながら続々と町人が出てくるぞ……こいつら全員、ユスティム研究所の奴らなのか?
「そうか……この人達にとってユスティム研究所は『怪しい場所』じゃなかったんだ……」
「え?」
クリアの様子を見に来た秋留が隣で言った。ちなみにクリアは俺が助け出した時にたまたま頭が地面にぶつかって気を失っている。
……こいつらにとってユスティム研究所は怪しい場所じゃない? そうか、こいつらにとってはそれが日常なのか。だから秋留の幻想術でも居場所を吐かなかったんだな。
という事はカリューみたいに『研究所の入り口はどこだ?』と聞けばすぐに答えが返って来たという事か。
「ぬぅ、随分と沢山出てきましたな……」
見ると女性から子供まで、幅広い年層の町人達が続々と俺達の周りに集まってきている。こいつら全員、ユスティム研究所に関係する奴らなのか……まさか……。
「ちっ! まさかこの町自体が!」
鈍感なカリューでもこの状態の理由が理解出来てきたようだ。
(おいっ! 俺が寝ている間に大変な事になってるゲロな!)
静かだと思ったらラムトの奴、眠っていやがったか。
(しかも霊獣の気配が近づいてきているゲロ!)
「何っ!」
俺は辺りの気配を探った。確かに遠くから何者かの気配が近づいてきているのが分かる。
「どうした、ブレイブ?」
カリューは鞘に入れたままの剣で今にも町人に襲いかかりそうだ。
「ラムトが霊獣の気配が近づいてきていると!」
「……豪精人達が来てくれたよ!」
少し離れた場所から様子を見ていた子供が叫んだ。ごうせいじん? まさか霊獣と混合した人間を豪精人と呼んでいるのか? 町人達はまるでヒーローが登場するかのような嬉しそうな顔をしている。
「一般所員は非難していろ!」
遠くから歩いてきた一団の先頭の一人が叫んだ。その声に俺達の周りを囲んでいた町人達が家の中へと戻っていく。
「! あんたら……冒険者じゃなかったのか!」
先頭で号令をかけているのは、宿屋で見かけた主人だった。真っ赤なバンダナに真っ赤なコートを羽織っている。……この赤で統一された制服は……。
「ソソソンさんの知り合いで?」
隣から話掛けたのは……あの木を操るツルッパゲ! その隣には憎いミザの姿も見える。その少し後ろには十歳前後の男児……まさかあんな小さな子供まで……こいつ等……。
「宿屋に泊まっていたんだが、ルードの知り合いか?」
宿屋の主人の名前はソソソンとかいう変な名前で、あのツルッパゲはルードか……。奴はツルッパゲで十分だ。
「ソ、ソソソンさん! 手配書見てないんですか?」
「え? 知らないぞ」
「あいつらがアームステルの研究所を壊滅させた冒険者達ですよ!」
宿屋の主人改めソソソンが俺達の方をギロリと睨む。
「お前ら……魔族が憎いから冒険者をやっているんじゃないのかい?」
凄みのある低い声でソソソンが俺達に更に近づきながら喋っている。
その身体がゴツゴツとした岩のようになりつつある。やっぱりあいつらは霊獣の因子が組み込まれた……豪精人か!
「人間を滅ぼそうとする魔族は許さん! お前に言われるまでも無いわ!」
カリューが業火の剣を鞘から抜き出した。今まで回りを囲んでいた町人達とは別格だからだろう。手を抜いたりすればこっちがやられる。
「魔族が憎いならなぜ俺達の邪魔をする!」
「魔族を倒すために魔族と同じ事をする等許せるはずがないわぁっ!」
いつも冷静なジェットがレイピアを構えてソソソンに突っ込んでいった。それ程にユスティム研究所のやっている事は許せない!
「僕達の邪魔をすんなっ! くそじじいっ!」
ジェットが繰り出したレイピアを後方にいた十歳前後と思われる男児がいつの間にか構えたのか、身長ほどもある大剣で弾いた。
「はぁっ!」
男児が大剣を横に払った。それをジェットが上体を屈めて避ける。
「たぁっ!」
「ふざけんなぁっ!」
更に男児が大剣を振り回してジェットの胴を薙ごうとしていたのをカリューが大剣を蹴り上げて吹き飛ばす。カリューは子供にも容赦がないな。
「オジサン! 邪魔すんなよっ!」
ぷぷっ。確かにあの男児から見れば、二十五歳のカリューはオジサンだな。あれ? そういえば……。
(ブレイブ! あの青髪をジャンプさせるゲロッ!)
「カリュー! ジャンプだっ!」
ラムトの忠告に疑問を挟まずにカリューに指示を出す。冒険者は一瞬の気の迷いが死に繋がるから判断力は重要だ。
カリューは俺の大声に、咄嗟に空中にジャンプする。
カリューが立っていた場所に巨大な剣が地面から飛び出した。先ほどの男児が構えていた剣にそっくり……え? 男児の手に剣が握られていない。
「黒い奴も邪魔するなぁっ!」
(今度はブレイブの下からだゲロ!)
俺は男児の方に向かって大きく地面を蹴った。そうか、こいつら豪精人だから体内に霊獣の因子があるんだった。あのガキは剣の霊獣でも体内に飼っているのだろうか。
俺は危険なガキを一旦眠ってもらうために空中で銃を構えようとした。
(あ、ブレッ)
「ぐはっ」
ラムトが何か忠告をしようとしたのだが、間に合わなかった。俺は下からの衝撃で更に上空に飛ばされた。ぐるぐると回る景色の中で今まで無かったはずの一本の長い木が生えていた。あのツルッパゲの仕業だな〜!
「いけ! 紅蓮!」
上空で体勢を立て直すとクリアの号令が聞こえた。その合図と共に紅蓮がツルッパゲに遅い掛かる。
「邪魔はしない事だぞ、お嬢さん」
ソソソンがツルッパゲの前に出て、紅蓮の攻撃を防いだ……いや、ソソソンの腕をしっかりと紅蓮の牙が捕らえているのだが……。
「キャイキャイン」
紅蓮が思わず悲痛な泣き声をあげながらクリアの横に戻る。
ソソソンの腕が灰色に……まるで岩のようにゴツゴツとしているように見える。奴は秋留の操る岩の巨人の霊獣のような霊獣の因子が組み込まれているようだ。
「こ、コイツら……」
俺は地上に降り立つと両銃を構えた。
コイツらは全員豪精人か。まだ能力は見せていないが、少し離れた所から様子を見ている長髪の男の存在も怪しいな。
「おい、ラムト……あの長髪からも?」
(そうだゲロ、霊獣の気配が感じるゲロ……ん? あの長髪からは前にも感じた事がある霊獣の気配を感じるゲロよ)
正体は不明だが奴も豪精人という事か。こいつらは呪文の詠唱もせずに、それこそ霊獣のように突然不思議な技を繰り出してくるので始末が悪い。
「!」
銃の劇鉄を起こす音に俺は咄嗟に先ほどの木の陰へと入った。と同時に地面が吹き飛ぶ。
「あいつは逃がすんじゃないよ! 豪精剤を打ち込んじまったんだからね!」
この声はミザか。木の陰から見るとミザの近くに銃を構えた赤い制服の奴らが十人程いた。
「生やすだけじゃないんだぜー?」
どこにいるのか分からないが、ツルッパゲの声と共に目の前の木が枯れるように一瞬で消滅した。
「ちっ! さすがに……」
俺の姿を確認した赤い制服の奴らが今にも銃弾を発射しそうだ!
「ジャイアント・アーム!」
この可愛い特徴的な声は秋留だ。秋留が契約している岩の巨人ジャイアントロックの巨大な腕が、俺を狙った銃弾をことごとく防ぐ。
俺はその間に民家の陰に逃げ込む。その際、ネカーとネマーを乱射して赤い制服の奴らのうちの一人を再起不能にする。
「この硬貨じゃ躊躇しちまうからな」
俺は一人呟くと鞄から今はほとんど使われていない石の硬貨の袋を取り出すとネマーの中の硬貨と入れ替えた。ちなみにいつもモンスター相手に使っている硬貨は銅で出来た千カリム硬貨だ。一般的に使われている硬貨の中では一番最低ランクだ。
(甘いゲロな……ブレイブ)
そうか、ラムトに見られていたか。
確かにこれは甘い考えなのかもしれないが、俺はどんな悪党であっても人の命を奪うのには躊躇する。俺が殺されるかもしれないという時でもそれは変わらない。
実を言うと姿かたちが近い魔族を殺すのにも俺は躊躇してしまう。
「見つけ……」
「バレバレだ」
ゆっくりと近づいてこようとも俺の耳を誤魔化す事は出来ない。民家の陰から顔を出した赤い制服の顔面に石の硬貨をお見舞いする。
(……石の硬貨でもそれだけ威力があったら同じじゃないゲロか?)
続々と近づいてくる足音に俺は民家の屋根へと上る。ついでに鞄から取り出した小型の爆弾に小手で付けた火種で着火すると、屋根の下へ落とした。
(それも相手を死に至らしめるんじゃないゲロか?)
俺は屋根を伝って別の民家の屋根に移動した。後ろで大きな爆発音と共に人々の叫び声が上がる。
「ラムト、俺のポリシーを教えておこう」
(何だゲロ?)
「弱い奴がたまたま俺が与えたダメージで死んでしまう事までは面倒は見れない」
(……納得だゲロ、ん! ブレイブ!)
俺は咄嗟に民家の屋根から地面へと降り立った。民家の屋根に巨大な氷の塊が突き刺さる。
「さっきからよく逃げる野郎……」
俺は銅の硬貨が入っているネカーの方をぶっ放して、民家の陰から現れようとしていた奴を威嚇する。そして無駄口を叩きながら登場しようとしていた奴に飛び掛る。
「ちっ」
俺の攻撃を察知して目の前の赤い制服のツルッパゲ……あの木を操る奴が距離を取った。
「ツルッパゲ! さっきから邪魔ばっかりしやがって!」
俺はツルッパゲを睨みつける。
「ふざけるな! 俺の名前はルー、ぐはぁっ!」
俺の台詞に反論しようとして隙だらけになったツルッパゲの顔面に石の硬貨を叩き込んだ。盗賊ブレイブ様相手にそんな隙のある行動をしちゃあ駄目だぜ?
(心の中で格好付けてないゲロか? ちなみに今の攻撃は卑怯だゲロよ)
とうとうラムトにまで心の声を読まれるようになってしまったか?
「……またゾロゾロと近づいてきてやがるな、奴らめ」
とりあえず気を失わせたツルッパゲを放っておいて、俺は敵が近づいてきている通路に入って、石の硬貨を再び発射した。
「ぎゃあっ!」
予想通りソロソロと歩いてきていた兵士が頭に石の弾丸を受けて地面に崩れ落ちる。その手から例の銃が滑り落ちる。
「! そうか!」
俺は目の前に落ちている銃を拾い上げてマガジンを取り出す。そこには俺の予想通りに怪しげな液体が入れられた弾丸が込められていた。俺はマガジンを元に戻すと先ほどのツルッパゲの所に戻って、ツルッパゲの腕に怪しげな銃から発射された弾丸を撃ち込んだ。
「うっ!」
気絶しているが痛みは感じたようだ。うまくいくかは分からないが、これでこいつの木を生やす能力も失われるはずだ。
(姑息ゲロ)
相変わらず繰り返されるラムトの中傷を気にせずに俺は再び辺りの気配を伺う。
(どんどん来るゲロ!)
上空を確かめるまでもなく、空気を切り裂く音を感知した俺はその場から前方方向に逃げ出す。俺の足元に巨大な氷の塊が何本も突き刺さった。次は右回転……。
「!」
いつの間にか目の前に赤い制服の男が銃を構えていた。俺は持ち前のハンドスピードで銃口を上にずらした。俺のわずか頭上を怪しい液体の入った弾丸が掠める。
「ぎょふっ!」
ズボンの下に隠している鋼鉄の膝当てを男の腹にめり込ませた。変な悲鳴を上げて男が気を失う。
(ヘックション!)
「うおっ! 五月蝿いぞ、ラムト! 俺の頭の中でクシャミするな!」
(急に寒くなってきたゲロ!)
確かに辺りの気温が急激に下がりつつある。……この冷気はミザの野郎だな。
俺はツルッパゲから奪取した銃をネマーの代わりに構えた。ミザの野郎にもこの弾丸を撃ち込んでやる。
「!」
僅かな空気の振動を察知した俺は後方に宙返りを行った。
俺の居た場所に下から突然突き上げてきた鋭い氷の柱が出現する。
「ちっ! ミザはこんな事も出来るのか!」
(辺り一面に力を放っているゲロ! 俺でもどこから攻撃されるか、奴がどこにいるのかも察知出来ないゲロよ!)
そう何度も避けられるものじゃないな。
しかもミザはその辺の一般兵士と違って、気配を絶つのが旨い。どこに向かえば良いのか判断が出来ない。
「とにかく動き回ってチャンスを掴むしかない!」
走り始めたと同時に俺の目の前に巨大な氷柱が飛び出してきた。それを斜め前方に走り抜けてその場を脱出する。
「くっ」
次に飛び出してきた氷柱が俺のすぐ真横に現れた。今のは危なかった!
(危ないゲロよ!)
「ちょっと黙って……!」
ラムトへ文句を言っている時に突然俺の隣の氷柱が砕けた。俺は咄嗟に上体を屈めてその場を走り抜ける。
鈍い音がして、近くの民家に弾丸がめり込んだ。
「逃げるなっ!」
声のした方へネカーのトリガを引いて、銅の弾丸を撃ち出す。
「うわっ」
男の叫び声の後、ドサッという地面に落ちた音が聞こえた。
まぁ、直撃はしていないだろうが、これでまた一人再起不能にさせたかな。
それにしても、走りながらでもしっかり集中していないと危険だな。氷柱が砕けなければ、例の弾が直撃していた可能性が高い。
「とっ!」
思考を中断させるかのように、目の前に再び氷柱が現れた。
ひとまず、広い場所に出たほうが良さそうだ。秋留達が戦っているであろう場所に戻るのも手だが、何だか格好悪いし、向こうは向こうで三人の豪精人を相手にしている筈だから、余裕は無い可能性が大きい。
「イテえええ!」
俺は左足に激痛を感じて思わず叫んだ。その場でゴロゴロと回転してひとまず建物の陰に身を隠す。
先ほど走っていた場所を確認すると、地面から釘のような小さくて細かい氷柱が何本も飛び出しているのが確認できた。
「こ、小癪な……」
(小癪さで言ったら、ブレイブといい勝負だゲロよ)
しかし、この足はヤバイぞ。俺は左足の傷口に左手を持っていった。手袋に染み込ませている傷薬が痛み位なら和らげてくれる。
「!」
またしても空気が振動している。俺は痛む足を引きずりながらその場を立ち上がろうとした。
「ぎゃっ」
一瞬にして意識が遠ざかりそうな激痛。下から突き上げてきた氷柱が俺の脇腹を切り裂いた。
(ブレイブ! 大丈夫ゲロか!)
「ぬぅう……」
額から脂汗が浮かぶ。傷は深いぞ……。
「やっと捕まえたよ」
俺はその声の方にツルッパゲから奪った銃を打ち込んだ。バキッという氷柱を砕いた音が聞こえたが、ミザには攻撃が届かなかったようだ。
ここから離れなくては。
「逃がしゃあしないよ!」
今度は肩口にミザが放った氷の塊がぶち当たった。俺は遠のく意識を繋ぎ止めて、ミザがいるであろう方向へネカーを乱射した。
「あがくなっ!」
ヤバイ、大きな攻撃が来る。
俺は危険を察知して、小型爆弾に急いで火を付けた。そしてその場を必死に離れる。
「きゃあっ」
「ぐわぁっ」
近くで発生した爆風に、俺の体は少し離れた場所にあった民家の窓を突き破って中へ転がり込んだ。俺が吹き飛ばされる瞬間、ミザの悲鳴も聞こえたため、上手くいっていれば少しはダメージを与えられたかもしれない。
「くっそ!」
(大丈夫ゲロか!)
俺はいつも背負っている黒い鞄から傷薬の瓶を取り出すとキャップを開けて脇腹の傷と肩口に振りかけた。この傷薬は冒険者に好まれているアイテムで、体力の実とか言う魔法の実をすり潰して使い易くしたものらしい。
「ぷっはっ! はぁ、はぁ……」
余った傷薬を喉に流し込む。失った体力が少し戻った気がする。
「! ちっ!」
俺は痛む体に鞭を打ちながら、再び民家から飛び出した。民家に再び大量の氷の塊が降り注ぐ。
俺は振り向いてネカーを頭上に向けた。そして飛んでくる氷の塊を一つ一つ粉々にする。
(ゲ、ゲロォ……)
ラムトがビビるのも分かる。
氷の塊が止まらない。ミザの野郎、ここで勝負を付けるつもりか。俺の体の回りには砕いた氷の破片が降り積もっていっている。
「業火の身体を持ち 煉獄の心を抱く者よ……」
この声は、俺のために天から降りてきた慈愛の天使……。
「灼熱の息吹を知らぬ哀れな者達を汝の舞で焼き崩せ……」
え!
でもこの魔法って、広範囲に熱風を放出する奴じゃ無かったか?
「コロナバーニング!」
「ぎゃあああああ」
(ゲコオオオオ!)
俺とラムトは叫びながらコートに包まった。このコートなら少し位の熱は遮断してくれるに違いない。
「ふぅ、大丈夫、ブレイブ?」
「無茶すんなー!」
俺は煙の出ている体を無理矢理起こして秋留に指を向けた。
「寒そうだったから」
秋留は俺の抗議は一切受け付けないような厳しい眼をしている。どうやら機嫌が悪いらしい。
「そ、そうか。確かに寒かったんだ、ありがとう、丁度良かったよ」
俺は何とか体を起こすとネカーと薬入りの銃を構えて、辺りの気配を伺った。
「あっちの屋根の上でちょっとボロボロになっているのはミザだな……」
俺が爆発させた小型爆弾のと先ほどの秋留の魔法の攻撃で、ミザは結構ボロボロになっている。その顔が鬼のような形相になっているのが分かる。
「そしてあっちは……長髪の男?」
「……厄介な相手だから戦闘場所変えようと思ったら、ブレイブがいたの」
秋留が厄介に思う程の奴がミザとの戦闘に加わった訳か。
しかし秋留が戦闘に加わってくれただけでも気持ち的に大分楽だ。
「ちなみに私の魔法力、そろそろ尽きるわ」
「そうか……ええええええええええぇ! そんな冷静にしている場合じゃないぞ!」
俺が秋留と話している間にも怒り狂ったミザは今にも襲い掛かってきそうだが、秋留の強力な魔法披露のお陰でまだ躊躇しているようだ。
「後、煉蘭一回の召喚が限度かしら……」
秋留が両手で拳を握りながら呟いた。魔法力を確認しているに違いない。
「召喚魔法って消耗が激しいんだろ? 威力を落として回数増やした方が」
「駄目なの!」
俺の意見を遮るように秋留が叫んだ。そして長髪の男の方を睨み付ける。
「あいつは……炎燐の因子を持っている!」
「!」
煉蘭の母親の因子を持っている? それはまさか……。ラムトと同じくユスティム研究所の奴らに……。
「向こうで戦闘開始した時に煉蘭を召喚したんだけど……すぐに煉蘭は気づいたわ」
(どうりで会った事がある気配だと思ったゲロよ、あの建物で召喚していた火猿の仲間だったゲロか……)
仲間……正確に言うと煉蘭の母親だけどな。
「長髪の男に絶対、煉蘭の攻撃をヒットさせてあげるの!」
「よし! 協力するぜ!」
とは言ったものの、俺の体力も限界に近い。カリューとジェットの援護も今の所、当てにはならないだろう。クリアが来ても邪魔なだけだしな。
「ツートンとカーニャアは?」
「……私の魔力が尽きかけているせいで、制御が出来ない状態だよ、ジェットも今は機能を停止していると思う」
え?
そうするとカリューがあの岩の男と剣のガキ二人を相手にしているという事か。いよいよ援護は期待出来ないな。
「! 来るぞ!」
俺と秋留が離れた場所に氷の塊が落下する。
「きゃっ!」
次は炎の塊が秋留の目の前に落下する。
「ちっ」
薬が装填されている銃を長髪の男に向かって撃つ。
「かああああっ!」
長髪の男の口から放出された高熱の炎が奴に向かって飛んでいた弾丸を消滅させた。こりゃあ、どっちも手ごわいぞ……。
長髪の男が建物の屋根から地面へと降り立った。少し奴に近づいたせいか辺りの温度が少し上がったようだ。
ちなみにツルッパゲから奪取した銃のマガジンは今ので空になってしまった。
俺はネカーとネマーを構えてミザと長髪野郎の両方に銃を乱射したが、ミザには氷の壁で、長髪野郎には炎を使って弾丸を防がれてしまった。
(相変わらず石の硬貨を使っているゲロか?)
「とっくに銅の硬貨に入れ替えたさ!」
その硬貨も残り少なくなってきている。どこかで調達する必要がありそうだが……。あそこの家は金を持っていそうだな。奴らを引き付けつつあの建物に転げ込むのが良さそうだ。
ひとまずあの長髪野郎の方が金持ちの家に近いな。
俺はネカーとネマーを連射しつつ長髪野郎の方に走り出す。
「ブレイブ! 無茶しないでね! 隙を作ってくれれば私が一発お見舞いするから!」
建物の陰から秋留が叫びながら飛び出した。そして飛んできた氷の塊をブラドーの刃で串刺しにする。
よし、秋留に良いところを見せないとな。
俺は鞄から最後の小型爆弾を取り出すと、長髪野郎に投げつけた。
長髪野郎は瞬時に爆弾だと気づくはずもなく、今まで通り炎を吐いて、辺りが振動する程の爆発を起こした。俺はその隙をついて金持ち宅の窓を割って侵入を果たした。
(ブレイブ、まさか泥棒するつもりゲロか?)
ラムトの言葉を無視して俺は室内を見渡す。
……あのタンスが怪しい。
盗賊の感を最大限に活用して怪しいタンスから引き出しを全て引き出す。
「ビンゴ!」
一番下の引き出しの奥に銭袋を見つけた俺は中身を確認して思わず動きが固まった。
(どうしたゲロ?)
「この輝きは……百万カリム硬貨!」
硬貨はその金額によって材質が変わる。
俺が普段使っている銅の硬貨は千カリム。一万カリム硬貨が銀、十万カリム硬貨が金……。そして滅多にお目にかかれないのが、この百万カリム硬貨のダイヤだ。
それが何と二枚も入っている。想像以上だ……。
俺は黙って上着のポケットの左右にダイヤの硬貨を詰め込んだ。そして銭袋に入っていたその他の硬貨を銭袋ごと腰のベルトに通す。
(ブレイブ、それは人としてどうなのかゲロ?)
「よくある事さ。敵を倒すために敵の金を使って何が悪い?」
(その百万カリム硬貨を使って、敵を倒すつもりがあるゲロか?)
……。
…………。
………………。
「よし、奴ら二人をぶっ殺してやるぜ! 待ってろよ、秋留」
(シカトされたゲロ……あ、ブレイブ!)
「了解!」
俺は先ほどぶち割った窓とは反対側の窓を硬貨で割ると、そこから急いで豪邸から脱出した。そのすぐ後に炎の塊が邸宅を吹き飛ばした。
「うおぉっ!」
俺は爆風に流されて通りを転がった。もう少し百万カリムに見とれていたら、あの建物のように崩れ去っていたに違いない。
(ドンドン来るゲロよ!)
ラムトの台詞に俺は辺りを見渡しながら、長髪野郎の姿を探した。
「くっ」
コートを翻しながら、長髪野郎からの炎の塊の攻撃を防ぐ。その余りの暑さに体中から汗が滝のように流れているのが気持ち悪い。
「見つけたぞっ!」
大分距離があるが、俺は補充したばかりの硬貨を使って、ネカーとネマーを撃ちまくった。
「無駄だぁあああっ!」
長髪野郎の叫びと共に口から吐き出された炎が硬貨を全て消滅させる。それでも俺は諦めずにネカーとネマーを乱射する。
「ぬっ!」
建物の屋根から攻撃していた長髪野郎が俺の硬貨の攻撃を肩口に食らった。
(攻撃が当たったゲロよ!)
「……どんな奴だって、あんだけ連続で攻撃を繰り出していれば疲れもするさ……硬貨を撃つだけの俺には大した疲れは無いけどなっ!」
俺は勢いをつけて、目の前の四角い民家の平らな屋根へと這い上がった。路地を曲がろうとする長髪野郎の姿が見える。
「逃がすかっ!」
ここぞとばかりにネカーとネマーを乱射する。小さな呻き声が聞こえてきた所を見ると、どうやら何発かは当てたようだ。
(随分と攻撃的になったゲロな……)
……ラムトの軽蔑するような台詞を無視して俺は長髪野郎の後を追った。その間、炎の塊が何度か放たれたが、焦った奴の放った攻撃など当たりはしない。
(攻撃が荒いゲロ。まだ慣れてないようだゲロね)
「……そうか。俺達がすぐに炎燐の後を追いかけてきたからな。時間的に長髪野郎はまだ霊獣の因子を入れられて間もないはずだ」
(ブレイブもまだ慣れてないゲロな)
……額が光る能力になんて慣れたくないわっ!
俺は心の中でラムトに突っ込みを入れると、少し大きめの広場に飛び出してしまった長髪野郎に向かって、硬貨の弾丸を浴びせる。
「ぐぎゃあっ!」
体の至る所を抉られて、長髪野郎が広場の中心に倒れこむ。俺は民家の屋根から広場に降り立つと、長髪野郎を見下ろす場所まで近づいた。
「ぜぇ、ぜぇ……」
目の前の長髪野郎は今にも死にそうな目で俺の方を睨んでいる。闘志はあるようだが、体力がもう底をついてしまっているようだ。まだまだ戦闘経験も少ないのだろう。元はただの一般人かもしれない。
「そこまでだよっ!」
ミザの声に、俺はネカーとネマーを両手に構えると声のした方向に振り返った。
そこには頭から下が凍り付けにされた秋留の姿があった。その氷付けの秋留の体を撫で回すようにミザが隣で構えている。
「武器を捨てるんだ……さもないと頭の無い氷の彫像が完成するよ?」
ミザの手に氷の剣が突然出現した。確かにあんな剣で切られたら……。
「ごめん、ブレイブ……守るとか言っといて……私の事は良いから」
俺は秋留の台詞が言い終わる前にネカーとネマーを地面へと放った。
「ほらよ」
「ブレイブ……」
弱弱しい秋留の声を聞いて、俺が抵抗出来るはずが無い。何とかスキを見つけてミザの脳天に硬貨をぶち込んでくれる……。
「お前が大人しく撃たれれば、この女は助けてやるよ」
そう言って、ミザが銃を構えた。恐らく弾はラムトの因子を消す特別な薬品が込められているに違いない。そもそも弾丸なので当たる場所によっては即死してしまうだろう。
(……ブレイブ)
「何だ?」
俺は小声でラムトに答えた。
(俺がスキを作る。そのスキにお前の女を助けろ)
「馬鹿っ! 止めろ!」
「! 貴様! 動くな!」
俺の叫びとミザの叫びが交差した瞬間、俺の額がまるで太陽を見上げているかのように光輝いた。
俺はラムトの台詞で一瞬前に目を閉じていたため直撃は免れたが、ミザはそうはいかなかったようだ。
「貴様ぁっ!」
俺は先ほど放ったネカーとネマーを素早く拾い上げると前転して硬貨を乱射した。ミザも失った視界の中で薬品入りの弾丸を何発か撃ち込んで来た。
「ぎゃああっ」
「ぐあっ」
ミザの悲鳴、そして、俺の右肩に走った激痛。……相打ち……嫌、俺の負けか……。体の中が熱い。頭が割れるように痛い。ラムト……ラムトの声が聞こえない……。
「ラムト、返事をしろ……」
「煉獄の番人煉蘭よ……」
俺は痛む頭を抱えていると、秋留の呪文の詠唱が聞こえてきた。体中の激痛により目を開く事も困難だが、どうやらミザを倒した事により秋留の氷の呪縛が解かれたようだ。それでもまだ動くのは困難なはずだ……。
「!」
俺の後方から凄まじい熱気が伝わってくる。
長髪野郎か。
しかし体が全く言う事を利かない。
「己が守りし門を解き放ち」
秋留が体を引きずりながら俺の方へと近づいてくる。
「う、うおぉぉぉぉん……」
長髪野郎の弱々しい雄叫び……どこか悲しさを感じるのは奴に取り込まれた炎燐の因子が泣いているせいだろうか……。
「この世の全てを灼熱の地獄と化せぇえええっ!」
「うおぉぉぉぉんっ!」
俺の後方で巨大な力がぶつかり合った。
俺は前後左右も分からぬまま、熱風に押し流されて地面を転がった。地面に転がっただけなのに体中に再び激痛が走る。
「だ、大丈夫?」
転がる体を支える優しい手。
まだ目を開く事が出来ないが、この優しい声は秋留だ。……大丈夫、と元気良く答えたいが口も動かす事が出来ない。
色々傷を受けすぎたせいもあるかもしれない。
しかし一番の傷は……。
「ミザはブレイブの攻撃で再起不能……こんな時にでも相手を殺さないなんてブレイブらしいね……」
……殺す気で硬貨をぶっ放したけどな。ミザの奴、運が良かったようだ。
「髪の長い奴は……煉蘭に消し去られたわ」
そうか。
娘の手で母親を解放してやったんだな……煉蘭も少しは気が楽になったに違いない。
「……ラムトはやっぱり?」
ラムト……。
もう声が聞こえない。色々わめいてばかりで五月蝿かったが、いなくなった途端、この気持ちは何なんだ?
「!」
思わず体が強張ってしまったが、秋留が突然俺の頬を撫でた。
……泣いているのか、俺は? ……いや、そんな事は無い。きっとラムトが別れの涙を流しているのだろう。
さよなら、ラムト。
短い間だったが、お前との生活は楽しかったぜ。
体中が傷だらけの俺と魔法力が尽きた秋留は、二人で肩を貸しながらカリューの下へと歩いていった。
「まだ決着がついていない可能性があるからね……急がないと」
「カリューの事だ、殺そうと思っても殺せるもんか」
先ほどよりも五感が回復したお陰で何とか掠れた声ではあるが、喋れるようにはなった。両腕も何とか動かせそうだ。
「カリューの呻き声が聞こえた!」
五感が完璧には回復していないため、俺の耳には聞こえなかった。
俺と秋留は最後の力を振り絞ってカリューの下へと急いだ。
「ガアアアアアッ!」
「この化け物めっ!」
怪物のような声は奴らではない。獣人化したカリューの唸り声だ。「この化け物め」の台詞は声の幼さから判断すると大剣の霊獣を操るガキだな。
「いい加減、大人しくしろっ!」
ソソソンの岩のような腕が獣人化したカリューの頭部を掠める。避けきらなかったらしく、カリューの頭から血が飛び散る。
どっちが改造された人間だか、あれじゃあ分からないな……っと頭の中で冗談言っている場合では無い。
「ちっ! あいつもギリギリじゃないかっ!」
俺は震える手でネカーとネマーを構えようとした。
「あ! お姉ちゃん!」
建物の陰からクリアとその下僕である紅蓮とシープットが飛び出してきた。おいおい、照準も合わせにくいし手元も安定しない今の状態で俺の視界に入ってくると危ねぇって。
……こいつらも一応、仲間ではあるが、カリューの助けにはならないわな……。
「とりあえず、お前ら俺の視界から外れろ」
俺は震える手をクリア達の向こう側、ソソソンの方へと向けた。俺の台詞にクリア達が俺から離れる。
俺は足を引きずりながら、町の路地を五十メートル程進んだ場所で繰り広げられている戦闘の場所へと歩き始めた。
こんな所から銃をぶっ放したら、クリア達を戦闘に巻き込んでしまう。
「私も行くよ。イザという時はブラドーも頑張ってくれるはず」
秋留の首にマフラーのように巻きついているブラドーが弱く動いた。コイツも秋留と一緒に氷付けされていたから、体力は限界に近いだろう。
俺は秋留に頷くとトボトボと歩き始めた。いや、気持ちの上では猛ダッシュしているのだが、体が言う事を利かない。
「ブレイブ! 左上!」
俺は秋留の台詞に確認するまでもなく、左手に持ったネカーを左上に向かって乱射した。
「ぐあっ!」
男の悲鳴が聞こえた後、地面にドサリッと何かが落ちた音が聞こえた。
「まだ雑兵がいやがったか」
「ユスティム研究所の拠点だからね。私も長髪と戦っている最中に何人かやっつけたけど」
ちっ。
こうなると五感が全快しないのはキツイな。秋留の魔法力が尽きている今では、回復魔法も掛けてもらえないしな。
……やっぱり少し高価ではあるが、秋留用の魔力回復薬を常備しておく必要がありそうだ。
「ぎゃっ!」
俺が考えにふけっている間にブラドーが目の前から突然現れた雑兵その二を鋭い刃になって串刺しにした。……まぁ、急所には当たってないから運が良ければ生き残れるだろう。
「……さて、それじゃあ開戦と行くか」
「……うん」
俺はネカーとネマーを構えた。隣で秋留は三日月型のオブジェが付いた杖を構える。ちなみにその杖には堕天使のお守りとかいう黒い人形がぶら下がっている。
……。
「それ攻撃用じゃないだろ? 俺の短剣使ってくれ。使い心地は良いと思うぞ」
俺は腰に装備していた黒い短剣を秋留に手渡す。
「あ、ありがとう」
「お、おう……」
秋留のお礼に思わず照れる……ってこの時間も幸せだが、早くカリューを助けにいかないとな。
俺は会戦の狼煙にネカーとネマーをソソソンに向かって乱射した。
「ぬっ」
ソソソンがカリューへの攻撃を止めて、俺達の方を振り返る。
その隙を逃さずにカリューが剣を振るったが、ソソソンの硬い体はその攻撃を弾いてしまった。そもそも俺の放った硬貨の弾丸も弾かれてしまっている。
……ソソソンには魔法攻撃が有効そうだ。
しかし肝心の秋留は魔力が尽きていて魔法攻撃を行う事が出来ない。
「! お前らが戻ってきたって事は……ミザとルード、それに新入りのシャーディは……」
ここで秋留が短剣を構えて一歩前へ出る。
「全員、消し炭にしてやったわ」
……正確にはシャーディのみ消し炭になった訳だが、ここでは突っ込まないでおく。
「き、貴様ら……なぜ俺達の邪魔をするぅっ!」
ソソソンが叫びながら俺達の方へと走ってくる。体に合わせるように動きは遅い。
「ユスティムは魔族と一緒だからよっ! 私達は魔族討伐組合の冒険者! あんた達を討伐して何が悪い!」
秋留が力強く叫ぶ。
俺はネカーとネマーをソソソンに乱射した。
攻撃の衝撃はあるようなのだが、ソソソンの動きを止める事は出来ない。岩のような肌を持っているようだが、その辺に転がっているようなただの岩ではないらしい。
「無駄だぁっ!」
ソソソンの攻撃が空を切り裂く。
俺と秋留は咄嗟にその場を離れた。避け際にブラドーの刃がソソソンに突き刺さった。……いや、俺の硬貨の弾丸同様に見事に弾かれてしまったようだ。
至近距離からならっ!
俺は再びネカーとネマーを乱射した。しかしソソソンの頑丈そうな体を傷つける事は出来ない。
「ブレイブ! もっと硬い硬貨は持ってないの?」
秋留がソソソンと距離を開けながら叫んだ。
……。
…………。
………………銭袋の中には金と銀の硬貨も入っているが、硬さで言ったら銅が一番だ。
「お前ら! いい加減しつこいぞ!」
ソソソンの豪腕が秋留の体を掠める。
「!」
駄目だ。
躊躇している場合では無い。
俺はネカーと中の硬貨を銭袋の中に戻すと、胸ポケットに忍ばせていた硬貨を取り出した。銅よりも何倍も硬い硬貨、ダイヤの硬貨……撃ちこんだ後は絶対に取り返してやるからな。
俺はまだ若干震える両手でダイヤの硬貨をネカーに込めると照準を合わせるようにソソソンを睨みつけた。ちなみに両手が震えているのはダイヤの硬貨をぶっ放すという精神的ダメージの影響もあるかもしれない。
俺はソソソンへ攻撃をぶち込みやすいように銅の硬貨が込められているネマーをソソソンに向かって連射した。
「さっきからチクチクチクチクと……俺達の邪魔をする奴はぶっ殺してやるっ!」
ソソソンが俺の方へ猛然と突っ込んできた。
ソソソンの後方では秋留が心配そうに俺の方を見つめている。その秋留に向かって小さく頷く。
……震える両手を気迫で押さえつけ、俺はネカーとトリガを引いた。
「!」
体に今までに無い程の衝撃が伝わる。銅の硬貨の時に発射の反動など感じた事は無かったのだが……。
強力な反動を発生させて、ネカーから発射されたダイヤの弾丸がソソソンの腹にめり込んだ。
「ぐぎゃあああっ」
ソソソンの鋼のように硬い腹にヒビと共に大量の血が辺りに舞った。
……あれ?
……ダイヤの硬貨……奴の体を突き抜けなかったぞ……。どうやって回収しよう? 奴の傷口に手を突っ込んでほじくり出すしかないな。
「あっ! ソソソンさん!」
カリューと激闘を繰り広げていた大剣を操るガキがソソソンの方に駆け寄る。その向こう側では決着が付いた事を確認したカリューが獣人の姿のままその場に崩れ落ちる。
今まで二人の豪精人を相手にしていたお陰で助かったぜ、カリュー。
「ブレイブッ!」
秋留の叫びに俺はカリューから視線をソソソンの方へと戻した。
「!」
全く気づかなかったが、目の前に真っ黒の服を着て地面に付く程の長い黒髪をした女が立っていた。
俺は咄嗟にネマーを撃ちこんだ。
その攻撃をガキの操る巨大な大剣が弾く。
「ティムチェさん……」
ガキが呟く。
どうやら突然現れたこの女はティムチェとかいう全くもって覚えにくい名前らしい。名前を覚えるのが苦手な秋留では絶対に正しく覚える事は出来ないに違いない。
「撤退しますよ」
ティムチェと呼ばれた女が小さく言った。
すると突然、倒れていたソソソン、半泣きのガキが地面に突然チャプンッと沈み込んだ。まるで池に落ちるかのように。
残ったのはティムチェただ一人だ。
「ふむ……ひとまずそこの黒い人からは因子を消せたようですし……良しとしましょう」
真っ黒い女に黒い人呼ばわりされてしまった。
こいつも何か特別な霊獣の因子を組み込まれた豪精人に違いないのだが……能力が全く不明だ。
「……私達にこれ以上関わらないで下さい……」
そう台詞を残して女はソソソンなどと同様に地面に沈んだ。
「ま、待ちなさいっ!」
秋留は叫んだが、相手からの反応は無い。
……厄介な相手と係わり合いを持ってしまったのかもしれない。あいつの口ぶりからすると、これ以上、向こうもチョッカイは出してこなさそうではあるが……。
「くっ……」
秋留は地面に両手をついて涙を流し始めた。
犠牲になった炎燐のため……そして俺の中から消えてしまったラムトのため……。