今度こそ
「ナデア~、怪物はまだなの~?」
入った直後の広場で少女が魔法使いに緊張感無く話しかけている。どうやら魔法使いの女性はナデアさんというらしい。女性の年は良く分からないけど、20代前半から半ばだと思う。自信はないけど…。
「お嬢様。まだ入ったばかりではないですか。それに少しでも危険を感じたら帰りますからね。見たところ新しいダンジョンですし、ギルドに新ダンジョン発見を報告するのも冒険者の務めです」
どうやらギルドという組織があって冒険者達を取り仕切っているようだ。ギルドについては早急に調べる必要があるかもしれない。それによって今後のダンジョン構築の方針が大きく変わるかも知れないし…。
「そんなのつまらないじゃない! ナデアは未知のダンジョンを前にして胸が熱くならないの!?」
「私もマリーナも生活の糧を得るために冒険者になったのです。人並みには好奇心があるつもりですけど、基本的には安全第一です。特に今はお嬢様の護衛が仕事ですし、本来はこんな寄り道はしないで街道を進むべきなんですよ」
「もうっ! 物語の冒険者達はみんな勇敢で探検が大好きな人ばっかりなのにっ!」
やっぱり女性二人は少女の護衛のようだ。経緯はわからないけど、道を歩いていた時にこのダンジョンを見つけたのだろう。
少女の我侭をナデアさんが諌める…というやり取りが続く中、もう一人の剣士と見られる女性、マリーナさんは周囲に鋭い視線をやりながら警戒していた。脳裏に浮かぶ映像の中で、彼女が不意に視線をこちらに向ける。……まさか監視に気付いたのだろうか?
びくびくしながらも観察を続けていると、彼女は二人に向かって口を開いた。
「二人とも、もう少し緊張感を持ってください。いくら出来たてのダンジョンだからって油断してると足元をすくわれますよ」
「Aランクが二人もいるのよ。マリーナもナデアも心配しすぎよ」
「サラ様。これは持論ですが、自信満々な冒険者など信用してはいけません。そのような輩は客観的判断を忘れ、油断や慢心によって命を落とす場合が多いです」
「マリーナの言う通りですね。自信が全く無いのも問題ですが、特にダンジョンでは何が起こるかわかりません。心配しすぎなどと言うことは無いんですよ」
「うぅ…わかったわよ。でもこのまま帰るなんてないわ。もう少しだけいいでしょ?」
「はい、お嬢様。ある程度の情報が無いとギルドが探索依頼を出す時にランク付けに困ってしまいますから、入り口付近の様子を知らせれば情報料がもらえるんです。その程度の探索をして帰りましょう」
どうやら深くまで探索する気はないようだ。話を聞く限りAランク冒険者というのはかなり高位の強さを持っているのだろう。いきなりそんな人達が攻略に乗り出さなくてよかった。落とし穴の罠が作動しても切り抜けてしまいそうだ。
それにしても油断すると云々の話は、ぜひ数時間前の彼らに聞かせてやりたかった。そうすればあるいは死ぬ前に帰ることが出来たかもしれないのに…。
「サラ様、探索すること自体には反対しませんが、このダンジョンは今まで潜ってきたものとは随分違うようです。はしゃがずに十分注意して進みますよ」
「そうですね。こんなに明るいダンジョンなんて初めてですし、掲示板や張り紙がある点も不可解です。詳しく調べてながら進みましょう」
「分かったから早く進みましょうよ~。もう煩くしないし言うこと聞くから」
そして彼女達は探索を開始した。今度こそ風呂に入って欲しい。いや、せめて風呂を発見して欲しいものだ。あれだけ手間と魔力をかけたのに知られる事すら無いなんて悲しすぎる。