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第三章 調査

「どこの出身だった…出身なの?」

 俺の正面に座っている秋留が優しく問いかけてきた。

 若干言葉の表現に迷ったようだが、何も無かったかのようにすました顔をしている。

 ここはガイア教会本部魔術研究所の会議室だ。俺達の情報整理のために、美冬さんが場所を提供してくれた。

(バーム大陸にある鬱蒼とした森深く……僕は木々の隙間から力強く差し込む光を浴びて気ままに暮らしていたんだゲロ……)

「バーム大陸の森の中だってさ」

(こらっ! ブレイブ! 色々省略するなゲロッ!)

「だぁ〜! 頭の中で五月蝿いなっ! ちゃんと重要な所は言っただろ?」

 頭を掻きむしりながら叫ぶ。

「それにゲロゲロ五月蝿いぞ! 普通に喋れないのか!」

(むぅっ! 失礼な! この光の蛙ラムト様のアイデンティティーを馬鹿にするかっ! ゲロ)

 とんだ奴が俺の中に入ってしまったもんだ。

 もっと大人しい霊獣が俺の中に息づくならまだしも……光の蛙? 使えない能力しか無さそうな響きだぞ……。

 ちなみに傍から見たら俺は一人で何をやっているんだ? と見えるに違いない。

 俺の中にラムトという蛙の霊獣……いや、ただの蛙の因子が組み込まれてしまったのだ。

 それがどんな仕組みかは全く不明なのだが、俺の頭の中で意識を持つ結果となってしまった。お陰で俺は突然頭を抱えて叫びだすような変人扱いをされてしまう可能性が大きい。

「ブレイブよぉ、話が進まないからラムトの言葉をそのまま伝えてくれるか? ゲロゲロ付きで?」

 カリューが笑いを堪えながら指摘してきた。

 くっそ〜!

 今まで散々カリューの事を馬鹿にしていた手前、文句を言う事も出来ない。

 しかも俺の頭の中で喋っているラムトの声は他のメンバーには聞こえてないため、俺の独り言に聞こえるはずだ。それをこのカリューはまるでラムトの声まで聞こえているかのように内容を想像して馬鹿にしてやがる!

 こんな時だけ要領の良い事しやがってぇー!

「で、やっぱり赤い制服を着た人たちに攫われたの?」

 秋留は何事も無かったかのように俺、というか俺の中のラムトに質問しているようだが、その顔には笑いを堪えているのが丸分かりな感じで眉毛がピクピクと振動している。

(そうだ、必死に光って抵抗したんだが、全くひるみやしねぇんだ……ゲロ)

 ……こいつ、実は無理矢理語尾にゲロって付けてやがるな?

 頼むから俺の中だけしか存在しない奴が、アイデンティティーを気にしないでくれ。

「ブレイブ、泣いてなくて良いから、通訳お願い」

「赤い制服の奴らに攫われたんだとよ。身体を光らせて対抗したけど、全く役に立たなかったらしい」

 俺は泣き真似を止めて真面目に秋留に答えた。

「なるほどゲロ」

 勿論、俺のこの状態を楽しんでいるカリューの台詞だ。

 殴りたい。

 俺の事を小馬鹿にしているカリューの憎たらしい顔に一発……硬貨を打ち込みたい。

「どこに連れられていったか分かる?」

 ちなみに秋留達の情報収集はどうやったのかは不明だが、ユスティム研究所の本部は見つける事が出来なかったらしい。

 ユスティム研究所のアームステル支社の存在を嗅ぎつけて侵入した所、奥からカリューの叫び声が聞こえてきたので、慌てて助けに来てくれたという事だった。

(どこに? うーん……ゲロゲロ)

「ゲロゲロだそうだ」

(なっ! アホブレイブ! 僕のアイデンティティ部分だけをそのまま喋るなっ! はっ! まさか俺のアイデンティティを奪うつもりだな?)

 絶対しません、そんな事。

 というかどこに連れ去られたのか、とっとと思い出してくれ。

「ゲロゲロですかな? 知らない地名ですなぁ……」

 ボケボケジェットが真面目に考え始めてしまった。

「へー、ゲロゲロなんていう地名があるのっ? 冗談だと思った!」

 あ、最近存在感の薄いクリアまでがボケボケだ……。

 そういえばコイツ、最近元気無いな……。

(へ〜、ゲロゲロなんていう地名があったのかぁ……僕のアイデンティティが取られた! 訴えてやる!)

「だぁああああっ! お前らわざとか、天然なのか分からんが、疲れるわぁあああ!」


「ふぅ……」

「落ち着きますなぁ……」

 俺達は先程の会議室でジェットが淹れてくれたお茶を飲んでいる。

 あれからゲロゲロが地名ではないという説明をするために、三十分程を費やした……気がする。

 自分の中のラムトに説明するのが一番空しかった。

 俺の中に息づくんなら気持ちで会話が出来ればどんなに楽な事か……。

「どうぞ、砂糖菓子でございます」

 シープットが果物の形をした砂糖菓子を目の前の机に並べていく。

 いつもシープットが背負っている大きな鞄をガサガサと漁っていると思ったら、こんなものまで持ち歩いているのか……。クリアがどんなわがままを言ってもすぐに対応出来るようにしているためだろう。

「場所は分からない……か」

 熱血漢カリューが残念そうに呟いた。

(面目ない……この恨み、何としてでも返したいんだケロが……)

 ラムトの声も悔しそうだ。

 結局、ラムトは頑張って思い出そうとしたのだが、記憶に無いらしかった。

 そもそも過去の記憶がほとんど残っていないようだ。

 ……最早肉体を失ってしまったため、記憶を保存していた脳も失われている。むしろこの意識が残っている状態の方が不自然だ。

「また求人に載っていたりしてな」

 俺の他愛の無い冗談も場の空気を和ませる事は出来なかったよう……。

(なっ! そのキュウジンとかいうものに情報があるのか? それならこんな所で油を売ってないで)

「ラムト五月蝿い! 俺の冗談をイチイチ間に受けるなっ!」

 俺は気持ちを落ち着かせる為に砂糖菓子を口に放り込んだ。

 甘くて疲れが取れるようだ。

 実は俺は大の甘党だ。辛い物はすぐに口の周りがヒリヒリしてしまって好きではない。

(ぬうっ! 何だ、この甘いのは! うええええ、ゲロゲロ〜)

「汚いなっ! ラムト! こんな所で吐くなっ!」

(ブレイブ、もっと旨い物食わせてくれ)

 ツッコミ所満載で疲れる。

 このままでは心労で倒れてしまいそうだ。

 ぐったりしているとシープットと眼があった。何か言いたそうだ。

「何だ? シープット」

「ラムト殿が吐くとはブレイブ殿が吐くという事ですか?」

「そんな事、知るかぁっ!」

 悲しい。

 何が悲しいか、って秋留が俺を哀れんだ眼で見ている事だ。

 ちくしょう!

 俺は派手さが無くても十分だったのに、こんな訳の分からない蛙に乗り移られて変な個性が出るなんて、何も嬉しくなんか無い!

「あ、求人で思い出したけど、ユスティム郵送会社って魔族討伐組合で調べたんでしょ?」

 秋留が俺に意見を求めている。

「ああ、でも情報は載って無かったぞ?」

「……レッドページで自分で調べたんでしょ?」

 秋留がジロリと俺の顔を睨んで聞いてくる。

 うう……。俺、なんかやっちまったか?

 ちなみにレッドページは通称、赤本と言われており、大した情報は載っていないが、冒険者なら誰もが閲覧する事が出来る情報誌だ。その地域にある店の情報など、主にクエストの依頼主に関する情報を簡単に調べたい時にパラパラとめくったりする。

「そ、そうだぞ……ユスティム郵送会社の情報は載ってなかったな。中小企業だからか?」

「馬鹿っ!」

 その迫力に思わず後ずさる。

 秋留の声は時々、物凄い威圧感を受ける場合がある。言葉の魔術師……とでも言おうか。

「レッドページには大抵の企業の情報は載ってるの! レッドページに載ってないなんて、ほとんど有り得ないのよ! ましてや郵送会社なんていう冒険者を雇う事が多そうな企業の情報が無いなんて有り得ない!」

「う……そうなのか?」

 俺は一緒に情報収集したカリューの方に向いて助け舟を求めた。しかしカリューは巻き添えを食らう事を恐れて明後日の方を向きながらお茶をすすっている。

 俺は秋留の方に視線を戻した。

 厳しい顔をした秋留が俺の方を睨み続ける。

「……知らなかったよ、今後気をつける……」

 俺は何とか声を振り絞ったが、それでも秋留の厳しい視線はまだ俺の顔を睨みつけてる。

「軽はずみだった。すまん、悪かったよ」

「……ふぅ。気をつけてよね、今回は霊獣が体内で息づくだけで免れたから良かったものを……」

 だけ?

 まぁ、死ぬよりはマシかもしれないが……。

(ぷぷ、怒られてやんの、ゲ〜コッコ!)

「だぁああ、馬鹿にすんなぁっ!」

「! 何! 何か私、変な事言った?」

 秋留が机をバンと叩いて俺の顔に近づいてくる。

「ぎゃあああ、ごめんなさい、秋留に言ったんじゃなくて、ラムトに言ったんだよぉぉおおお!」

 俺は秋留の叫び声に押さえ込まれた感じで、部屋の隅に縮こまった。



 ラムトとの楽しい共存生活を始めて三日が経過した。

 今日も美冬さんの所に顔を出して、色々身体の状態を調べられている所だ。

「相変わらず何とも無い?」

 美冬さんが何やら別の作業をしつつ、俺から採取した血液に何やら溶剤を加えている。ここ何日か通って分かった事なのだが、美冬さんはこの職場の職員に凄く信頼され好かれているようだった。

 まぁ、仕事も出来るし愛嬌のある顔をしている。

 さすが秋留の母親と言った所か。

「若干寝不足かな。ラムトの奴、夜中でも雨が降っているとゲコゲコ鳴き始めるんだ……」

(ブレイブ、雨音を聞くと自然と歌いたくなるのが霊獣ってもんだゲロよ)

 絶対嘘。

 霊獣にはそんな習性ありません、それはモロに蛙の習性だ。

 全く、こいつが霊獣として存在していた時にその姿を見てみたいものだ。絶対、蛙そのものの姿をしているに違いない。

「問題無いけど、いつまた前みたいに暴走し始めるか分からないからぁ……」

 そう言うと美冬さんは席から立ち上がり、部屋の反対側の棚からガサゴソと道具を袋に詰めて、戻ってきた。

「これ、カリューが暴走した時に使用するものと同じ抑制針ね」

「……お、俺用ですか」

「そう、ブレイブ君用。危険だな? と思ったら迷わず自分の腕にプスッと刺してね」

 何だか無茶な事言われている気がするのは気のせいだろうか。

 そもそもこの尖って痛そうな針を自分の腕に刺すのは抵抗があるな。しかも危険そうだと感じたらかぁ……。それはどんな時だろう?


 俺はガイア教会本部の敷地内に設置されている魔術研究所から外に出た。

 今日は細かい雪がサラサラと降っている。粉雪という奴だろうか?

(ゲコゲコ、ゲコゲコ……)

 こいつは雪でも五月蝿くなるのか……。

 まぁ、もう放っておこう。そろそろラムトが発する雑音にも慣れてきた気がする。

「では、お気をつけて……」

 ガイア教会本部の敷地内は関係者以外、立ち入り禁止だ。

 そのため、俺が正門に到達するまでは、ガイア教会の警備員が俺をエスコートする。

 俺はその警備員に軽く挨拶をすると、コートのフードを被って街へと歩き出した。


(ブレイブ、あの団子はどんな味なんだゲロ?)

(お、あっちのはんば〜が〜とかいう奴はどうなんだゲロ?)

 俺はラムトが発する雑音を無視してアームステルの通りを歩いている。これ位の雪の量はアステカ大陸では日常的なのだろう。通りには寒さに負ける事なく、店頭でアクセサリーを売る怪しげなアフロの女性や、飲食物を売っている子供の姿が見える。

(なぁ〜、ブレイブ〜、何か食おうぜゲロ〜)

 美冬さんの所に行く前に遅めの朝食を取ったため、今は昼を少し過ぎた位だが腹は減っていない。

(なぁ〜、僕、腹減ったよ〜)

 身体の無いお前がなぜ腹が減る?

(おい〜、さっきからシカトかよ〜?)

「腹は減ってないんだ」

 俺は小声で答えた。

 五月蝿いラムトを黙らせる為に大声を出したい所だが、さすがに街中で一人大声で叫んだら、変人だと思われてしまうに違いない。

(え? 何だって? 聞こえないぞ、ちゃんと喋れ、ブレイブゲロ!)

「ブレイブの後ろにアイデンティティーを持って来るな!」

 思わず叫んでしまった。

 俺の叫び声に周りにいた買い物客や店の店員が俺の方を一斉に振り向く。

「……ほらっ! そこ滑りそうだぞ、気をつけろ!」

 俺はその場を誤魔化すために、近くを歩いていた子供を注意した。

 その子供はアームステルに住んでいるのだろう。

 慣れた動きで雪が薄く積もった通りを跳ぶように歩いていってしまった。

「……ごほんっ」

 結局、変人だと思われてしまったようだが、気にせずに先に進もう。

 ……早くこの場から遠ざかりたい。


「嫌だわぁ〜、私ここで荷物届けてもらった事あったのに」

「まぁ、わたくしもですわぁ!」

 俺はノンビリとユスティム郵送会社、があった場所まで歩いてきた。

 近くでは噂を聞きつけたらしいオバサン二人組みが大声で話し合っている。

 郵送会社の建物の入り口には黄色いテープが貼られ、立ち入り禁止となっていた。

 少し離れた場所の物陰にはあまり気配を消す事が上手くない治安維持協会員と思われる二人組みの姿も確認出来る。

 俺達はユスティム郵政会社の地下で怪しげな実験が行われている事を治安維持協会に報告を行った。

 全てを問題解決させてから、報告すればガッポリと金が懐に入ってくる予定だったのだが……なぜか俺の懐には奇妙な蛙の霊獣が入ってきてしまった。これが本当のガマグチか、って笑えない……。

(ここで僕はブレイブと合体してしまったのかゲロ……)

「嫌な表現を使うなっ」

 先ほどのオバサン二人組みも消えたので、俺は少し大きめの声でラムトに突っ込んだ。

 ちなみに治安維持協会に確認した所、人間が行方不明になっている事件などは、例年とあまり変わってはいないという事だった。

 この世の中、悲しい事に色々な理由で行方不明はあるようなのだが、ユスティム研究所は本格的に活動している訳ではないのだろうか?

「!」

(どうした? ブレイブ、何か身体が強張っているようだゲロよ?)

 俺はラムトを無視してさりげなく辺りの気配をうかがった。

 どうやら先ほどの治安維持協会とは別の位置から、何者かが俺の事を観察している……ような気がする。

 こちらはそれなりに気配を消すのが上手いようだが、まだまだ修行が足りないな。

 どうするかな。

(奴らか?)

 ラムトの声の質が変わった。

 そして俺の内側から何か得体の知れない怒りが湧き上がってくるのを感じる。

「馬鹿っ、落ち着け! 奴らに気付かれるだろっ!」

 俺は小声だがしっかりとラムトに伝わるように力強く注意した。

(……ゲロ、後ではんば〜が〜食わせろ)

「……了解」

 ラムトと会話をしている間も何者かが俺の事を監視している気配は消えない。

 俺は何となくその場を歩き始めた。

(奴らは?)

「付いてきているな……だがユスティムの奴らとは限らないからな、暴れようとするなよ?」

(了解ゲロ)

 さて、こいつらの目的は何だろうか。

 カリューを狙うなら分かる。あいつらは非人間のカリューに興味を持っていたみたいだからな。

 しかし俺は只の人間……いや、違う、今は体内に霊獣の意識を取り込んだ……非人間だ。

 ……俺を狙っているのか?

 俺は怪しまれないように人通りのそれなりに多い場所を歩いていく。

 逆に人通りの少ない方に進めば、俺が追跡に気付いたことがバレる事が大きいからだ。

 あいつらが何者か、何が目的かをはっきりさせないといけない。

 暫く歩いて目の前がT字路になっている場所まで来た。この辺りは店なども並んでいるため怪しまれ難い。しかもT字路の左側には人の気配は無さそうだ。

 俺はT字路を左に曲がると、ゴミ箱、ショーウィンドウ、屋根の順番に手足を器用に使いながら、移動した。

(ブレイブ、そんな動きも出来るのかゲロ? まるで人間じゃないみたいだゲロ)

 お前のせいで純粋な人間じゃなくなったけどな。

 暫く店の屋根の上で様子を伺っていると、怪しげな三人組みが通りに現れた。

「? おい、奴が消えたぞ?」

「どこかの店に入ったのかもしれないな」

 小声で話しているようだが、俺の耳には何とか聞き取る事が出来た。

 盗賊になるために色々修行したからなぁ……。

「俺はここで待機する、お前達は店の中を確認しろ」

 リーダー格の男だろうか?

 メガネをかけて頭が良さそうに見える……わけがない。頭がスキンヘッドだ。そういう場合はサングラスじゃないのか?

 ……奴ら全員、大きめの鞄を背負っているな。

 折りたためば銃火器の一つ位なら楽勝で入りそうだ。

(いかないゲロ?)

 ……下っ端は何も知らない可能性がある。

 狙いはあのリーダー格の男だ。

 俺は屋根伝いに物音を立てないようにリーダー格の男の真上の屋根に移動した。

 そして下っ端二人が別の店に入ったタイミングを見計らって屋根から飛び降りる。

「喋るなよ」

 リーダー格の男の真後ろで銃を構えて小声で脅す。

 もしこいつらがユスティム研究所の奴らだとしたら、近づき過ぎるのは危険だ。ミザのような能力を持っている可能性もあるからだ。

「喋るなよ……首を縦か横に振れば良い……何の為に俺をつけてる?」

「……」

 男の反応は無い。組織の秘密をバラす位なら喜んで死ぬようなタイプか?

(はい、か、いいえ、で答えられる質問じゃないゲロ)

 ……。

 …………。

「俺を殺すつもりか?」

 間を置いて男が首を横に振る。

 信じて良いのだろうか?

 どうもこういう言葉のやりとりは苦手でしょうがない。こんな時、秋留がいれば……。

 と突然、目の前の男が俺から距離を取った。

「! 貴様っ! 動」

 俺はそこまで台詞を発した後に地面からの衝撃により空中に投げ出された。身体に痛みが走る。

「ぐあっ!」

(ゲロッ?)

 何をされたんだ?俺は上空で体制を立て直しながら辺りを確認した。

 ……すぐ傍に街路樹サイズの木が出現している。

 俺はどうやらこの木に吹き飛ばされたらしい。しかし、今までこの場所に木なんて無かったよな? そもそもこんな十字路の近くに木があったら邪魔だ。

「はっ!」

 リーダー格の男が発した力強い声と共に、再び別の場所から木が生えて俺の身体を弾き飛ばした。そのまま民家の壁に叩きつけられる。

「ぐはっ」

 背中を強打した事により息が止まる。

 しかし常に張り巡らせている俺の五感が、銃のトリガを引くような金属音を感知した。さすがにどこから狙われているのかまでは、景色がグルグルと回ってしまっているので分からない。

 しかし狙いを付けられる訳にはいかないという気持ちだけで、俺は咄嗟に叩きつけられた民家の壁を両足で力強く蹴った。

 そのすぐ後に銃の発射音が……聞こえない。

 俺は上下左右も分からぬまま地面を転がった。恐らく銃を撃とうとしていたのは、下っ端二人組みのどちらかだろう。その二人は……。

「大丈夫?」

 この優しくて俺を包み込む可愛らしい声は……。

「秋留!」

 眼が回っているので焦点が定まらないが、秋留の可愛らしい顔が確認出来た。

「……ツルッパゲには逃げられたみたいだね」

 そういえば木の攻撃は止んだようだ。

「ミザっていうユスティム研究所の奴は氷を操ってたんだよねぇ……そうなるとさっきの木を操るツルッパゲも……」

 秋留が困ったように道の真ん中に生えた木を見て言った。

「そうだな、ユスティムだろうな……! 下っ端二人は?」

「ブレイブを撃とうとしてた一人はブラドーがグルグル巻きにしてて、もう一人は路地で眠ってもらってるわ」

 さすが秋留だ。

 リーダー格は逃したものの下っ端は捕らえたか。拷問でも魔法でも何かしらの方法で奴らの目的や本拠地の場所が探りだせるかもしれない。

 俺と秋留は壁に寄りかかっている真っ赤なサナギに近づいていった。

「この真っ赤なサナギはこの突然生えた木から落ちてきた新種の昆虫か?」

「……ブラドーが下っ端その一をグルグル巻きにしているの図です」

 秋留も酷い事をする。

(酷いゲロ……)

 霊獣までも酷いと思っているようだ。

 ちなみにブラドーは秋留の忠実な僕だ。ブラドーは秋留が名付けた愛称みたいなもので、実際はブラッドマントというモンスターである。

 本来は宝箱の中などに潜み、普通のマントだと思って装備してしまった冒険者などの首を絞め、尖ったマントの先端などを身体に突き刺し血を吸う残酷なモンスターだ。

 その危険なモンスターを秋留は手懐けている。

 クリアと同様に獣使いの素質もあるのかもしれないが、クリアのように獣やモンスターの言葉が分かったりはしないようだ。

「ありがとう、ブラドー」

 秋留がそう言うと赤いサナギのようになっていたブラドーが秋留の肩に戻っていった。……こう見ると普通のマントだが、いざという時は頼りになる。

 ……ちなみに俺が秋留に大して邪な気持ちを持つとなぜかブラドーが威嚇体勢になるのが前から疑問ではあるのだが……。

「……」

 秋留がブラドーの中から出てきた下っ端の顔を覗き込んでいる。

「……死んでる」

「えっ?」

 秋留の台詞に驚いて、俺も下っ端の顔を覗き込んだ。

 口から血を流している。既に息は無いようだ。

「おいっ! ブラドー!」

 俺はブラドーの方を睨んだが、勿論言葉が伝わるはずもなく、ブラドーは風に揺れている。

「ブラドーじゃない……舌噛み切ってる……」

 秋留が下っ端の顔を観察しながら言った。

 自殺か。

 何があっても組織の事はバラさないように教育されているようだ。

「おいっ! もう一人の方も!」

 俺の声に秋留は走り始めた。俺も秋留の後を追う。

「……ああ……」

 秋留がガックリと肩を落とした。

 路地には胸に木の枝が刺さっている下っ端の姿があった。

 眠っていたら秘密を漏らさないために自殺する事も出来ない。恐らくリーダー格の男が俺達に攻撃をし掛けている間に、下っ端の息の根を止めたのだろう。

「何も手がかりなしか……奴らがなぜ俺を狙っていたのかも……」

「……それは分かるかもしれないよ」

 秋留の元気が無いのは、下っ端二人が命を落としたせいだろう。

 直接の原因が秋留では無いにしても、秋留は慈愛の天使のように優しい心を持っているからなぁ。

「俺を狙った理由が分かりそうなのか?」

 俺の台詞に秋留は背負っていた鞄をバンバンと叩いた。

「この人が持っていた鞄だよ。あっちのサナギの方はツルッパゲが丁寧に持って行っちゃったみたいだけどね」

 さすが、秋留。

 感心するばかりだ。

 証拠隠滅を図る事を予想したのだろう。……秋留の予想を上回って証拠隠滅をされたようだが、この際気にしてもしょうがない。

「な、何だ、コレは……」

 聞きなれない男の声に俺と秋留は振り返った。

 そこには通りの真ん中に生えた木を眺めている治安維持協会員の姿があった。



「ああー、うんざり」

「ああ、勘弁して欲しいな」

(長かったゲロ)

 辺りはすっかり暗くなってしまった。目の前の建物の屋根の向こう側に見える時計台は二十時を指している。外の寒さにコートの中に埋まりたくなる。

 あれから治安維持協会での事情聴取が行われた。

 俺と秋留は約五時間程、身柄の確認や現場検証のために拘束された……さすがに人間が二人変死をしていたので、簡単には帰しては貰えない。

 この世の中、残念な事に人殺しが後を絶たない。それは魔族やモンスターが人を殺す場合が多いのだが、人が人を殺す場合も少なくない。

 そういう人同士などの事件の場合に治安維持協会が存在している。

「……あれ? そういえばその鞄……」

 俺は秋留が背負っている鞄を指差した。

 下っ端から奪った鞄だ。

 治安維持協会では手荷物などを全て調べられたのだが……調べる必要のある一番重要そうな下っ端の鞄を治安維持協会員は調べなかった気がする……。

「治安維持協会に持ってかれちゃうと、色々調査に時間がかかったり、余計な事グダグダと聞かれそうでしょ?」

 そう言いながら秋留は手をクルクルと回した。

 そうか、幻想術か。幻想術は手をクルクルと回したり身体を動かしながら呪文を唱える特殊な術だ。人を惑わしたりするのが得意……つまり、幻想術の力で治安維持協会員の視線を秋留の背負っている鞄に向けさせなかった、もしくは見えなくした、と言った所だろう。

「さすが、秋留……ホント、感心するよ」

 俺はウンウンと大きく頷いた。

「えっ! そんな事無いって!」

 目の前で秋留がオロオロとしている。いきなり感心したので照れているようだ……困った顔もまた可愛いなぁ。

(……秋留はブレイブの事が好きなのかゲロ?)

「なっ! 急に何言い出すんだよっ! そんな訳無いだろうっ!」

 今まで黙っていたラムトが突然喋り出すので、しかも突拍子も無い事を……俺はひたすらオロオロとしてしまった。

「ぷっ! ラムトに何か言われたの? 私もブレイブも二人でオロオロしちゃって……バッカみたいね〜!」

「なっ、うっ……あはは、そうだな」

 ラムトが言った台詞は勿論秋留に伝えられるはずが無い。

 俺は笑いで誤魔化しつつ話題を変えるために、アレコレと考えを巡らせた。

「あ、そういえば秋留はたまたま通りかかったのか? あの襲われた現場に」

 よし、これはナイスな話題転換だ。

「え? ずっと付けてたんだよ?」

「えっ! 全然気付かなかったけど……いつから?」

「宿屋を出た時から」

 俺は思わず放心状態となってしまった。

 秋留に付けられていたという事は……歩きながら俺、変な事とかしなかったよな? 落ちている硬貨は今日は拾ってないし……硬貨の落ちる音に過敏に反応した事は……二回しかしてない。

「って秋留は人の後つけるの上手いなっ! 元盗賊だとしたってそこまで気配消すの上手い訳が……」

 俺が狼狽していると、秋留が手をクルクルと回し始めた。

 ……また幻想術のサインだ。

 え?

「幻想術使って俺の後を付けてたのかっ?」

「ピンポーン」

 秋留が俺の顔に指を向けて可愛らしく言った。

 ああ、正解のご褒美は情熱的な抱擁だろうか……。

「うっ……」

 気付くと俺の鼻先にブラドーの尖った牙が伸びていた。

「ブレイブ、またイヤラシイ想像したでしょ?」

「そ、そんな事……」

 と否定した俺の鼻に軽くブラドーの牙が刺さった。

「いってぇええええ! ごめんなさいっ! イヤラシイ想像しました! もうしません!」

「あはははははっ」

 俺はジンジンとする鼻に手を当てた。俺が両手に装備している手袋には傷薬が塗りこんである為、これ位の応急処置にはもってこいだ……対戦闘用だが。情けない……。

「で、でも何で?」

 鼻を押さえながら喋っているので鼻声になっているが気にしない。

「ん?」

 俺の鼻声にニヤリと笑いながら秋留が首を傾げた。

「何で俺の後をつけたんだ?」

「……ユスティム研究所……証拠が全部溶けちゃったの知ってる?」

 そう。

 俺とカリューが改造されかかっている時……いや、若干一名は改造されてしまったのだが、秋留達が助けに来てくれた。

 危険を察知したミザなどの主要メンバーは脱出を図った。

 意識を失った俺は知らなかったのだが、その後すぐに研究所全体が煙を発して、全ての研究資材などの証拠品が溶けて消滅してしまったらしいのだ。

 これも霊獣を研究して得た結果なのかは分からない。

 しかし相当、秘密の漏洩などには気を遣っているのが、今回の下っ端二人の殺人でも分かり過ぎる程に理解出来る。

「……ブレイブも結局、証拠なんだよね。ユスティム研究所がやっていた悪事を証明する……」

「あ、そうか」

(ん? ブレイブ、何か証拠を掴んでいるゲロか?)

 お前だよ、ラムト……。

 このアマガエルならぬアホガエルめ。

「最初に言っておけば良かったかな? 狙われる気がしてたから……」

「……いや、俺演技ヘタだしな。そんな事言われたらギクシャクして手と足が同時に動いちゃうよ」

 そう言って俺はキョロキョロと辺りを見渡しながら、手と足を同時に動かしながら暫く歩いた。

「あははは……まぁ、敵を欺くには味方から、ってね」

「つくずく感心するよ、秋留には。まぁ、俺達パーティーの頭脳だからな」

 それから暫く宿屋を目指して俺達は仲良く街の通りを歩いた。

 治安維持協会のある場所が宿屋から歩いて三十分程の距離だからな。

 ……まだまだ秋留との楽しいお喋りは続けられそうだ。

「……そういえばお腹空かない?」

 秋留がお腹をさすっている。

 そういえば、ドタバタが続いたせいで、今日はまだ朝食しか食べてなかったんだった。

(腹減ったゲロ〜。もう歩けないゲロ〜)

 お前は歩いてないだろ。

「そうだな、腹減ったな。少し遅くなったけど一緒に夜御飯食べていくかっ!」

「うんっ」

 なんてこった。

 今日はユスティムの奴らに襲われたり治安維持協会に監禁されたりと不幸な一日だったが、まさか最後に秋留と二人っきりのディナーがとれる事になるとは!

(楽しみゲロ〜! 何食べるゲロか〜?)

 ……秋留と二人っきりのディナーを楽しむぞ〜!



「ご馳走様でしたっ!」

「……あれっ! もう食べ終わったの?」

 ここは寒い地方には有難いアツアツの鍋を提供してくれる店、その名も鍋屋。

 俺的には二人で一緒に鍋を突き合うでも全く問題無かったのだが、秋留が個別の鍋を注文したので、仕方なく俺も個別の鍋にした。

 いつか一緒の鍋を二人で仲良く食べ合えるような仲になれたら良いなぁ……。

「あちっ」

「あはは、ぼ〜っとしてるからだよっ!」

 俺は締めの雑炊を食べ終えると、椅子の大きくもたれかかった。

「ふぅ、身体温まったな」

 額に溜まった汗をフキンで拭う。

「うん、美味しかったね」

(旨かったゲロ、また食べたいゲロ!)

 ……両生類がアツアツの鍋を食べて喜ぶな。

 それから少しのんびりと秋留とお喋りをした。店内の時計はもう夜の十時を指している。

「すっかり遅くなったな」

「治安維持協会員の登場は予想外だったからねぇ」

 秋留的には予想外だったかもしれないが、人が二人死んでしまったので、治安維持協会員が登場しないからといって、さすがにその場を去る訳にはいかないだろうな。

「んじゃ、いくか」

 俺は伝票を持って立ち上がった。

「あ、私が……」

「俺が払う」

 俺、格好良い。有無を言わさず秋留のために夜御飯を奢るなんて。

「ありがとうございます、えーっと、一万六千カリムになります!」

 ……う。結構高いのね。

 まぁ、確かに鍋自体も旨かったし、調子に乗ってサイドメニューも沢山頼んだけどさ……。



「ブレイブ、ご馳走様〜」

「おお、旨かったな」

 俺と秋留は暖まった身体の熱を外に逃がさないために、必死にコートをかきあわせた。

「……急激に寒くなったな。とっとと宿屋に帰ろう」

「異議なし」

 俺と秋留は一目散に宿屋を目指して歩き始めた。

 通りには雪が残っているが、それなりに移動にも慣れてきたので、滅多に滑る事も無くなった。まぁ、もともと盗賊の俺はバランス感覚は良い方なのだが……。

「この公園抜けた方が近くないか?」

「そうだね」

 夜中の公園には誰もいない。……これでもう少し暖かければ最高のムードな気がするのだが……。

 そもそもこの寒い時期に外の公園で遊ぶような子供はいるのだろうか?

 その時、下ろした足の感覚がおかしい事に気付いた。

 俺は咄嗟に秋留を右後方に突き飛す。

「ぐあああっ」

 今日の午後にも体験したこの痛みは、あのツルッパゲの仕業だな! ……また秋留に回復をお願いするしかないな。

 俺は上空で体勢を立て直すとネカーとネマーを構えて、公園にあったジャングルジムの上に着地した。

 またしても公園のど真ん中に邪魔な木を生やしやがって。

「!」

 なんてことだ。

 いつの間にか左足がジャングルジムに氷漬けにされている。

「ツルッパゲだけじゃない! ミザも一緒だ!」

 俺は秋留に向かって叫んだ。

「誰がツルッパゲだっ!」

 声が聞こえてきたのは真後ろの木の陰あたりだな? 先程上空で確認した。間違いない。

 俺は上体を反らしてそのまま後方に銃を乱射した。

「ぬっ」

 ツルッパゲの怯む声が聞こえた。悲鳴ではなかったので命中はしなかったようだが、俺の攻撃により、秋留がツルッパゲの場所を補足出来たはずだ。

「火炎の住人よ、全てを貫く炎の矢となれ、ヒートアロー!」

 秋留の呪文により放たれた炎の矢が俺の後方の木を貫いた。

 しかしその場所には既にツルッパゲの姿はない。俺は身体を捻ってツルッパゲの後を追って銃を連射したが、その攻撃も当たらない。

 駄目だ、左足が固定されてしまっているせいで、上手い事体勢を立てる事が出来ない。

「! 右っ!」

 俺の叫びの意味を察したらしい。

 秋留は咄嗟に前方に回転してミザの氷の攻撃を交わしてくれた。

 しかし、この暗さと奴らの素早さを考慮すると盗賊の眼じゃないと敵をロックする事は出来なさそうだ。一時期盗賊をしていたレベルの秋留では荷が重過ぎる。その証拠に呪文を詠唱する余裕も無さそうだ。

 俺は秋留が攻撃を食らわないようにひたすらジャングルジムの上から援護を行った。

 ……ちくしょう! こんなんじゃラチがあかない。

 こうなれば自分の足を切り落としてでも……。

「! 次から次へ……とっ!」

 風を切り裂く音に対して、俺は右手の武器を腰に装備している黒い短剣に持ち替えて迎撃した。

 ツルッパゲが鋭い木片を飛ばしてきたようだ。

「どうにかならないのかっ!」

 木片を飛ばして来た辺りに向かって左手のネカーの硬貨をぶっ放した。勿論、威嚇にしかならない事は知っている。

「ぐあっ!」

 ちっ! 油断した、今度は左手がネカーと一緒に氷漬けにされてしまった。

 ミザの野郎、秋留を襲っておいて、やはりスキがあれば本来の目的である俺を先に仕留めるつもりかっ!

(俺が一瞬、スキを作るゲロ! お前は残った右手で何とかするゲロ!)

 突然ラムトが叫んだ。

 どうやってスキなんか作るつもりだ?

 と、一瞬にして辺りの視界が一気に鮮明になった。

 まるで昼になったかのようだ。

「ぎゃあっ!」

 ジャングルジムの左手にあった木の陰から正に俺に対して攻撃を繰り出そうとしていたツルッパゲが両手で眼を押さえている。

 俺は右手でネマーを構えて慎重にトリガを連続で引いた。

「がああっ!」

 ツルッパゲの両足、ふくらはぎの部分を硬貨で撃ち抜いた。

「煉獄の番人煉蘭よ……」

 秋留の魔法の詠唱が聞こえてきた。

 対象は公園の砂場で両目を押さえているミザのようだ。

(どうだゲロ? 結構な威力だゲロ?)

「確かに……」

 しかし夜中に使うから効果があったんじゃないか?

 これを昼間にやってもあまり相手を怯ませたりは出来ないんじゃないか?

 ……ん?

 そもそも何が光っているんだ?

「己が守りし門を解き放ち……」

 秋留の呪文の詠唱が続く。

 どうやら最近、契約をしたあの猿を召喚するつもりらしい。

 ……こりゃ少しは暖かくなりそうか?

 俺は先程倒したツルッパゲの方も確認しつつ、油断をし過ぎない程度にラムトが発していると思われる光源を探した。

 ……全体が明るいという訳ではないようだ。

 まるで俺の首の動きに合わせてその方向が明るくなっているような……。

「……この世の全てを灼熱の地獄と化せ!」

 辺りの気温が一気に高くなったような気がする。

 秋留の目の前に火炎猿の霊獣、煉蘭が現れた。

 ……その身体がまとっている炎は前に見た時よりも大分小さい。召喚するとこんなもんなのか?

「キキイイイィィィィッ」

 煉蘭の身体から伸びた炎の帯がミザに襲いかかる。

 その攻撃に気付いたミザが自分の周りに氷の壁を張り巡らせる。

「ちっ! 油断しちまったね!」

 俺の目の前で炎対氷の対決が行われている。

 氷が解ける時の蒸気により辺りの湿度が急激に上がったきがする。

 このまま見ている必要も無いな。秋留に加勢しよう。俺はミザに向かってネマーのトリガを引いた。

 バキッという音を立ててミザが作り出していた氷の壁に弾け飛ぶ。

 その衝撃で集中力が乱れたのか、ミザを覆う氷の壁が崩れ去り、代わりに煉蘭の炎の壁がミザを襲った。

「きゃあああっ!」

 さすがに燃やし尽くしはしないだろうが、炎の攻撃を受けた事により、ミザが大きく悲鳴を上げた。

 ミザは悲鳴を上げながら、身体から発する煙を砂場で転がりまわる事により消そうとしている。

「とりあえず、ありがとう、煉蘭……」

「……は、はい、秋留さん……後でもう一度……」

「うん? 分かったわ。後でもう一回召喚するね」

 何だ?

 煉蘭に何かあったのだろうか?

「ふぅ、ブレイブも助かったよ……きゃあああああ!」

 俺に御礼を言いながら、振り返った秋留が俺の顔を見て悲鳴を上げ始めた。

 俺は秋留の悲鳴に新たな敵だと思い、秋留の視線の先、俺の後方を振り返った。

 ……誰もいないし、気配も無い。夜空が広がるばかりだ。

 再び秋留の方を振り向く。

 相変わらず悲鳴を上げているようだが、何やら俺の方を指さしているように見える。

「なんだっ! どうしたんだっ!」

 俺は秋留を落ち着かせようと叫んだ。

「ひ、ひ、……」

 何だ、俺が初めてカリューの獣人化を目撃した時と同じようなリアクションしているな。

 ……何か嫌な予感がする。

 俺は広い額を触ってみた。

 ……。

 気のせいだと思うが、辺りの明るさが弱まった気がする。

 秋留も俺の事をジャングルジムの下から見上げながらコクコクと頷いている。

 ……。

 さっきよりもしっかりと額を両手で覆ってみる。

 さっきよりもより一層、辺りの明るさが弱まった……確実に。

「ぎゃああああああああ」

 俺は悲鳴をあげた。



「……ホント、面目無い」

「……私こそ取り乱し過ぎたよ」

 俺と秋留は、残った僅かな気力を使って、宿屋に戻ってきた。

 今は宿屋の広いロビーに置いてあるソファーに座りながら、セルフサービスのコーヒーを飲んでいる所だ。

 ……まんまとミザとツルッパゲには逃げられた。

 俺の額が眩しく光っていることに動揺している間に、奴らはちゃっかりと逃げてしまっていた。奴らの傷具合から見て、自分達では動けなかったのではないだろうか? ユスティム研究所の兵士や別の能力を持った奴らが回収したのかもしれない。

(そんなに身体が光る事にビックリしたんゲロか?)

「ラムトさ、お前も額だけがピカーっと光るのか?」

(額? そんな馬鹿な。全身が光るに決まっているゲロ)

 俺はがっくりとうなだれた。

 そうか。

 あの俺の額に注射器を刺した研究員……あいつが犯人だな? 残念ながら既に他界してしまっているため、文句を言う事も出来ない。

(まさかブレイブ……額だけが光ってたのか?)

「……」

(ぷぷっ、ぎゃ〜っはっはっは! グエ〜ゲッコッコッコ!)

「ちくしょう! 笑い事じゃねぇ!」

 俺はテーブルを叩いて立ち上がったが、これではまるで目の前のソファーに座っている秋留に怒っているかのようだ。

「すまん……」

 一言謝ったが、秋留はラムトの声が聞こえていないので、どちらに謝ったのかも良く分かっていないようだ。

「なんだが、色々やる事が増えてきちゃったね」

「はぁ、そうだなぁ……」

 まずはユスティム研究所の奴らを何とかしないといけない。あいつらがいる限り、俺は一生、ノンビリ出来ない気がする。

 そして奴らの目的を知るために、秋留が回収した鞄の中身を明日、美冬さんに見せにいく必要もある。

 後は煉蘭の元気が無かった事も気になる……最悪の状態にだけはなっていないと良いのだが……。

 俺と秋留がボケーっとしていると、ロビーの隅に置いてある大きな置時計が一回だけ鳴った。……深夜一時を指している。

「とりあえず今日は寝るか」

「そうだね。明日、っていうか今日色々頑張ろう」

 俺と秋留は自分の部屋に戻っていった。

 ちなみにさり気なく秋留の後について同じ部屋に入ろうとしたのだが、どんなに疲れていても一緒の部屋で寝てくれるとかはないようだ。

 ……振り向き様の右ストレートを食らった右頬がジンジンするのも気にせずに、俺は自分の部屋のベッドで深い眠りに落ちていった。

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