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鉄貨の価値について

クソつまらないお金の話です。

読まなくてもストーリーにはあまり関係ありません。


【ようこそお越しくださいました。】


 ギルド会議室にはバンロールが一人だけだ。


「とんでも御座いません。私の方こそ、これまでご挨拶できずに申し訳ありませんでした」


 鉄貨を使い始めてから、なんだかんだで彼とは話す機会がなかった。

 商会の駐在員は僕が決めた取引価格で定期購入するよう言い付けられていたようで、価格交渉などもまだない。


【協議すべき事柄は多くあるかと思います。本日は心行くまで話し合いましょう】


 例えば鉄貨とか、防具レンタルとか。


「よろしくお願い致します。ところで本題の前に……ダンジョンマスター様はこの部屋の様子をご覧になることが出来るのでしょうか?」


【はい。拝見しております。対面出来ぬ無礼をお許し下さい。】


「それでは、先ずはこちらをご覧くださいませ」


 そう言って彼は会議用の長机の上に木製のトランクケースを乗せて筆談ボードに向けて開いて見せてくれた。

 中には柔らかそうなクッションが敷かれ、窪みの中には最近ようやく見慣れてきた銅貨類に加え、銀貨や金貨と思われるものが綺麗に並んでいた。

 銅貨は種類が多いが、銀貨と金貨は3種類ずつ……というかもはやインゴットの様なものも混じっている。


「これらは周辺諸国にて公に流通している貨幣や鋳塊になります」


【銀貨や金貨の存在は聞き及んでいましたが、現物を見るのは初めてです】


 しかも一番大きな金塊は……純度は分からないが、仮に5kg位だとして日本で売ったらで2000万円以上するだろう。


「今後、ダンジョンマスター様は多くの外部の人間とやり取りすることになることでしょう。本物を知っておくことは非常に大切なことですので」


【お心遣いに感謝いたします。とても勉強になりました。】


「お気に召したようでなによりで御座います。お近付の印として、こちらはどうぞお納め下さい」


 ――今、なんと言ったのか。

 金や銀は地球ほど価値がないのか?


【私は金銀の正確な価値を存じ上げませんが、途方もない金額になるのではありませんか? 受け取るわけには参りません】


「流石は良い目をお持ちで在らせられますな。私共の誠意の証と思ってお受け取り下さいませ」


 先行投資にしても多すぎるだろう。

 第一、以前はダンジョンとはあまり仲良く出来ないといった様な話をしていた気がするが……。

 それに、このように一式揃っている状態では使い難い。流動資産としてカウントできない以上、武具のレンタル料や鉄貨のレートに関して極端に手心を加えることも直ぐには難しい。

 

「鉄貨の交換レートや貸出し装備の手数料について交渉するための材料というわけでは御座いませんので、あくまでもほんの気持ちだと思って頂けますと幸いで御座います」


 こちらの考えることはお見通しの様だ。

 あまり頑ななのも失礼か。

 

【承知致しました。有り難く頂戴致します。】


「各貨幣の詳細や過去の交換レートもまとめて置きましたので、併せてご確認ください。……さて、それでは改めまして本題の方に移ると致しましょうか」


 なるほど。これを読んで勉強しろと……。まあ、知識が不足していることも有り難い贈り物であることも事実だ。


【後程拝見させて頂きます。それではよろしくお願いします】


 バンロールは小さく咳払いをして話し始めた。


「先ず始めに、鉄貨のレート等について商会としての考えをお話したく思います」


 それは僕にとっても重要なことだ。


「ご存知の通り、現在ダンジョン内では鉄貨1枚は銅25~30で売買されており需要と供給量に関しては供給過多気味ではありますが、私共やギルドは備蓄増強に動いているため値崩れ等を起こしていない状況です」


 普段ダンジョンに居ないというのにしっかりと分析されている。


【では現状維持では鉄貨の価値は下がってゆくと考えてよろしいでしょうか?】


 備蓄が十分に増えるか、鉄貨の発展性を示せなければ安値で取引されるようになる。


「仰る通りで御座います。鉄貨の通貨としての価値を保つための対策としましては2通りの方策が考えられます。一つは鉄貨の供給を絞り高価値を維持する方法。もう一つは有料設備を増やし鉄貨の循環を活性化することで価値を低めに維持する方法です。私共は、可能ならば後者を当面の方針とすべきだと考えております」


 前者は鉄貨の消費地不足にあわせて鉄貨の流通量自体を少なくすることで需要と供給のバランスをとる案であり、後者の案では逆に消費地を増やすことで需要を増加させバランスをとる案だ。後者の案では設備増築に手間と対価が必要であるというデメリットこそあるが、低価格でコンスタントに流通することで安定収入に繋がるのだろう。

 また、前者の場合は高額に見合う施設であることと、それを支払える顧客の確保も問題だ。


【私も後者の案の方に魅力を感じます。薄利多売とまでは行かずとも、安定的な流通と消費抵抗の軽減のために価値を下げることは有意義かと思います。】


「……やはり私共の考えなどお見通しのようですな。商会の利益まで考慮頂けて大変有り難く思います」


 バンロールは満足げに笑みを見せた。

 当たりということで良いだろうか。少々ワザとらしい位な持ち上げ方も不思議と不愉快ではない。


【鉄貨の消費設備を新たに作成することは可能ですが、商会としてはご要望等御座いますか。】


「現在、近隣の領地や大都市にはこちらのダンジョンの大浴場の噂が広まりつつあります。いずれは森林開拓以外の目的でこちらを訪れる者も現れ始めることでしょう。そうなれば次のターゲットは、少し遠回りであってもルート変更して立ち寄る旅人や行商となります。彼らの心を掴むならば訓練施設よりも浴場としての機能を優先するのが良いでしょう」


 その噂を広めているのはハーディング商会自身なのではないかと疑ってしまうが……。まぁ、仮にそうだとしても不利益は無いだろう。


【つまり有料浴室を増やし、新たに来るであろう行動範囲の広い客層に当ダンジョンの売りを強く印象付けるということですね】


「はい。現在は有料浴室が順番待ちになるような事はあまり無いようですが、入りたい時に順番待ちが必要とあっては悪印象になります。ダンジョンマスター様の負担が大きく無いようでしたら、常に空室が有る程度に有料浴室を増設するのが良いでしょう」


 有料浴室を増やすくらいならば問題はないと思う。


【浴室を増やすことは問題ありません。部屋数などは私の方で決めてもよろしいのですか?】


「先を見通しきれない現状では部屋数については具体的なことは申し上げられませんので、利用状況をみてご随意に増設頂きたく思います。急激な増設は鉄貨のレートに混乱を生じる場合がありますので少しずつ部屋数を増やすのが宜しいでしょう」


【承知しました。浴室以外の施設についてはご要望は御座いますか?】


「そうですな……例えば食事処などどうでしょうか。安心できる宿と旅の疲れを癒す浴室はすでにありますので、後は胃袋を掴むことが出来れば申し分ないのではないかと」


 確かに、食事面の改善は必要だとは考えていたが問題も多く先送り状態だ。


【必要性は感じておりますが、現状ではダンジョン内に飲食店を置く予定はありません】


「それは食材の仕入れや料理人の確保に難があるからでしょうか」


【それらも問題ですが、私はダンジョン内だけで長期間の生活が可能となることを良しとしていません】


 エリシー達やギルドの人達には定期的に外気に触れるように注意しているが、一般の冒険者達までは目が届ききらないからだ。

 訓練所で小金を稼ぎ、食事処ではバリエーション豊かな料理にありつけるとなると、ダンジョンに引き篭もって外に出ようとしない者が現れるかもしれない。人の老廃物や血液等を魔力還元するためには元となる本体がダンジョン外に出ている必要があるため、引き篭もりが現れるとその分だけ風呂場や下水貯留所の汚れが分解されなくなってしまうのだ。

 

「それは……大人数の流入はダンジョンマスター様の不利益と成り得るということでしょうか」


【私と来訪者、双方の不利益となる可能性があるためです】


 これも嘘ではない。風呂に入れば体内に多少なりともダンジョン産の水が入ることになるし、僕が把握していない摂取ルートも有るかも知れない。

 現状ではその安全性は確保できていないのだ

 加えて、水の安全性問題の他にも食中毒などが発生した時の対処や責任の所在諸々のリスクも抱えきれない。


「……左様で御座いますか。私では他に新たな施設に関して案は思い浮かびません。持ち帰り、検討させて頂きたく思います」


【ご意見ご要望をお待ちしております。ちなみに、人の町にはどのような娯楽があるのですか?】


「一般的なもので宜しければ、男性ならば酒場や賭場、女性ならば衣料品店や軽食を楽しめる店を娯楽として楽しむ傾向がありますな。これらは近隣諸国も含めた大多数の人間に言える事かと」


【以前、アークさんにも賭場の建設を進められたことがあります。エリザさんにはまだ早いと窘めらましたが。そういえば、他にも珍しい飲食店が人気を博していると。】


 確か、生きた魚をその場で捌いてくれるとかなんとか。


「ふむ……それは生きた魚を展示する飲食店のことですかな?」


 詳細を話さなくても通じたということは、余程流行っているのだろう。


【はい。】


「私も何度か見たことが御座いますが、確かにあれは面白い試みでした。当初は老舗の高級店で始まったのですが、現在では模倣店も幾つか現れております。普段は大型の食用魚が泳ぐ姿をじっくりと見る機会など御座いませんので、その目新しさと食材の新鮮さが人気の秘訣だったのでしょう」


 やはり目新しさと言うのは人を引き付けるための重要な要素であるようだ。


【魚を飼育するのは手間が掛かるのではありませんか?】


「どうやら簡単な魔道具で水流を生み出しているようです。生命力の強い魚ならば新鮮な水と適度な水流さえあれば暫くは生きられるようですな」


 ダンジョンでも水や水流を生み出すことは出来ているし、それほど特殊な技術でもないのだろう。


【視覚に訴える娯楽が成立するならば、そういった設備を考えてみるのも面白いかもしれません。】


「ふむ、私にも具体案は思いつきませんが、ダンジョンならではの他では真似できない施設ができれば良い集客力向上に繋がるやもしれませぬな」


【考えておきます】


 幸い、魔力も大分溜まってきている。


「他の娯楽はと言えば、子供ならば積み木や木剣などの玩具を使った遊びなどが挙げられますが……大抵は親の手製であったりするものですので、お役に立てる情報ではないでしょうな」


【いえ。貴重なお話をして頂き感謝致します。今後の参考にさせて頂きます。話題が脇道に逸れてしまいましたね。申し訳ありません。】


 少々話が逸れすぎた。思わぬところからボロを出す可能性もあることだし、鉄貨の話を進めた方が良さそうだ。


「……私からも、鉄貨の話題に戻る前にお話したい事が御座います。よろしいでしょうか?」


 ……まあ、仕方ない。


【どうぞ。お願いします。】


「現在、こちらのダンジョンの入り口は多少は整備されているものの殆ど野晒しの様な状態となっております。今後地上へ向けてのダンジョン建設予定はどのようになっておられますか?」


【地上への増築予定はありません。】


 正確には出来ないと言った方が正しい。


「それでしたら、地上入り口付近に馬屋や大型の倉庫、場合によっては食堂などといった建物を建築させて頂きたいのです」


【それは構いませんが、倉庫が不足しているようでしたら増築も検討いたしますが?】


 そう言えば、当初はダンジョン内に支店を置く計画は無かったはずだ。

 どういった商売の形態を取るつもりだと言っていただろうか。


「いえ、既にお借りしているスペースでも十分過ぎる程で御座います」


 まぁ、敷金・礼金・家賃無料の賃貸物件だ。広げてくれなどとは言えないかもしれない。

 そう思うとサラが商会にも土地を貸してほしいと言い出したのはファインプレーだった。


【ちなみに、大型倉庫との事ですがどの様な目的があるのですか?】


「目的は……あまり良い言い方では御座いませんが、この地での当商会の影響力を高めることです。と言いますのも、今後はまず間違いなく森林地帯の開拓が進むことになります。領主も目をつけているはずですし、寧ろ今まで動きが見られないことが疑問なくらいです。この地には冒険者が常に一定数常駐している拠点もあることですし、ダンジョンマスター様が許可されれば、きこりや輸送人員の宿としての利用可能な施設がすでに存在します」


 領主もそうだが、そう言えば商会のトップもまだ来たことがないな。


【来訪者が増えることに問題ありません】


「となりますと、あと必要となるのは大量の木材の保管所や食堂などとなります。多くの荷馬車が行き交うことになりますので、馬の世話や車の管理場所なども必要です」


 なるほど。地上を商会の施設で独占することで森林開拓における重要な役割を担うことができるのか。

 ついでに倉庫の利用料などを取ることも可能だ。


【これから必要になる設備を事前に準備することで、開拓地の主導権を握ると言うことでよろしいですか】


「仰るとおりで御座います。いかがでしょうか?」


【領主が許可し、ギルドと問題を起こさず、法に触れない範囲でなら自由にしていただいて構いません】


 バンロールが何故か驚いたように目を見開いたが、直ぐに平静を取り戻した。

 またなにか失敗してしまっただろうか。


「ありがとう御座います。主人によい報告が出来ます」


 なぜ驚いたのかが知りたい。


「話を逸らせてしまい申し訳ありませんでした。それでは、鉄貨のレートについて改めてお話させていただきたく思います」


 どう質問したものか悩んでいる内に話がどんどんと進んでしまった。

 その後のバンロールの話を聞く感じだと、商会での鉄貨販売価格はその時々の相場で変動してしまうため、僕からの仕入値の方は店頭販売価格から管理費と僅かなマージンを抜いた金額としたいといった内容だ。

 イメージとしては『店頭販売価格』>『ギルドの交換レート』≒『店頭売却価格』≧『僕からの仕入れ価格』といった具合だ。仕入れを最安値にするのは当たり前と割り切っていたので特に不満はない。寧ろ、もっと安く買い叩かれると思っていたが意外と良心的だった。

 僕としても鉄貨の価格決定権を持っていても仕方がない部分があるから、店頭販売価格に併せて変動させるのであっても問題ない。

 



 レートについては正直どうでも良い。

 ……結局、彼が驚いた理由が分からず仕舞いだったことのほうが不安だ。

 バンロールは満足気にギルドの会議室から出て行ったが、僕としては不完全燃焼だった。



 まあ、最終的な主導権はまだ僕にあるはずだ。

 それよりもダンジョンの改築についてのんびり考えるとしよう。アークにも考えておくように言ってあることだし、その内面白い案が浮かぶだろう。


祝5周年の次のページで祝6周年ってやったら面白いかなって思ったのは秘密です。

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[一言] とっても面白いテーマの作品です! 更新お待ちしております!
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