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第二章 改造

「地味だぁ〜」

 隣を歩くカリューが呟く。

 確かに情報収集は地味だが、冒険を進める上で重要な行為でもある。

 冒険に出発する時にもパーティーのメンバーにはそれぞれ役割分担がある。俺は魔族討伐組合でクエストを受けたり、情報収集する事が多い。

 一方、頭を使ったりする事が苦手なカリューは、消耗品の買出しや武器、防具の補充など、どちらかと言えばあまり頭を使う必要の無い事を担当している。

「さっきから地味地味五月蝿いな!」

 俺はカリューに怒鳴った。

「お前はいつもこんな地味な事してるから、そんな地味な顔して地味な服装になっちまうんだ!」

 確かにあまり特徴の無い顔と全身真っ黒のスーツ姿がベースではあるが、何て失礼な奴だ!

「確かに獣人化するような派手さは俺には無いな」

 我ながら見事な切り返しにカリューが黙る。

 霊獣をゲットする旅から戻ってきた俺達は、各自アームステルで情報収集する事になったのだが、そこでなぜかカリューのお守りまで押し付けられてしまい、むなしく歩き回っている。落ち着きのないこいつのお守りなんてしたくないぞ!

「お、あそこに変わった武器屋があるぞ? 何か特別な情報が得られるかもしれないな!」

 そう言ってカリューが勝手に武器屋に向かって歩いていく。

 子供じゃないんだから、勝手にチョロチョロするな〜!

「いらっしゃい!」

 早歩きで店内に入るカリュー続いて店のドアを開けた。入り口横のカウンターから若い男の店員が声をかけてきた。

 店内は薄暗く、カリューの言う通り、変わった武器が並べられている。

「ユスティム研究所って知ってるか?」

 カリューは店内で武器を眺めている。あの野郎〜! やる気全く無しだな!

 ちなみにあまり会話が上手く運べない俺は、情報収集が苦手だ。

 直接金が関連してくる魔族討伐組合でのクエストに関する情報収集などは良いのだが……。

「ゆすり研究? 兄ちゃん、詐欺にでも手を染めるのかい?」

 俺はちゃっかり新しい短剣を買っていたカリューを引きずって店を出た。

「またハズレか。情報収集の仕方が悪いんじゃないのか?」

「お前に言われたくないわ!」

 俺はカリューの頬をグーで殴った。……頑丈な顔をしていやがる。俺の手が少し痛くなったぞ。

「お! あっちの防具屋は安売りしているみたいだぞ!」

「お! マジか?」

 金大事な俺は安売りや限定品などの言葉に弱い。俺はカリューと先を競うように閉店安売り中の防具屋に向かって走り始めた。


「なかなか良い情報は無いもんだなぁ」

「……まぁな」

 俺達はアームステルの外れ、城壁近くの喫茶店で休憩していた。

 カリューが座っている椅子の両側には武器や防具がギッシリと詰まった買い物袋が置かれている。

 この大荷物を秋留やクリアが見たら何ていうだろうか……容易に想像が出来る。

「はぁ……」

 思わず俺の口から溜息が出た。

「参ったな」

 カリューが言った。俺の溜息はカリューの荷物を見てついたものだぞ? ちなみに俺の椅子の隣にも小さな紙袋が置かれている。良い小手が手に入ったんだ。

「おい」

 ミルクと砂糖をたっぷりと入れた紅茶を飲んでいると、後方から声をかけられた。盗賊の俺の耳は大分前から何者かが近づいてきているのを捉えていたため、すでにこっそりと銃を構えている。

 ちなみに、そんな動きを察したカリューも何気なく剣に手をかけているようだ。

「あんたら、ユスティムを探しているんだって?」

 銃を持つ手に力が入る。

「……何か知っているのか?」

「ああ、求人情報誌に載っていたぞ?」

 ……。

 …………。

「おい、ブレイブ!」

 カリューに突然声をかけられて放心状態から復活した。どうやらあまりのショックに意識を失っていたようだ。目の前ではカリューが先程の男から受け取った無料の求人情報誌を眺めている。

「アームステルにも出張営業所があるみたいだぞ?」

 ユスティム研究所……そんなに堂々と改造するための人間を集めているのだろうか?

「でもなぁ。ユスティム郵送会社……なんだけど?」

「え?」


 ユスティム郵送会社。魔族討伐組合にも登録されていないごく普通の企業のようだ。

 俺とカリューは念のため買い込んだ荷物を一度宿に預けて、再びアームステルの街へと出かけた。

 今日は眩しい程に太陽が照り付けているが、相変わらず寒さが和らいでいない。

 俺はコートの前を閉じながら周りを見渡した。

「結構、中心街に近い場所にあるな、ユスティム郵送会社……」

 カリューが求人情報誌を片手に道を歩いていく。まるで仕事を探しているようにも見える所が情けない。

「カモフラージュ……」

「かもな」

 俺は腰に装備した両銃をしっかりと確かめた。マガジンにも弾となる硬貨が一杯まで装填されている。

「そこの角を曲がった所だ」

 辺りには買い物客や行商などの姿が見える。いたって普通の通りである。

 そんな場所にユスティム郵送会社はあった。

 真っ赤な屋根に真っ白な壁。いかにも頼んだ荷物をきちんと郵送してくれそうな建物だ。

 今も大きな荷物を手押し車に積んだオバさんが入っていく所だ。

「カモフラージュだとしても実際に郵送もしてるみたいだな」

 カリューが近くのゴミ箱に求人情報誌を投げ捨てて言った。もうあの情報誌の役目は果たし終わっただろう。

「どうする?」

「荷物を郵送してもらうフリをするか?」

「獣人にもなる人間をこの世の僻地に郵送してもらっ……」

 そこまで言った俺にカリューが拳を繰り出してきた。それを冷静に避ける。

「冗談だよ。無難に求人情報誌を見て来た、と言えば問題無いだろう?」

 俺の台詞にカリューが自分の格好と背中に装備した剣を見る。

「武器、防具を付けたこの格好でか? 一目で冒険者と分かるだろ? 冒険者が仕事無くて郵送会社で仕事を探すのか?」

 こいつ頭の中が筋肉で詰まっている癖に鋭い事を言いやがる。

 でもそういう事に気がつくなら、宿屋に戻った時にどうするのか決めとけ! 一応リーダーなんだし!

「まぁ、入ってみれば分かるか。怪しい事してるなら、俺達の姿を見れば何か反応があるかもしれないしな」

 カリューは言ったが、郵送会社は実は冒険者と深いつながりがある。

 大荷物を持ち歩けない冒険者は、冒険者用の倉庫を借りている場合が多い。その倉庫にまとまった荷物を郵送会社を通して送る事が多いのだ。

 しかしこの場で話し合っていてもしょうがない。寒いしな。

 俺達は比較的綺麗なユスティム郵送会社の扉を開き、中に入っていった。


 店内はそれ程広くなく、客も先程入っていったオバサンの他に一人しかいない。

 目の前のカウンターの向こうには郵送を待つ荷物が山のように積まれている。

「どのようなご用件でしょうか?」

 入ってきた俺達に店員の一人が近づいて来た。真っ黒の髪を頭の上で縛った三十歳位の女性だ。

 俺達冒険者の姿を見ても特別に警戒しているようには見えない。

「求人情報誌を見て来たんだが」

 カリューが言った。

「……」

 目の前の女性が俺達の上から下を眺める。

「配達員かしら? それは助かるわぁ!」

 そう言って女性店員は右手にあったドアを開けて奥へと俺達を案内し始めた。客の往来が激しい表とは違って、通路は薄汚れ、脇にはダンボール箱などが高く積まれている。

「あはは。掃除要員も足りないのよねぇ」

 俺の視線を感じてか、女性店員が照れるように言った。

 暫く歩いて俺達は左手にあった扉の中に案内された。店員用の休憩室のようだ。

「今、店長を呼んでくるわね」

 俺達を休憩室の椅子に座らせると、女性がドアの外へと消えていった。

「……どう思う?」

「うん、俺は年上はあまり好みじゃないな」

 俺は思わずズッコけた。

「お前の好みを聞いてるんじゃない!」

 と大ボケカリューに突っ込んだが、カリューの好みは年下だったのか、と少し納得している自分が悲しい。

 ……秋留も年下だからな。まさか……。

「あっはっは、冗談だよ、そんなに真剣に考え込むな! それより、ここはあまり研究所っぽくないよな」

 冗談? 一体どこまでが冗談だったのだろうか?

 ……と俺は雑念を捨てて、とりあえず休憩室の中を観察し始めた。いくつか並んだ従業員用のロッカーと灰皿の置かれた目の前のテーブル、遠くに掛けられたカレンダーにも特別な情報は書かれていない。

「まぁ、大概、研究所とか悪の組織は地下に作られているもんだからなぁ」

 どこから仕入れた情報だがは不明だが、カリューが呟いている。

 地面の下を睨んでも何も見えんぞ〜!

 その時、休憩室のドアが開いて、またしても一人の女性が現れた。眼鏡をかけた……う〜ん、また三十歳位だろうか? 俺と同様に童顔なのかもしれないが、もしかしたらもっと年かもしれない。

「店長のミザと言います」

『どうも』

 俺とカリューは同時に会釈をした。その間もいつでも武器を取り出せるように警戒しておく。

「え〜っと、冒険者の方々でしょうか? 配達員として働いてくれるのかしら?」

 俺とカリューは顔を合わせた。

 ヤバイ、何を話すか全く考えてなかった。

「ああ、まぁ」

 カリューがかろうじて答えた。こんな時に秋留がいてくれれば抜群の話術で相手から色々と情報を聞き出してくれるはずなのだが……。

「そう! 貴方達腕っぷしも良さそうだし、立派な配達員になってくれそうね!」

 胸の前で両手を握り合わせてミザが嬉しそうにしている。

「ちなみにどういう場所に配達に行くんです?」

 何か情報が得られるかもしれない。とりあえず色々質問すれば一つ位はユスティム研究所に関する事が分かるかもしれない。

「うちはアステカ大陸全体をカバーしているわ。他の大陸への荷物は港から別の支店に送られるから、この大陸を越えて配達する事は無いわね」

 う〜ん、特に研究所に関する情報は引っかからないな。

「どういう物を運ぶんだ?」

 お、カリューの質問はなかなか良さそうだぞ!

「う〜ん、大きさもマチマチだし重さもそれぞれね。中には重要な物とかもあるから気をつけてもらう必要があるわ」

「重要なものって?」

 俺は咄嗟に質問した。

 その食いつきっぷりにミザが不審そうな顔をする。ヤバイ、急に食いつきすぎたか!

「お客さんの秘密は守らないといけないから、詳しい事は言えないわ……」

 ミザの顔が何かを怪しむように曇っている。

 何とかしてフォローをしないと……。

「人間を運んだりするのか?」

 オブラートに全く包みもしない台詞をカリューが口走った。アホ〜!

「なっ! そんな事しないわよ!」

 そう言って目の前のミザが席を立った。やはり怒らせてしまったようだ。これ以上の情報収集は……。

「お前、タダの人間じゃないだろ?」

 カリューの台詞に俺は両銃を手にしてソファーから飛んだ。

 カリューが素早く背中から剣を水平に振るう。

「はっ!」

 目の前にいたミザがカリューの攻撃よりも早く頭上に飛ぶ。そして部屋の天井の角にピタリとへばりつく。

「……何で分かった?」

 俺は小声でカリューに聞いた。その間も両銃をミザに向ける事を忘れない。

「少し嫌な感じがした」

 野生の勘という訳か。獣人になった事で神経系統が根本的に人間とは異なってしまったのかもしれない。俺には普通の人間にしか見えなかったのだが。

「どこからバレたのかしら……」

 天井の隅からミザが聞いてきた。この身のこなしは常人では有り得ない。ユスティム研究所の者か?

「……まぁ、いいわ。活きの良い実験体を探していたしね……求人出していた甲斐があったわ」

 全く、笑えない冗談だ……。

 ん!

「カリュー! 壁っ」

 俺は叫びながら床を蹴って短剣を構えた。壁に突き立てるために。

 ミザの台詞と共に床の下で不穏な音を聞いたからだ。そして轟音と共に部屋の床が全て抜けた。

 置いてあったテーブルやソファー、それにロッカーが全て地下の闇へと消えていく。

 そして、カリューも。

「アホブレイブ〜! 壁っ、だけじゃ意味が分からんわぁぁぁ……」

 そして、鋼鉄の壁に跳ね返された黒い短剣を握り締めながら、俺もカリューの後を追って暗闇へと落ちていった。



「このアホカリュー! あんなストレートに聞いたりするからこうなるんだ!」

 俺はカリューの方は見ずに罵る。

「悪の手先と交渉する術は持たん!」

 カリューの応答に俺は投げれる物を探して辺りを見回したが、勿論何も見つからない。銃をぶっ放そうか迷う……。

「ちっくしょー!」

 俺は頭上を仰いで叫んだ。頭上だけではなく、俺達の四方八方が全て頑丈な鋼鉄製の檻で囲まれている。

 やられた。

 ミザはユスティム研究所の関係者だったようだ。

 そしてあの郵送会社も研究所に関連していたようだ。時々やってくる活きの良い奴を選別するための施設として……。

 いや、普通に郵送業務も行っているのだろう。

 ミザも俺達が普通の冒険者なら配達員として雇うつもりだったに違いない。交渉術、話術に長けていない事が悔やまれた。

「情けない……」

 怒りを鋼鉄の床にぶつける。

「…おい、ボキッって音がしたぞ」

「放っとけ」

 俺は痛む拳をさすりながらカリューに答えた。



「……い!」

 …………。

「……おい!」

 ……うーん。誰だ、俺の眠りを妨げる奴は。

 瞼を震えさせながら俺は眼を開けた。

「うう、眩しいなっ」

 世界が真っ白になっている。何も見えない。俺は手で影を作ろうとしたが、体が異様に重たいせいか身動きが取れない。

「ブレイブッ! しっかりしやがれ!」

 この五月蝿くて耳障りな声はカリューだな、気持ち良く寝ていたのに……。

「このハゲっ!」

「! てめぇ! カリュー! 誰がハゲだぁ!」

 勢い良く起き上がったせいで、固定されていた金属製の椅子がガコンッと動いた。……固定?

「うわっ!」

 誰とも知らない男の叫び声が聞こえた。その後、一瞬こめかみに鋭い痛みが走る。

「いっ! 何しやがる!」

 俺は見えない何かに拳を振り上げようとしたが、相変わらず何かに縛り付けられているようで体が動かない。

 それでも徐々にこの明るさにも慣れてきた。

 辺りがボンヤリと見え始める。先程の痛みのせいかもしれない。

 俺の目の前では巨大なライトが俺の体全体を照らしている。眩しい訳だ。そう、まるで手術台のようだ。

 ……。

 ま、まさか……。

 俺の隣には『しまった』という顔つきで、白衣を着た男が注射を持って佇んでいる。

「ブ、ブレイブ! 大丈夫かっ!」

 俺は体中をアドレナリンが駆け巡るのを感じながら、カリューの声がする方、左に顔を傾けた。

 カリューも金属製の頑丈そうな椅子、俺の椅子よりも何倍も頑丈そうに見える、に縛り付けられている。

「問題無いですか? カミングス?」

「あ、ミザ支部長、検体が突然大声を上げたせいで、ナノゲノンが頭に注入されてしまいましたが……まぁ、大丈夫かと……」

 ミザ……支部長? 今はヘンテコなヘルメットを被っているせいで顔を確認する事は出来ないが、壁にへばり付いて俺達を嘲笑ったあのミザか!

 やはりコイツはユスティム研究所に関係があったのか。しかも支部長と呼ばれているということは、それなりに地位が高そうだ。

 ……って冷静に状況を判断している場合ではない。

 俺はコイツらにナノゲノンとかいう変な薬を頭に注入されてしまったのか? 先程のあの鋭い痛みは……。

「うおおおおお! 貴様らぁ!」

 放心している俺の隣でカリューが唸り声を上げ始めた。その声がドンドンと野性味を帯びていく。

「ブレイブに何してやがるぅぅぅ!」

 金属が割れる音が部屋に響いた。

「また暴れ始めたぞ!」

「麻酔ガスを噴出させろ!」

 辺りが白いモヤに包まれ始めた。俺の意識が遠ざかっているのか、麻酔ガスのせいなのかは不明だが、俺は再び深い眠りへと落ちていく。そうか、あの鋼鉄の箱の中でもこのガスを吸わされたんだな……。

「うおおおおおおんっ」

 意識を失う寸前でカリューの雄叫びが聞こえた。

 そして鈍い痛みと共に俺は空中へと投げ飛ばされた。

「ブレイブッ! 何とかしてくれ!」

 どうやら金属椅子に縛り付けられていた俺を無理矢理引き剥がしたようだ。お陰でベルトで固定されていた四肢と腰に激痛があるが、そのお陰で意識が少し戻ってきた。

 しかも椅子から引き剥がして空中に投げ飛ばしてくれたお陰で、まだ汚染されていない空気を肺に入れる事が出来た。

 集中だ。

 チャンスは一瞬。

 恐らく俺の武器などは外されているだろう。確かめる必要は無い。

 白いモヤに包まれてはいるが、大体の人間の位置は一瞬で確認出来た。

 カリューは麻酔ガスが直撃して今にも倒れこみそうになっている。

 その向こう側の大きな扉の両脇に、銃を構えた兵士が二人警戒しているのが見える。

 俺は上空で体勢を立て直して右手を天井から下がるライトへと伸ばした。

 勿論、ただのライトに人間の体重を支える程の強度は無いため、脆くもライトが外れる。

「馬鹿めっ! ライトにぶら下がるなんて出来る訳無……」

「知ってる、さっ!」

 別の場所で何やらモニタを監視していた白衣を着た男の台詞が終わる前に、俺はライトを男の腹にめり込ませた。

「うっ!」

 ミゾオチを狙った。暫くは呼吸が出来ない事だろう。

 俺はそのままその男を盾にするように後ろに回りこんだ。男の体に何かが打ち込まれたのが分かる。恐らく扉の両脇に居た兵士が俺を狙って発射した麻酔弾だろう。

 力なく崩れ落ちそうな男の頭を掴んで、怪しそうなボタンを押すとすんなりとヘルメットが外れた。

 俺は肺の中の新鮮な空気が無くなる前に奪ったヘルメットを装着し、大きく息を吸う。

「奴は抹殺しろっ! こっちの青髪と違ってただの人間だっ!」

 この声はミザだな。

 白いモヤの中にいるから安心しているようだが、声を発してる場所は特定出来たぞ。

 それにしても、俺はただの人間か。

 カリューの野郎が人間扱いされていなかった事に、危険の最中ではあるが薄っすらと微笑む。

 金属の音が部屋に響いた。

 音から察するに麻酔弾と実弾を入れ替えた音だろう。

 先程倒れた男が座っていたパイプ椅子を握り、机の影から兵士達の方に放り投げた。

 頭上でパイプ椅子が蜂の巣にされる音が聞こえる。

 俺はその音に紛れるように机の影から飛び出す。その動きの途中で机の上にあったペン立てを掴んだ。

「下だっ!」

 兵士の一人が叫んだ。

 俺は兵士と俺の間に先程のカミングスと呼ばれた男が来るように進路を取る。

「え? こっちは駄っ」

 カミングスの叫び声はそこまでしか聞こえなかった。二人の兵士が銃をぶっ放し、カミングスが床に崩れ落ちる。今度は実弾だったよな、ご愁傷様。

 それにしてもあの兵士、全く躊躇いが無かったな。

 だが時間稼ぎにはなった……。

「獲ったぜ?」

 俺はペン立ての中から鋭そうなボールペンをミザの首元に突きつける。

「ミザ支部長!」

 兵士二人の動きが止まる。

 さすがに一般従業員と支部長では命の重みが違うらしい。

「俺とカリューを解放しろ!」

 ミザの首筋にボールペンの先端を突き刺す。

 ん? やたらと硬い皮膚だな……。

「痛っ!」

 俺は慌ててミザの体から離れた。何が起きたんだっ!

 その瞬間を狙って二人の兵士が銃を乱射する。

「ちっ!」

 自分の装備が手元に無い事が悔やまれる。部屋の反対側の書類棚の後ろに隠れたが、障害物としては小さすぎて身体のあちこちが激痛と共に削られる。

 ん!

 一人が持っている銃のカートリッジが空になった音が聞こえた。

 攻撃が半分になると判断した俺は書類棚から飛び出して先程の机の陰まで移動する。

「ぐあっ」

 机の陰に入る寸前に左足を打ち抜かれた。これではスピードも出せないし、何より手元に武器が無い……。

 万事休すか?

 頭を整理するために、ふと両手に視線を下ろした。

 何だ?

 指が動かないぞ……。

 まるで凍傷にかかってしまったかのようだ。

「惜しかったねぇ」

 ミザの声だ。机から姿を出すのは危険なので奴の顔を確認する事は出来ないが……。

「あんたらは少し離れてな」

 兵士二人がミザから距離を置いたようだ。

 一体何をするつもりだ?

「冥土の土産に教えてやるよ、私の能力を……」

 ……冥土の土産か。

 まさか貰う事になってしまうとは……。

 いや、まだ諦める訳にはいかない。

 ……秋留。

 俺はまだ秋留に自分の気持ちを伝えていない。このままでは死ねない!

 ん? 何だ?

 辺りがやたらと寒くなってきたぞ。激しい戦闘のせいで空調が壊れたのだろうか。

 !

 俺は異常を感じて慌てて床から近くの机の上へと飛び出す。

 そこを銃撃される事は分かっていたので、そのまますぐにまた机の向こう側の床へと降りた。

 その一瞬で確認出来た。

 ミザの体から冷気が放出されていた。その冷気が床を凍らせたのだ。お陰で両足の感覚がほとんど無くなってしまった。

「今の一瞬で確認したのか……私の状態を」

「お前、魔族か!」

 ちくしょう、既にこの辺りの床まで凍ってきているようだ。

 しかも貴重な検体であるカリューがミザの傍で倒れていた。このままだとカリューが氷漬けにされてしまう。

「あっはっは、魔族? 違うよ。この身体はその魔族やモンスターを倒すために研究された……」

 そうか。

 このユスティム研究所では霊獣と人間の混合種なんていうふざけたものを研究しているんだった!

 とするとあのミザは、氷系の霊獣と掛け合わされた化け物って訳か。

「つまり魔族と同じ化け物って訳だ!」

 俺の隠れている机が氷の塊と化した。

 それと一緒に背中が氷の塊に半分取り込まれる。……余計な事言うんじゃなかった。どうやら怒りに触れてしまったらしい。

「もう冥土の土産は十分だろう? そろそろあの世へ送ってやるよ」

 氷に半分取り込まれてしまったせいで身動きが取れないが、確実にミザが近づいてきているのが分かる。辺りの気温がグングンと下がっていっている。

 と、その時、天井の取り付けられていた赤ランプが豪快に光り始めた。緊急警報も同時に鳴り響き始めた。

「! ちっ! この場所がバレたか!」

 ミザは叫ぶと残りの二人の兵士に撤退を命じた。

 兵士とともに扉へ向かうミザの足音が聞こえる。

「おっと! 忘れてた」

 ミザが俺の方を振り向いたのが分かった。俺の事は忘れてくれれば良いのに!

「これはプレゼントだ、まぁ、見えないだろうが、氷の塊だよっ!」

 辛うじて機能していた両耳が空気を切り裂いて巨大な何か、恐らく氷の塊が俺の方に飛んでくるのを確認した。

 今度こそ万事休すかっ!

「うおおおおおおおおおおお」

 一際大きい叫び声。カリューの声だ。

 その叫び声のすぐ後に豪快な打撃音がしたかと思うと、巨大な氷の塊が金属の壁にぶち当たって粉々になった。

「仲間は……殺させないぞ!」

 姿を確認する事は出来ないが、カリューが俺を守ってくれたようだ。

(……たまたまさ、巻き添えを食うの怖かったんだ……)

 ?

 何かの声が聞こえた気がした。

 意識が遠のいていっているせいだろうか。頭が朦朧としていて何も考える事が出来ない。

「ブレイブ! カリュー! 大丈夫?」

 秋留……。

 この可憐な声は秋留の声だ。机と一緒に氷漬けにされているせいで、姿を確認する事が出来ないのが物凄く残念で仕方が無い……。

 助けに来てくれたのか。

(……違う、人間は他者を助けるような精神など持ち合わせてはいないさ……)

 さっきからこのムカつく声は何だ……。

 しかし体力が著しく消耗しているため、反論する事も出来ない。

 俺は何者かが嘲笑っているのを聞きながら意識を失った……。




(……)

(……何者かに運ばれているようだ)

(……このままでは危険だと思いながらも抵抗する事が出来ない)

(……焦る事は無い、まずは休息だ)

(…………全てを破壊するためのパワーを取り戻す必要がある……)




「……ブ殿!」

(……)

「ブレイブ殿!」

(……)

(……人間用のベッドか。目の前には心配そうな顔をしている老人の姿が見える)

(うむ。手に力は入る。体力は戻ってきたようだ)

 ……?

 ……いや、違う。

 俺は一体、何をしようとしているんだ? 目の前にいるのはジェットじゃないか。

 ……それにしてもなぜ寝覚めに見る顔が秋留じゃなくて、ジェットなんだ?

 俺は首を動かして辺りを確認した。

 秋留は少し離れた所で俺の方を心配そうに眺めている。その隣には恰幅の良い、白衣に身を包んだ気の優しそうな女性がカルテを片手に佇んでいる。

 秋留の母の美冬みふゆだ。

 ガイア教会本部の司祭として働いていると、以前秋留から直接聞いた事があったのだが、まさか魔術研究部門の長を任されているとは知らなかった。

 実はカリューの診断をしてくれたのもこの美冬さんだ。

 魔術研究というよりは危険なマッドサイエンティストに見えなくもない。カリューの身体をアレコレと調べている時の美冬さんの顔は正直怖かった。

 ……あ、この状況を見るに、俺の身体も同じように調べられてしまったというか?

 未来のお母様に対して何という失態だろう。

「……気分はどうだい?」

 美冬さんがカルテに眼を落としながら聞いてきた。その後、観察するような目つきで俺の眼を覗き込む。

(……何だコイツは……嫌だ……。)

(……研究所を思い出す……。逃げ出したい。)

「うぅぅ……」

 何だ? 物凄く頭が痛い。キツイ兜を無理矢理被せられているかのように……意識が遠のいていきそうだ……。

「ぬおおっ!」

 その時、俺の目の前でジェットがバックステップした。

「お前ら近寄るなぁっ!」

 自分の腕で滅茶苦茶に拳を振り回したかと思うと、正体不明の叫び声と共に小さめの部屋の中が光に包まれた。

 ユスティム郵送会社の地下のような広さだろうか。その部屋が光に押し流されるように何も見えなくなる。

「やっぱり霊獣の因子が組み込まれてる!」

「麻酔弾撃ちます!」

 美冬さんとその助手の声だろうか。

 耳では普通に声が聞こえているのだが、身体が全く言う事を聞いてくれない。

 まるで誰かに操られているようだ。

 俺達のパーティーに纏わり付いている幽霊のツートンに以前身体を乗っ取られたが、あの時に似ている。

 しかし外側から操られているようなイメージだったあの時とは違い、今回は内側から操られているような、細胞が一つ一つ勝手に動いてしまっているかのようだ。

「待って!」

 秋留の声だ。

「ツートン! カーニャア!」

 暴走し始めた俺の身体に二人を乗り移らせて制御するつもりか?

 秋留も無茶な事をしてくれる……。と冷静になっている場合では無かった。

 俺の身体の中でツートン、カーニャア、そして謎の人格がせめぎ合う。

「ぐあああああ!」

 身体が三方向に引っ張られているような感覚を受ける。

 というかツートンとカーニャアは連携して同じ方向に引っ張ってくれ! お前らカップルの癖に協力するつもりないだろっ!

「うおおおっ!」

 ……。

 どうやら叫び声をあげているのは俺の意思ではないようだ。

 そうでなければこんなに気持ちが冷静でいられるはずはない……いや、身体の痛さは伝わってくるので早く終わらせて欲しい気持ちはあるのだが。

 その時、暴走する俺の右手が近くのテーブルの上にあったネカーを掴んだ。

 そして仲間達の方に銃口を向けた。

 その中には秋留の姿もある。

「ふざけるなぁっ!」

 俺は無意識に叫んだ。

 左手で右手を頭上に掲げると同時にネカーから硬貨の弾丸が発射され、天井の蛍光灯が弾けとんだ。

「勝手に俺の身体を操って何しやがる!」

(俺の身体?)

「お前の身体じゃねぇ! この立派な身体は俺の物だ!」

 ……。

 俺の中の何者かのみではなく、この場の誰もが俺の台詞に思わず黙った。

「どの辺が立派なの?」

 聞き間違えたかのようにクリアが耳の穴をホジホジしているようだが気にはしない。

(ブレイブ? ラムトの身体はどこにいった?)

 そうか。

 どんな仕組みなのかはサッパリだが、ラムトという奴は俺の中に組み込まれてしまった霊獣の一部という事か。ユスティム研究所の被害者……いや、被害獣か。そういう意味では俺も立派な被害者な訳だ。

 ……。

 冷静に分析している場合ではない。

 これで俺も仲良くカリューやジェットの非人間チームの仲間入りという訳か。

「情緒不安定みたいだけど、とりあえずは落ち着いたみたいね」

 美冬さんが困ったような顔で俺を見つめている。

 俺は何気なく近くのガラス戸に映った自分の姿を見た。

 その両目からは涙が止め処なく流れ落ちていた……。

 これは俺の中に組み込まれてしまった霊獣の涙なのか、上手く連携出来なかったためにツートンとカーニャアが体内で争っている影響なのかは定かではない。

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