女湯の警備員
現在彼女達は、掲示板の部屋から進んだ先にある丁字路にいる。
「さて、左は女湯。右は男湯。……ナデアはどちらに進むべきだと思う?」
「そうですねー。ダンジョンマスターの言葉を信じるならどちらに進んでもたいした違いはないはずです。逆に信じないのならば、男女で違う弱点を攻めるための罠があると考えるのが妥当ですね。女湯に進むのは危険かも知れません」
「ふむ。だがよほどの金持ちでもなければ浴室などもっていないぞ。王族でも毎日風呂に入ることなど出来ないと聞くが…、ダンジョンマスターが風呂を知っているということは何を意味するのだろう? 公衆浴場などという言葉も初めて聞いた」
「公衆浴場……言葉から想像すると、お風呂を一般に開放している場所という意味でしょうか。冒険者を騙すならもう少し一般的な餌で誘う方が良いと思うのですが…。だからこそ本物があるとも考えられますね」
やっぱりただ『風呂があるから入ってね』と伝えても素直に信じてはくれないようだ。まあダンジョンマスターの言葉を鵜呑みにする冒険者なんていないと諦めることにしよう。
幸いなことに風呂が全く存在しない世界というわけでは無いらしい。彼女らがここの情報を持ち帰ってくれれば、ただ風呂を目当てに攻略以外を目的とした冒険者や旅人が来てくれるようになるかもしれない。
……また剣士の女性がこちらを向いている気がする。マリーナさんとやらは第六感的な何かがあるのだろうか?
魔法がある世界なのだから、超能力とか霊感とかも普通にあるかも知れないな。
2人の会話を聞いていたサラが突然口を開く。
「ねえ、もし本当にお風呂があって、男湯に先客がいたらどうするの? 女湯にはガーディアンがいるらしいし、そっちに行きましょうよ。わたし嫌よ、男の裸見るなんて」
……………
……………
どうやら女湯に進むことが決まったようだ。
「あれは…クレイゴーレムか?」
「おそらくアレがガーディアンなのでしょう。……ダンジョンマスターを信じるならば、ですが」
どうやら設置したガーディアンがいきなりやられることはなさそうだ。このゴーレムはある程度魔力で強化されているから簡単にやられたりはしないだろうけど、2人は余程腕の立つ冒険者のようだし勝つことは難しいだろう。
そもそも男性しか攻撃対象として設定していないから攻撃を受けたところで反撃には出ないのだが。
「よし。サラ様、ナデアと共にここに残ってください。私が様子を見てきます」
「倒せないの?」
「クレイゴーレムは一撃で確実に倒すのは難しい相手です。この狭い通路で正面から攻めるのは得策ではありません。私一人ならば、多少梃子摺ったとしても遅れを取ることはまずありませんので」
「そう…分かったわ」
「気をつけてマリーナ」
2人に見送られてマリーナさんがゆっくりと進む。そろそろゴーレムの姿がはっきりと見える距離まで近づいただろうか、彼女の足がとまる。おそらくゴーレムが首からかけている看板に気付いたのだろう。
【女性のみ通行可】
怪訝な顔をしながらも声は上げない。索敵範囲には間違いなく入っているにも関わらず微動だにしないゴーレムの様子を見て、不用意な行動を控えているのだろう。
少しずつ慎重に進み、ついに剣を振るえば届く距離まで近づく。ゴーレムが動くことは無いとわかってはいるのだが、もの凄い緊張感に自分が唾を飲み込む音が聞こえた。
…飲食も排泄もいらない体でも唾はでるのか。飲み込んだり吐き出したりした唾はどうなるのかも気になるところだ。
後方の二人が固唾を呑んで見守る中、マリーナさんが横歩きでゴーレムの横を通り過ぎた。そのまま3mほど離れたところで、緊張がとかれたのが分かった。お嬢様とナデアさんもどこか安心した様子だ。
次はどうするのかと様子を見ていると、突然マリーナの剣が大量の魔力を纏い輝きだす。そしてたっぷり十秒もかけて魔力を溜めた剣を大きく振りかぶり、剣の腹の面を目にもとまらぬ速さで振り下ろした。
後に残ったのはクレイゴーレムの両腕のみだった。核もろとも胴体も頭も木っ端微塵に吹き飛ばしたようだ。
残った両腕も直ぐに溶けてなくなり、魔石が残された。
……確かに、いくら攻撃してこないとは言え迷宮の魔物を信用することなどそうそうできないのだろう。その気持ちも分からなくは無いんだけど、相手のために作ったゴーレムがここまで見事に粉砕されれしまうとなんだか微妙な気持ちになる。そしてちょっとやそっとの強化では、実力者相手には足止めすることもままならない可能性も出てきた。
まあ無抵抗にやられるのもこのゴーレムの仕事なのかもしれないと割り切っておこう。おかげで、少しはこちらの話を信じてくれる様になったかもしれない。
そうこうしている内に三人が合流する。
「お疲れ様です、マリーナ。女性相手には攻撃しないように命令されているのでしょうか?」
「おそらく。こちらから攻撃してしまうと分からないから一撃で消し飛ばしてしまったが…、問題なかったか?」
「大丈夫でしょう。なにが敵対の条件かも分からない状況でお嬢様を近づけるわけにはいきませんしね。ガーディアンが健在だったということはこの先に男性がいることはなさそうですし」
「それよりもマリーナ! その石が魔石ね? すごいわ!」
「出来立てのダンジョンとしては良質な方だと思います。それでもたいした値段では売れないと思いますが」
「魔物の体が空気に溶けるみたいに消えていったわ! ダンジョンってほんとに不思議な場所ね」
「そうですよお嬢様。ダンジョンは外の常識が通じない奇妙な場所なんです。はしゃぎ過ぎて油断なさらないように気をつけてくださいね」
「もう! 人が感動してるところに水をささないでよ。言われなくたって分かってるわ」
サラが不貞腐れたような抗議の声をあげた。よっぽど冒険とか探検が好きなのだろう。その好奇心で風呂に入ってくれたりしないだろうか。
「サラ様、ゴーレムが復活しないうちに先に進みましょう」
マリーナの声に2人が頷き、進みだした。
通路は直ぐに行き止まりとなり、右手にはドアがある。
ここから先は映像をカットして、音声と三人の位置関係が分かる程度に感覚を落とす。
女性の裸に興味がないわけではない。覗いたところで相手にばれることはないだろうが、僕なりの誠意のつもりだ。
……音だけでも十分だめな気もするが、さすがに完全に感覚をシャットダウンしてしまうと不都合があったときに対応できなくなってしまう。
不老になった影響か、性欲も全然感じなくなってしまった。決してエロ目的で風呂を作ったわけではないし、盗み聞きもダンジョン運営に必要だから仕方なくするのだ。うん。