たったひとりだけ
気づいたら暗闇の中だった。自分が誰でここが何処なのか、そんな事よりも立ち上がり歩いて行かなければと思った。どのくらい歩いただろう、目の前に小さな光が見えた。私は本能的にそこを目指して走り出していた。走って走って光が大きくなって、とうとう目の前に光は広がっていた。だが、目に見えない何かにより私はそれ以上行く事が出来なかった。これが、「世界」。頭に響く声。お前はここを見守るのだと。青い空と緑の大地、そして生きるもの達を。お前の名は「 」。私は「世界」を見守る為にここに生み出されたのだ。私の創造主は姿すら分からないが、私と外見こそ同じ人間を強く愛されている。
しばらくの時を経て私はある赤ん坊に興味を持った。普通の村で産まれた男の子。彼は黒い髪と瞳をもっていた。平凡な両親の元で畑仕事を手伝い、動物の面倒、弟の世話をしながら学校に通っていた。不思議と私は彼から目が離せなくなり、時間などあまり過ぎる暗闇で彼の笑顔は光輝いていた。幼馴染の少女が常に彼の側におり、大きくなったふたりは結婚し、彼女は新しい命を宿した。そして彼は産まれた子を愛し、家族の為に働き、最期はベッドの上で愛するもの達に囲まれこの世を去った。
私は彼がいなくなった「世界」に興味をなくした。この先「彼」と同じ人間なんて現れない。永遠に失ったのだ。魂の生まれ変わりがあったとしても、「彼」ではない。この心の空虚を埋めるにはどうしたらいいのか、もはや永遠か。そうだ、ただの気晴らしなら創造主が創る人間とは違えど彼と外見だけでも同じ「モノ」を創る事はできる。男も女も彼と似ているなら。だが、感情だけは入れられないが。
ヴェントもまた人間を愛してしまった。喋りやすい相手で気に入っていた。けれども、感情が芽生えた矢先に消してしまわないと辛い思いをする、私の様に。側で忠告したのだがやはりダメだった。消したくないのに。いや、消えることができるならいいのではないか。こんな迷いを何度も繰り返している。
人間を創った創造主が羨ましい、そして憎い。だから人間も憎い、だが愛おしい。矛盾した感情だ。
それでも私は
永遠にたった一人だけを愛していく。
END