表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

プロローグ

「うははははは〜!」

 頑丈な金網に囲まれたステージの中心で、剣士風の男が襲い掛かってくるモンスターを切り倒している。モンスターの返り血を浴びて全身真っ赤になっているが、全く気にするような素振りも見せない。

 まるで修羅か悪魔のような戦いっぷりだ。

 ここは聖都アームステルにある闘技場。一般的に闘技場とは捕獲してきたモンスターと冒険者を戦わせる、平和な日常に飽きた金持ち達の道楽施設を指す。

 しかしこんな施設も金に困った冒険者には有難いものである。

 それにしても聖都と言ってもこのような道楽施設はいくらでもあるんだなぁ。

 この闘技場の隣にはカジノもあったし、その更に奥には誘惑的な服を着た女性が客引きをしている怪しげな通りも目に付いた。

 人間、所詮欲には勝てないのだろう。

「さすがに嬉しそうだね」

 俺の隣で一緒に観覧席に座っている女性が言った。俺と同じパーティーのメンバーである幻想士の秋留だ。

 ピンク色の綺麗な髪が特徴の、魅力的な女性である。

 秋留の性格からいってこのような施設は好きではないのだろう。あまり楽しそうな顔はしていない。

 美の女神が舞い降りたかのような風貌、そして慈愛の天使のような優しい心の持ち主である秋留だから……。

「……あまり興奮し過ぎないで欲しいな」

「う、うん、そうだね」

 秋留と意味ありげな会話を交わす。

 実は目の前で戦っている剣士はただの剣士ではないのだ。

「そこですぞ〜!」

 俺の思考を中断するかのように秋留の更に向こう側にいる老人が叫んだ。

「ぶちかませ〜!」

「そうじゃねえだろう!」

 老人に呼応するかのように観覧席にいた他の観客達も叫び始めた。

 血に飢えたモンスターは、金網の向こう側で牙を剥いている獣か、観客で叫んでいる人間達なのか分からなくなりそうだ。

「いやぁ、興奮しますな。ワシの若い頃を思い出しますぞ」

 先程叫んだ老人が無邪気な子供のように話している。

 聖騎士のジェット。

 秋留と同じく俺と同じパーティーの一員だ。いつもは温厚で声を荒げる事などほとんど無いのだが……。まさかこういう隠された性格があったとは。

「頑張るのですぞぉ!」

 ジェットは再び金網の内側で行われている戦闘に目を向けた。

 片手に賭け用のチケットが握りながら……。

「……聖? 騎士だよな」

「あはは……」

 俺の疑問に秋留も苦笑いだ。

 聖騎士とはガイア教会で認定を受けた聖なる職業のはずなのだが、ジェットは酒も飲むし今日のように賭博に燃えていたりする。

 不思議なジェット。

 しかし一番不思議なのは酒を飲むことでも、賭博をすることでもない。

 ジェットは秋留の力によって蘇ったゾンビなのだ。

 普通に食事をして普通に睡眠をとる。夜早くて朝早いことなどは老人の代表的な生き方でもある。

 人間よりも人間らしいゾンビのジェット。魔法が使えない俺には、より一層理解が難しいのかもしれない。

 俺の職業は盗賊だ。一般的にあまり盗賊に良いイメージを持っていない一般人も多いのだが、全くの誤解だ。

 よそ様の物を盗んだりしないし、素行が悪いなんて事も無い。

 現に俺は童顔で装備は真っ黒なスーツだ。……まぁ、人間、見た目で判断は出来ないが。

 ちなみに俺はトラップを解除したり宝箱を開けるだけが取り柄ではない。

 腰に下げている二丁拳銃であるネカー&ネマーを扱う事もプロ並だ。銃士にも引けを取らない自信がある。

『只今のチャレンジ、戦士カリューの勝利です!』

 闘技場の中にアナウンスが響き渡った。

「俺は勇者だぁー!」

 ガッツポーズを取りながら、カリューと紹介された返り血で真っ赤な戦士が叫んだ。

「兄ちゃん、勇者は金色の眼をしているんだぞー!」

「そうだ、そうだ!」

「ガハハハハハ!」

 観客席から笑い声が巻き起こった。

 言い返せない黒い瞳の戦士が顔まで真っ赤にして控え室に戻っていった。

「ヌッハッハッハッ」

 ジェットまで笑っている。

「ほら、ジェットもいつまでもふざけてないで、カリューと合流しに控え室に行くよ」

「……おほん、そうですな」

 急に熱が冷めたかのようにいつものジェットの口調と顔に戻った。

 今まで金網の中で戦っていたのは、俺達パーティーのリーダーだった、いや、最近リーダーに返り咲いた自称勇者のカリューだ。

 色々複雑な理由があってリーダーどころか人間も辞めていたのだが、つい最近、人間とリーダーの座を同時に取り返した。


「うおおおお! 俺は勇者じゃないのかぁ!」

「あ、暴れないで下さい!」

 控え室では暴れているカリューを必死になだめている係員の姿が目に付いた。

「カリュー、落ち着いてよ?」

 秋留が優しく問いかける。

「おお! 秋留、聞いてくれよ! 皆が俺の事を勇者じゃないって言うんだ!」

 カリューが秋留に顔を近づけて叫んだ。

 最近まで人間を辞めていたせいで、少し性格が荒くなっている。先程の戦闘中にもなぜか四本足で戦っている時もあったしな。

「とりあえず外に出ましょう。皆さん困っているようですし、クリア殿達も待っていますぞ?」

 ジェットに諭された俺達は、闘技場の裏口から聖都アームステルの裏通りへと出た。


「俺は勇者だよな? な?」

「しつこいなぁ! 人語を話せるようになったと思ったらそればっかりじゃないか! 獣のままの方が良かったんじゃないか?」

 外に出ても相変わらずカリューが俺達に話して聞かせてくる。

 あまりのしつこさに俺はカリューに言い返した。

「何だと! ブレイブ!」

 俺とカリューが言い合いをしていると、向こう側から真っ赤な犬を連れた金持ち丸出しの娘が近づいて来た。

「うるさいなぁ! 凄く遠くまで醜い言い争いが聞こえてきたよ!」

 全身黄色のレース付きの豪華な服に身を包んだ少女が言った。少女が連れている犬は真っ赤な毛並みで首にはトゲトゲの首輪が付いている。典型的なドーベルマンといった感じだ。

「どうでしたか? ストレス発散出来ました?」

 少女の後方で大量の荷物を持った執事風の男が言った。

「え、あ、ああ……」

 急にカリューが大人しくなる。

「カリュー、はっきり言いなさいよ!」

 少女が腰に手を当てて言った。

「え! ああ、はい。ストレス発散出来ました。ありがとうございます……」

 天地が逆になる程に態度が変わったカリューが言った。

「あっはっはっは! カリューはまだクリアに慣れないのか!」

 腹を抱えて俺は笑った。

「う、うるせえ!」

 反論にもどこか力が入っていない。

 カリューはつい最近まで獣だった。そして獣だった時のご主人様は獣使い見習いのクリア。この豪華な服を着たお嬢様がご主人様だったのだ。

 その影響でカリューは人間に戻ってからも、クリアがいると面白い位に縮こまってしまう。

「そちらは今日も買い物ですかな?」

「え? そ、そんなに買い込んでないよ?」

 クリアの教育係りになりつつあるジェットが、後方にいる執事シープットの持つ大量の荷物を睨みつけながら言った。

 商家の一人娘であるクリアは贅沢な暮らしを続けてきた。金に頓着が無いのは仕方ないのかもしれないが、旅を続ける冒険者にとっては金は重要だし、必要かどうかも分からない大量の荷物も邪魔なだけだ。

 ま、そもそも、冒険者じゃなくても無駄遣いは駄目だろう。

 命の次、いやいや、秋留と俺の命の次に大事な金だからな。前回の冒険でクリアにはしっかりと叩き込んだはずなのだが、最近また浪費癖が復活してきたようだ。

「んじゃ、カリューが闘技場で稼いだ金を使って豪華にディナーにでも行くか!」

「な! 勝手に話を進めるな!」

 カリューの拳が俺の目の前をかすめる。

 ああ。

 まぁ、カリューとこんなやりとりをするのも久しぶりだ。獣だった時のカリューには殺されかけた事もあるしな。

「じゃあ、あっちにステーキ屋さんがあったから行こうよ!」

 クリアがはしゃいでいる。

 まだまだ育ち盛りだからな。肉が食いたくて食いたくてしょうがないんだろうな。猛獣だ、そう猛獣だな。

「! ブレイブ! 何か変な事考えているでしょ!」

 クリアが俺の方を見て怒鳴っている。

 俺は口よりも先に顔に出る性質のようだ。他のパーティーのメンバー、特に勘の鋭い秋留には俺の心の中を読まれっ放しだ。言葉がいらないんじゃないかと本気で考えたこともある。

「? ジェット行くぞ!」

「……」

 ジェットが後方を寂しそうに眺めている。その視線の先にはカジノの隣の怪しげな通りがある。客引きの女性のうちの一人がこちらを振り向き手招きをしているのが確認出来た。

「お、おい、ジェット! 飯食べにいくぞ!」

 俺がジェットの肩を叩きながら言って、やっと正気に戻ったようだ。

「お、は、は、う……」

「うろたえ過ぎだ、大丈夫か?」

「ははは、御飯でしたな。行きましょう」

 老人ゾンビのくせにまだああいう場所に興味があるのだろうか?

 俺は色々と疑問に思いならが、パーティーのメンバーと一緒にクリアの案内するステーキ屋目指して歩き始めた。


「やっぱりよ、闘技場じゃ緊張感が無いよな」

 食事を終えて一息付いている時にカリューがポツリと呟いた。

「お〜、たまには良いな。久しぶりに依頼でも受けにいくか?」

 そろそろ自由に使える金も心細くなってきた事だし、高額の依頼を一つや二つこなすのも良いかもしれない。

 俺は新規購入リストを頭に思い描きながら、目の前の炭酸飲料を飲み干した。

「うん! 久しぶりに冒険したい!」

 珍しくクリアもやる気になったようだ。確かにこのアームステルに到着してからは依頼と言えるような依頼はこなしていないからな。

「クリアお嬢様?」

 クリア専属の執事であるシープットが焦っている。執事として、クリアお嬢様を危険に晒す訳にはいかないという所だろうか。

 というか、一番危険な存在なのはクリア本人だから問題無いと思うだが。

「冒険かぁ……。じゃあ私のわがままに少し手伝ってもらおうかな」

 食後のメロンジュースを飲んでいた秋留が突然言った。

「おう! 何でも手伝うぞ!」

 秋留の問いに俺は即答した。

「……ブレイブの意見は分かったわ。他の人は?」

「いいよ!」

 元気良くクリアが答える。

「うむ、秋留殿のお願いとあらば例え火の中水の中」

 不死身のゾンビであるジェットの台詞ではあまり誠意が伝わってこない。

「身体を動かせるならどんな所にも付いていくぞ」

 頭の中も筋肉で詰まっているカリューらしい台詞だ。

「私は勿論、クリアお嬢様の行く所にはどこまでもお供致します」

 模範的な執事としての台詞だろうが、額には大量の脂汗が浮かんでいるのが見える。

 まぁ、シープットは非戦闘員だからな。

「ピシッ」

「パシッ」

 そして不気味なラップ音。お前らも憑いて来るのか。

 そう、俺達のパーティーには色々な複雑な事情があって、カップルの幽霊と行動を共にしているのだ。

「ツートンとカーニャアも手伝ってくれるの? ありがとう!」

 嬉しそうな秋留の声とは裏腹に、幽霊を気にする俺とシープットは大きく苦笑いした。

 ゾンビのジェットも少し嫌そうにしているが「同類だろ!」とはさすがに言えない。

「で、秋留のわがままって何だ?」

 俺達パーティーのリーダーであるカリューが話を進める。

「新しい霊獣が欲しいんだよね」

 秋留が可愛く笑った。


 秋留の案内で、俺達はアームステルから馬車で三日の距離にある殺風景な谷へとやってきた。どの木にも葉は無く、地面には環境に負けない強そうな雑草がビッシリと生えている。

「あ、蜥蜴だ〜!」

 クリアが無邪気に辺りを歩き回っている。

「蜥蜴はどうでも良いんだけどよ……ここは色々出そうだな」

 カリューが舌なめずりをしながら拳をバキバキと鳴らして言った。

 ここに来るまでの街道は冒険者の通りも多く、モンスターもほとんど出現しなかったから、暴れたい盛りのカリューには相当退屈だったに違いない。

 平和な事に不満を言っていては、勇者の資格はいつになっても貰えなさそうだが。

 ちなみにカリューは自称勇者だが、なぜそこまで勇者にこだわっているのかは教えてくれた事は無い。

「おいで、おいで、モンスターに魔族……」

 不気味な笑顔を作りながらカリューは背中の剣を両手に構えた。

 魔力を持つ剣、業火の剣。名前とは裏腹に微弱な炎が立つだけの中途半端な剣だ。しかし切れ味は良いようだ。

「モンスターは沢山いるらしいけど、さすがに魔族はいないんじゃないかなぁ……」

 秋留が心配そうに呟く。カリューめ、秋留を困らせるな!

「そっか。ま、でもモンスターがウジャウジャいるんだろ? よ〜し!」

 カリューがズンズンと谷の中へと進んでいく。

「良いね、カリューみたいに身体一つでどうにでもなっちゃう人は……」

 思わず愚痴る。

 冒険者として生きていくにはそれなりに装備は重要だし、回復アイテムなどの消耗品も大事だ。

 しかしカリューは全くと言っていい程、アイテムなどを保持しない。

 アイテムを使用したり罠を設置したりするのは卑怯な手段だ、といつも言っているからだ。

 そんな事じゃいつか命を落とすぞ、と言いたいのだが、実際アイテムなどを使わなくてもカリューは何とかしてしまっているから文句も言えない。

 まぁ、カリューが傷つけば秋留やジェットが回復するからな。作業分担出来るのがパーティーの良い所なのかもしれない。

「よしっと」

 俺は乗ってきた馬車から装備品や道具を取り出し終えると、カリューの入っていった谷を睨んだ。

「じゃ、銀星待っててね。他の子たちも良い子にしてるんだよ」

 クリアが馬車を引っ張ってきていた一頭の白い馬を撫でた。

 ジェットの愛馬であり、ゾンビ仲間でもある死馬の銀星だ。ジェットと同様に秋留の魔力により蘇ったエロ馬だ。

「ヒヒーン!」

「ふふ、ありがとう!」

 クリアは獣使い見習いであるため、動物と会話をする事も出来る。「気をつけてね」とか言っていたのだろう。

「今日も可愛いね、だって!」

 あのエロ馬め! 幼児趣味までありやがるのか!

 というか、クリアの言語理解も怪しいが。自分の聞きたい台詞が聞こえてくるっていう危険な種族じゃないのか?

「ではカリュー殿が一人で暴走してしまう前に出発しますかな」

 ジェットが厚手のコートを翻した。全員準備万端のようだ。

「暴走されたら色々厄介だからなぁ」

 そう。

 カリューは一見、元の人間に完璧に戻ったように見える。

 しかし……。

「ほら、ブレイブ、格好付けてないで行くよ!」

 秋留に呼ばれて俺はコートを羽織直して谷へと進んでいった。


「ふぅ、遅かったなぁ!」

 俺達が急ぎ足で十分程進んで、ようやくカリューのいる所に辿り着いた。

 カリューの後を追うのは簡単だった。モンスターの死骸のある方に進んでいけば良いのだから。

 目の前のカリューは既にモンスターの返り血を浴びて全身が汚れていて、運動量のせいか身体からは湯気が上がっている。

「満足してそうだね」

「おお! ここはそれなりに手応えのあるモンスターがウヨウヨしてるぞ」

 俺は辺りを見渡した。

 相変わらず素材の剥ぎ取りは行っていないようだ。

 冒険者というものは先程言ったように消耗品のアイテムや装備、その他宿代など常に金を消費していかないと生活出来ない。

 そこで目を付けたのがモンスターから取れる毛皮や牙などの素材だ。

 高いものでは牙一本で一万カリムを超えるものも存在する。

 俺は手近なモンスターの頑丈そうな牙を死体から剥ぎ取った。

「ブレイブ、あの赤毛のモンスターの皮は高く取引されれいるみたいよ?」

 秋留の指摘で俺は首の無くなった赤毛モンスターの皮を剥ぐ。

「ううっ」

 相変わらずこういう作業は苦手だ。それでも金のためだからしょうがない。

「ふふっ。頑張ってね。魔族討伐組合で情報を仕入れておいたんだよ〜」

 さすが秋留。

 霊獣が目的の冒険でも、金を稼げるようにあらかじめ情報収集は怠っていないようだ。

「ほら! ブレイブもそんな事ばかりしてないで、奥に行くぞ!」

 カリューがモンスターを捌きながらズンズンと谷の奥へと進んでいく。

「カリューは放っておいても大丈夫でしょ。それより皆で手分けして解体しよ」

 秋留の指揮の元、俺とジェットはモンスターから取れる素材を秋留の指示に従って解体し始めた。

 クリアは興味津々に俺達の作業を覗いている。

 かなりオゾマシイ光景なのだが……さすがオテンバが服を着ているという形容がピッタリのクリアだな。

 ちなみに非戦闘員である執事のシープットは器用に大きめの包丁を使って、食用の肉を切り分けている最中だ。さすが執事、料理はお手の物といった所か。

「さて、こんなもんだろ」

 俺達は重要そうなアイテムを大きめの袋に収めるとカリューが突っ走った方角へ歩き始めた。

「うおおおお、勘弁してくれ〜!」

 俺達がカリューの後を追いかけようとした矢先、遠くからカリューが叫びながら近づいてくるのが見えた。

「何だろ?」

 俺はカリューの背後を観察した。盗賊になってから日々鍛えられている両目に神経を集中する。

「少し大きめのハチの大群に襲われているみたいだ。……って、こっちに来るなぁ!」

 俺はネカーとネマーを構えてカリューの足元に弾丸を発射した。

「ばかっ! ブレイブ! ちゃんと狙いやがれ」

 いやいや、俺の銃から発射された硬貨の弾丸は狙い通り、近づいてくるカリューの足元に命中したんだ。

「それはちょっと酷いでしょ? まかせて」

 秋留が杖を構えて呪文を唱え始めた。

「業火の身体を持ち 煉獄の心を抱く者よ」

 お、秋留の十八番だ。

 この魔法は高温の熱風を広範囲に放出する威力の高い魔法だ。

 ……え? カリューもやられちゃわない? 俺よりも酷くないか?

「灼熱の息吹を知らぬ哀れな者達を汝の舞で焼き崩せ、コロナバーニング!」

 俺の疑問を肯定するかのようにカリューを含めて巨大蜂のモンスターもろとも、熱風に巻き込まれた。

「あちー! あちー!」

 カリューは一瞬早く射程範囲内から脱出していたようだ。それでも身体の大半が軽い火傷を負っているように見える。ちなみに巨大蜂の大量の死骸は地面に転がっている。

「あ、秋留ー!」

 半分焦げたカリューが目くじらを立てて秋留に抗議しにやってきた。

「勝手な行動取りすぎた罰!」

 問答無用に秋留がカリューに言った。

 さすがに自覚したのか、カリューは黙って秋留の回復魔法の治療を受け始めた。

「昆虫系の小さなモンスターは、カリュー殿のように力でゴリゴリ行く冒険者には向いてないからのぉ」

 秋留の熱風から外れた巨大蜂モンスターを素早いレイピアの突きで串刺しにしてジェットが言った。

 相変わらず正確無比な武器捌きだ。ジェットの攻撃は動きに無駄が無い。

「久しぶりの実践でよ、ちょっと調子に乗りすぎたわ、悪い悪い」

 たっぷり反省しました風のカリューが秋留や俺達に謝った。

「本当に分かったの?」

 クリアがカリューの目の前で睨みつけながら聞いた。

「はい、もうしません、ごめんなさい、許してください」

 カリューが一気に小さくなった。

 クリアの釘刺しのお陰で二度と勝手な行動は取らなくなったに違いない。まぁ、この無鉄砲ぶりも獣だった時の名残かもしれないが……。


「情報によるとそろそろなんだけどな……」

 カリューを回復してから二時間以上は谷の奥へと進んできただろうか。秋留がキョロキョロと辺りを見渡しながら呟いた。

 今までの景色と同様に殺風景さは変わっていないが、近くを小さな川が流れているため少し神秘的な景色に見えなくもない。

「ん? あそこに人が見えるぞ?」

 川の向こう側にある大きな岩に、もたれている数人……三人の人影が見えた。

 俺達は辺りに警戒しながら大岩へと近づく。

「気絶させられているようですな」

 怪しげな時は無敵のジェットに先方を任せるのが俺達パーティーの基本だ。まぁ、ゾンビであるはずのジェットなのだが、不思議に痛覚はあるようなので少し可哀想な気もする……。

『う、う〜ん……』

 ジェットがペシペシと全員の頬を叩くと、三人仲良く意識を取り戻したようだ。

「ここで何かあったのですかな?」

 ジェットが落ち着いて話掛けたのだが、気を失っていた男達三人は辺りをキョロキョロと確認すると、悲鳴を上げながら慌ててその場から逃げ出してしまった。

「お、おい! 礼金ぐらいよこせ〜!」

 俺の叫びは谷間に悲しく響いた。パーティーの嫌な視線も感じる。おまけにこの嫌な感じは憑いて来ている幽霊二人のものも含まれているに違いない。

 ……幽霊にまで白い目で見られる俺って一体……。

「へっへっへ……空しい野郎だ」

 俺達じゃない何者かの声にパーティーのメンバーは全員戦闘体勢を取った。

「ぐはっ」

 目の前で突然カリューの身体が吹き飛ぶ。

 動体視力が高いはずの俺の眼にもほとんど分からなかったが、何者からの攻撃を受けたらしい。

「ぬへぇっ!」

「きゃああ!」

 先に聞こえてきた悲鳴は非戦闘員らしい気の抜けた叫びのシープットだ。後者はクリアだ。二人とも攻撃を受けてその場に倒れこんだ。

「ブレイブ!」

「分かってる!」

 タフなカリューが既に武器を構えて俺へと指示を出してきた。この攻撃の出所を察知出来るのは俺だけと判断したためだろう。

 一体、何をされているんだ!

「恐らく高速攻撃だよ!」

 秋留の台詞に俺は眼と耳に意識を集中し、他の感覚は邪魔になるだけなので閉じる。

「!」

 風を切る音と地面を蹴る音を察知して俺は慌てて秋留をかばう。倒れこんだ俺と秋留の頭上を何かが通り過ぎたようだ。

 地面で体勢を立て直しながらも咄嗟にネカーとネマーを発射したが、相手を捉える事は出来ない。

 俺が発射した方へカリューとジェットが攻撃を仕掛けたが、同じように捉える事は出来なかったようだ。

「ほっほぉ〜、空しい野郎の癖に俺の攻撃を避けるとはなぁ……」

「ぐっ」

 一瞬で意識が遠くなった。全く見えなかったが俺は顔面に攻撃を食らってしまったようだ。

 遠くなる意識を必死に抑えながら俺は目の前にネカーとネマーを再び発射した。

「甘い!」

 背後から何者かの攻撃を食らった。こいつ、以前戦ったチョロチョロと素早かった海賊よりも何倍も速い!

「ちっ!」

 カリューが舌打ちをして剣を振るったが、相手にダメージを与える事は出来ないようだ。

「ま、参りましたな……」

 チェンバー大陸の英雄と言われたジェットも手が出せないようだ。

「どうした、もう終わりか?」

 姿の見えない相手だが、ダメージの受け方を見ると格闘術を使っているように思える。

 しかも声の出所が一定しないという事は常に高速で動き回っているという事だろうか。地面への衝撃がほとんどないという事は相当身軽な奴に違いない。

「勝負よ!」

 秋留が突然立ち上がって叫ぶ。今までそこら中から発しられていた気配が一箇所で止まった。

「勝負だと?」

 殺風景な崖を背負うようにして人……いや、人と同じ姿形の何かが目の前に現れた。

 一見すると子供の頃に絵本で読み聞かされたヒーローの話に出てきそうな感じではある。しかし、よく観察すると紫色の毛並みの猿が派手な黄色のヘルメットを被って真っ赤なマフラーを巻いているだけのようだ。

「趣味の悪い奴が出てきたぞ」

「! こら! お前! 趣味が悪いとか言ったか! この豪快もみあげ野郎がぁ!」

 ボソリと呟いたカリューの台詞に目の前のヒーロー猿が言い返した。

「!」

 クリアに叱られた位に大きく落ち込むカリュー。獣だった時の名残なのか、カリューのもみあげは以前人間だった時よりも物凄く豪快に生えている。

「娘! 勝負と言ったな? このマッハ様と勝負がしたいと?」

 腕を組んでヒーロー猿が言った。

 マッハ? 最近どこかで聞いたな。それにあの姿、どこかで見た気がしてきたぞ。

「一人、お付の召喚士がいなくなったでしょ? 暇してると思って」

「! お前か、ギャスターを葬ったのは!」

 そうか、マッハ……。以前、俺達と戦った魔法剣士のギャスターが使っていた霊獣の名前だ。ちなみにギャスターは俺達が直接葬った訳ではないのだが、ここで突っ込む必要は無いだろう。

「良いだろう、この勝負受けて立とう!」

 ビシッと秋留に指を突きつけている。霊獣の癖にヒーローに憧れているに違いない。

「さて……勝負の方法は?」

 ポリシーなのだろう。組んだ腕はそのままに話し続けている。口の横にハエが止まってモゾモゾと動いているので相当痒いに違いないのだが……。

「……素早さの勝負なんてどう?」

 秋留は愛用の杖を折りたたむと腰のフックへとぶら下げた。本当に素早さの勝負をするつもりか? 秋留はそんなに素早さがあったのだろうか?

「す、素早さの勝負だとぉ!」

 今まで勝負にワクワクしていたマッハの機嫌が一気に悪くなったようだ。スピードには誰にも負けない自信があるに違いない。

 相手を怒らせて冷静さを無くした所でスピードで勝てるとは思えないのだが……秋留はどうするつもりだろう?

「そ。まさか自信が無いとか?」

「ふ、ふざけるな! 速さで負ける俺様じゃないぞ!」

 そう言ったマッハの左手にはいつの間にか果実の生った枝が握られていた。

「あそこに生えているこの谷で数少ない果実の木……あの枝を今取ってきた」

『!』

 俺達は同時に驚いた。あそこの木ってここから五十メートルは離れているぞ!

「……同じ事、もしくはそれ以上が出来たら、私の勝ちって事で良いかな?」

 秋留が腰に手を当てて言った。

 マッハは両拳を高く挙げて唸っている。相当怒らせてしまったようだが大丈夫だろうか。

「同じ事が出来れば良い! ただし!」

 そう言ったマッハの拳が秋留の目の前に突き出されていた。またしても何も見えなかったぞ。

「出来なかった時は、その綺麗な顔に海より青い青タンを作らせて貰うぞ!」

「てめぇ!」

 俺は問答無用にネカーとネマーをぶっ放した。

 しかし両銃から発射された硬貨がマッハの身体を突き抜けて向こう側の地面を砕いた。

 ……何が起きたんだ?

「高速で移動して元の場所に戻ってきただけだよ」

 秋留が言った。

 まさか見えていたとでも言うのか?

「……だけ? 随分簡単に言ってくれるじゃないか!」

 ああ、秋留よ、そんなにマッハを逆撫でしてどうするつもりなんだ……。他のメンバーも心配そうに秋留の事を見ている。

「お姉ちゃん……」

 ジェットに介抱されて復活したクリアが心配そうに秋留に近づいて言った。

「大丈夫だよ、クリア」

 そう言って秋留はクリアの頭を撫でた。

「あ、秋留……」

 俺も心配そうに秋留に近づいていった。しかし秋留に両手で突き放されてしまった。秋留が白い目をして頬を膨らませている。

 ……俺も秋留に頭を撫でてもらいたかったんだが……駄目だったようだ。

「さて!」

 そう言って秋留が両手をグルグルと回し始めた。準備運動を始めたようだ。

「そんな事をしても俺に勝つ事など出来ない!」

 そっぽを向いてマッハが言った。

 しかし目だけはチラチラと秋留の方を観察しているようだ。秋留のやる気マンマンな顔にマッハも少し心配になってきたようだ。

 秋留は更に腕をグルグル、足首をグリグリと動かしている。

 ……まさか、本当にマッハと同等の速さで動けるというのか?

「……おい、まだか!」

 マッハが叫んだ。

「ふふ、はい、コレ」

 そう言って秋留がマッハの両手に果物を手渡した。

『!』

 マッハが取ってきた果物と同じものだ! マッハ同様に何も見えなかったぞ!

「……」

 俺達の驚きようは尋常ではなかったが、マッハはそれ以上に驚いているようだ。あんぐりと開いた口が戻るような気配が全くない。

 ……。

 暫くの沈黙。

「……い、イカサマだぁ!」

 マッハが拳を秋留に突き出した。

 駄目だ! 間に合わない! 秋留の可愛い顔に海より青い青タンが!

 しかしマッハの拳は空を切った。

 秋留はいつの間にかマッハの後ろに立っている。

「……そりゃイカサマだよ、イカサマでもしないとマッハの速さに追いつく人なんてこの世にいないもの」

 秋留が言った。

「……そ、そうだよな、俺より速い奴なんていないよなぁ、あはは……がっはっはっはっは!」

 マッハが腰に手を当てて豪快に笑った。

「秋留だったな……気に入った!」

 マッハが秋留の肩に手を置いた。

 ……こいつ、どの動作も俺の眼でも全く追う事が出来ない。こんな霊獣を使う魔法剣士に俺達はよく勝てたよなぁ。

「ふふ、ありがと……それじゃ、霊獣としてこの秋留のために力を貸してもらえますか?」

 ああ、そうか。

 秋留はこのマッハを新しい霊獣にするために俺達とここまでやってきたのか。

「この際手段などどうでも良い、俺と同じ事が出来た秋留に喜んでこの俺の力を捧げよう!」

 そう言うとマッハの身体から一つの光が秋留の身体の中に入っていった。

 唖然としている俺達に向かって秋留が丁寧に解説してくれた。

 霊獣との契約では、霊獣の身体の一部を自分の身体に取り込む事により、召喚が可能になるという事だった。

 どんなに離れていても霊獣の身体の一部を通して、召喚士からの呼びかけが届くという仕組みらしい。

「さて、秋留も新しい霊獣を手に入れたし、そろそろ聖都に戻るか!」

 秋留の召喚士講義に飽きてきていたカリューが言った。こいつは脳みそまで筋肉だから頭を使う事が苦手なんだろうな。

「あ、そういえば」

 思い出したように秋留が言った。俺達を見送ろうとしていたマッハの方を振り返る。

「ここで伸びていた三人組は私達と同じように貴方と契約しに来た人?」

「! 何者かが近づいてきているな」

 秋留とマッハの会話を邪魔するかのように複数の気配が近づいてくるのが分かった。

「……奴らは霊獣の力を利用して対魔族兵器を作ろうとしている研究所所属のハンター達だ」

 マッハがウンザリして言った。

 どうやら狙われたのは一度や二度ではないらしい。

「……しかも今回は今までで一番の団体さんのご到着のようだ」

 マッハは両拳をゴキゴキと鳴らして準備運動を始めた。

「霊獣を兵器利用……どこかに連れ去られちゃうって事?」

「ああ……既にこの辺りの霊獣で拉致された奴がいるんだ」

「……許せない!」

 秋留が杖を構えた。

 マッハの話だと、霊獣を奴隷として使うという事なのだろう。優しい心の持ち主である秋留には我慢出来ないに違いない。

 マッハと会話をしている間に三十人ほどの人間が俺達の周りに立ちはだかった。全員、岩で伸びていた男三人組と同じ真っ赤な制服を着ている。

「お前達は何だ? その霊獣をこちらに引き渡せ」

 他の奴らよりは少し立派な赤い制服を着た男が前に出てきて言った。その声には何の感情も篭っていないように思える。

「どこの研究所? 霊獣を兵器利用するなんて話は聞いた事無いわよ!」

 交渉担当の秋留が前に出て言った。

「……マッハめ、余計な事を……」

 隊長らしき男は背負っていた銃を構えた。連射可能なマシンガンタイプのようだ。

「邪魔するなら排除させてもらう」

 隊長の台詞に周りの男達も一斉にそれぞれの武器を構える。どの武器も、威力よりは素早さを選んだ武器に見える。マッハ捕獲を目的としているためだろう。

「悪いな、面倒ごとに巻き込んじまって」

 霊獣の癖に律儀な奴だ。済まなそうにマッハが頭を下げている。

「いや……気にするな。霊獣の兵器利用なんて悪の組織がやる事だ!」

 カリューが嬉しそうに武器を構えた。

 ここに到着するまでの戦闘では満足出来なかったに違いない。目の前の獲物を危険な眼つきで睨んでいる。このカリューの眼つきで男達の何人かがたじろいだ。

「銃を持っている奴は任せろ」

 そう言うとマッハの姿が消えた。

 俺達も一斉に飛び出す。

「マッハを生け捕れ! 邪魔な人間達は殺しても構わん!」

 副隊長らしきヒゲ面の男が叫んだが、カリューの剣の一閃で悶絶してしまった。ちなみに、いくら凶暴なカリューでも今は剣を鉄の鞘に入れたままで攻撃している。

 ……あまりの威力に瀕死のダメージを与えていそうなのだが。

 カリューが頑張りすぎなので敵があまり近くには来ないが、時々飛び道具を投げようとしている男の足をネカーの硬貨で貫く。

「!」

 頭のすぐ横を銃弾が掠めた。……奴ら、銃を手に固定しているようだ。マッハが頑張って攻撃をしかけているのだが、武器を固定しているため弾き飛ばす事が出来ない。

 しかも対打撃用に内側に何か防御力増強のための防具をつけているようだ。

 ちなみにカリューの攻撃はそんな防具は関係なくダメージを与えている。ジェットもクリアやシープットのお守りをしながら敵の防具の隙間をぬって攻撃を仕掛けている。

「皆張り切ってるな」

「そうだね」

 あまりやる事のない俺と秋留は敵の動きに注意しながら会話を続けた。

「そうだ、さっきのマッハとの勝負、凄かったな。どうやったんだ?」

「ああ、あれね」

 秋留は先程の準備体操のように手をグルグルと回し始めた。

「?」

「ふふ、準備運動じゃないのよ、幻想術を使っていたの」

 そういう事か。

 確か、幻想術は不思議な身体の動きで相手を惑わせて幻覚を見せるのが主な能力だったはずだ。

 俺達が準備運動だと思っていたのは、術を使っていたのか……。

 どんな魔法でも使いこなす特殊な秋留の今の職業は幻想士である。

「うははははは〜!」

 またしてもカリューが興奮してきている。この赤づくめの男達はそれなりに戦闘能力が高いようで、カリューも倒し甲斐があるらしい。

「……あんまり興奮すると危険だな」

「……そうだね、アレ、持ってるんだよね?」

 秋留に言われて俺は背中の鞄を確かめる。カリュー用のアレはいつでも使用出来るように、しっかりと鞄の側面に装備されていた。

「大丈夫だ、貰った投げ針はちゃんと持ってきてる」

 投げ針。

 この針の先端には特別な薬品が塗られている。

「ぐっ!」

 カリューの背中に敵の振るったハンマーが命中した。一瞬体勢を崩したカリューだったがそのまま剣を振るって敵の頭を強打する。

「まだまだぁ!」

 カリューの戦い方が人間離れしてきている。時々四本足で行動している時も出てきた。

「危なくない?」

 いつの間にか俺と秋留の後ろに移動してきたクリアが言った。勿論非戦闘員のシープットとクリアの忠実なペットである赤い毛並みのドーベルマン、紅蓮も一緒だ。

「ちょっとヤバいかもな」

 俺は背中の鞄から投げ針を取り出して構えた。

「うおおおおおおぉぉぉぉん!」

 カリューが吼えた。

 カリューの鋭い爪が敵の男の顔に斜めの傷をつけ、後方の敵の首筋には鋭い牙で噛み付いた。そして両手で持った剣では同時に二人の敵を殴打する。

「う、うわあああ!」

「ぎゃあああ」

「ひえええ!」

 真っ赤な服の男達が顔を真っ青にして悲鳴を上げ始めた。今まで高速動作で姿を消していたマッハも思わず動きを止めてカリューの変わりようを凝視する。

 髪の色と同じ、青色の毛並み……獣の顔から飛び出した鋭い牙と可愛げのある耳……。そして感情を表すかのようにご機嫌にフルフルと動いている長い尻尾。

 そう。

 実はカリューは完璧に人間に戻った訳ではないのだ。興奮状態が続き、体内の獣遺伝子が活発になると獣人化してしまうのだ。

 今回は人間に戻ってからはじめての獣人化だ。聖都の腕の良い魔法医から聞かされていたのだが……。

「これが獣人化ですか……」

 ジェットが思わず身震いをする。

 赤い男達も同様で恐怖に負けそうになるのを抑えながら負傷者を担ぎながら逃げ出し始めた。

「撤収! 撤収!」

 カリューに一番狙われていた手練れの隊長が叫んだ。もう打撲傷やら引っかき傷、牙で噛まれた跡だらけだ。

「うおおおおん! これに懲りたらもうココには来ない事だなぁ!」

 正義感たっぷりのカリューが叫んだ。

 顔は凶暴そのものなのでヒーローには程遠いが。ヒーローへの遠さでいったらマッハと良い勝負かもしれない。

「……」

 カリューがその場で立ちすくんでいる。

 それを黙って見守る俺達……。

 するとカリューは剣を背中に戻して両手をシゲシゲと見つめ始めた。

 興奮すると獣人化してしまう事はカリューには言っていない。言った途端に興奮して獣人化してしまいそうだったから。

 次に自分の両手で顔をペタペタと触り始める。

 突き出た口、口から飛び出した長い舌……。

「な、懐かしいか? カリュー?」

「うおおおおおおおおおおおん!」

 俺のトドメの一言でカリューが泣きながら俺達の方へと突っ込んできた。

 俺は黙って右手に持っていた獣遺伝子を抑える抑制剤入りの投げ針をカリューの腕に投げ刺した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ