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八つ当たりと光明

 仄暗い回廊を紅蓮のフレイムジャベリンが乱れ飛ぶ。その数は5本。

 行使者はエリザだ。標的のサンドゴーレムは穴だらけで右腕はすでになくなってしまっている。

 詩詠唱とやらは日本人が唱えているところを想像すると少し滑稽だけど、彼女の詠唱はなかなか堂に入っていてしっくり来るのだから不思議だ。

 どうやら一人で魔術の試し撃ちにでも来た様で、ゴーレムにとどめを刺すつもりはないように見える。


 ゴーレムが残った左腕を伸ばすが、その手もまた魔術によって打ち砕かれた。

 落下する腕と飛び散る破片を見ながら、「あ~、やっぱりエリザも強いんだなぁ」なんて思っていると、その破片が通路内の強風に飲まれてエリザに向かっていった。

 彼女は少し驚いたような表情を見せたが、素早いサイドステップで礫の軌道から逃れた。伊達に元冒険者ではない。

 が、通風孔に向かって跳んでしまったためか強風の中でバランスを崩してしまう。

 うん。設計段階でのイメージ通りでニヤニヤしてしまう。


「あっ……くっ」


 しかし彼女が床に投げ出されることはなかった。

 転倒の衝撃に備えるように目をギュッとつぶったまま空中に静止した後、ゆっくりと着地したのである。

 彼女にしても予想外だったようで、床から飛び起きてその勢いで背後を振り向いた。


「ようエリザ。ゴーレム相手に八つ当たりか?」


 アークである。ちなみに僕が呼びつけた。


 エリザはキッとアークを睨むが、ゴーレムの存在を思い出したのか、すばやく通路前方に向き直った。

 そこには音もなく切り刻まれ崩れ落ちた残骸が空気に溶けていく光景しか見えなかったことだろう……。


「……訓練の邪魔をしないでいただきたいのですが?」


 そう言いながらアークを振り返る彼女の顔には静かな怒気が確かに感じ取れる。

 しかしアークは意に介した様子もなく、いつもの軽い調子を崩さない。


「おいおい、せっかく助けてやったんだからよ。『ありがとう!』とか『抱いて!』とかそういう反応できないものかね?」


「……用が無いのなら消えてください」


「おぉ~ぅ。おっかないねぇ。まあ落ち着けって。これでもダンジョンマスターのパシリとして来てるんだぜ」


「……どういうことですか。なぜあなたが?」


「さっき話してたら、お前が暴れてるから様子を見てきてくれ、だとよ」


 暴れているなんて言っていない。

 案の定、エリザは顔色を悪くして珍しく焦っているようだった。

 さすがに先ほどのゴーレム虐めの現場は見られたら不味いと思っていたのだろう。

 分かっていた事ではあるけれども、やはり監視の目があることは長期滞在者にとってはストレスになるかもしれない。見て見ぬふりをすればよかっただろうか。


「ダ、ダンジョンマスターの様子はどうでした? 不快感を感じてのことなのでしょうか?」


「さてね。珍しい光景だから気にでもなったんじゃねーか?」


「……貴方は先ほど『八つ当たり』と言っていましたね。なぜそう思うのですか」


「ダンジョンマスターとは鉄貨の話を聞いてたからな。うちの内情知ってる奴なら想像つくだろう。にしても、ダンジョンマスターを会議から締め出すとは恐れ入るぜ。どうせバンロールの爺には最低限の情報しかくれてやらなかったんだろ」


「……」


 エリザは俯いて黙秘した。


「やっぱりか。美味しいところを商会に掻っ攫われて、悔しかったんだろ」


「……貴方に何がわかると」


 軽い調子で続けるアークに対して、エリザは実に冷めた口調だ。


「そりゃわかるさ。本当はダンジョンマスターに信頼されてないんじゃないかって不安なんだ。ハーディングの奴らは後から首突っ込んできたのに待遇いいから嫉妬もしてる。まだそうでも無い様だが、儲けに繋がるのも時間の問題だ」


「ぐっ、そんなわけありません」


「ギルド側は色々と便宜を図ってもらってこそいるが、肝心なところでは距離を詰め切れていないし、向うから特別頼って来るでもない」


 いや、結構頼ってるし、魔力回収には多大に貢献して貰っているんだけどなぁ。

 ……そうか、僕の利益を明確にしていないからギルドからして見れば関係が希薄に見えるのかも知れない。


「後悔もしてる。ギルドや領主の利益を優先する様な態度をとり過ぎた。なぜもっと寄り添って、手を取り合って歩む方針を示せなかったのか」


「……」


「ま、別にお前が殊更失敗したとは思わんがね。ハーディングが偶然当たりクジを引いたってだけだ。相変わらず不器用だとは思」


 アークの言葉を遮る様に、珍しくエリザが声を荒げた。


「貴方に何が分かると言うのですか!!」


 泣いていた。

 右の瞳から、つーっと一滴の涙が頬を伝った。

 

「おいおい、いい年して泣くなって。大人ってのは嬉しい時と家族が死んだとき意外は泣かないもんだぜ」


 女の涙もアークには暖簾に腕押しの様だ。


「ちょっとウザイ上司やら同僚やらに苛められた位でへこたれるお前じゃないだろうに」


 エリザはその細い指で目元を拭うと、キッとアークを睨み付ける。


「……私は自分の不甲斐無さを周囲に転嫁するようなことはしません!」


「分かってんじゃねーか。だからゴーレムに当り散らしてたんだろ?」


「お見通しですか……認めましょう。今日は訓練ではなく、ストレス発散のためにここにいます」


「そうやって素直に生きてればちったぁ可愛げも出てくるってもんなんだがな」


「余計なお世話です」


 なんだこれ。なんだか口説きの現場を見てるようだ。


「仕方ないな。素直になれたご褒美をあげよう」


「必要ありません」


「あー素直じゃないわー。折角鉄貨ビジネスに首突っ込む方法考えたのに、これじゃ教えられないわー」


「なっ、本当なのですか!?」


「いやーたぶん本当じゃないわー。可愛げないし。俺は可愛い女の子の味方だしー。こりゃ嘘だわー」


「ぐ、貴方という男は……。ど、どうか私にその秘策とやらを教えてくれませんか?」


「んー……『これからは素直になります。今まで辛くあたっていてごめんなさい』」


「こ、これからは素直になります。辛く、今まで辛くあたってきてごめんなさい」


「あぁーんー、もう一声だなぁ。『好きな人にはつい強く言ってしまうんです。これまで男性とお付き合いしたことが無いので、どうやって気を引いたらいいのか分からなくて』さんっ、はい!」


 いよいよ声真似までし始めた。


「なっ、なぁっ! なにを……」


「まぁまぁまぁ、勢いって大切だぜ。さんっはい!」


「ぁぐ……す、す、好きな人には……。あぁあ! 終わりです。余計なお世話です。さぁ、さっさと話なさい!」


 アークに目線を合わせられずに仄かに頬を染める様子はなんというか、ギャップ萌えというやつだろうか。


「まぁいいか。面白かったし」


「……忘れなさい。下らない案だったら只では済ませません」


「はいはい。で、鉄貨についてなわけだが、まぁ、簡単に言うとダンジョンマスターにもギルドの客になってもらおうって感じだな」


 うん? ギルドの客……冒険者じゃないだろう。なんだ?


「分かり難い言い回しは不要です」


「慌てるなって。ギルドに依頼を出して貰おうってことだよ。報酬として鉄貨で支払うってことでな」


 なるほど。ギルドとしては依頼主が客となるのか。


「……現物報酬制度を使うということですね」


 初めて聞く言葉だ。まあ、なんとなく内容は分かる。


「ああ。その場合は報酬は2択。冒険者は鉄貨をそのまま受け取るか、ギルドが出した査定額を受け取るか」


「鉄貨の相場は商会が握っていたとしても、ギルドもそれに合わせて査定額を変えれば良いわけですね」


「さらにだ、鉄貨が欲しいときは商会の販売価格よりも割安に査定を出せばいいし、いらないときはその逆をすればいい」


「ですが、ダンジョンマスターからそれほど多くの依頼があるかが問題です。供給が少なければ意味がありません」


「依頼はまあまああると思うぞ。普段からあいつは、あれが欲しいとかこれが知りたいとか言ってるからな。ギルドや商会に頼むと借りを作る様で嫌なんだろうが、依頼形式なら大丈夫だろう。さらに、俺達の側から働き掛ける手もあるぞ」


「たとえばどのようなものが?」


「最近従業員の部屋が増設されたんだがな、なかなか人員の目処が立たないんだとよ。誰かの紹介だと、無能な人材でも解雇し難いからな」


「なるほど。そこへギルドへの依頼として掃除夫を募るように提案するのですね。短中期間で何人もの人材を回すことで、優秀な者を選別する観察期間を作れると」


「ん? ああ、そうだな。それにダンジョン側は何人も雇うほどの余裕はないが、報酬が鉄貨で済むならダンジョンマスターの懐は痛まない……のかは知らないが、こんな風にばら撒くくらいだ。鉄貨の製造コストなんて大したことないんだろうぜ」


 正直、鉄貨で人を雇えるなら非常にありがたい。

 人手不足解消にもなるし。


「……なるほど。ギルドが強く介入できる良案です。ですが、商会は快く思わないでしょうね」


「別に直接売買取引をするのは商会だけってんだろ? 屁理屈みたいなもんだが、文句があってもバンロールは動けんさ」


「ですがそのような人間の不和をダンジョンマスターに見せたくはありませんし、悪印象を与える恐れがあります」


「はぁ~。まったくいい子ちゃんだなぁ。そんなんだからストレス溜め込んで泣く破目になるんだ」


「泣いてません」


「……じゃあこうだ。こうっ……可愛らしくお願いできたら、おれからバンロールには話を付けてやるよ。でっかい貸しがあるからな」


「調子に乗るのもいい加減にしなさい。商会の説得ができるなら任せます。後で報告するように。私は事務所に戻ります」


 そう言うと、エリザは早足で帰路に着いた。


「まーったくよう。もう小憎たらしくなっちまったよ。『ぐ、す、好きな人には……あぁん!』」


 エリザは足を止めなかった。


「……アーク。感謝します」


 アークに聞こえた様子はない。ただ、その頬はほんのり赤かった。

 それにしてもダンジョンからの信頼云々の話はどうしてしまったのか……。一先ず前進する方策ができたので良かったのだろうか。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「つーわけでだ。ギルドは鉄貨を報酬として認める方針だが。問題ないわな?」


「……まったく。相変わらず、アーク殿には敵いませんな」


 その後、アークは早速バンロールの元を訪れていた。


「そう言うなって。あんたにとってもチャンスだと思うんだがね」


「そういうところが敵わないと言っているのですよ。確かに商会としては少々やり難くなるやも知れませぬが……他ならぬアーク殿の頼みです。第一、ダンジョンマスターが受け入れるのならばその方針にとやかく言うつもりはありませんよ。流れに任せて上手くやります」


「ぃよっし! 交渉終わりだ。じゃ、あとは上手いことやっといてくれ。あとこれ、手紙な。これは西大通の酒場のサティ宛で、こっちは南門のパン屋のロールな。あとは……」


「本当に変わりませんな」


「そういうあんたは大分老けたな。そろそろお迎えが来るんじゃーねーか?」


「お嬢様の晴れ姿を見るまでは死ねませぬな。……アーク殿は見ることができないかもしれませませんが」


「ん? あーまぁ、あと2~3年ってとこだろうな」


「次はどちらへ?」


「さてねぇ。北の方には美人が多かった気がするし、久しぶりにガルビエンテオに行ってみるかな」


「そうですか。キャス殿は如何するので?」


「……ま、こっちも落ち着いたしな。何とでもなるだろうさ」


「……」


「黙るなよ。困るだろ」


「兎に角、ガルビエンテオ周辺の情報は集めておきます」


「いや、いらんよ。知らないから面白いこともあるってもんだ。……邪魔したな。手紙、出しといてくれよ。ばれないようにな」


「かしこまりました。それでは」


「じゃあな」


 ……。


 不味い事を聞いてしまっただろうか。

追記。

更新直後、ついでに今まで貯めておいた修正箇所の更新をしたのですが、ホームを開くたびに『感想が書かれました』と赤字で表示されていてびっくりしました。


皆様の応援と驚愕のコメントが雨あられのように降り注ぎ、筆者はほんのり泣きそうになりました。

大人でも嬉しい時は泣いてもいいんだよもんね。

1年半もほったらかしだった作品にこれほど早くレスポンスいただけるなんて、書き手としてこれほどの喜びはないのでしょうか。


書き溜めた没ネタが役に立つ日が来るかは分かりませんが、ちょいちょいがんばっていきます。






次の更新は3年後かな~


なんて。


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