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明るい黒

作者: 葛長

気がついたら黒い空間に居た。

上も下も右も左も前も後も黒一色。だけど、しゃがまなくてもスニーカーを確認できるのは明るい。ということなのだろう。


「……どこだ、ここ」


つぶやいた音は響かず、落ちた。

声を発したことでこの気味の悪い空間に俺は一人なのだと、寂しさや怖さが胸の中でざわめいた。


夏の制服である半そでのワイシャツに黒のスラックス。どこにでもいるような高校生の俺がこんな奇妙な場所に居るのはおかしい。

いや、高校生でなくったっておかしい。明かりがついているわけでもないのに明るく黒い空間。趣味が悪いにもほどがある。

そもそも俺はさっきまで……


「……さっきまで?」


どこにいたんだっけ?


カツン。カツン。


規則的な音が聞こえて身構えた。


誰か来る!?


「ミハラ タイチ 様ですね?」


白いスーツに白い帽子。シルクハット?をかぶった男が俺の前で優雅にお辞儀した。


「……そう、だけど」


全身真っ白だから黒い髪だけが浮いている。いや。背景が黒いから男自身が浮いている存在だ。

ニコニコと細められた目が胡散臭さを倍増させている。


「ワタクシはここの案内人を務めさせていただいております。本日はご足労頂きまことにありがとうございます」


「別に……来たくてきたわけじゃねーよ」


「そうでしょうね。

ここはあの世とこの世の狭間ですから来たくてもなかなかお越しになれる様なところではございません」


何言ってるんだこいつ?

俺はこの男がかなりアタマノオカシイ奴だと認識した。


「驚いて声も出ませんか?そうでしょうね。普通はとてもショックな出来事でしょう」


ワタクシも、もし告げられたら辛くて辛くて涙をこぼしてしまうかもしれません。


と、少しも笑顔を崩さずに言った。

気味が悪いからランクアップして気色悪い。


「あなた様は死んだのです。覚えていませんか?」


そんな、まさか、安っぽい小説みたいな台詞を聞くことになろうとは。


「ありえない」


思わず鼻で笑ってしまう。


「そう思われるのも無理はありません。あなた様は子猫をかばいトラックに轢かれたのです。そのときあなた様の身体はぐっちゃぐちゃのそれはもう見れたものではないほど無残な状態になってしまわれたので、その時の衝撃で忘れてしまわれたのでしょう」


そうなのかー。(棒読み)子猫を助けて死ぬなんてテンプレにもほどがある。

まぁ、でも。こんな俺でも誰かを助けられたなんて、ちょっとかっこいいかも?


「しかし、あなた様がかばったりしなければ子猫は死なずに済みましたのに……」


「えっ!助かったんじゃないのか?」


「ええ。あなた様は道路の真ん中を歩く子猫を見つけ、子猫が命の危機にあるとお思いになられたのでしょうが、子猫はあのまま歩いているばすいすいと左右から向かってくる車両を器用に避け無事向こう岸にわたる事が出来たのです。しかし、あなた様が無駄にかっこよく助けようと道路の真ん中まで勢いよく転がって行きそれに驚いた子猫は立ち止まってしまいあなた様と共にひき肉状になってしまわれました」


……俺の、馬鹿っ。

男の言ってる事が本当かどうかはわからんが無駄にかっこつけようとしたことは俺の行動っぽくて信じてしまいそうだった。

子猫ちゃんごめんよ。俺のアホな行動のせいで巻き込んじゃって。


「そこであなた様の罪状ですが……」


「……ザイジョウ?」


単語の意味がわからず聞き返した。


「ええ、罪状。つまりあなた様の罪です」


……ツミ?つみってなんだ?俺は法律に触れるようなことは何一つしていないぞ。


「詐欺、虚言、窃盗。どれも細々とした小さなものですが、最後に殺人。いえ、殺猫とは……。小さくても命は平等ですのでこれはそれなりの罰が下りますでしょう」


意味がわからん。確かに猫を殺してしまったのは申し訳ないがそれ以外の項目に全く覚えがない。だけど、それも善意からの行動じゃないか。上量酌量の余地はあるだろう?

そもそも、猫の事にしたって俺には覚えがない。


「おや。納得頂けませんか?」


「当り前だ」


「まぁ。仕方がありません。どちらにしろあなた様の未来はすでに決定されております」


坦々と笑顔で男は言う。

こいつと話していると俺まで頭がおかしくなりそうだ。何の事を言っているのか、さっぱりだ。


「八歳の頃友人にあなた様は『実は自分は正義のヒーローなのだ』と仰いました。十二歳の頃あなた様はクラスメイトがやった宿題を自分がやったと言って提出しました。十五歳の頃あなた様は母親の財布からこっそりお札をぬきとりました。

一部ではありますがこれらがあなた様の罪です」


……なんで、そんなこと


「ああ、もう一つ。あなた様は十八歳の秋。子猫を殺しました」


こいつが知ってるんだ?


白い男が言ったことは俺が体験したこと。俺がやった事だった。

いや、さすがに子供の頃の話はおぼろげでしかないけどこずかいを使い切ってしまったあと欲しいゲームがあるのを思い出して罪悪感はあったが母親の財布から二万ほど拝借したことは覚えている。だけどな、こんなこと誰でもやったことあるだろう?


「そろそろお時間です」


男は懐中時計をパチンと閉じると気持ちの悪い笑顔のままお辞儀した。


それと同時に俺の足元が無くなった。


「あなた様の来世ではお会いしない事を願っております」


黒い穴。そこがみえない。暗い穴に俺は落ちていく。






――――――






「恐怖で声も出ませんでしたか。前世でもあなた様の最後は驚きの表情でしたね」


白い男は懐中時計でもう一度時間を確認すると、


「次の方がお待ちですね。急がなくては」


カツン。カツン。と規則正しい音を鳴らしながら黒く明るい空間を歩いて行った。

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